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59:第6階層クルーズ

「不思議な……感じ…ふふ」

「そ……そうか」


 深水色の身体で出来た茨樹精と行った装いでユキヒメが振り返って微笑んだ。

 思念を黄色同調魔力に乗せて送る必要もない。

 ユキヒメの本体は目の前にいるからだ。見えないが、分かる。


 受信ゴーグル越しの胸の通信石がこしこしと擦りつけられるのを感じて俺は困惑した。


 意外な事に作成した蔓抱き光晶核のペンダントの使用を申し出てきたのはユキヒメからだった。

 折角作って貰ったのだし、本体が出かけるのでなければ探索にも行ってみたいそうだ。

 俺はまた彼女の意志を測り損じていた訳だな。俺くおりてぃ。


 検証の結果、光晶核はそれその物だけでは大した通信感度は得られなかった。

 まあサンドラたちの通信子機はそれぞれの世界を支配していて、現実との窓口になる彼女らと繋界核の性質を利用して顕現しているわけだしね。

 けれでも通信石を介すれば別で、階層間をまたいでも通信石の近傍では良好な通信感度を維持できた。

 その他にも星白金を使用して強化改良して単独で使えるようにする案も提案したが、このままがいいと言われてしまったのでこの案は破棄された。


 そこで今回の探索で使う方法が通信石の共同利用だ。

 俺がメタルゴーレムを操っている所に間借りして、ユキヒメが光晶核のペンダントを送り、メタルゴーレムの近傍で活動する。

 工房の休憩区画に置いてあるソファを引っ張ってきて腰かけ、ユキヒメが俺に巻き付くようにして胸の通信石から光晶核に宿ったユキヒメの分体を操作する。

 何かそんな感じになった。


 うん、これ以上現状について思案するのは止めておいて第6階層だ。


 第6階層入口は踝までの下草が生い茂った小島だ。

 差し渡し20メートルといった程度の少々広めの小島の中心に戻るの転移象形がそびえている。

 相変わらず太陽的なものは見えないが、光源はしっかりと届いているようだ。

 ただ、第4階層などと比べると少し柔らかいというか覇気がないというか。

 全体的に朧を纏っているような印象だ。

 視界も遠く先の先の小島まで見える程良好ではあるものの、白く霞んでぼやけている。湿度が高めなんだろうな。


 その所為かユキヒメの機嫌は良好だ。

 光晶核に魔力を送り込んで造られた身体は、彼女の基になった泡沫精を反映しているのか、水で出来た茨樹精といった感じだ。高湿度の環境では存在維持が楽だろう。

 更に言えば実体のある彼女の本体とは違って魔力で構成されているので念動で移動できる。本体よりスムーズに移動できるのも新鮮で楽しいようだ。


 あちらこちらをふわふわと散策しながら小島を見て回るユキヒメを尻目に俺は腹腔から機材を取り出して組み立てる。

 もちろん空撮ドローンだ。

 遮蔽の無いほぼ良視界の場所で使わない手はない。

 アウレーネにいつもの反応装甲的なヤドリギの種を植え付けて貰い、空へと飛ばす。


 結果は良好だった。

 いや良好過ぎた。

 いつもより随分と高空の60メートルまで上昇できた空撮ドローンはその性能を遺憾なく発揮し、有視界距離内では大小20の小島が点々とする泥炭諸島といった感じのマップを浮かび上がらせた。

 入口の小島は泥炭海に浮かぶ泥炭諸島の外縁にほど近い場所に位置し、辺縁には2つ3つの小島しかない。

 翻って中心を過ぎて奥の方には一つだけ特徴的な島があった。

 端的に言えば環礁だろうか。巨大な円環状の小島の中に泥炭の海が溜まっている。

 うーん、ボス戦フィールドやろな……。


 靄に沈んで朧げとはいえ浮かび上がった推定ボスの居場所にただただ困惑せざるを得なかった。まだ入り口なのに。


 それはそうとてマップが浮かび上がれば次は探索だ。

 ボス戦へ直行することも出来るが、第5階層とは違ってのんびりと探索できるのだしそう急ぐこともない。

 まずは外縁の島へと足を向けた。


「きゃー…早いー……ね」

「あぁ、操作をよろしくな」

「うん」


 緑と橙色の帆を張って、透明なヨットが泥の海を快走していた。

 帆はもちろん緑色魔力と橙色魔力を結び付けて作られた斥力シートだ。

 橙色魔力に白色魔力を流し込む事で空気が固定され、その固定空気を肩部に増設した発風鉱石から抽出した魔力構造をコアに流して作ったエアブロワーが吹き押す事で推力を得る。

