48:三界の渡し守と過ぎる世相
調伏したクソガキ改めサンドラの存在核に触れて、感じた魔力の流れに身を任せる。
サンドラの身体である薄黄色に輝く光の環から橙色の変質魔力が溢れて俺たちを覆い尽くし、辺りの宮殿の謁見の間といった様子の風景は一瞬で消え失せた。
代わりに浮かび上がったのは宵の口の一番星だった。
淡いゆったりとしたその瞬きの中で、ひらひらと舞い散る桜吹雪が鮮やかに薄紅を彩って散っていく。
しゃくりと踏んだ足元には鮮やかな深緑色をした苔がこんもりとうねり、なだらかな丘陵を形作っていた。
薄紅の花びらが鮮やかな深緑色の絨毯をほんのひととき彩って、雪のようにするりと溶けて消えていく。
この風景は多分見覚えがある。
俺が作った栞の景色だろう。
「お待ちしておりました。あるじ様」
不意に話しかけられて振り返ると、紅白色の和服……巫女服だろうか。映える色合いを纏った黒髪の少女が頭を下げていた。
「君は?」
「? ……私はあるじ様にサンドラ、と名を頂きましたが」
この奥ゆかしい少女はあのクソガキと似ても似つかないのだが。
詳しく聞いて見ると、この少女とクソガキとは表裏一体の関係にある存在らしい。
あの宮殿ではクソガキとして存在し、この宵桜の空間ではこの少女として存在しているそうな。
何がどうしてそうなったのかは分からんが、思えばグリモワールと栞が繋がるようになればとそれぞれに俺の血を含ませたのだから恐らくそこから何かして彼女らが生まれたのだろう。
繋がればいいとは思ったが、まさか表裏一体で自我を持った存在が生まれるとは思ってもみなかったが。
似ても似つかない容姿の中で、唯一瞳だけは同じ若葉色をしていた。
仮に存在が同じだとしても姿も性格も違うので同じ名前で呼ぶのは不便だ。
ひとまず宵桜の空間の彼女をウヅキと呼ぶことに了承を貰った。
「それでウヅキ。ここは多分栞の中の世界? だと思っているんだが、ここから工房に戻るにはどうすればいい?」
「はい、天上の明星を見つめてください。同調が出来ましたら私が送らせていただきます」
ウヅキは栞から推定本の中の黄昏宮殿世界へと送るだけでなく、工房の方へとも送れる中継点的な役割を担っているらしい。
そのような機能を持つように念じて作ったとはいえ、改めて考えるとすごい能力である。
俺に倣ってユキヒメやオルディーナ、それと彼女が操作するアフロトレントも天上を見上げる。
淡いゆったりとした瞬きは、黄色く、揺らめいて。
何かを、忘れているような。
「それでは送らせていただきます」
視界の外で何かがふわりと解けて、桜吹雪が渦を巻いて俺たちを包み込む。
黄色の瞬きを照り返す桜吹雪に視界を取られている間に意識が掠れていき―――。
「もどってきたねー」
「さっきの…まま……?」
俺たちは気が付くとクラフトベンチの周りに集まって立っていた。
いつの間にか黄昏宮殿世界に引き込まれていた直前と同じだな。
ただ一つ違っているのは。
「んンー? ほうほう、我の品格にはまるで足りぬが、みすぼらしくも落ち着いた所なのじゃ」
「チェンジで」
クラフトベンチに腰かけて、クソガキもといサンドラが辺りを見回していることだろう。
「なんでじゃ!」
「だってお前ウザいし」
「んかーッ!」
サンドラが咆えると同時にその形がふわりと揺らぎ、中心に向かって吸い込まれて行く。
吸い込まれた先は、青白く輝く碧白銀に嵌められた魔石。俺が作った魔力プール用だったはずの魔石だ。
その魔石の中では黄昏色の世界がバラバラとめくれて……本が閉じていき、一つの栞が代わりに映り込む。
ふわりと桜吹雪が噴き出して舞狂うと形を成してウヅキの姿を模った。
「ウヅキ、参りました」
「おう、苦労を掛けるな」
「いえ、お仕えできて嬉しいです」
淡く微笑む彼女は表裏の対比もあって心が落ち着くな。
詳しく聞いて見ると、彼女たちの姿はやはり魔力プール用魔石を核として魔力で成形していて、魔力プール用魔石からウヅキの栞世界を中継してサンドラたちの黄昏世界と繋がってやり取りしているようだ。
栞も黄昏世界の元になったグリモワールも現実世界には存在せず、ウヅキも魔力プール用魔石を核としてしか行き来する方法を知らないらしい。
「私たちの世界に来るためには私たちの核との同調が必要なのです」
そう言って彼女は黄色く淡くゆったりと瞬く光を少しだけ放つ。
「ん、それって星白金の光だろ?」
「そう、なのですか?」
先ほどの魔力プール用に作った魔石を嵌めていた碧白銀、そこには黄色く淡くゆったりと瞬く小さな星が嵌められていた。作った通りに。
ウヅキ自身も同調の光、黄色変質魔力を作り出す時は自身の中にある瞬きに同調するように作り出しているらしいので、十中八九大本になっているのは星白金の光だろう。
俺は胸に提げた首飾り、そこにあしらわれた通信石を嵌める星白金を見下ろす。
星白金は心拍のような小気味いい速度で拍動を続けていた。
……同調が原因で黄昏世界に取り込まれたなら星白金で同調を無理やり切れば抜け出せたんじゃね?
