54:上級回復薬と宝石箱
探索者登録申請をしたからと言ってすぐに手続きが始まるわけではない。
むしろ先週の時点で既に混みあうことが予想されていたし、そもそも実際に探索が事前予約必須の限定開放されるのだって来週の話だ。
やる事やった以上に関わるのはムダだ。
なので今日もダンジョンだな。
今日は昨日実現できた耐久力の変質魔力。これの応用をやって行きたい。
まだ多少手こずる物の藍色変質魔力を作成する。
これを急速に張り出す事で自然と球体を取り、固化して、コアになる。
見ている間に出来た少し大きめのコアを鑑定ぽんこつ先生に見せると魔力濃度29と出た。俺のレベルと同じだな。
使い道は少し考えているが、魔力というよりコアとして魔力の格納容器として必要になったら考えてもいいだろう。
次は物への応用だな。
藍色変質魔力を帯びているだろう素材や魔導具は補修能力も持っていた。生体だけでなく非生物にも欠損修復効果のある回復という桁違いの能力。
この能力を液体に付加してやる事で、補修能力を持った回復薬を作成できないかというのがまず一つだ。
言うなれば上級回復薬といった所か。
あとは金属素材の魔力置換にも試してみたい……とこしえの花びらが供給出来たら。
まずは上級回復薬だな。
いつも通りブドウを潰しながら、これに加えて藍色変質魔力を―――。
考えてみれば当然だけど藍色変質魔力が潰れたブドウの修復に使われたな……。
補修能力を持っているから当然……いや、それならば物が工程最上流の原料へと変化しなければおかしい。どこまで補修するかという限界、あるいは制御は出来るはず。
俺はむしろ潰れた液体が正しい物、液体に藍色変質魔力が溶け込んだものをイメージして潰し直す。
初めはブドウ組成の修復に使われていた藍色変質魔力もコツを掴めばむしろ潰れた液体を補完するように変化し始めた。同時にいつも通り命を癒すよう思念を込めて魔力を練り込む。
いつも通り濾しとって、後はいつも通りだ。スケールクランプでサイズを縮めてフラッシュボックスで寝かせる。もはや眠っていても出来る作業だな。
結論から言えば上級回復薬作りは半分失敗した。
蒸留工程で飛んだアルコールの補修に藍色変質魔力が使われたからだ。
強化アシ束カラムフィルターは正常に動作したのでそちらの方の濃縮は出来たが。
名称:薄紅色の精製液
魔力濃度:20
魔力特徴:損傷を修復する。
魔力濃度が俺以下になった。あと何故か色が変わった。
赤色になっているのは赤ワインの色成分の何かに補修作用が働いたのだろうか。
まあいい、こちらは失敗作として次に繋げてこ。
失敗作と評定するとアウレーネが試飲を申し出てきたが今日の魔力回復薬分として使うかと言ったら非常に悩んだ末に申し出を取り下げた。アルコール濃度は魔力回復薬の方が高いだろうし、加えて魔力的な味というか爽快感も加わっているからな。蒸留されてきたブランデーを既にアウレーネ人形が抱えているのも大きい。
こっちは適当に納品箱にでも入れておこう。
イメージ失敗が原因だな。液体ではなく発酵生成物の内、アルコールではなく残液の方特異的に練り込まれるよう明確にイメージして練って行かないと。
コツは既に掴んでいるので苦労自体はさしたることも無しに再作成は終わった。
蒸留工程でもそれなり上手く出来たようだ。
名称:薄紅色の精製液
魔力濃度:52
魔力特徴:損傷を修復する。
魔力濃度60近くは濃縮できるかと思ったが及ばなかったようだ。
また後々練習して精度を高めていく必要がありそうだな。
それはそうとして効果の検証だな。
俺は昨日帰還させてからマジックボックスに戻していたメタルゴーレムを取り出す。
最初が緑色斥力魔力を纏ってアシストの力を受けて引き上げなきゃいけないが、両手さえ出て来ればあとは魔力を流して自分から動いて貰えばいいから助かるな。
それはそうとして、魔力を流すと幾つか流れのおかしい所がある。
その流れを元に白輝銅アマルガムの被覆装甲を開放すると、中では亀裂の入った碧白銀アマルガムの筋肉が。
水棲ワームに咀嚼された時に付けられた傷だな。
成形機で直しても良かったが、推定補修薬が出来たのでこちらを試してみよう。