 船体は魔力で作り出した氷を加工して作った。

 流石に嵩張る物を幾つも持っていくのは骨だからな。

 ユキヒメが冷たがらないか心配だったが杞憂だったようだ。脚部の間に収まって辺りをきょろきょろと眺めている。


 そのユキヒメが帆の操作担当だ。

 三角の帆の底辺両端に絡み付いた蔓を操って風をうまく調節している。

 俺は帆の頂点担当だな。銀腕手甲を伸長させてそこと帆の頂点とを癒合させて支柱とする推力の要部分だ。


 とはいえここまで快走する予定ではなかったのだがこの推力を上乗せしたのがユキヒメだ。

 泥と氷、普通ならば泥が凍って貼り付くかしてそれなりの摩擦が発生することを予想していたのだが、そこをユキヒメが補助した。

 今、氷の船体の下には薄く水が流れている。ユキヒメの作り出した水流だ。

 流れる水が凍らずに泥と氷との間で緩衝する事で摩擦を低減して、エアブロワーの性能が殺される事なく発揮された結果だ。


 一応水蜘蛛氷やら爆水噴式推進器も用意してきたが、正直これだけでいいな?


 ともあれ、そんな速さで飛ばせば一区画程度しか離れていないような島の間何てすぐだ。


「きゃッ」

「到着っと」


 下草の絨毯に乗り上げるようにして外縁の島に到着した。


―――……。


 外縁の小島には特に何もない事を確認した。

 だが次に中央付近へ向かおうと思えば必ず接近しなければならない。


「うぉッ」

「大丈夫……」

「あぁ、ありがとうな」


 十分と距離を取ったつもりだが、横合いから爆風が圧しつけて来た。

 傾きかけたヨットのバランスを取り戻したユキヒメに礼を言って振り返る。

 榴弾の発生源は直立した茎から首を振ってこちらを向く蜂の巣……いや、蓮の果実が生る柄か所謂ハスコラっていう奴だな。

 蓮の葉に乗るという時点で不安しかなかったが、どうやらあいつは敵でもあったらしい。

 蓮の果柄、後に調べたら花托と言うんだそうな、から実が作り出されて、再び放物線を描いてこちらへと散榴弾が飛んでくる。


 とりあえず擲弾蓮とでもしておこうか。

 擲弾蓮は近付くと榴弾を機嫌よく投擲してくる敵らしい。

 ならばさっさと近付いて斬首作戦でもすればと思うがそうは問屋が卸さない。

 擲弾蓮の弾源には黒い小さく見える物体が群れを成して飛び回っている。


 あれはドロスマンサーだろう。

 某金字塔RPGに出て来たあいつは群れで出てきて魔法を弾幕で撃ってくるイヤな奴だった。

 現実では再現されているのか、改変強化はされていないのか。まだ未知数だが群れと言うのはそれだけで脅威だ。


 俺たちは更に大きく距離を取ってひとまず中央への足掛かりになる小島へと歩を進めた。


 辿り着いた小島は三方に蓮の葉渡しが続いていた。

 ……まあ三方を擲弾蓮に囲まれているとも言える。

 取り分け中央向かって右手の蓮の花托が陸地に近いな。

 初戦をやり合うのなら船上戦よりも陸地戦の方が安心できるだろう。

 きょろきょろと辺りを見回しているユキヒメに合図を送ってそちらの方へ足を向けた。


―――……。


「もう……終わり…?」

「せやね」


 まあうん、特筆すべき所もなく初戦は終了した。

 一応それなりの強さはあったんじゃないか? コアは28だから恐らく第4階層の飛竜と同レベルだと推測できるし。


 ただ如何せん、俺たちとの相性が悪かった。

 ドロスマンサーたちは花托に近付くと群れを成して泥だんごを形成して放ってきた。

 その量も大きさも洒落にならなくてちょっとした質量攻撃と言っていいレベルだ。

 その上合間合間に挟まれる蓮の散榴弾が通常であれば大きな被害をもたらしていただろう。


