74:竜退治の波紋と素材作り
「え、同行したいって何故に?」
「ま~ねぇ。チョットだけ面倒な事になってるっていうか~?」
第6階層をユキヒメと回って宝石探しをした帰り、工房で珍しくア~シャとシスティが俺たちの帰りを待っていたので話を聞いてみた。
何でもサンドラならまだしも彼女たちが金色ドラゴン討伐に参加して楽しんでいたのを羨ましく思った奴らがいたらしい。
主に四天王と自称していたサンドラの取り巻きたちだが、そこから黄昏世界に住む面々に話が伝わってすぐに羨ましいだのズルいだのの大合唱になったそうな。
まーね。
ちょっとだけ巻き込まれた中でさえ戦いごっこというか殺し合いごっこというか模擬戦に興じていた奴らだ。
実戦を、それも話題に出せるような竜退治をしてきたというのだからそういう手合いの琴線にぶっ刺さるのも当然か。
「で、報酬に通信子機100個ほど欲しい」
「吹っ掛けるにしても程があんぞ」
確かにユキヒメには報酬を出したがシスティたちにはまだ渡していない。
第4階層深層水の確保と放出はさておき、それ以外にも手伝って貰ったのは確かだからな。
だからと言って通信子機100個はぼり過ぎだ。
そもそも製作には宝石が必要なので十分な数が用意できない。
度台無理な話ではあるのだがあちらでも事情があるようで実戦に出たがった奴らが我も我もと争って収拾がつかない状態らしい。
いや、収拾はサンドラが暴れる事で物理的についたそうだが根本的な解決はしていないので燻ぶっていつでも再発し得る状況だそうな。
それもこれもサンドラが二人に与えた通信子機の予備が一つしかないからだ。
そういえばあの時3つしか渡していなかったな。
二人の通信子機は既に二人が支配しているので彼女たちが望んで明け渡さない限り、次の奴が使うことが出来ず、次に貰った奴がすんなりと更にその次に譲り渡す保障もない。
残る一つを巡って黄昏世界一武闘会を開こうと血気盛んな奴らが盛り上がっているらしい。はた迷惑な。
「こっちに顕現するだけならコアで十分じゃないか?」
「あ~あれねぇ……」「居心地悪い」
言ってくれるわ。
コアなら魔力が続く限り幾らでも高品質なものが自作できるから楽なんだが、どうにも俺の魔力が宿っているのが不満らしい。そんなにイヤか。まあ残当か。
だが量産可能な魔力容器となるとそうそうある物でもない。
どうにかして魔力ロンダリングが出来ればいいのだが……ふむ。
俺は試しに藍色構造魔力で作り出したコアを納品箱の中に放り込む。
コアを呑み込んだ納品箱は、ややあってコトンと軽い音を響かせた。
取り出して見ると手のひらの上で先ほどと一見変わらないコアがころりと転がる。
「これ、どうだ?」
「え? え~……。ん~イイ感じじゃない~?」
「ろんだりんぐ」
納品箱は納品したら適当に返礼品をくれるがコアをコアで返してくれないかなと思ったらしっかりと応えてくれた。
ならばこちらも気合を入れて作り込むか。
コアの中に黄色同調魔力を……いや、この際だから単純にコアの中に黄色同調魔力を内包するのではなく、別個として藍色構造魔力と黄色同調魔力で構造体を作って埋め込んでみてらどうだろうか。
形状は繋界核と同じ星型でいいだろう。
そのためには藍色構造魔力を上手く結晶化させる必要があるな。
コアを作る時はそのまま空中で急速に固化させるだけだから楽なんだが、星形になるようにというのが中々難しい。
大量の歪な失敗作を出しつつも何とか星型に結晶化する構造を見つけることが出来た。
最初の種結晶さえ出来れば大きくするのは簡単だ。
高密度の藍色構造魔力を種結晶に纏わりつかせれば自然と大きくなっていく。
だがそこでもう一つ大事な要素、黄色同調魔力の構造骨格の同時生成があるな。
藍色構造魔力の結晶と黄色同調魔力の構造骨格を重ね合わせる……。
ただ単にそれぞれを使うより遥かに神経を使う作業だなこれ。言うなれば両手で縫い針を持って米粒に全く同じ字を彫り込もうとするようなものだ。
とはいえやると決めたからにはやるしかないだろう。
―――……。
何とか形にはなった。
最終的に種結晶の黄色同調魔力の構造骨格形成さえ作ってしまえば、種結晶を大きくする行程は大幅な時短をすることが出来た。
結晶育成の際に高密度の藍色構造魔力と黄色同調魔力を重ね合わせた上で、両者を十分に同調させ、ゆっくりと結晶育成させていくと自然と結晶の中に黄色同調魔力が内包される。一部の変質魔力で見られる便利な自己組織化に黄色同調魔力が引っ張られたようだ。
時間さえかければ自己組織化が勝手に仕事をしてくれる。
頭を沸騰させながら失敗した結晶を潰すより遥かに時間的にも労力的にも効率がいい。
これまでの苦労は一体何だったのだろうかとも言える。
まあ、いい。
出来たには出来た。
出来上がった外観としてはコアと異なり、明度の高い黄色の光が拍動するように点滅している。
それだけなら星白金と似ているが、こちらは透明度があるのとあと何気に、脆い。
これは確実だ。失敗作を何度も砕いてきたからな。
圧を加えると内部の魔力を消費して抵抗し、限界が来ると一気に砕けて光の泡になって消えていく。
裏を返せば魔力を追加で注入してやればその魔力を一度で消費し尽くして余りある衝撃が来ない限り頑丈という事でもあるのだが、そういった追加を考慮しない単品として見れば、この黄色同調魔力と藍色構造魔力の複合構造体……長いな、星コアでいいか。
星コアは魔力の追加を考慮しない単品で見れば精々プラスチックとどっこいどっこいの強度だ。
その点だけで見れば星白金の方が上位互換ではあるな。
―――……。
一通り検証してみたが他の性能も及第点なようだ。
気になる通信性能も十分だな。
星白金は階層間でも同調が取れる程の強度を持っていたが、クォーツ系を加工した光晶核ではそこまでの同調強度が取れなかった。
それに対して星コアは階層を跨いでも一応同調を取る事はできた。
ただ、何やら魔力を微量ながら消費し続ける必要があるらしい。
よく分からんな。魔力消費というと藍色構造魔力の修復能力が何か作用しているのだろうか。
作用機序は気にはなるものの結果が出さえすればいいのでこれについては追々だな。
ともあれ、星コアは通信に関する三種類の素材の中で中間に位置する性能のようだ。
検証には魔力の質にこだわりのないユキヒメに協力して貰ったので、お礼に使った星コアはプレゼントした。
宝飾品として加工した方がいいかと思ったが、聞いてみるとこのままがいいらしい。
こくりと頷いたユキヒメはそっと星コアを摘まみ上げると―――。
ぺろりと飲み込んで星コアはユキヒメの艶やかな唇の奥に消えていった。
……え、マジ? そう使うの?
