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68:泥中においてなお

―――装いは、在り方を変容させる。


 それは、まだ活きている埋火だ。


―――有り様は、本質を損なわない。


 ゆらりと、巨躯は察して振り返る。


―――対極する意志は、同じ暴威であるが故に。


 ぐわりと、力を溜めた巨躯がその上体を大きく持ち上げて……。


 大空洞を揺るがして地に身を叩きつけると、侵入者の下に火の手が上がった。




『やっぱここら辺は似てるんだな』

「みたいねー」


 俺の足元に立ち昇る火の手を眺めて、俺たちは呑気にそう呟く。

 正確に言えば俺の足元遥か下方に立ち昇っている火の手か。


 単純に火の手で搦めてフィジカルで詰めてくる燻ぶりナマズに対抗するために考えた対策がこれだ。


『大丈夫そうか?』

「攻撃されなければおーけーねー」


 見上げるとすぐそこにある天井(・・・・・・・・・)にはヤドリギが逆さに生えている。

 硬質なガラス状……耐久力の変質魔力で出来たヤドリギは、言うなれば天井のソケットだ。

 大空洞の天井には吊るされたランプのようにヤドリギのソケットを足場にして液滴が吊るされている。

 俺はその中へと避難していた。


 吊るされた液滴は実体を持った強粘液、液滴ヒドラの水没樹林を歩くついでに地道に集めたものだ。

 人をすっぽりと覆えるサイズなのに滴り落ちないのは流石だろう。


「ユキヒメも負担は大丈夫か?」

「大丈夫……私が…守るから」


 強粘液の操作はユキヒメに担当して貰った。

 吊るされた液滴内部が繊細に動いてくれるので、強度は保障されつつも俺の行動を阻害しない。いい役割分担だな。


 火の手を上げた後に突進を掛けようとでも思ったのか勢い良く前進してきた燻ぶりナマズが俺を見失って所在無げに勢いを止める。


 丁度いいな真下だ。


 俺はメタルゴーレムの腹腔からビンを取り出して開け、中身の透明な液体をぶちまける。


 降りかかった液体は……何の変化も起こさなかった。


 まあしゃあない。ダメもと作戦がダメだっただけの話だ。

 確認した所で、次はこっちだな。

 俺はもう一つ、薄黄色の液体が入ったビンを取り出して、キョロキョロと辺りを窺っているナマズの頭にサラリとした液体を落とす。


 今度の液体は、燻ぶりナマズの頭に触れるや否や、黒い煙を出して沁み込み始めた。


 中身は泥解の消化液、ドロスマゴットのドロップだ。

 実は燻ぶりナマズの巨体は本体ではなく、泥がその身を覆っている。

 そう。泥だからこそ、泥中を這いずって泥底洞窟の壁面から不意打ちを仕掛けてくる事もあるドロスマゴットのドロップ。その消化液も効果が見込めるだろうと予想した。

 結果は御覧の通りだ。


 溶解液は流石に効いたのか、ようやく燻ぶりナマズが天井に吊るされた液滴の中に収まった俺の存在に気が付いた。

 離れて振り返り、また離れて振り返るがすぐに何かをしてくるという事はない。

 ……まさか、完全無力化成功?

