51:ふと我に返るアレって大事
水棲ワームのブリンドオルムはクラフトゲームのシリーズで出て来たモンスターだ。
海底フィールドだったり今回のような洞窟湖フィールドだったりと出現場所は様々だが概ねタフい。
物理攻撃は水棲ワームが常時纏い直す分泌液で逸らされ、魔法攻撃も突破力が無ければ分泌液を剥がすくらいが精々だ。
斬っても撃っても暖簾に腕押しのような手ごたえの中で相手は巨体という存在するだけで脅威になる火力を純粋に叩きつけてくる。たまに単体へジェット水流を叩きつけてくるのはまだ可愛い範囲だろう。
その分使いやすい素材を落とすのだが、必要が無ければ積極的に狩りに行きたくはない程度に面倒な相手でもあった。
ダンジョンではどうなんだろうな。
おおよそ、ダンジョンはゲーム設定や形質の機能や制限をなぞろうとする傾向にあるように思える。
まあ設定はともかく形質による機能や制限は物理法則も関わって来るからゲーム内と違ってダンジョンじゃ無視する訳にも行かんだろうから当然なんだが。
それを前提として考えるならばあの巨体をくねらせて薙ぎ払いや叩きつけなどの攻撃をしてくるだろうという予想は確度の高い予想だろう。
反対にあの巨体が分裂してそれぞれの肉片が襲って来たりだとか、あれが完全に見かけ倒しで中から小人が真ボスとして現れて攻撃してきたりというのもあまり考えなくていい杞憂だろう。実現できない事もないだろうが、その虚を通すためだけにどれだけ物理的な無理を重ねなければならないのかを考えれば、結局堅牢性などが犠牲になっている可能性が高いので、逆に脅威度としては下がっているだろう。
肉片といえば、暗闇洞窟エリアで初めて出現した洞窟ヒラメは耐久力の変質魔力を持った敵だったな。
ゲーム中でのブリンドオルムもタフい、まあ耐久性に優れた敵だったし、あの水棲ワームも耐久力の魔力変質を持っていても不思議ではないだろう。
耐久力の変質魔力は構造修復能力があると推察される。小傷を負った洞窟ヒラメの傷痕の回復速度が高かったり、アウレーネが傷口に植え付けた吸収のヤドリギを押し出す勢いで肉を盛り上げたりと異常な回復能力が窺えた。
ドロップであるヒラメの尾扇にもその傾向は窺える。
あの水棲ワームもようやっとこ傷をつけてもすぐに再生して元気に暴れる可能性くらいは考えておいた方がいいだろう。
……純粋に厄介だなそれ。
気付きたくない推測に気付いてしまいころりとダイスが転がる幻聴が聞こえたものの、振り払って狂気チェックを回避する。いらんいらんそんなの。
思えば耐久力の変質魔力について手掛かりが得られたのだから少しじっくりと腰を据えて考えてもいいだろう。
それによくよく考えればなぜ第4階層に潜ったのかといえば金属素材採掘の為だ。
4日間の採掘で最下層の目につく鉱石柱はほぼ採掘し切った。
暗闇洞窟の先に進んでもボス広間があるだけでその奥に必要な金属素材が大量に埋まっているという可能性はあまり考えなくてもいいだろう。
つまりあの水棲ワームに挑む意味は薄いということだ。
一気に気が楽になってきたな。
取り合えずは金属ゴーレム作成作業を進めて、耐久力の魔力変質についても考察した後、十分にこちらを突き詰めてから準備万端で挑めばいい。
あの黒竜人戦士の前座として戦ってもいいな。
方針が定まってきた所で作業を進めるとしよう。
アウレーネに今日はもう探索に行かないと伝えたら手放しで喜んでいた。
慣れたとはいえダイブして走って採掘し、リュックがいっぱいになったら転移して帰るというのは忙し過ぎて好きじゃないそうな。まあそりゃそうか。
好きだからこそ出来るがどうでもいい奴にしてみればブラック労働に他ならないわな。
今は鉱石柱を殆ど叩き切って再湧き待ち状態だからこそゆっくりとまとまった時間があるが、廃周回掘りも考え物だな。
一日の周回数を半分に落して8日くらいで全て掘り切るサイクルに落とせば、初日の採掘エリアの再湧きが発生する頃合だろうか。
まあそこら辺の検討もひとまず戦闘ゴーレムを組み上げて素材が足りるか確認してからだな。
足りるならひとまず在庫を補充する以上に頑張る意味は薄いのだし。
そこまで考えて俺はマジックボックスからごろごろとした銀塊と、壷に入った大量のとこしえの花びらを取り出してクラフトベンチに並べた。
……これは数日かけて魔養ドリンクと下手すると魔力回復薬ともマブダチになるパターンだな。
* * *
耐久力とはなんだろうか。滴る血を眺めながら考える。
紺色魔石に魔力を流して念じると、ふわりと深い青色、藍色の魔力が流れ出て、腕につけた傷口を覆った。
じわりと肉が盛り上がって傷口を塞ぎ、皮膜が傷口を覆い隠して後には傷痕の痕跡すら残らない。
これも凄い事である。
普通傷は治るにしても治った痕が残る。
当たり前だろう。新しく盛り上がった皮膚と創傷前から存在していた皮膚とでは年季が異なり、皮膚層が同等層まで代謝するのには治癒以上の時間が掛かる。場合によっては必要以上に肉を盛り上げて肉腫を形成することもある。
その創傷治癒現象と、この推定耐久力の魔力変質による治癒現象とはまるで別だ。
創傷の治癒にしても、傷痕の痕跡すら残さず、体毛の一本に至るまで痕跡が消えるのは最早治癒ではなく修復と言っていいだろう。
人体のみならず物の損傷の修復が行えることからもそれが窺える。
この紺色の回癒魔石は人体の創傷だけでなく、物の損傷も魔力を大きく消費するが行うことが出来る。
治癒機構を持たない非生物にも効果が発生する機構は、内部から新たに創傷部位を補完する構造材が新生されるのではなく、外部から補完する構造材が損傷部を塞ぎ、構造材として置換するのだろう。
つまりこの藍色魔力は物質的な構造材として成り代わる能力を持っているという事である。
どうやって?
