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72:突撃隣のダンジョン裏・上

名称:小猪の肉

魔力濃度:2

魔力特徴:なし


 あの後お隣のダンジョンの2階で親切なおっさんがコアとミニボアの肉を交換してくれたので無事に肉を持ち帰ることが出来た。

 ダンジョンを退出した後の清算で全て持ち帰ると言った時に係員が怪訝な顔をしていたものの、ウェストポーチを逆さにして肉塊を転がせば納得された。

 討伐数も片手で数えるほどだ。エンジョイ勢が遊びに来て肉を狩って帰る……そんな所だと認識してくれたことだろう。


 持ち帰ってきた肉だがアウレーネの見立てでは精々魔力に応じて形が少し変化する……恐らく筋肉の収縮を魔力で行える程度なので素材としては余り価値が無い。

 精々フレッシュゴーレムの素材になる程度か?

 フレッシュゴーレムを作る意義が見いだせないので一つをマジックボックスへ死蔵させて後は適当に食って処理しよう。周り一般の用途と同じだな。


 荷解きも済んだことで本番だ。

 時間は昼を回って少しした辺り。予約時間枠では午後の部を回って少しした所だな。

 午前中のダンジョン探索では1時間ほど遅れて行ったらダンジョン入り口は誰も通らない無人状態だった。

 それに倣うならもう少し後だな。


 今の内に受信ゴーグルの調子を確かめて―――。


「探索……する?」


 袖を引かれて振り返ると小首を傾げるユキヒメが。

 第6階層の探索が気に入ったユキヒメは最近ずっと一緒だったな。

 彼女がいなければ地下の存在に気付くのが遅れていただろうし頼りになった。


 その彼女が小首を傾げるに合わせてコロロと軽やかな音が鳴り響く。

 ユキヒメのリュウノヒゲのような艶やかな髪には透明な鈴が結わえ付けられていて、中ではユキヒメが顔を動かすたびに琥珀の小玉がコロコロと転がっている。

 燻ぶりナマズ&金色ドラゴン戦を手伝って貰ったお礼に考えた琥珀の装飾品だ。

 外側の透明な殻はコア質の藍色構造魔力で出来ているので魔力を通す。

 中に入れた琥珀の小玉に魔力を通すとチリチリと帯電すると共に落ち着いた仄かに甘い香りが漏れ出てくる。

 見た目音色香り、三感に訴えかける変わり種の作品だ。

 どちらかと言えば意欲作と言った代物だが、ユキヒメが殊の外喜んでくれたようで何よりだ。やはりこういった種類の宝石が好きなのだろうか。


 とはいえ、今日の探索は残念ながら第6階層ではない。

 琥珀を手に入れられる見込みもないし、ユキヒメが出掛けられるような場所でもないので彼女はお留守番だ。期待させて申し訳ないしまた後日埋め合わせをしないとな。


「あー。今日はちょっと別の所へ出かけるんだ。また今度一緒に第6階層行こうな」

「うん……約束…ね?」

「おう」


 気を損ねてしまうかと危ぶんだが、ユキヒメは取り立てて気落ちした様子もなくにこやかに約束を了承してくれた。

 待っていてくれるユキヒメのためにも宝石探しは頑張らないとな。


 コンセンサスが取れたところで改めて受信ゴーグルの調子を確認する。

 視点が低い(・・・・・)のが中々厄介だが動作や仕掛けをする分には問題ない。

 だがもう少しスムーズに動かす為にも時間までは練習しておいた方がいいだろう。


―――……。


 受信ゴーグル越しに見慣れたスクリーンが映り込む。

 俺の胸中の増設弁(・・・・・・)が開放されてスキル:識別が起動するとスクリーンのページを捲って一つのマップを映し出す。


 いつもの階層転移を使って訪れたのはお隣のダンジョンだ。

 スキル:識別の効果、ダンジョン階層転移の際に行った事のある他のダンジョンのマップも選択できるようになってからどう利用するかぼんやりと考えて来た結果がこれだ。


 俺は周囲を見回して誰もいない事を確認すると、外殻を持ち上げてそのまま銀糸を伸ばして天井に押し付け、外殻の内側の碧白銀アマルガム(水銀合金)を動かして天井面に真空吸着する。

