45:瘴気洞窟に囚われるモノ
「い…てらっしゃい……。あなた……」
「……あぁ、行ってくるよ。ユキ」
通信石からそう聞こえて来た思念に返して出発準備をする。
二つの通信石のうち、一つは工房のユキヒメに預けて来た。これで帰りは戻るの転移象形を使って自宅を経由した転移ではなく、第2階層の工房へと直接跳躍転移することが出来る。
それもオルディーナの試みが上手く行ったからだな。
オルディーナのアフロトレントを介した第3階層への挑戦は上手く行った。
第3階層でも問題なく動き、オルディーナの霊体も顕現することが出来た。
ただし、星白金が近くにあればの話のようで、試しに星白金粒を取り出して少し離れたら途端に挙動が不安定になった。
制御中枢であるアフロ……もといヤドリギと同程度には星白金粒も重要な部位のようだ。
星白金が同期していれば階層間でも問題なく通信できる。この結果ならば通信石も問題なく機能するだろう。問題はロストの方だが、こちらもオルディーナのアフロトレントが単独で第3階層へと潜って探索を始めたので、消失するという事はないだろう。
一応念のため、ずっと工房でのんびりと過ごしているユキヒメに頼んで持って貰っているが。
―――……。
地図が出来てさえしまえば、そう苦労する事もない。
何より樹上を渡って行けるし、再三の探索で殆ど敵の精霊がうろついている事もない。静かな森を銀腕の高速変形によるワイヤーアクションの速度でまっすぐ突っ切って行けばそう掛からずに崖が見えて来た。
暗い洞窟も相変わらず仮称瘴気を燻らせているようだ。
念のためアウレーネの霊体は胸中に戻って洞窟に近付いたものの、呪鎮樹の肩掛けはしっかり瘴気を弾いていたので今では元通り肩の上に収まっている。
照明は結局ホームセンターでアウトドア用の広角ライトを幾つか買ってくることにした。
久しぶりに行ったなホームセンター。最もダンジョンに入る前は年に何回か寄るかどうか程度だったが。
出費も先月に比べれば大したことはない。十分許容量なので他に必要なモノは無いかと思い巡らせてみたものの特に思い浮かばなかったのでそれだけで帰って来た。
照明自体は文明の利器だが、操作は魔法の応用だ。
広角ライトを2つ取り出して点灯させると、橙色変質魔力と緑色変質魔力を雑に結び付けた構造を繋げた斥力シートの上にそれぞれ乗せる。
斥力シートは勝手に広角ライトを包み込んで橙色魔力を包んだ緑色魔力の皮を持った球体に自己組織化すると、俺の意志に応じてふよふよと漂い始めた。
見た目は……ぶっちゃけて言うと半透明の赤肉メロンに見える。
気が抜ける見た目だが便利さは折り紙付きだ。ユキヒメを運ぶためにも使ったしな。
前と後ろ2方向に浮かべると俺は暗がりを吐き出す洞窟へと足を踏み入れた。
―――……。
さっそくだが、広角ライトを赤肉メロンで包んだ甲斐はあった。
回り込もうとした凹凸の陰から突然黒い体が跳ねあがって赤肉メロンへ噛みついたのだ。
もちろん斥力フィールドを本当に噛みつけるわけもなく、そしてさして突進力もなかったようで殆ど逆に跳ね返されるようにべたりと突き出た岩にへばり付くそれは……黒いトカゲ。
くすんだ牙から零れ落ちる濃い色の唾液は何となく見覚えがある。
「あれ……気を付けて」
「あ、やっぱり?」
「うん、いやな感じ」
やっぱり呪醸樹の呪液と似たようなモノらしい。昔の俺と戦法が似ている。
仮称瘴気トカゲは不意打ちを外したにも関わらず、逃げる事すらせずにこちらへと愚直に飛びかかってきたので緑色変質魔力で覆った銀腕手甲で打ち落として締めに頭へと手甲を振り下ろす。斥力フィールド越しなので感触は伝わらないが、頭蓋を割るか何かして致命打を与えられたようだ。光の泡を吐き出して消滅した。