突然の事態に脳がバグったが、聞いて見ればユキヒメの身体は人間と違って消化吸収が必要という訳ではないので口も大事なモノを入れておく所という認識らしい。
一応吸収も味わう事も出来るそうだが、楽しむためではなく栄養補給をするのなら根を使うそうだ。
まあ、せやな。そういえば宿樹精のアウレーネも酒を呑むときは根っこを出して呑んでいる。
同じ実体を持った樹精ならば飲食と考えるならば根や触手、あるいは表皮から直接か。
身体機能の差からくる文化の違い的なモノに困惑したが、ユキヒメがそれで満足ならば問題ない。そもそもユキヒメにプレゼントしたものだしな。
少々混乱があったものの俺がどうこう言う領分ではないと納得を付けた。
さて、星コア検証に戻ると、星コアを加工する段階においてはどうやら藍色構造魔力が地味に悪さをしているらしい。
新たに作成した星コアを使って拍動する黄色の光の周波数を変更しようとしたものの、反発を受けてしまった。
それでも無理やり黄色同調魔力を作り出して周波数を変更させようとしたら最後には光の泡になって消えてしまった。
破壊実験の時を考えれば藍色構造魔力が周囲の異なる同調圧の侵蝕に対して修復的に機能しているのかもしれない。
これはこれで厄介だが、階層間を跨いだ時に通信は繋がるものの魔力を消費する感覚があったというのはもしかしたらここら辺が機能しているからなのかもしれないな。
問題はこの不変化した魔力周波数をどうやって繋界核と繋がるように変更するかだが……ふむ。
ふと思いついて納品箱に入れて見れば、返ってきたのは繋界核と似た周波数を持った星コア。
……これは、ふむ?
もしかして納品箱は期待、というか念じて納品すればそれに応じた返礼内容にしてくれるのだろうか?
それならば有用性が異次元まで跳ね上がるが、微妙に期待して当てが外れた銅インゴットの件もある。まだまだ検証が必要だな。
差し当たっては星コアのロンダリングか。
むしろ実際に量産型通信子機として作り上げてからロンダリングした方がいいだろう。
それなりに手間と魔力は消費するものの、俺は在庫数を気にしなくていい量産アイテムを作り出すことが出来た。
あとは―――。
「ウヅキ、いるか?」
「はい……。どうしましたか?」
呼びかけたら工房の外から返事が返ってきた。
棚に置かれた繋界核はそのままだから、今日は通信子機で工房の外に出ていたらしい。
サンドラは最近こっちでも黄昏世界に帰っても周りが煩いのでウヅキが基本的に表へ出てきているそうな。あいつの辞書に煩いという概念があったのが驚きだ。
「ちょっと面倒な事を頼みたいんだが……」
頼み事とは勿論星コア、ひいては量産型通信子機……星コア子機でいいか。星コア子機の量産だ。
納品箱を使った魔力ロンダリングで魔力の質や周波数は変更できるようだが、俺が適当に繋界核の周波数と似た感じをイメージして納品した結果は、彼女に見て貰った所全然別物だった。似てるとすら言われないのは地味にショックだ。まあいいが。
「だから最終的に仕上げのロンダリングはウヅキにやって貰った方がいいと思うんだが」
「それでもいいかと思いますが……。これはあちらの世界に住んでいる精霊たち各々に配る物なのですよね? ―――ならば、個々の精霊たちが望むようにやって上げた方が喜ぶのではないでしょうか」
星コア子機の量産を頼んだら、そう提案が返ってきた。
特に断る理由もないので了承する。
ただ、一応検証としてまずはウヅキに魔力ロンダリングを試して貰う事にした。
コトンと軽い音がして返ってきた返礼品は、ウヅキも認める繋界核との端末として使える通信子機、星コア子機の完成だ。
残念ながらウヅキの趣味には合わないそうでこれはこれからこの工房へと顕現してくる精霊たちの仮の存在核として使用する事になった。
ウヅキには世話をかけるな。その内何か埋め合わせを考えないと。
取り合えずまずは……星コア子機の量産か。
通信子機を巡って揉めているという話だ。
順次作るから順番に待っててねと言おうものなら火薬庫に火種をぶち込むようなものだ。
せめてモノは予め作っておいた方がいいだろう。
ウヅキにもそうアドバイスされたので大人しくひたすら藍色構造魔力と黄色同調魔力を重ね合わせて星型の種結晶を作る作業に入る。
魔養ドリンクで腹がタプタプになってきたな……。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