 銀糸の接続を断って糸を地面に残る内殻に戻すと、もう一度周囲を確認する。

 周囲に誰もいない事を改めて確認した後、橙色空間魔力を地面と天井二つに展開すると同期させて空間転移現象を起こす。

 地上にあった内殻が外殻の真空吸着で空いた空間内に転移した。


 外観は言葉にし辛いがカイガラムシのマトリョーシカのようなスライムゴーレムと言った所だろうか。

 外殻内殻、両者は岩だ。鑑定ぽんこつ先生が言っているのだから間違いない。

 ……まあその正体は以前第3階層で掘削してきた石材、それを加工してそれっぽく成形したものだ。

 四苦八苦したものの鑑定ぽんこつ先生の目を欺くことが出来た。

 見た目の材質も洞窟とそう変わりないので、鑑定した上でかつよくよく注視して壁としてスルー(鑑定適用外)されるのではなく岩だと認識される違和感に気付く鑑定持ちさえいなければまず気付かれない出来だと思う。


 外殻は茶碗を伏せたような形状、内殻は外殻の中に余裕を持って収まる御猪口のような形状をしている。

 それらの殻を碧白銀アマルガムのスライムゴーレムが支え持っており、万が一鑑定持ちに鑑定を受けても偽装できるようにしていた。


 最初は単純な石材外殻カイガラムシゴーレムを作って動かそうと思っていたのだが、天井を這うというのが思いの外移動速度に難があり、スリップ転移をしようにも位置がズレると真空吸着が外れて吸着力を失い、そのまま地面に落ちてしまって難航した。

 色々試行錯誤した結果として複雑なマトリョーシカ構造を取らざるを得なくなった。


 内殻と外殻はそれぞれ内側のスライムゴーレム部分が真空吸着を行うことによって個々で天井に貼り付くことが出来る。

 その上で内殻は極細の碧白銀アマルガムの銀糸を介して外殻を支えても外れない吸着力を持ち、外殻は真空吸着してなお空いた空間に内殻を転移出来る程の空間に余裕がある。

 なので内殻を真空吸着させた後に銀糸を操って外殻を可能な限り遠くへと移動させて貼り付け、真空吸着を安定させた後にその空洞部分へと転移するという形で移動を行っている。


 問題は橙色空間魔力の発露だな。

 これも転移の受け入れ側では外殻の内側に橙色空間魔力を展開すればいいので半分は解決した。

 もう半分の送り出し側、内殻の方での橙色空間魔力もある程度抑えて視認し辛くはしたものの、完璧にはムリだ。

 なので転移の際には内殻部分の周囲に人影が無いかよくよく確認する必要がある。


 そのために石材の殻にはそれぞれ小さな穴が開いていて、中には碧白銀と星白金を貼り合わせたスクリーンがあり、これが外殻の内側に収められた通信石を介して受信ゴーグルと連動している。

 どちらとの同調を高めるかで視点は瞬時に切り替えられるし右と左で別々に映すという器用な事も出来るが、普段は視点切り替えでいいだろう。


 ともあれ、ここまでの操作中でもお隣のダンジョンの入り口部分には人の影すらない。

 やはり完全予約制な分、時間帯で人の偏りがあるな。

 入口が楽なのは結構だが鬼門は3階か。

 一応生身で探索している最中でも余人の姿が見えない場合の方が多かったから丸きり転移が使えない状況しかないという事はないだろうが、へまをして発覚するリスクが高いのはそこだろう。

