7:白昼夢と一週間
人として生きていくならば擬態をして行かなければならない。
こんな時は人間を辞めてニートになりたくなるな。自律できない奴がみだりに人間辞めると朽ち腐っていくのは身に染みてよく分かってるからなりたいと思うだけで留めておくが。
ともあれ、擬態は大事だ。
俺は徹夜明けの顔を何とか目を柔らかくして微笑んでいるように見えなくもない表情に成形して挨拶し、朝の簡単な打ち合わせを終えて作業に入る。今日の担当は外周南通りの清掃か。一昨日の夜結構大きな通り雨があったからこの時期に咲いてる並木の白い花が休日明けの今日は沢山落ちてそうだな。ブロワーはバッテリーの予備も持って行った方がいいだろう。
それより定時人間アッピルが終われば前回の続きだな。昨日の資料集めでやたら小難しくてグロい思いはしこたま味わったがそれの甲斐あって一応一区切りは付いた。次はヒト型から獣型への転換だな。マジッククレイの収量に難がある以上ゴーレムを実用化するとしても小人サイズになるだろうしそれでは出来る事も限られる。現時点で実用にまで持っていくのならば次の獣型ゴーレムの方が本命だろう。出来れば鳥型ゴーレムで航空戦力を持つ事が出来るようになれば、例えば樹上の宿樹精を直接攻撃したりと利便性は高いだろう。
「尾崎さん。コレどっちが捨てに行きます?」
「あぁ、自分がやっておくので代わりに片付けと充電の方お願いしてもいいですか?」
「りょーかいです」
「すみません、よろしくお願いします」
実は何気に検証自体は今も続行中だ。
俺は首にかけてインナーの下に隠した芦編みのブローチ、その中に包まれた魔力伝達のガラス球、仮称通信石でいいか、の感触を感じながら魔力を込めて送る。その魔力に込める意志は『大きく育て』だ。家に置かれた対になる通信石が埋まったマジッククレイ。その塊の上には現在一本の枝が挿さっている。苔島の一本樹、その小枝だ。サバイバルナイフで切れる程度の若い枝だったが、アウレーネの見立てでは魔力があれば育つとのことだったのでマジッククレイに植えて通信石を通して遠隔で魔力供給をしているのだ。
一本樹の若枝がある程度育ってくれたら次は本命、ヤドリギの種の発芽だ。割と放置気味になってしまったが、アウレーネ自身が自由に意識を移せる、つまり通信石と同様の能力を及ぼせるというのは中々期待が出来る。可能であれば動くものに寄生して行動を支配することが出来ればゴーレムの数を種の数だけ増やす事も出来るだろう。
「それじゃ、おさきですー」
「あ、はい。お疲れ様です」
気が付くと終業時間になっていた。
帰ったらまずは若枝の成長具合を見てから獣型ゴーレムの作成……、のための資料集めだな。ネットにどれだけ詳細な情報が上がっているか分からんから少し図書館へ寄っていくか……。
* * *
「もぉーたぁにぃ」
「いやいや、俺は次回の探索ではボスに挑戦するとは言ったけど翌日とは一言も言ってなかったろ?」
「へーつ」
「屁理屈じゃない、正論だよ。……それにレーネだって随分楽しんでたじゃないか? それ不満なのか?」
「むぅ……」
指摘してやるとマウスを抱え込んでいた小さな球体関節人形がびくりと跳ねた。
一週間。ゴーレム作成その他諸々で費やした時間だ。平日の日中上手く時間が取れなかったとは言えいい感じに仕上がるまで結構苦労した。
それなりに満足行く結果になったと思う。
まずアウレーネが体を獲得した。そこで跳ねているフィギュアサイズの背中にヤドリギを生やした球体関節人形だが。
若枝に付着させて発芽させたヤドリギはある程度しっかり根が育った段階ならばマジッククレイに移し替えても定着した。ただし生存に魔力が必要なので通常であればマジッククレイの魔力を吸い取ってしまうが。
しかしアウレーネがその株を支配し、魔力を分け与えていれば話は変わり、十分な魔力があれば株の維持に加えて株を介してマジッククレイに魔力を送り、マジッククレイを操る事も出来るようになった。これがフィギュアレーネの絡繰りだ。ただし、現状アウレーネの力量では今の大きさ1体を操るのが限度だし、通信石とは違って視認可能範囲の近距離でしか魔力の送信が出来ないようで日中アウレーネが宿った俺に引っ付いて外出しているときの魔力供給は通信石頼りにだったが。
制限があるとはいえ物理的な体を手に入れたアウレーネは情報に興味があるようで、俺がゴーレム作成をしている間はノートパソコンを弄っていた。音が鳴っていたから多分動画サイトでも見ていたんだと思う。
始めの内はダンジョン行かないのか酒はないのかと煩かったアウレーネだが、自分で体を動かせるようになるとものの見事にトーンダウンした。おかげで作業が捗ったし、酒圧も薄まったので諸手を挙げて歓迎するが。
俺の方の遠隔操作ゴーレムだが、期待していた鳥型航空戦力ゴーレムは頓挫した。外観そのものは問題ないのだが、羽の緻密さが完全にお手上げで必要な強度と重量の帳尻合わせが出来なかったのだ。物理的アプローチは頓挫したので魔力的アプローチを期待したい所だが手掛かりは全くない。ダンジョン攻略の先で見つかればまた取り掛かろう。
それでも効果的な戦力をと考えあぐねた結果完成したのが、大きく開く口、平べったく広がる胸部、細長くひたすら伸びてしっぽまで続く胴体……。うん、コブラ型ゴーレムだ。姿勢保持用の鉤爪が3対生えてるけど。
設計目的は小樹林帯での樹上への登頂と奇襲だ。
ボスに挑戦するという目標を建てたのでボス攻略を目的としているのだが、第2階層空撮時に目立ったランドマークは苔島と深い泉、小樹林だ。
苔島は攻略済みとして、深い泉か小樹林かどちらにボスがいそうかと考えると小樹林になる。木立に囲まれた中での戦闘であれば奇襲や樹上からの強襲を警戒する必要があるが、隠密性に優れた蛇型ゴーレムがいれば逆に相手に木立間戦闘の強みを押し付けられるかもしれない。
まあ仮に深い泉にボスがいたとしてもコブラ型なら平たい胸部を上向きにして胴体部をくねらせて推力を得れば泳ぐことが出来るだろう。泉を住処とするボスにどこまで食らいつけるのか未知数だが用意された足場だけでやり繰りするよりは手札が増えるだろうしいいんじゃないかな。多分。
とりあえずやれるだけはやった。後は最終調整をして第2階層ボスの攻略だ。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