検証したらこれまでの行動が徒労になりそうだし、この件はこれ以上深くツッコまない事にした。
思っていたのとは大分違う形になったが、新たな仲間も増えた。
魔力プール用魔石だった核、今では世界を繋ぐ核、繋界核とでも名付けようか。これはウヅキが中継点になっているものの、先ほどもサンドラが顕現していたように望めば中に居る精霊たちは誰でも顕現する事は可能らしいので、ウヅキを筆頭として適宜調整するようにお願いする。
何かの拍子であの黄昏世界から外に出てみたいという精霊たちもいるかもしれないが、そこら辺は自治の範囲内で何とかして貰おう。
顕現している間、工房はマジックボックスの中身を勝手に使わなければ基本自由に過ごしていいことにした。
現実に帰っている時は重要な物品は大体マジックボックスの中に仕舞っているし問題ないだろう。
もちろんオルディーナとアフロトレントのように俺が現実に行っている間ダンジョン攻略に行ってみたり何かしたいことがあるならば別途相談して貰えれば魔力回復薬の融通などは行う。
他にもウヅキが気になった点など細々と取り決めて晴れてウヅキたちはこの工房の一員になった。
「げんた。すまほ、光ってない?」
まったりした空間で先に気付いたのはアウレーネだった。
スマホが突っ込まれたジャージが光っていることに気付いたらしい。
通信が入っているなんて珍しいと取り出して―――。
「はっ?」
俺は数件の着信と。
1件のアラームと共に―――、
土日を通り越して月曜日へと変わろうとしている日付に気が付いた。
あれ……、金曜日どこ行った?
* * *
「本当に申し訳ありません」
「いいよいいよ。でも気を付けてね。一歩間違えれば命に係わるでしょ、それ?」
「そうですね……。貰い物とはいえ鮮度を惜しんで無理をするのは間違いでした」
俺は先週ふとした切っ掛けから手に入れたビールとワインと酒を勿体ないからとその日のうちにちゃんぽんして轟沈、気が付くと金曜午後動けないほどの二日酔いにうなされて居る事に気付いた。
……そう言うことになった。
流石に苦しい言い訳かと思ったが、ご年配の同僚方には身に覚えのある方も居られるようで呆れられはしたものの、言い訳としては通った。
まあビール代わりの飲み物になっている魔力回復薬と熟成したワインみたいに濁り溜まった飛竜の血とユキヒメがチョイスした俺の血をちゃんぽんしたら悪魔合体して3日間、黄昏色の本世界でクソガキ相手にうなされていたのだしそこまで間違ってはいないだろう。多分。
黄昏世界の中はどうにも時間認識がズレているようで、あの場所を探索したとしても数時間程度だという感触だったのだが、実際には3日間が経過していた。金土日の3日浦島になった俺は当然金曜日の仕事も安否確認の電話もすっ飛ばしていて、月曜朝に漸く連絡を入れて事情を説明した所だった。
予想外の罠が痛恨過ぎる。社会的ダメージが痛い。
コンビニで調達した菓子折りじゃ反省してますというメッセージは打てても酒呑み過ぎて無断欠勤したという評価は変えられんからな。泣けてくるわ。
「尾崎さんも意外っすね。もう若くないんしょ。無理止めた方がいいっすよ」
「ハハハ、ソウデスネ。……そういえばダンジョンでしたっけ」
丁度いいところに何某さんが口を挟んできたので、水を向けると話はころりと変わった。
「んふふ。聞いてくださいよ。俺ついに先週末探索者としてダンジョン行って来たんすよ」
詳しく聞くと、第4次探索者関連法案うんたらかんたらの要はモルモット募集に当選して週末早速行って来たらしい。
おおよそ固まってきた探索者管理機構によると、各ダンジョンには管理施設が囲むように建設され、そこで認定探索者の管理と貸与武器の貸出、獲得アイテムの金銭の引換を行うそうだ。