 いやそんなはずはないだろうな。油断してもいい事は何もない。


 とはいえ、向こうが攻撃してこないのならば好都合ではある。

 俺は銀腕を伸ばして灰紫色の塊を振り回して、立ち昇った割りに拡散する訳でもなくゆらりゆらりとこちらにくゆって来ていた黒い煙を搔きまわす。

 黒い煙は灰紫色の塊、竜人の姿をした像に触れると吸い込まれるようにして消えていった。


 第5階層ボス、黒竜人戦士のドロップアイテム、鑑定ぽんこつ先生いわくシュードプラムの竜人像だ。

 アウレーネいわく、呪いを溜められるそれに触れて吸い込まれた黒い煙は、やはり呪詛とかそういうものなのだろう。


 燻ぶりナマズのパクリ元だろう死に覚え高難度ゲームのボス、燻ぶる呪界のガラトベルムは呪詛の外殻を纏ったボスだ。

 アウレーネと見た攻略動画で状態異常に掛かっていた際の黒い靄は呪いを表現したものだったようだ。

 燻ぶる呪界のガラトベルムがその体で呪い攻撃を仕掛けて来ていたのだから、燻ぶりナマズと戦う時も対策はしておいた方がいいだろうという懸念は当たったらしい。


 その割にいの一番目に振りかけたなけなしの精神回復薬が全くの無駄で終わってしまったのが解せぬが。

 呪いなんだし、心を落ち着けてくれる薬をぶつければ治ってくれても良さそうなんだがな。まあ治らないなら治らないでもいいんだが。


 検証している最中に燻ぶりナマズの方も仕掛ける気になったらしい。

 少し離れた所から身を縮めるようにして力を溜めて―――。


「グォオオオオオッ!」


 深く響く咆哮を吐き出した。

 音圧と共に礫が、いやナマズの外殻の泥が弾き飛ばされてくる。

 咄嗟に魔力で作り出した粘土で受け止めて、―――その制御を乱された。

 

 ナマズの外殻の黒い泥を抱え込んだ粘土がその形成を乱して千々に散ろうと暴れる。

 慌てて咄嗟に黄色同調魔力を練って氷晶を作り、同調氷晶を周囲に展開すると一応粘土の散逸は防げた。

 しかし、内部ではまだ制御が乱されて暴れるような感触がする。

 これはしっかりと対策していないと想像以上に厄介だな。


 まあ、対策もない事はない。

 先ほどのシュードプラムの竜人像だ。

 形自体は取り戻した粘土の中に灰紫色の竜人像を突っ込めば、暴れる勢いは見る間に勢いを失って、圧力が萎んでいく。

 制御を取り戻した粘土塊から取り出して見れば、そこには以前と何の変哲もない灰紫色の竜人像があるだけだ。……これはこれで不安になるな。許容量が桁違いなのか、それとも破裂する瞬間まで一切外観に変化がないのか。