「こっちはふつう……だね?」
「いや、レーネが頼りなんだから疑問符浮かべられても困るぞ」
「うん、ふつうだよ」
瘴気トカゲが消滅した後にはいつもと変わらない魔石が落ちていた。
魔力濃度も23と森より少し高いが、瘴気を纏っていたりとかメンタルデバフを受けたりだとかはしないそうだ。実際にアウレーネが解析しても何ともなさそうだった。
呪醸樹やチスイザクラもそうだったと言われれば返す言葉もないが、こんな陰鬱な洞窟の中で良く何ともない状態の魔石が居られるのか不思議にも思う。なんかこう、淀んだりとかしないんだろうか。
そんな疑問を思いつつも先へと進む。ここは閉所の洞窟で不意打ちで呪力攻撃を仕掛けるのが主な戦法のようだ。瘴気トカゲをあしらった後に出てきたのは黒色のヘビ。同じく特徴的な濃い色の液を滴らせるのは瘴気ヘビといった所か。こちらは少し賢いのか最初の広角ライトをやり過ごして洞窟に空いた細い横穴から俺へ向けて飛び出してきたものの、瘴気トカゲ以降緑色変質魔力を常時展開していたので残念ながら何の痛痒も与えることも出来ずに地面に落ちた所を斥力ストンピングで潰されて光の泡になって消えていった。
「あ、これはいや」
「せやね」
ヘビの消えた後には澱み切った鬱血色の液体が詰まったビン。見た目的にもちょっと触りたいとは思えないそれは鑑定ぽんこつ先生曰く呪詛の血なるアイテム。ちなみに魔力特徴には何も書かれていなかった。やはりぽんこつか。
回収するかどうか迷う素材だが、かと言って放置するのも何となく不安だ。結局ビン自体には何の危険もないただの不透ビンだったので回収する事にした。扱いに困ってもマジックボックスの中で死蔵しておけばいいだろう。
―――……。
トカゲやヘビをあしらいつつ、途中で蛇穴の先が光っていると思ったら宝箱を見つけたので中から金属、鑑定ぽんこつ先生いわく鉛を回収しつつ……多分蛇穴はチラ見せでどこかから回り込んでねという寸法だったのだろうが、視線が通るなら銀腕で開けて橙色魔力で引き寄せ転移させればいいだけなので、工夫を凝らした仕掛けは恐らく存在しない事になった。……ともあれ先に進んでいくとガツンガツンと何かを打ち付ける、洞窟的に言えば採掘か掘削でもするような音が響いてきた。
響きの感触からして広い場所からこちらの狭い洞窟の中へと伝わってくる感じがする。
広場と言えば予想は一つ。予想通りならこの洞窟の終わりも近いだろう。
俺は手前の広角ライトに飛びかかってきたトカゲを氷の刃で貫いて処理する……いやトカゲこいつらアホ過ぎだろう。全員先方の広角ライトに引っかかってたんだが。ヘビはもうちょっと賢かったぞ?
まあともかくも軽く処理してドロップした鑑定先生いわく呪詛の骨……をアシ成形不織布の風呂敷にまとめて放り込んで隔離し、掘削音の響く方向へと近づく。
威勢のいい金属音の元は黒光りする剣だった。
細身ながらも引き締まった腕が無骨なそれを逆手に握って扉のようにも見える壁に向かって盛んに打ち込んでいる。
腕が盛り上がって壁に剣を突き立てようとするたびに背中の黒い翼が反動でばさりと広がり、呼応して硬質で長く黒い尾がバランスを取るように揺れる。
その後ろ姿からも2本の立派な角は見て取れた。
端的に言えば推定ボスと思われる奇行を繰り返す後ろ姿は鎧を纏った黒い竜人と言えた。
俺はその姿に虚を突かれて呆然とする。
何故ならその姿には全く見覚えがなかったからだ。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