認定探索者の登録は申請こそダンジョン管理施設で行えるものの、運転免許以上に面倒な書類手続きと審査があり、警察を含む幾つかの機関を回って認定が下りるらしいので、モルモット組とは違い認定が下りるまでに数週間は見た方がいいらしい。何某さんが得意そうに自慢していた。
そんなこんなでモルモット募集もあと僅か。来週には一般の探索者登録申請の受付が並行して始まり、再来週にはダンジョンを覆う防壁と同じく急ピッチで建てられた仮設ダンジョン管理事務所で事前予約制の限定開放が始まるらしい。
ダンジョンが公に現れてから2ヵ月で一般開放か。振り返ってみれば物凄いスピード感である。
多分最初のダンジョン消滅現象とその後の開放運動の暴徒化が効いたんだろうな。アウレーネが見せて来た画像を見ると気持ち防壁の方が優先して建てられていたし、危険を出さないというより危険人物を中に入れない方に主眼が傾いている気がする。
気になる銃刀法は変更しないそうだ。
法に引っかかる装備は全てダンジョン管理施設からの貸与という形になり、危険物は施設の外に出せない。
そもそも銃は相変わらずご禁制で貸与品目にすら上がらない事が既に通達されているし、弓矢刀剣類に関しても登録したての下級登録者には貸与は許可されず、功績と信頼を積み上げてある程度昇級した以降にようやく許可されるらしい。すごい念の入れようだな。
後でアウレーネが背景について説明してくれたが、先んじて一般開放した一部の国では探索者のマスシューターやシリアルキラーが発生したらしい。政府はこれを重く見たんだろうな。どれだけ叩かれても自衛隊と警察のダンジョン入りを優先させた理由も自ずと察せる。
ただ、大まかな仕組みこそ決まっているものの細部はまだ煮詰まっていないそうで、これは昇級者がある程度揃ってきてから順次詰めていくそうな。
まあ下級どころか初級探索者しかいない状況で中級の仕組みについて慌てて決めても鬼が笑うわな。
いざとなれば中級の認定基準を厳しくすれば幾らでも遅滞戦術が出来るし。
獲得アイテムの金銭引き換えの試検も始まっていたらしい。
コア……俺が勝手に魔石と呼んでいたものは日本ではコアと名付けられたようだ。うーん横文字ネーム。
コアはその透明度によって値段が変わるそうで、簡易的な吸光光度計で測定した結果に基づいて支払額が変わるそうだ。
何それ魔石……改めコアにそんな特性があったなんて知らない。まあ吸光度なんてそんな測定機器持ってないしコアもそこまでじっくりと見比べたことはないからしょうがないけどさ。
そのコアの買い取り価格も先日から急騰したようだ。
何でもイギリスでコアを使って電気を発生させる現象が発見されたらしい。
つまりコアは発電燃料源になり得るということで世界的に注目されたそうな。
まあ俺もコアから実際に電気を発生させたことはないけど発雷宝玉だか鉱石だかがあれば普通に出来るからそういうのもあるんだろう。工房でのパフォーマンスを見るに、発電だけに用途を限れば効率もかなり良さそうだ。
ただ自作するとなるとまだ難しいな。発電機となれば発雷宝玉に自主的にコアの魔力を使って発電して貰わないと人力は辛いだろう。
精霊たちに頼むのも結局問題を押し付けているだけなので何かこう、精霊未満の自由意思のない存在に外部からの指示に基づいて使い続けさせる、そんな都合のいい仕組みが必要だろう。アイディアはまるで湧かないが。
意識を飛ばしている間に何某さんの自慢語りが一巡していた。
土日で路上の落葉も重なっているし、そもそも金曜を無断欠勤したという負い目もある。
まだ続いているスピーチを程々にあしらいつつも俺は作業の手を再開した。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




