40:焦燥と憧憬
(ほんとにやるの?)
「実験までしたしな」
オルディーナも迷惑だったろう。
だからこそ一応実地でやるだけやって結果は見ておかないと。
第5階層入口広場に来た俺たちは強化アシ不織布成形リュック……強化リュックサックからアシ造り注連縄を取り出して円を描いて縛る。……やっぱりこれだけじゃまだ実際効果があるのかないのか分からんな。
そして俺は円の中に立って大きく息を吸い込んだ。
「喝ッ!」
(んぴッ……)
俺の一喝と共に緑色変質魔力が薄く全方位に放射され、近くの木々をざわつかさせる。
参考にしたのはもちろんゴブリンキングの咆哮だ。
大きく叫ぶ必要はなかったが、腹から声を出すと綺麗に放射しやすい。
もちろん工房の庭で練習する必要はなかった。
ただ練習しようかなって思ったそこにちょうどいい庭があっただけだ。
うん、言い訳はここまでにして周囲を見てみると想像通り、注連縄の内部と外側とは違う気はする。
緑色の斥力魔力で嫌な感じ、推定呪力が防げるように、斥力放射をすれば注連縄結界内部の嫌な感じを追い出す事も出来るようだ。
「どうだ、レーネ」
「んぅ。……ん、いやな感じはなくなったね」
「結局移動中がムリなのは痛いが、一息ついたり止まって警戒する必要がある時はこれで十分だろ」
「そうかも」
今日はまだ大きく探索する気はないので頻繁に広場へ帰ってくる予定だ。
注連縄はここに広げておいて、仮拠点としてもいいだろう。一応注連縄は念のための予備も作って貰ってあるし万が一があっても問題ない。
強化リュックサックを背負い直すとアウレーネ人形が這い出してきてポケットに収まる。
実体でないと魔力的に悪影響があるフィールドが苦手とはいえどうにかできないものだろうか。
アウレーネ人形だけでは知覚が背中に生える小さなヤドリギ頼りになるので必然索敵範囲に比例して反応速度も大幅減になる。
実体である人形に感覚器を取り付けることが出来ればいいんだが、可能だろうか。
今はただのマジッククレイで作っただけの人形だ。魔力的なカメラでも考案できないか……まあこれは追々でいいだろう。懸案事項に留めておこう。
アウレーネの準備も出来たようだ。こちらの装備も問題ない。……ヌルぴかな右腕はなんかもう、アレだが。
ともかく仮拠点の設営が終わったので第二次探索の開始だ。
やはりモンスターというよりはフィールドの一部というような植物たちは復帰が早いようだ。
先日大きく焼けた箇所はまるで火事などなかったかのように繁茂していた。
とはいえ全て元通りという訳でもなく、多分倒木があったハズだった場所は灌木とキノコの群生地になっているし、かと思えば藪が焼けただけのハズの場所にはお前はいつからそこにいたんだよとツッコミたくなるような立派な木が生えている。
第1第2階層のアシ湿原は全てアシを生やすだけだったから分からなかったが修復はほぼほぼランダムなんだろうか。検証しようにも果樹林を切り倒す愚はしたくないしなぁ。
ともかく第5階層のフィールドオブジェクトのような扱いになっている植物たちは微妙にランドマークとしては心許ないことが分かった。ココ大樹、とマップに描いて焼け落ちて藪にでもなっていたら目が当てられない。
踏み固められて乾いたような色合いの小径だけは変わらず続いているので、やはりこれを正確に描写してこの小径を軸に調べていくしかないだろう。
渓谷はそもそもまともに歩ける場所が限られていたしアシ湿原は木道外に踏み入れる意味と価値と手間がほぼ無さ過ぎた。こうやって思う存分自由に探索できるのは贅沢な悩みではあるんだろうけどな。
小径は緩やかなカーブを描いた後、海老反りするように10時方向に折れ曲がって少し行った後に左右の分かれ道を作っていた。
それはそうとて、折れ曲がりの藪を掻き分けてまっすぐ行った先に横切ろうとする灯りが見える。
耳を澄ませるとその方向から嗤い声も聞こえて来た。
俺は藪を迂回して灌木の間を縫うように抜け、入口広場方向へと彷徨する灯りへと静かに近付いていく。
2番目の接敵も舞火精だった。偶然なのか付近にはこの種しかいないのかは分からない。
けれども相手にするなら好都合だ。
射程圏内まで静かに近付き、細氷の霧を発生させて周囲の温度と放火の延焼を抑える。
こちらに気付いた舞火精が火球を作り出そうとするが、その間を縫って銀腕を変形させ白輝銅の手甲をワイヤー射出して舞火精を叩き落とす。
