62:航海方法の検討とかしまし輸送
泥炭諸島の中央区域は蓮の上を蝿が飛び交い泥の中を盲目鮫が行き交う面倒くさいマップだった。
最初に仕掛けて来た盲目鮫は難なく処理できたものの、流石に何匹もいるとは想定外だった。
それに運よく念のため撒いていたデコイの方に仕掛けてくれたから良かったものの、仮に最初に氷の船体本丸に不意打ちを仕掛けられていたらどうなっていたか。
下手すると泥の中に身を投げ出されて身動きが取り辛い中で鮫の群れに集られた可能性もある。
軽い金属音が鳴る泥炭諸島中央区域の航海は少し対策が必要だろうな。
あの後他の盲目鮫に襲撃を受ける前に何とか近くの小島に辿り着いて戻ってきた俺は最近消費量が少しずつ増えてきている魔力回復薬を追加で作成して副産物の魔養ドリンクを一服していた。
対策は、検証が必要なものの一つ思い浮かんだが、対策をするために盲目鮫と戦う事が必要と言う猫鈴状態だな。鼠とは違って面倒くさいが倒せる分対処は楽な方だろうが。
鑑定ぽんこつ先生いわく泥捌の尾鰭、フカヒレはアウレーネに解析を頼んでみたら面白い特徴を持っているようだ。
何でも魔力を込めると泥が従うそうな。多分、と考え込むように話してくれることによると弱い反応力の変質魔力がフカヒレの構造中にあって、それが泥状の物に殊の外感度良く作用しているのじゃないかとのことだ。
フカヒレがドロップした元の盲目鮫も似たような仕組みを使っている可能性が高い。
あいつら泥の中なのに水中のように振舞っていたしな。
つまりあいつらの身体組成を流用出来ればヨットの更なる高速化が見込めるという事だ。
何を考えているかと言うと、盲目鮫の捕獲と制圧だな。
ゴブリンの武器強殺以降あまり使う機会がないが、魔力的に支配出来たダンジョン産物は支配物全量を獲得できる。
一応狂奔する精霊たち相手にやったと言えばやったのだが、精霊の身体は魔力で出来ているので奪っても扱いに困っただけだ。精々ユキヒメの基になった茨樹精に泡沫精の身体を使って妨害を仕掛けたくらいか。
実体を持っていなければ魔力支配しても素材的には意味がないが実体を持っていると武器のような取り上げれば無力化できる物でもない限り魔力支配は難しい。
流動しない物質に含まれる魔力構造体を自分の魔力に従うように染め直すという一種の魔力置換作業になるし、それは相手が支配から脱却しようと暴れる上からする必要がある。
盲目鮫の全身獲得を目指すならまずは相手を抵抗の余地なく制圧した上で死なないように保護しつつ、かつ適度に弱らせて身体制御を覚束なくさせて、時間をかけて魔力支配するしかないだろう。
準備が必要だし苦労が多いが出来なくはないな。
そしてそこまでやって出来た鮫ヨットにはもう一つ期待している役割がある。
盲目鮫の目くらましだな。
今の所どのダンジョンでもそうだが、共食いや同士討ちは見られていない。
盲目鮫の身体で船体を作れば周囲の盲目鮫が仲間と誤認して襲撃を控えてくれる……といいなあと考えている。期待はずれだった場合のリスクが大きいから試検は必須だがな。
総合的に勘案して実行してみる価値が手間を上回りそうなのでそれなりに準備をするとしよう。
代案で浮かんだ空中航行手段の検討や蓮の葉を補強して移動する手段の検討より出目のある話だろう。
* * *
―――ぐきゅる……ぐぅ…。
「……と、こんな……感じ?」
「おう、ありがとうユキヒメ」
「どうい……たし、まし…て」
準備に一日掛けたものの捕獲自体は何とかうまくいった。
酩酊霧噴式イガグリ爆弾が効果あるなら、酩酊ブランデーを使えばいいだけの話だからな。
ただし相手の大きさが大きさなのと殺さずに捕獲し続けるという目的もある。
だから一日かけて新たに酩酊ワインを量産して、僅かにだが命を癒す効果も付与させた。
蒸留しなくていいから手間の大半は省けたがな。
醸造した酩酊ワインを赤肉メロンの中に格納し、盲目鮫特有の金属音が鳴り始める中央区域で根気よく釣る。
航海の邪魔にはなるくせにいざ釣ろうと思うと中々釣れない。
そんな焦れた思いを抱きつつも中央区域諸島に差し掛かった小島でユキヒメと並んで釣りをする事2時間ほど。のんびり屋のユキヒメでも水で出来た茨触手を泥炭の中に突っ込んで遊び始めた段階でようやっとヒットが来た。
食いついた赤肉メロンの裂け目を開封して酩酊ワインが漏出させ、更には出血サービスで盛り込んだ星白金との同調を軸にして赤肉メロン内に細氷を転移させ、胃袋内壁を掻きまわして盲目鮫を動転させる。
酩酊ワインを胃袋に送り込んだからと言ってすぐに昏倒する訳ではない。
突き上げるように赤肉メロンを捕食した後、背から泥中に落ちて潜り込んでいた盲目鮫も体内で魔法がぶっ放されるとは思わなかったようで、混乱した末に泥の海の表層で暴れ始めた。
