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47:黄昏宮殿(新築)

 飛竜の血をグリモワールに沁み込ませる滴下融合作業中にふと意識を失ったと思ったら、気付いたら辺り一面の草原が広がっていた。


 訳が分からない。


 空は黄昏色というか、厚く立ち込めた雲の横合いから夕日が差し込んで厚雲をスクリーンに乱反射し、辺り一面が影すらなく鬱金色に染まる色というか、そんな不安をそそる色合いに輝いていた。


「げんた。うしろ」


 アウレーネに言われて振り返ると、そこには優美な宮殿が鬱金色を照り返して聳え立っていた。

 尖塔の一つから渦を巻いた風が噴き出て来たかと思うと、実体を持った飛竜になって天高くまで舞い上がり、大きく翼を広げて周囲を周回する。


 何かとんでもない事になっているのだけはよく分かった。


 ひとまず現状確認をする。

 異常空間に巻き込まれたメンバーは俺とアウレーネは当然として、ユキヒメとオルディーナ一式。

 オルディーナは本体が別にあるので帰ろうと思えば帰れるハズなのだが、何か上手く同調が合わずに戻れないそうな。ヤドリギ間通信が切れて、アフロトレントを残して消えるならまだしも本体に戻れないというのがよく分からない。


 装備も謎だ。

 俺たちは先ほどまで工房で作業をしていた。俺の他はダラダラと過ごしていただけだったが。

 だから本当であればオフのジャージ姿のハズだったのだが。


 左手には白輝銅で補強したバックラー、右腕は銀腕。体はクマ革鎧といつの間にかフル装備をしていた。

 想定外の環境ではありがたいのだが、腑に落ちない好条件は不安になるな……。


―――主殿。方針を


 オルディーナに急かされたので、現状確認はこれまでにしてこの状況を打開するための対策を考える。

 やはり怪しいのは目の前にある宮殿だろう。

 現状の手掛かりを探るためにも、また攻略が必要なダンジョンであれば攻略するためにも探索してみる必要がある。


 俺はそれを皆に伝え、開け放たれた正面門から……ではなくその横手の通用門から宮殿内へと侵入した。




 通用門から入った小部屋とその先に延びる通路は意外にも閑散としていた。


 いやあ正面門の奥からどったんばったん暴れる音が響いていたからね。

 流石にそれを聞いて真正面から突撃かます気にはなれなかった。

 状況確認するにしてもまず建物内に侵入してそこから窺う形を取りたい。


 誰もいない階段を登って……流石にユキヒメが辛そうにしていたので、緑色と橙色の斥力シートを出して乗せてやる。何故かそこまで魔力消費は大きくないしこのまま探索しても大丈夫だろう。ユキヒメも喜んでいるし。

 ともあれ登った先の吹き抜けを進むと、別棟へと続く通路へと出た。


 そこで2体の人影を目撃する。

 ……恰好的にはメイドだった。肌は水で出来ているが。雰囲気的に泡沫精がコスプレした姿だろう。特に仕事をする訳でもなく二人して並んで駄弁っている姿が余計にコスプレ感を強める。

 緊張感も敵意もなさそうなのでそのまま近付くと、向こうもこちらに気付いたようだ。


「イラッシャイマセー。ゴシュジンサマ」

「ラッシャイ~」


 何か更にコスプレ感というかメイド喫茶染みた大衆感が増した。


「なんでご主人様なんだ?」

「ン~オシロダカラ~?」


 訳が分からない。

 要領を得ないながらも何とか話を聞き出すと、気が付いたらお城が建っていたので皆めいめい好き勝手に暮らしているという。皆というのは気が付いたら一緒に遊んでいた精霊たちのことで、今大半は広場で戦いごっこをして遊んでいるらしい。広場というのはもしかすると正面門の向こうにあったのだろうか。


 この泡沫精たちは戦いごっこはそれ程好きではないようで、今は皆から離れて城の中を探検しつつ駄弁っているそうだ。


 入口、または出口を知らないか聞いたら知らなかったものの、最初は偉そうな奴がいる広間にいたらしい。

 偉そうな奴について訊ねても知らない奴と要領を得ない返事しか返ってこなかった。


 他2つ3つ話をしてその場を後にした。一応ためになる話は得られたので報酬に魔力回復薬を1本ずつ渡したら大層喜ばれた。爽やかで心地いいのは何故か知っているらしい。血と一緒に滴下したからか?




