66:泥底洞窟の先へ
泥底洞窟はやはり中央区域に入った段階で、その様相を少し変化させた。
いや、辺縁でもそれなりに探索の手応えはあった。
それぞれの小島の大半には地下空洞があり、地上へ通じる道や叩けば壊れないし動きもしないものの鉱石を落とす謎鉱石柱があって、錫や鉄などの鉱石を手に入れることが出来た。
ただ、やはり希少価値や有用性という点で考えると素直に頷ける素材ではないのでどうしてもワクワク感がイマイチ煮え切らないまま淡々と、どちらかと言えばユキヒメと一緒に散歩でもするような心持ちで探索している事が多かった。
中央区域の地下空洞では謎鉱石柱ではなく宝箱が待っていた。
名称:琥珀
魔力濃度:30
魔力特徴:魔力を込めると電気を作る。
相変わらず命名しか役に立たない鑑定ぽんこつ先生だが、それでもこの飴色の宝石が琥珀だと断定できるのはありがたい。
アウレーネの解析によれば魔力を込めれば電気を作るそうだ。実際にメタルゴーレムを介して込めてみてもよく分からなかったが、腹腔内を通して手元で魔力を込めてみると整骨院の電気刺激施療のような感じのピリッと来る感触はあった。
正直攻略には使えそうになかったが、魔力を流した時に電気と一緒に独特の芳香がした。
香料としてなら使えるかと周囲に聞いてみるとそれらはいい香りだという評価を受けたので、どちらかと言えば他の宝石たちと同じように一部の精霊たちへの報酬としての方面で使い道を考えた方がいいだろう。
とりあえずウヅキに管理をお願いした。
その他にもオパールなどの宝石の入った宝箱が見つかった。これらから察するに第6階層の地下は化石系宝石が取れるマップらしい。実用性は乏しいが何かの折に使い道が出てくるかもしれない。心の隅に留めておこう。
地形的な意味でも中央区域以降は様変わりした。
まず液滴ヒドラの背が高くなった。
今までは精々3メートルほどかそこらの人サイズが動くには支障ないくらいの高さの液滴だったが、それが2倍、所によっては3倍と背が高くなった。
で、背が高くなった液滴ヒドラの泥底洞窟にはその影響を受けるようにして―――。
―――ティン、ティン。
「あなた。来たよ……」
「おっけ、ありがとユキ。―――っと準備できたぞ」
「……うん」
盲目鮫が天井や壁の泥を割って姿を見せるようになった。
液滴ヒドラの背が低いうちは軽い金属音自体はするものの、襲ってくることはなかったが、巨大液滴ヒドラの領域に入って、液滴の中で軽い金属音をさせた盲目鮫はこちらを認識して襲ってくるようになった。
金属質な鼻を左右に揺らし、鋭い乱杭歯を並べた盲目鮫がこちらへと泳いできて―――。
その身を天地前後に回転させてひっくり返った。
混乱した盲目鮫が暴れるも、回転させた仕掛け……ユキヒメが支配するヒドラの粘液はその暴れ方向に上手く丸め込んでいなしている。
正確には盲目鮫を捉えている粘液はユキヒメではなく俺が支配しているのだが。
俺は黄色同調魔力を氷の結晶の中に内包して作った同調氷晶にも魔力を流し込んで粘液支配を切らさないように注意しながら、その同調をユキヒメと通じ合わせて粘液の操作をユキヒメに受け渡す。
その上で何とか捻りだした集中力の片隅で銀腕を動かして先端に取り付けられた紺鉄鋼の爪をドリルのような回転刃へと位置を調整して盲目鮫の胴体へと突き込んだ。
粘液の粘性のおかげか比較的暴れ方もゆっくりなので位置調整はしやすいものの、粘液の所為でこちらも刺突に上手く速度を付けることが出来ない。
そのため、単純に突き込むのではなく、ドリルのような回転刃で穿孔するような形で突破力を補強した。
突き込んだ回転刃は暴れて身体を捻られたものの、銀腕の位置自体を上手く調整して外されないように動かし、逆に穿孔した傷口を暴れに合わせて抉る事で創傷を切り開いていく。