そこをユキヒメに頼んで水の茨で拘束して貰い、何とか小島の岸辺まで引っ張ってきたのだ。
暴れる内に酔いも回ったようで、引き摺られて岸に打ち上げた酩酊鮫も動こうという気配はあるものの、その動きは弱々しい。
取り合えず酩酊ワインを追加で進呈しておく。死なないようにな。
さて、捕獲自体は上手く行ったものの問題はこれからだ。
ここから盲目鮫を魔力的に支配していかなければならない。
俺は氷の結晶の中に黄色同調魔力を込めた同調氷晶を作り出して盲目鮫を囲み、胃袋の中の星白金と合わせて魔力的な支配を強めていく。
相手が肉体を持っているからだろうか。
自身の同調に従わない、相手の周波数とでもいうような異なる波が深く集中していると感じられる。
それらは俺の黄色同調魔力の放射を受けても容易には染まらず、逆にこちらの波を乱そうとしてくる。
一種の支配権を巡る争いだった。
ただし分は差し引きでこちらにあるようだ。
相手の周波数とでもいうような波は既に酷く乱れていて、干渉力がそれ程大きくない。
相手の身体が当然ながら相手の支配領域であり、相手の波に染まりやすい事を加味しても根気よく時間を重ねれば俺の周波数の方へと裏返す事は出来そうだった。
時間を重ねることが出来れば……の話だが。
先ほどからどうにも盲目鮫の衰弱が激しい気がする。
一応追加で酩酊ワインを送り込んでいるが、そろそろ在庫が心許なくなってきた。
回復薬を送り込むと言う手もあるが、あまり回復されてもし暴れられたらと思うとリスクが大きい、魔力濃度の低い回復薬も持っておけばよかったか。
とりあえず支配領域の奪取を体内方向へ向けるより表層を覆うようにした方が盲目鮫への負荷が低いことが分かったので表層支配を優先して行うことにする。
……あー、うん。
当然だけど内臓とかの体内組織が突然自分の制御を離れたらそりゃ苦しいわな。心臓が制御を離れたら心不全だ。そりゃ死ぬ。
気付いて然るべきの事実に今更気付きつつ、表層支配を進めてひとまずは形になった。
―――……。
光の泡を吐き出して盲目鮫が消えていく。
とは言っても全てではなく、泡が立ち昇っている割にサメ肌は相変わらずその形を保っている。
結局のところ全身支配は無理だった。
俺が手間取り過ぎたのもそうだが、盲目鮫の体力も保たなかった。
流石に他者から身体の制御を奪いながら他者を生かす方法は持ち合わせていない。
内臓の支配に取り掛かろうとした矢先に盲目鮫は力尽きた。
ドロップはコアと盲目鮫の身体の一部。
尾の方はほぼ全量取れたようだが表皮と下顎以外は支配抜けも多いな。上顎の支配を進めようとして予想外の衰弱で断念し、筋肉の支配を進めようとしていた最中だったからな。
得られた素材は全体としてペラいサメの着ぐるみと言った風貌だった。ただし質感は本物だが。
魔力を流せば泥がすんなりと落ちてくれる便利さに感謝しつつ小島へと全身引き上げて―――。
「どっちか、いるか?」
「なんじゃ?」
今日工房に顔を出しているのはサンドラの方だったか。
「ちょっと取ってきて欲しい荷物があるんだが頼めるか?」
「我王ぞ? 王ぞ我。何故にそのような事をしなければならぬ」
「大戦果を持ち帰るのも王の役目だろ」
「それを早く言わぬか、たわけ」
お前が人の言を遮ったからだよ。
コイツと喋るのは本当に疲れるな。
ウヅキにチェンジしてもいいんだが、毎回ウヅキに頼るのも申し訳ない。取り分け今回は重量物だし物が物だしな。サンドラは騙されてくれたがどうであろうと荷物持ちには変わりはない。
通信子機を転送ボックスを介して送った先で悲鳴が起こった。
受信ゴーグルを被り直すとサンドラが腰を抜かしているようだった。
「な、な、何じゃこれは!?」
『サメの抜け殻』
「ぬ、抜け殻!?」
『そう抜け殻』
詳しく説明するのも面倒だから抜け殻で押し通す。
そう間違ってはいないだろう。
『で、そっちに送れるか?』
「無論であろう。……じゃが人手が欲しい。先日のアレ、出来ておろうな?」
ハイハイ。本当に人手が欲しいのかどうかも怪しいが、以前言及した手前ここで出し渋るという選択肢はない。
俺は追加で転送ボックスを介して緩やかに点滅する色付いた球を3つ送る。
淡い光を放つ色付いた球は藍色と黄色の変質魔力で加工したクォーツ系の宝石だ。
以前ポロっと通信子機の展望について話した所、やけに乗り気で催促されて、先日通信子機の量産化にも目途が立ってしまったのでウヅキとサンドラ両方から要望されて断れなかった。
いそいそと球状のクォーツ宝石、クォーツオーブを回収したサンドラはそれらを胸に抱いて呼びかける。