 偉そうな奴がいる広間に向かう道すがら、建築基準なんて概念を取っ払ったアーチ状の空中連絡通路を渡る。 

 窓の外では飛竜……ではなく、肩からは手が生えて翼が背中についたドラゴンだな。ドラゴンと軽鎧を来たヒト型、火の玉を噴き出す杖を掲げたとんがり帽子を被ったヒト型が戦っている様子が窺える。泡沫精たちが言っていた一緒に遊んでいた精霊たちだろうか。


 少しずつ外見が違っているのはこのお城の特徴だそうで、好きな姿や衣装になれるそうだ。泡沫精たちのメイド服もこんな姿がいいと思ったらいつの間にか着ていたらしい。


 俺が探索装備を着ていたのもこれが原因だろうか。実体があるように見えるし、実際に銀腕は意志通りに動いてくれる。

 工房作業着のジャージ姿を強くイメージしたらクマ革鎧が消失してジャージ姿になった。

 これが原因らしい。


 再び探索装備に戻して空中連絡通路を過ぎると天井が一際高くなった。

 偉そうな奴の所へ近づいている証拠だろう。

 出来ればそのまま工房へ戻れるといいのだが。


 緩い雰囲気の割にあの泡沫精たちはしっかりと探索していたようで、所々のオブジェや花瓶などを目印に俺たちは高い天井の階層を贅沢にぶち抜いたひと際高い天井を持った区画、その内の豪奢な飾り壁が覆う扉の前に来ていた。


 扉は開いている。

 中には小さい人影が腕組みをして立っている。


「アレお前の親戚?」

―――意図が分からぬ。


 皮肉が通じない。無敵か。

 小首を傾げて怪訝なものを見るような目つきのオルディーナとアフロトレントのダブルパンチに逆にダメージを受けながらも人影を観察する。


 小さい容姿を嵩増しするふわふわの金髪から後頭へと突き出た角。背中には広げたら多分大きいだろう翼膜がしょんぼりと折り畳まれていて、鱗が張られた硬質な尻尾はてろりと垂れ下がっている。


 また竜人かよ。正直そう思った。


「ぬ、あっおい! おぬしら来訪者じゃな。特別に謁見を許す! 入って来るがよい」


 自分で言うのかよ。正直そう思った。


 何となく居たたまれないが気付かれてしまったものは仕方ないし話しかけて来るという事は話し合いに応じる可能性がある。戦いを回避して先に進めるなら楽でいい。


「我が名はサンダードラゴン! この宮殿の王であるぞ!」


 それ名前かよ。ツッコミは噛み潰して取り合えず訊ねる。


「……サンダードラゴン。ここから出たいんだがどうすればいい?」

「我に臣従するなら教えてやらんこともないぞ!」

「するかボケ。さっさと出せ」

「ん、ンー。良く聞こえなかったのう。我に臣従するのじゃ。話はそ・れ・か・らじゃのう」

「よし潰そう」


 おっと、思わず声に出ちまった。

 何だか先ほどからひどくこう、胸中がムズムズとざわついて何かがこう、爆発しそうになっている。


「それで直答を許す! 応えるがよい!」


 答えたが? 今しがた潰すと答えたが?