 よくよく注意して行く必要があるな。

 俺は改めて午前中に探索したマップを思い浮かべながら碧白銀アマルガムの銀糸を操って外殻を先へと進めた。


―――。

――――――……。


 尺取り虫のような進行速度のためにそれなりに時間は掛かったものの、3階手前、降り口前広場の手前まで来ることが出来た。

 で、やはりここは尋常じゃないくらい人がごった返してひっきりなしに出入りしているのでどうにも移動がやり辛い。

 誰も彼も休息に来ているので視線が俯きがちだから天井自体は警戒外ってのが唯一の救いか。

 階段を作って降る洞窟の天井の中で緩やかな凹みになっている部分を見つけたのでそこに収まって偵察をする。


 ……うむ。

 注意が散漫しているからこそやりにくい。

 一人が俯いたと思ったら別の方向で人が立ち上がったり、はたまた新しく休憩に入るグループが入って来たりとせわしない。

 こういう場合は……あれだな。

 俺は都合のいいシチュエーションを発見して銀糸を操った。




   *   *   *




 男は広間に腰かけてボトルを傾けた。

 火照った身体に保温ボトルの中の冷えたスポドリが染み渡る。

 もう慣れたとはいえ3時間ぶっ通しで探索し続けると流石に疲れてくる。

 男はこれでもモニター組だ。

 ダンジョンが正式に一般公開される前、希望者を募って試験的に運用された際に応募に通ってダンジョンに踏み入った。

 一般公開された後もそれなりに上手くスタートダッシュを切れて今もこうしてダンジョンのほぼ上位層として組んだチームはそれなりに場数を踏んで第3階層を探索できている。


 ……まあ、本当の最前線は平日からダンジョン予約に通るような社畜戦士や廃人どもだ。あいつらは既にランクを上げて4階で活動しているのでまさに格が違う。

 専業冒険者という考えも頭に過ぎらない事はないが、今の収入で脱サラするのは流石に頭がおかしい。

 平日籠ってひたすらゴブリンスレイし続けるより、上司に突っ返されながら書類作成してた方が余程金が貰えるし、そもそも無職になったからと言って毎日探索予約が通るというのは甘い考えだろう。


 今は、まだな。

 ゴブリン鉄貨もそこそこいい値段になるが、本番は更に奥へ言った時のドロップだ。

 日本はまだまだダンジョン探索後進国だ。それも大幅に。

 海外に目を転じれば勇者などと渾名される特級の探索者がオリハルコンとかいうファンタジーの金属を持ち帰って来たりなどと華やかな話題に事欠かない。

 彼がもたらしたダンジョン最前線のファンタジー素材に日本円にして億の値がついたという話も上がっていたし、何より彼が身に纏う白く輝く鎧や黒地に金のドラゴンが象嵌された火を纏う剣など、最早日本と彼が活動するドイツでは世界が違うと言ってもいいだろう。


 現政権は腰抜けで一々探索を制限するような制度ばかり作っているが、世界の潮流は既に定まっている。

 尻込みしている奴は自然と排除されて行くだけだろう。

 そうして縛りが消えた後、その先にあるのは先行するドイツの勇者のような一つ死線を潜れば億が転がり込んでくる最高の鉱山だ。


 今はまだその時ではないが、タイミングが来たら直ちに準備が出来るように男は休日にダンジョン探索しつつ、貯蓄にも励んでいた。

 偶にある宝箱や敵から極稀にドロップする極レアのスキルオーブ。

 それらは殆ど拾った者が使うため滅多に出回らないが、それでも一部が出回って今では数百万から一千万の値が付いている。

 出来れば探索中にドロップして欲しいが、いざという時に無いからスタダ出来ないでは困る。

 確実に手に入れるためにも、金は用意しておきたい。


 そう思いつつ、降ろしたリュックに手をかけると向こうからチャリンと金属音がした。

 慌てて見遣るとそこには小銭サイズの小さな鉄片、ゴブリンの鉄貨が落ちていた。

 これ一つで約三千円だ。仲間内で分けるとはいえここら辺ではレアドロップを除けば一番金になる。

 リュックからこぼれたかと慌てて手を伸ばして―――。


「あ゛? 何すんだよ」

「は? お前こそ何人の物に手を出そうとしてるんだ?」

「あンだと?」

「いや、訳分からんが」


 隣で休憩していた奴が伸ばしてきた手を払い除けると、険悪な眼光が返って来た。




   *   *   *




 背後の喧騒を尻目に、俺は漸く一心地付くことが出来た。

 隣り合う隙があってガラの悪そうな連中から一枚ずつゴブリンのドロップをこっそり抜き取ってポケットに移動させ、最後に一枚チャリンと間に落とせば一騒動の完成だ。

 最後の一枚はサービスだ。自宅ダンジョンから転送させた特別品だからな。よくよく話し合って配分を決めてくれ。見分け付かんけど。


 そんなこんなで鬼門だった3階降り口広場も突破できた。

 まだ角を曲がった先だから人通りがそこそこあるが、全く隙がない訳ではない。

 俺は周囲を確認した後、またそろりと銀糸を操って外殻を動かし始めた。

拙作をお読みいただきありがとうございます。

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