実体化現象と言えば青色魔力、魔法力の魔力変質だろう。
ただそれは白色魔力がエネルギーとして送られている間に限りの話で、半永続的だ。
魔力供給が途絶えればすぐに実体化が解けて散逸してしまう。
耐久力の魔力変質は恐らくそういったエネルギーの追加なしに永久的に物質化していられるのだろう。
性質は推測出来ても作成方法は皆目掴めないが―――。
「ンガググ!」
―――お納めくだされ……。
「いつも思うけどお前キャラ変わってね?」
沈み込む思考をかち割ってオルディーナがとこしえの花びらを回収してきたので作業を継続する。
うん、真のボトルネックは金属ではなく花びらだったね。
最早定期的に積もっていくから勘定の埒外にあったが、そりゃ人間サイズの金属の魔力置換触媒として使うなら人間サイズの数倍は必要だ。特に碧白銀の三重変質とかね。
それでも7割程度の金属の魔力置換作業が終わったのは日頃の成果と言うべきか。
正確に言えば日頃から樹木管理をしてくれているオルディーナの成果と言うべきかは……。
ともあれ、あと少しで予定していた金属量には届くので、俺は次の目標であった耐久力の魔力変質の検討をしたり、ゴーレムの組み上げやテストをしたり、幾つかの案件を啄ばみながら花びらの生産を待って順次継ぎ足し作成をしていた。
「おもし…ろい……。けど……見辛い…ね」
「んーやっぱそうか。今のところは単純案で行った方がいいな」
ユキヒメが水中ゴーグルの形をした碧白銀の小道具を外して返してくる。
これがゴーレム操作で中核となる機材の一つだ。
ゴーレムを動かすことそれ自体に不足はない。
コブラ型ゴーレムで通信石を使ったゴーレム操作は慣れたものだし、今も端材で組み上げたフィギュアサイズのゴーレムで戦闘機動を練習している。
問題は知覚の確保だ。
当たり前だがゴーレムを動かすために戦闘領域で肉眼で目視しながら操作するというのは殆ど何の意味もない。棒立ちの最優先守護対象を抱えたまま戦闘するとか下手すると単独で戦うより致命的だ。
そのための通信石を介した安全領域からのゴーレム操作なのだが、ここで問題になるのがどうやってゴーレム側の感覚情報を確保するかだった。
鍵になったのは碧白銀だった。
正確に言えば碧白銀を作る上で必須な橙色魔力の構造骨格だが、その橙色変質魔力の転移現象を利用して視覚として成形した碧白銀球体表面に映る光を受信ゴーグル側へと転送するという方法で解決できた。
常時完全同期をするために碧白銀眼球と受信ゴーグルの裏面に星白金を貼り付けて同期を補助するという星白金を贅沢に消費した品になったが背に腹は代えられないからな。
ただし、この方法では視覚の鮮明度合いと距離感に違和感がある。本当はヒトの眼球構造を真似て成形した方がいいんだろうが、それだと受信ゴーグルには反転して映り込んでしまうので、頑張って補正しようとしているのだが違和感を拭うことが出来なかった。
現時点では前者の眼球表面受信方法を採用するのが無難だろう。
なお碧白銀眼球に届く可視光を全て受信ゴーグルに送信するため、起動中はゴーレムの瞳が光を反射せず真っ黒になる。ちょっと怖い。
妥協案採用を決定した事で今のところ滞っている進捗状況はなくなった。ただし耐久力の魔力変質を除く。
けれどももう数日もすれば想定量に達する見込みはある。そろそろユニットごとの本組み作業を始めてもいいだろう。
機動テストはやっているが実際の大きさで腕を動かして見るというのも大事だからな。
俺はもうだいぶ慣れた魔力置換作業を手早く済ませると魔養ドリンクを1ビン空けて、マジックボックスからそれぞれの素材を取り出して実物大の成形を始めた。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