 そう思った瞬間、気が付いたら伸びた銀腕が自称サンダードラゴンの頭を鷲掴みにしていた。

 丁度いいので親指と小指部分に力を込めてぐりぐりと捏ねる。


「にゃあああああ!? にゃにをするのじゃ! この無礼者がッ!」

「冗談はネーミングセンスだけにしとけやこンだアホがッ!」 

「……急にびっくりするから止めてげんた」


 正直すまなかったと思っている。

 だがこいつの言動を見ているとどうしてもツッコまざるを得ない心境になるというか……何なのだろうな。

 ともかく、ここで引くのは全力で拒否したい。


「もう一度聞くぞ、ォ? ここから出たいんだが?」

「こ奴ぅ。これほどまでに愚弄されたのは初めてなのじゃッ!」

「あぁ、他の精霊たちは皆お前をスルーして遊びに行ったって言ってたなァ」

「ふぐぅ…………」


 どうやら核心を踏み抜けたようだ。

 さっさと畳もう。こいつは上から伸して行くべきだ。


「そうやって意気高に振舞っているから煙たがられているんだろうが。ご託はいいからさっさと知っている事を教えろや」

「んーッ……ーんかぁう! もうよいッご託は抜きじゃ! 勝った方が好きにする。それで良かろう!」


 瞬間振り下ろした銀腕手甲は翼膜から噴き出した橙色魔力によって滑るように後方移動されて空を割き、絨毯に穴を開けた。

 若葉色をした蜥蜴の瞳孔がにやりと歪む。


「交渉成立……じゃな? 後で泣き言など、聞かんぞ?」

「ッ上等だオラ! 吐いたツバぁ、呑むんじゃねえぞこら!」


「どう……しちゃった…の?」

「げんたはさるとかと戦うとたまにこうなるの」

―――同族嫌悪、の類いか。


 後ろでぼそぼそ何か言っているが関係ねえ。

 さっさとあいつ泣かす。




 さっさと片付けたかったものの、状況は膠着状態にあった。

 自称サンダードラゴン……面倒だなクソガキでいいだろ。原因はクソガキの戦術が様子見とカウンターの遅滞戦術に寄っていることだ。

 攻撃は目を見張る反射神経と橙色魔力を纏った高速移動で回避され、短い手足こそ脅威じゃないものの、翼と尻尾でのカウンターが華奢な体躯に似合わず良く伸びてひやりとさせられる。

 今も搦め手で放った泥弾は大きく距離を取って跳ばれ、絨毯の一角を汚く塗り潰した。


「んンー? さっきの威勢はどこへ行ったかのう。こ・こ・か・の?」


 クソガキが尻尾をくゆらして嘲るが無視。

 細氷の渦を作り出してクソガキに叩きつけるが、橙色魔力に白色魔力を流し込んで空気を固定させたようで、突破力のない氷礫は固定空気層の中で勢いを失った。

 魔力回復薬を一本開けて口に流し込む。視線を感じたので胸中で許可しておく。こちとら戦闘中だぞ。欲しけりゃ自分で取り出せ。

 ……だからと言って3本抜き取られるのも流石に困惑するが。皆に渡す分ね、はいはい。


「ムダ撃ちのし過ぎではないかのぉー? もうへばっておるのかぁ?」


 少し思いついたことがあるので、小瓶を仕舞って泥弾を大量に作り出して投擲する。

 クソガキは器用に避け、作り出された泥地も橙色魔力の応用で作り出された固定空気層を踏んで泥濘に足を取られないように跳ねていた。微妙に参考になるのが苛立つな。


 銀腕を伸ばして薙ぎ払うと、クソガキは固定空気層を踏むと同時に後方へ滑るように小規模転移を繰り返して退いた。追い打ちで放った氷塊連弾の内、2つは滑り転移にスウェイを混ぜて器用に躱し、1つは橙色魔力を手のひらに集めて弾いていた。


 石造りの床に銀腕爪を立てて固定し、復元する力を使って泥沼を跳び越える。

 ガン待ちしているクソガキに細氷嵐を見せて択を絞ったあと、白輝銅強化したバックラーで薙ぐと頭上を飛び越えるようにして避けられた。

 想定通りだ。


「さっきから当たらないのーう。程度が知れ―――ほにゃぁッ!?」


 泥沼の上に固定空気層を出してふわりと立ったクソガキが何か言おうとしていたが、既に策、いや()は起動した。

 泥沼から次々と湧き出て来た茨触手が左右背後から立ち昇って周囲を塞ぎ、天井を閉じる。


 仕掛け人はもちろんユキヒメだ。アウレーネを通じて先ほどから折を見て広げた泥沼の中に茨の種を仕掛けて貰っていた。

 隙を見て仕掛けるように頼んでおいたが、存外早く準備が完了したらしい。


 振り返って銀腕を尖鋭に伸ばす。

 狙いは茨触手の檻から抜け出そうと唯一開いた前面に身を捻じ込もうと駆け出すクソガキ。

 だが先に準備をしていたこちらの方が一手早いのは当然―――。


「舐め…るにゃぁッ!」


 クソガキが掲げた手のひらが強く閃光を放つ。

 力の奔流……いや強力な電流(・・)が銀腕の表層を伝わって瞬時に肩にまで到達し―――。


 対策その1。4本並んだ魔力回復薬の空ビン(・・・・・・・)の表面に捕集されてチリチリと黄色い燐光を立てた。


 いや、自称もしていたしそりゃ対策しない訳ないでしょって。

 どのタイミングで仕掛けてくるかは不明だが、こと追い詰められれば切り札の一つも切るだろう。カウンター戦術に傾倒しているならなおさらだ。

 土壇場で切られるであろう反抗雷撃の切り札対策は相手がカウンター型だなあと印象付いてから常に考えていた。


 それがこの即席魔力ライデン瓶だ。別名魔力コンデンサーともいう。

 銀腕は自由に動くうえに俺以外の魔力を通さないが物理的な性質が消えた訳ではない。

 俺以外の魔力に斥力を発生させる緑色魔力の性質と小規模転移させる橙色魔力の性質、それから金属の導電性とが合わさって、雷撃は銀腕の表層を這うように伝わってきた。

 だが、単純に斥力だけの緑色魔力で構成された強化アシ圧縮成形の小ビンは違う。性質はおそらくプラスチックに近いだろうし、橙色魔力を付与していないので魔力的にも雷撃は流さない。