ユキヒメが溢れ出る血液も上手く粘液を操って邪魔にならないように移動させてくれたため、視認しながら調整できたのも大きいだろう。
次第に盲目鮫の暴れは弱々しくなり、やがて光の泡を吐き出して消えていった。
こいつも初めて泥底洞窟で相手取った時は案外手間取ったな。
決定力が足りないものだから盲目鮫を浅い傷だらけの手負いにして暴れさせ、その余波で液滴ヒドラが煽りを受けてご臨終した。
当然その液滴ヒドラの粘液で構成されていた泥底洞窟が一部崩壊し、こりゃマズいと最終的にこちらも損害覚悟で口の中に銀腕を突っ込んで内部から紺鉄鋼爪で掻きまわして倒したが、それも何度か対処する内に攻略法を確立することが出来た。
ドロップのコアを拾って先へ進むとドロスマンサーの幼虫……ドロスマゴットとでも言おうか、白くて細長いワームがたむろする液滴ヒドラの根元が見える。
ドロスマゴットの付近の泥上には擲弾蓮が繁茂していて、擲弾蓮が島と島を繋ぐように繁茂しているため、つまりはそれを辿って行けば比較的次の島へと向かいやすい。
そういえば蓮はレンコンも採取することが出来たな。
擲弾蓮がどうかは試していないので分からないが、この泥壁の中を上手く探ることが出来ればありそうな気がする。
何に使えるのかは正直分からないが、これもまた何かアイディアが思い浮かべば採取できる可能性はあると心に留めておいてもいいかもしれない。
そんなことを思いつつ、適当にドロスマゴットを処理してドロップ素材を集めると、周囲の泥底洞窟……洞窟の天井が高いので閉所という感覚が薄い、最早液滴ヒドラ樹林ち言ってもいいかもしれないな。そういった景色を見回して、ドロスマゴットが続いていそうな方向を探る。
一つ先の向こうに見つけたドロスマゴットの群生と方向とを考えると、これは恐らく中央区域からもう一つダンジョンの奥へ行った先の島へ続く道だろう。
アシ不織布の上でマジッククレイを変形させて描いた自作の地図にそう反映して先へ進む。
何だかんだ今までは入り口側領域から中央区域までの島々を丁寧に探索して回っていたから推定ボス戦フィールドの環礁がある側の島々を探索するのはこれが初めてだ。
少々楽しみに思いつつも、俺たちは液滴ヒドラが形作る泥底洞窟の樹林を分け入っていった。
―――……。
長い洞窟を抜けると、そこは大空洞だった。
緑色斥力魔力の中に橙色空間魔力が広角ライトと一緒に充填された赤肉メロン光源に照らされて褪せた色合いを照り返す周囲は厚く積もった柔らかな灰で覆われている。
洞窟の中にしてはやけに乾いているようで、一歩踏み出してみれば灰は湿り気も見せずにふわりと立ち昇った。
―――ぼぉおおおぉぅぅ、ふぅううううぅぅ…………。
そうしている内に大空洞の奥、広角ライトの光源では見通せない先から太く、低い汽笛のような音が響いてくる。
光源では見通せないものの、姿かたちは朧気ながらに分かった。
黒ずんだ巨躯からあちこち赤熱色に燻ぶり上げていたからだ。
その体は端的に言えば体を丸めて眠る大ナマズ。
知らないけれども動画で見た事はある。
高難易度で一定の人気がある死に覚えゲー、その攻略動画などに出て来ていた敵、“燻ぶる呪界のガラトベルム”とかいう奴だろう。
どうやら後半領域入ったかなと思ったら早々にボス戦フィールドを引き当てたらしい。
とりあえず、俺はほぼ戦場になると見ていいだろう大空洞の出来るだけ正確な地形とそこから推測されるガラトベルムをモチーフにしたと思われる燻ぶりナマズの大きさに目星をつけて―――。
降り積もった灰を回収できるだけ回収して撤退した。
ボス戦フィールドの素材だし灰だしね。何かに使えるかも知らんし放置する手はないわ。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