 ただしそれらは十分に投射出来ていればの話だ。

 黄色同調魔力を含ませた氷の結晶、同調氷晶を作成して前面に展開すれば泥弾幕は制御を奪われてたちまち勢いを失い、合間に挿し込まれた蓮の散榴弾も爆発前に巨大な水球に捕獲されてしまえば自慢の爆発も大したことはない。それどころか子実弾も魔力で生成されていたのか一部は不発にさえなっていた。


 対して防御の方も残念ながら相手の射程距離は既に俺たちの射程圏内でもあった。

 もしドロスマンサーの群れが蓮の花の周囲を離れてこちらに群れで接近戦を仕掛けていたらまだ結果も分からなかったが、そこまでの知能がなかったのでお察しである。

 細氷嵐がドロスマンサーたちを揉みくちゃにしてボロ雑巾にし、遅れて来た水球がアメーバのように小さなドロスマンサーたちを捕捉して水球の中に取り込み、圧壊させれば後には光の泡が残るだけだ。

 蓮の花托も耐久性はないようで尖らせた氷ナイフを念動で飛ばせば泥中に落ちた。


 後には静かな泥面と蓮の葉が残るだけだった。


 純粋に遠距離攻撃でゴリ押ししてくる敵を上から遠距離攻撃でゴリ押しして終わっただけだった。


「ね、げんた。これお酒、できるんじゃない?」

『あーうん。その内な』

「帰ったらねー」


 くっ、お茶濁し手段が通じ無くなってやがる。

 向こう側に現れてドロップアイテムを解析し終わったアウレーネの意識が俺の胸中に戻ってくるのを感じる。

 ドロスマンサーたちが落とした素材はコアと小ビンに入った無色透明の液体だ。


名称:蓮華の甘露

魔力濃度:28

魔力特徴:魔力と意志に応じて変化する。


 これも果実類や花びら同様変化素材として使えるな。鑑定ぽんこつ先生はいつも通り何の特徴も教えてくれなかったがいつもの事だ。ネーミングセンスだけ頂いた。

 トロみのついた液体だから灰にするのは相性が悪そうだが反対にアウレーネが言うように酒などの液体にするのとは相性がいいだろう。

 甘露と言うからには甘味が付いているのだろうし、そうすると発酵でエタノールも作り出すことが出来るだろう。アウレーネの奴、酒が絡むと恐ろしいほどの鋭さを見せるな。


 ひとまず獲得品を腹腔内転移させてマジックボックスに仕舞い、振り返ると切り落とした花托の切り口に吸い付いているユキヒメがいた。


「おいしいか?」

「ん……うん…甘い」


 少しアシ不透ビンに貰って鑑定ぽんこつ先生を起動させれば同じ蓮華の甘露と浮かぶ。

 どうやら第6階層に来れば想像以上にこの素材を沢山収穫できそうだな。


 ならば次やる事はこの擲弾蓮の討伐だろう。

 出来ればコイツの落とすドロップも確認しておきたい。

 葉を切っても茎を切っても死ななかったが、ゴブリンキングの錫杖で茎から雷撃を流し込んでいるとややあって光の泡を吐き出してきた。

 もちろん葉や茎、全てだ。

 これ葉渡りする方針だったら迂闊に倒せない奴だな。


 右手側の小島に繋がっている擲弾蓮は全て一体のモンスターだったようで幾つか見えていた花托がまとめて光の泡になって消えていった。

 遠目に見える黒い点々、恐らくドロスマンサーだろうが、それらが混乱したように辺りを飛び回っているのが少し面白い。いや悪いことしたな。


 それはともかくドロップだが残念ながらただのコアだった。

 もう暫くはドロスマンサーたちの住処の地上げをしないといけないな。

 それだけ確認して俺たちはその場を後にした。 

拙作をお読みいただきありがとうございます。

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