 小ビンを不導体として導電性の銀腕を成形して挟み込んだことで疑似的なコンデンサーとして機能し、放たれた雷撃の多くは4本の小ビンに捕集された。


 反抗雷撃があろうと対策済みなので手を止める必要もない。

 俺はそのまま尖鋭に伸ばした銀腕をクソガキに突き刺して―――。


 捕集された雷撃は出口(クソガキ)を見つけて瞬時にビンから解き放たれて、その先に暴威を撒き散らした。




「ふぐッ……。ぐすッ……。うえぇ……」


 見下ろすそこには這い蹲ったクソガキの姿が。

 先ほどまで貫かれて感電死していたが、暫くすると散っていた魔力が漂ってきて元通りに補修していた。

 泡沫精たちから聞いた時は話半分に聞いていたが、ここの空間では万が一殺し合っても問題ないらしいというのが実証された。

 ここに来る途中の空中回廊から見た戦いも遠慮なく火球を投げつけ合っていたが、本当に問題なかったらしい。

 その話があったからこそ、今回も比較的無茶が出来やすかったし気兼ねなく殺意を押し付けることも出来た。


 さてそれは良いとして勝ちは勝ちだ。


「吐いたツバ、呑むんじゃねえぞ? 泣き言など聞かないと言ったのは誰だったか」

「うぐぅ……」


「勝った方が好きにする。俺が主、お前が従だ」


 そう告げると、クソガキも何をやろうとしているのか察したようで唇を噛みしめながらも手のひらを掲げる。


「魂魄あい結びて奇福の縁を、サンドラ。その名、その命。この身、この魂尾崎幻拓に、従え」


 繋いだ手のひらから緑青色の光が溢れて魔力が繋がる。

 うん、こいつも一応精霊だったみたいだな。

 件の精霊育成RPGではどの作品にも影も形もない謎な存在だけど。

 一部の精霊はレベルを上げたりイベントを達成する事で昇身や昇神するからコイツも何かが不思議なことでも起こって昇身でもしたんだろう。それに最近はゲーム外の挙動をする事象も増えて来た。飛竜の血を精霊収集溶媒として使っていたのも最たるものだしな。

 昇身現象とゲーム外挙動とが悪魔合体してクソガキが生まれた。こんな雰囲気で納得しておこう。


 さて、精霊契約も終わった。

 クソガキ改めサンドラも不満そうだが応じる余裕はありそうだ。


「で、サンドラ。帰りたいんだが?」

「うぬぅ……」

「あ゛?」

「……あまりやりたくないのじゃが」

「“従え”って行って欲しいか?」


 使った事はないが、ゲームのシナリオ中で強制力のある命令を発するシチュエーションもあった。敵で出てくる当て馬ポジションの三下の話だが。ゲーム中じゃいくら好感度初期値でも戦闘コマンドにはしっかり従ってくれるからな、ゲーム的な都合で……。

 使った事はないし、使える確信もない。つまりはブラフだが、サンドラには効いたようだ。渋々と肩を落としつつも立ち上がった。


「では戻る(・・)から、我が核に振れよ。外まで導く……ハズじゃ」


 そう言いながらサンドラの身体が薄黄色に輝いていく。

 次第に形も失って光る環の形になったサンドラの体の中央には深い鈍血色の球体があった。これがサンドラの存在核だろう。


 触れると不思議な感触がした。

 サンドラの存在核のハズなのだが、何故か自分のもののような……そんな近しい気配がする気がしたのだ。

 ……確証はないし、確認できないだろうししたくもない。けれど雷を操る、血色の核、と聞いて心当たりがないわけでもない。この話は深くツッコまない事にしよう。


 そう心に誓ってひとまずサンドラの存在核、鈍血色の球体が導く流れに身を任せることにした。

拙作をお読みいただきありがとうございます。

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[良い点] 血から出た中二病の半身、可哀そう
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