「出でよ……我がしもべたちよ!」
尊大な呼びかけと共にクォーツオーブが光り輝いて……、その内一つは光を失って元に戻ってしまったものの……、残る二つはオーブから水を噴き出して人の姿を模る。
「なーにドラちゃん?」
「あ~ご主人様じゃン。おっひさ~」
やけに緩いノリで現れたのは以前黄昏世界に取り込まれた時に出会ったっぽい感じの2体のメイド服を着た泡沫精だった。
駄弁り始めた彼女らの話を聞くと、飽きるまで黄昏宮殿を探索した後カワイソウだしサンドラの面倒を見始めたらしい。
世話をしてみると案外カワイイし適当にあしらえばゴキゲンに魔力回復薬をくれたりするので意外とイイそうだ。
もう二体マゾ君とドエムちゃんが普段謁見の間で駄弁ってる仲間だそうだが、戦いにしか興味がないのでどっちも来なかったのだろうとのことだ。忠誠心低いな。
「おぬしらッ! 話を! 聞いておるのか!?」
「あー、ゴメンゴメン」
「あ~しらさぁ。オシゴトするためにご主人様とお話を詰めてたンよね~。……ほら、ドラちゃん様のオシゴトだし間違いは出来ないじゃンか~」
「そーそー。ちゃんドラ様の為だよ?」
「ふむ。ならしょうがないのう。我に免じて許そう!」
「そ~そ~。ゆるそ~? ゆるゆるそ~よ、ネー?」
緩々だなほんと。
とはいえ便利に扱ってくれるのならこちらとしても大助かりだ。
彼女らにア~シャとそれからベーシスト的な感じがいいとかいう謎の要望を受けてシスティと名前を付けて協力を頼む。報酬は魔力回復薬でイイそうだ。
「やった~。ドラちゃん様ありがとね~」
「流石ドラちゃん様、話が分かるー」
報酬を渡したそこでサンドラを気遣うあたり抜かりないな。まあサンドラが実際に彼女らの派遣を決めたので間違いでもない。
機嫌が良さそうにふんぞり返って尻尾を揺らしているサンドラ的にも問題なさそうなのでヨシッとする。頭ごなしに報酬が決定されてるけどまあ細かい事はいいんだろう。
「じゃ~システィがメインかな~。あ~しが水で包むからお願いしてい~い?」
「おっけー。じゃ、ドラちゃん様浮かばせたら送って?」
「うむ、任せるがよい!」
そういうとア~シャが水球を出してサメの抜け殻を包み込み、僅かに浮かせると何処からともなく風が渦を巻いて水球を隔てる。
「行くぞ!」
気合の入った掛け声とともにサンドラの姿が崩れると、薄黄色に光る閃光が渦を巻いて通信子機の周りを取り巻いた。
光が水球を塗り潰して収まると、後には何もない泥海の岸辺が残るのみ。黄昏世界への転送に成功したようだ。
システィがなぜ風を扱えたのか気にはなるがまあイイだろう。
『じゃあ工房で出す時もよろしくな』
「仕方ないのう。分かっておろうな?」
『……水晶玉、まだやるとは言ってないし貸したつもりなんだが?』
「うぬぅ。……返さんぞ?」
『それでいいならな』
「ならよい。それで手を打とう」
クォーツオーブは魔力回復薬より素材が貴重なので実際にサンドラの得になる手の打ち所ではある。
こちらとしても本来はウヅキに管理させるつもりだったが問題児に世話役がついてくれるのなら別途用意してやった方が楽だ。それなりのコストをかける価値はある。
サンドラ自身への報酬がクォーツオーブに決まった所で3体ともゴキゲンに帰って行った。
賑やか……いや姦しい連中だな。
ともあれ、一つ便利な仕組みを立ち上げることが出来た。
以前から懸念していた腹腔の容積を超える物品の輸送方法だ。
実際の所ウヅキの所に送った茨樹精や黒竜人戦士とやり合う前にサンドラから出して貰った長い注連縄なんかで原型的な形では使っていたのだが、必要に応じて呼び出して収納させるのは今回が初めてだな。
サメの抜け殻はヨットに載るサイズではなかったし、このサイズをきっちりと橙色魔力で包み込んで全量工房に戻すのは不安だったので助かった。
報酬はそれなりに掛かるがこれからも必要であれば利用するとしよう。
一仕事終えた所で工房に帰ってサメ船体作りをするか中央区域に入らないように探索するか思案していると、ちょいちょいと受信ゴーグル越しに襟を引く感触が。
「あなた。……下に何か…あるよ?」
なんぞと思って受信ゴーグルの映像に映るユキヒメの姿を探してみると、先ほど二人して並んで釣りをしていた岸辺の泥の縁を押しのけるようにして水の塊が沈んでいた。
中を覗き込むと、円柱状の水塊の向こうの暗がりに伸びる広い空間と、その暗がりを覆うように蠢く半透明の触手が光を煩わしそうに払い除けようとしていた。
第6階層は泥上泥中の面倒さに加えて泥下にも面倒な仕掛けがあるらしい。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