 多少の想定外はあったものの適切に対処する事は出来た。

 ただ問題は―――。


「グォオオオオオッ!」


 呪力を纏った黒い泥の散弾は連発が出来るという所だろうか。


『避ける! レーネ、ユキ!』

「あいよー」「んっ……」


 俺の合図と共にアウレーネが藍色変質魔力の塊を飛ばして離れた場所に透明なヤドリギを作り出す。

 ユキヒメは勢いをつけて新たに作られたヤドリギのソケットへと強粘液の液滴を接ぎ直す。

 間一髪で元居た場所に黒泥散弾が突き刺さり、灰と混じった所為なのか赤熱して燃え上がった。


 のんびりと見物してもいられない。

 相手は連発が出来るのだからひとまず避けても次が来る。

 俺は二人に稼いで貰った時間を使って、細氷の霧を作り出し、燻ぶりナマズへとけしかけた。

 単純な投射攻撃でもない見慣れない挙動は燻ぶりナマズを警戒させるのに役立った。

 本当は温度を下げる事で動きが鈍ってくれればと思ったが、確認する前に次を叩き込む。

 相手に手番を渡すとジリ貧になりそうだからな。畳みかけるに限る。


 細氷の霧に紛れて同調氷晶を3つ作り出して相手の近傍に寄せる。

 その上で氷杭を適当に作成して放つと燻ぶりナマズが動いた。


 もう一度咆哮を上げて黒泥散弾を飛ばすと氷杭を迎撃してきた。

 実体を伴った弾は流石に同調氷晶でも崩しきれないようで、さして勢いを落とす事もなく氷杭を打ち破ると勢い余ってこちらへ飛んでくる。

 幸い氷杭が多くを防いだので避ける必要もなく、黒泥散弾は全弾外れて天井へと着弾し、炎上した。


 燻ぶりナマズがもう一度咆哮を上げて―――。

 放たれた黒泥散弾が巨大な水塊に捕獲されて勢いを失う。


『大丈夫か!? ユキ』

「……少しなら…ぅ…お願い」

「あぁッ、すぐに!」


 ユキヒメが水塊で抑えてくれたので黒泥の中の呪力が暴れる前に同調氷晶を水塊に寄せて呪力の暴れを鎮圧し、灰紫色の竜人像を投げ込んで呪力を吸い込む。

 水の中の黒い泥は竜人像に近付くと黒い靄を吐き出して色を失い、形を崩して消えていった。


 呪力関係の敵に精霊たちの力を借りるのは気が引けるが力を貸してくれるのであれば心強い。

 ユキヒメが黒泥散弾を防いでくれている間に俺は氷杭を作り出して側面方向から寄せて燻ぶりナマズの気を引きつつ、反対方向から粘土塊を燻ぶりナマズの上まで動かしていく。

 氷塊が黒泥散弾で砕かれると同時に粘土塊が弾けて内部の透明な液、泥解の消化液をぶちまける。


 燻ぶりナマズの黒い泥の体表に降りかかった消化液は黒い煙を上げて、更に奥へ奥へと侵食していった。

 煙の回収は後でするとして、2回目の投下でやっと見えて来た。 

 黒い泥の表皮の下にある金色の本体(・・)


 燻ぶる黒いナマズの姿は黒い泥を被った偽りの身体でしかない。

 黒い泥もそれはそれで厄介なので本体が動き出す前にある程度剥がしておきたいのだが……。

 燻ぶりナマズは半分都合が良くて半分都合が悪い選択をしたようだ。


 燻ぶりナマズは再度咆哮して黒泥散弾を飛ばすと重ねて金赤色(・・・)の火焔を噴き出してきた。

 火に焙られた黒泥散弾は空中で爆発して手前の水塊と、天井に吊るされた俺たちの潜む液滴を煽り、姿勢を崩されて対処が遅れるままに火焔が水塊に触れた。


「くぅっ……」

『大丈夫か!?』

「うん……でも…」


 火に触れた水塊は驚くほどあっさりと破られて消失した。制御していた魔法が破られた反動は少ないようでユキヒメに大事はないようだが、あの火焔は厄介そうだ。


 重ねて黒泥散弾が飛んできたので気を利かせたアウレーネが作ってくれたヤドリギのソケットへと飛んで大きく回避し、対策を考える。


 あれは第二形態、本体が動き始めてからの技だったはずだ。

 ゲームとは違い、出来ない訳ではない技は使って来るのだろう。


 あまり悠長に泥剥がししている訳にもいかないな。

 ゲーム動画通りであれば本体活動開始後も黒泥は厄介だったので、出来ればなるべく減らしておきたかったが、そうさせてくれる程燻ぶりナマズも甘くはないようだ。


 俺は粘土塊を作って動かすと、先ほどの消化液攻撃で警戒した燻ぶりナマズの意識が大きく逸れる。


 その意識の間隙を縫って俺は銀腕を伸ばして先端の紺鉄鋼の爪に挟まれた白い牙(・・・)、盲目鮫の牙とそれを覆う濃い灰色のサメ肌を燻ぶりナマズに突き刺した。


 盲目鮫は泥海を割って機敏に泳ぐ第6階層の遊撃手だ。

 そのサメ肌は泥を支配する能力を持つ。

 成形機で作られた泥貫きの牙は何の抵抗もなく燻ぶりナマズの体表を切り裂いて、その下の本体に届く確かな感触がした。


 燻ぶりナマズがびくりと震える。

 震えは地響きに変わってやがて大空洞全域へと伝播した。


『第二形態だ。レーネ、ユキ。準備開始』

「あいあいさー」「う……うん」

拙作をお読みいただきありがとうございます。


流石に長引いてしまったので戦闘途中で申し訳ございませんが分割させて頂きます。

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