やはり打撃攻撃を受けると思っていなかったのか回避するそぶりも見せないまま昏倒した舞火精に素早く近づいて黄色変質魔力を封入した氷晶を2本作り出し、舞火精を挟んで同調圧共振波を展開する。
少し検証した所、偶然やった通り同調圧は黄色変質魔力自体を大きく巨大にするより、小さい黄色変質魔力を複数、対象を取り囲むように置いて共振させた方が効率がいいことが分かった。展開速度も考慮すると実戦段階では今のような2本共振氷晶を展開するのが現状の限界だろうな。
ともあれ、今回は2度目だ。
様子見するでもなくさっさと展開したのも相俟って、舞火精が復帰する前に彼女の周りで揺らぐ陽炎の支配を奪って更に展開した細氷青魔力でその組成を抜き取り、細氷へと実体化させて更に温度を下げて氷晶を寄せ、魔力支配を加速させる。
ようやっと蠢いて復帰の気配を見せたものの既に体の支配は半ばほど終わっている。
そのまま魔力を操作して存在核を露出させ、再び濁りを帯びた赤色の魔石を前にする。
一つ息を吐く。
存在核の中で揺蕩う濁りは自体を把握しかねているのか混乱したように左右にへと振れて見える。
こうやって見ると本当にこの濁りに意識が宿っているかのように思えた。
チスイザクラの時と同じなら、恐らくこの濁りは胸中に移すことが出来る。というかチスイザクラの時は移ってきた。
俺は白魔力を展開して存在核を覆うと存在核に魔力を押し込むように、存在核にある大きな魔力構造体を抜き出すように、魔力を流し始める。
やや時間は掛かったが、存在核にあった魔力は白いゼリー状の魔力の中を揺蕩う赤い濁りを帯びた涙滴として抜き出すことが出来た。
抜け殻になった舞火精の体は俺の意志で消すことも出来るが、とりあえずは残しておく。
白魔力を展開して分かったが、端から何か魔力とは違う感触がほんの僅かずつ蝕んでくるのが分かる。
霊体のアウレーネにはこれは辛いだろうな。何か対策を考えよう。
目下この揺蕩う赤い濁りの涙滴は銀腕を通して、胸中に納め……納まった。スキルオーブの時とは違った明確な異物の存在に少し胸中がざわつくものの、今は些末事だ。
湧き上がってくる感情は――焦燥。
憧れてるのに届きそうなのに……、届かない。
行動しなければ。何かしなければ。何か……。
割とその感情は染み入るな。親近感が湧くというか。
俺は没頭できるダンジョン探索があって今は割と方針も定まっている方なので収まっているが、方針を決めあぐねたり、魔法やクラフト開発が行き詰まったりするとそういう焦燥は沸き起こる。
こういう場合は憧れを叩きつけてやればいいだろう。
俺は胸中の中を燻らし続ける俺の物でない感情を一つの棚に安置して、ダンジョン探索で沸き起こった憧憬……飛竜戦の火球を防ぐ昂ぶりや、変則軌道突進の驚愕、逆茂木鉄杭の殺意や全力放電の時の高揚を想い出して、そっとその棚の中に添わせてやる。
燻らし、揺れる感情はその高揚の想起に触れると驚くほどに落ち着き、馴染んだ。
ほんの一時の想起に過ぎないそれをまあ大事に、大切に、愛おしそうに転がして何度もキラキラと反芻する感触はなんというか万華鏡のようだった。
相変わらず異物感はある。けれども嫌な感じというかざわつきはもうない。
胸中の異物の境界面を優しく魔力を流して覆い、つぷりと取り出して銀腕の中へ――。
ふと、思いついて作り出した橙色魔力を緑色魔力で覆ってその場に浮かべる。橙色の空気を含んだ緑色のシャボン玉のようなそれは周囲に漂う嫌な感じを確実に跳ね除けていた。思い付きだが上手く行ったようだ。
作り出した結界シャボンの中に赤い濃厚な液体の入ったビン、飛竜の血をビンごと入れ、僅かにフタを開けて銀腕の先に延ばした導魔線ごと、入れていた異物をとぷりと入れて馴染むように思念を送る。
いや、思念を送るまでもなかったか。
飛竜の血に潜り込んだ濁りを帯びた赤い魔力構造体はするりと馴染み、揺蕩いつつも時折表層でごく小さな翼を模ったり、竜頭から分かたれた小さな血飛沫が火球を模して一瞬の合間に宙を踊る。
これはまるで……、そう。
砂場かボールプールで遊ぶ園児だな。
そんな場違いな感慨を抱きつつもビンを眺める。
想定通り成功したというか成功し過ぎた感触はあるが、同時にやはり素材の質が上質過ぎたかとの思いもある。
何と言うか、夢の国の遊園地を園児一人に遊ばせているような雰囲気だ。
うむ。……足すか?