漬物ビンサイズの薄紅色の精製液から携行用の試験管サイズのビンに取り分けて精製液を筋断裂部に塗布する。
断裂部は一瞬で歪みや亀裂が均されて創傷の痕跡さえ見えなくなった。
効能も問題ないようだな。
軽く自分の腕に傷をつけても同様に修復効果が働く事を確認して俺はこの薬を上級回復薬と呼ぶことにした。
―――ゴトンっ。
上級回復薬が出来たのでそれまでの回復薬と失敗作はお役御免だ。
アウレーネたちもアルコール分のない液体にそれ程価値を抱いていないようなのでこのまま置いておいても死蔵されるだけだ。
景気良く納品箱にぶち込むことにした。
今までの返礼品は有用だったり碌でもなかったり色々あったが、不用品をリサイクル出来るなら無問題だし碌でもなくても攻略や製作のヒントになったりしている。要は使いようだ。
魔養ドリンクで一服している内に返礼品が返ってきたので受け取ると何やらやたらと洒落た飾り箱が。
フタを開けると透明な内フタに抑えられて煌びやかな石たちが収められていた。
名称:アメシスト
魔力濃度:20
魔力特徴:加速
加速というのは鑑定ぽんこつ先生用語で高めの周波数にした黄色変質魔力構造による同調で魔力反応が加速するという意味だ。
どうやら中身は色とりどりの宝石のようだ。外側の飾り箱も鑑定ぽんこつ先生いわく宝石箱とな。
ふむ。展示する趣味はあまりないし使ってみたい用法もあると言えばある。
そう思っているとちょいちょいと腕が引かれた。
振り返ると紅白の目出度い装いに桜花を透かし織りした薄紅色の紗を纏った雰囲気ぃーな和風美少女が。目が若葉色だけど。
ウヅキはどうやらこの宝石に興味があるらしい。女の子だね。どこぞの蟒蛇とは大違いだ。
「いいけど少し実験に付き合って貰ってもいいか?」
「はい、構いませんが。実験とは?」
「宝石を同調端末にする実験」
「同調端末」
見た方が早いか。
俺は藍色変質魔力を宙で球状に成形しつつ、その中に紫水晶を閉じ込めて急速に固める。
すぐに宝石入りコアが出来上がった。
「これを星白金と同調させたらウヅキたちの中にいる精霊たちが宿る核に出来るんじゃないかってな」
サンドラやウヅキは繋界核を存在核にしてこちら側に顕現している。
現状繋界核は一つしかないので将来精霊たちが外を出歩きたくなった場合渋滞が発生する恐れがある。
それに繋界核も破壊されては困る貴重なものなので、大本の破損リスクを避けるためにも繋界核を起点として繋がる子機というか端末をメインにして活用しておいた方がいいだろう。
出来れば繋界核を抜けてそれぞれの世界に戻るように、端末は緊急時には脱出出来るようにスムーズな出入りができる方が望ましい。
そう伝えればウヅキからも手放しの了承が得られたので早速実験する。
アメシストをウヅキの黄色変質魔力の周波数で染め直して貰い、アメシストコアに宿ってもらう。
コアは宝石を閉じ込めるより半分埋め込むような形の方が宿る時に気楽なようだ。
あと、アメシストよりは桜色のローズクォーツコアに宿りたいらしい。女の子かな?
実験に付き合って貰っているし否やはない。軽く頷いてついでに碧白銀で繋界核同様嵌め具も拵える事にする。
……そこからが長かった。
やれ嵌め具の拵えをもう少しこうして欲しいだのローズクォーツの形を綺麗にして欲しいだのと何度も細かく成形機を使って少しずつ形を整える事になった。女の子だね……。
まあどうして欲しいのか明確に言ってくれるだけまだ可愛いもんだな。
そうこうする内に何とか形にはなった。
テストした所問題なく宿れるようだ。
その感想は宿り心地は繋界核に及ばないけど可愛いから好き。だそうな。
……喜んでもらえてよかったよ。
ただし、その後通信性能の検証をした所、同じ階層くらいなら問題なかったものの、階層をまたぐと通信感度が落ちて安定して存在し辛くなってしまった。
宝石の通信端末化はもう少し研究が必要そうだな。
ローズクォーツの端末はウヅキのオシャレ端末になったようだ。器用な事に繋界核に顕現している本人とは別に人形サイズの自分を宿らせて嬉しそうにしていた。
ウヅキが楽しそうで何よりです……。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