急な予定変更は失敗の元というのは理解しているが、舞火精の沈静化実験は既に成功しているとも言える。
アウレーネの見立てでも俺の見立てでも現状としてのこの混合物はほぼほぼ飛竜の血なので追加しても溶媒のキャパシティを超える事はないと思われる。
何より一人しかいない遊園地というのも何か……、うん、物悲しい。
俺は瓶詰の遊園地をリュックに仕舞って次の入園者を探す事にした。
―――。
――――――……。
「ふあー生き返るー」
「おっさんくさい奴だな」
薄青色の酒精を空けてだらしなく頬を緩ませるそれはまごう事なきおっさんだ。ナリは普通に幼い少女なので一見すると犯罪臭がヤバいが別に少女姿の方自体が飲んでるワケではないのでセーフ。そもそも霊体だからほぼほぼ素通りするしな。
俺たちは今日の探索を終えて入口広場の土俵結界の中で一服していた。流石に魔法の使い過ぎで消耗が激しい。
最初の舞火精を沈静化させた後、暫く小径の周囲の探索範囲を少しずつ広げるようにして進んで行った。
普通に黙々と歩けば40分程度の森林小径散歩一周コースだろうと周囲に分け入って探索すればいい時間になる。
狂奔……というよりは焦燥精霊たちも何体か沈静化させてビンに納めた。
焦燥精霊と呼んだように今のところ第5階層で敵として出てきた精霊たちの存在核を胸中に納めた所、程度の差や温度の差こそあれ皆一様に何かに焦がれているが空回りして暴れ回っている、そんな印象を受けた。
第5階層のテーマなのかね。よく分からんが。
対処方法もほぼほぼ一緒で大体飛竜戦を想起を見せると大人しくなってくれた。他のボス戦もウケない訳ではないが飛竜戦の方がより効果的だった。なお、俺が心血注いでるクラフトや魔法開発には目もくれなかった。解せぬ。
そんな訳で今の飛竜の血の入ったビンにはまぁ夢の国遊園地を幼稚園1クラス貸し切りにした程度の賑わいはある。
……うん。全然賑わってない。
いやあ飛竜の血のポテンシャルを舐めていたね。
最初違う種の精霊の存在核が混じり合うことを懸念していたのがアホみたいに破綻なく納まっている。
最初の舞火精の後は他にも幾つかの種類の精霊が狂奔したように森の中を暴れ回っていた。放火魔ハーピィになっていた舞火精と違って割と原型を保っていた泡沫精ニンフや風鳴精ルモイロア、それからなぜこんな森に居るのか分からんし姿も皮鎧を纏った軽戦士人形という風体になっていた夜喋精チャタドールなんかが森や小径関係なしに彷徨っていた。
精霊たちの密度自体は薄く、複数と接敵したとしても舞火精でなければ凍って束縛しやすい泡沫精や同調圧が覿面に効果ある風鳴精、何故か肉弾戦主体になっていて攻撃を盾で防げる夜喋精と割と相性がいいのもあってそこまで苦労はしなかった。一度夜喋精の存在核を胸中に取り込んでる時に、ムクドリサイズの半透明のデフォルメ竜といった容貌の風鳴精が咆哮を上げながら突っ込んできたときは焦ったが、取り込み中の魔力制御もチスイザクラ戦後の時とは違って何故か素直に挙動したので何事もなく捕縛できた。
そんな感じで今の飛竜の血の中は小さな竜が模られたり微笑む女性の姿が模られたりと複数の狂奔していた精霊が同居している感じだが、むしろ表層まで上がってきてそういう模って遊ぶ様子を見せるのが稀で殆どが内部で大人しくしているようだ。
キャパシティーオーバーになったり衝突が起こって溶媒やビンに被害が出たりするよりはいいだろう。
ひとまず今回の探索ではある程度期待した成果が得られた気がする。
この精霊幼稚園がどのように変わっていくかは分からないが、感じのいい方向に変化してくれたら喜ばしいな。
魔養ドリンクで乾きを潤してから、俺たちは第5階層から撤収した。
……後日、裏庭を荒らした挙句ダンジョンで魔法開発に耽っていたと聞き知ったオルディーナの目が凄まじい事になってた。ごめんて……。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




