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38:裡に巣食うモノ

「ンで、やってやったんスよ」

「へぇ、流石ですね」

「ま、皆がいたから出来たんすけどね」


 同僚の何某さんは週初め朝連絡を入れてから昨日までデモに行って来たらしい。

 都会にて行われたその矢先に運がいいのか悪いのかそこで一つのダンジョンが再び消失し、ついにデモ隊が覚醒(暴徒化)障害を突破(暴走と破壊行為)してダンジョンに侵入し、デモの撮影隊がダンジョン内の様子を撮って帰還。ダンジョン内には電波が届かず、生放送が出来なかったものの録画映像を直で生放送で流すという奇天烈な事をして大盛り上がりし、大層バズったそうな。

 何某さんもその時一緒にダンジョン内に入って探索し、仲間たちと一緒に持っていた旗で中に居たブラウンハウンドというらしい小型のモンスターを叩いて倒したらしい。ドロップしたアイテムを見せてくれた。

 こっそり増設魔力弁に魔力を流し込んで鑑定ぽんこつ先生を起動してみたら見た目や魔力濃度、特徴的にはチワワハウンドの牙とほぼ同じだった。チワワハウンドはブラウンハウンドと言うらしい。最もぽんこつ先生は小さな牙としか命名なされなかったので本当にブラウンハウンドというのかどうかは分からないが。

 今回の暴動が何をもたらすのかはよく分からないが、少しずつ自体が加速しているような気がするな。

 そろそろ定期的にパソコンを立ち上げて情報収集する時間を設けた方がいいか検討を考慮する時期に入ったのかもしれないな。




   *   *   *




「それくらい言えばおしえたのにー」

「レーネまじ助かる」


 デモと暴動。もう一人知ってる奴、いや方がいた。

 アウレーネだ。

 そういえば彼女は俺が寝ている間も起きてノートパソコンを弄っていたような気がする。だから代わりに俺が働いている間は俺の胸中で寝ていたのか。

 パソコンの前で悩んでいたら首を傾げたアウレーネに事の顛末を伝えた結果、初めてそう教わった。多分。

 頼んだところ、快く魔力回復薬一日一本の権利で情報を調査して重要な情報があれば教えてくれることになった。やっぱ持つべきものは精霊だな。


 さて、憂いも晴れた事だし今日も気兼ねなくダンジョンだ。




 ダンジョンに潜って一思案。新たな魔力変質とその応用については一段落付いたと思う。あとは需要に応じて適宜開発していく段階だろう。

 飛竜素材やグリモワールなど放置している素材の研究をしてもいいが、それにはやはり目的が欲しい。

 つまりは第5階層だ。

 実際の所まだ第5階層の敵と接敵していないので確かなことは言えないが、フィールドの傾向から考えて、対非実体対策をしておいた方がいいだろう。

 有効策は白輝銅だな。

 緑色魔力の自己非自己識別斥力は魔力にも有効だから実体がない存在でも弾くことが出来るし、魔力的な影響にも耐えることが出来る。

 この際だから何だかんだ使っている小熊からドロップした皮を柿渋に漬けて成形機に放り込んで作った熊革鎧も緑色魔力構造体で置換して魔力防御を高めておくか。

 攻撃側は……正直戦った経験がそんなにないから分からんな。

 一応実体化する前の魔力や濃度の弱い実体化構成魔力ならば作成した青色変質魔力で擁している魔力を奪って供給を断ち、結果として実体化を霧散させる事が出来るが、敵そのものが実体化した火や水みたいなものだったりした場合の対抗策は分からん。別属性で攻撃すればいいのだろうか。

 この辺はもう一度行ってみるしかないな。

 まずは偵察して生きて帰る。

 情報が得られれば対策も立てられる。

 いつも通りだな。うん。


――――――……。


 翌日暮れて今日は第5階層の探索だ。以前入った森は一見平坦な広場だったとは言えその先の状況が分からないし、見通しも悪いのでキャリーカートも空撮ドローンも工房のマジックボックスの中でお留守番だ。

 そう思ったら空撮ドローンについてはオルディーナが興味が湧いたそうなので貸し出した。

 あいつもずっと放置しているのに気ままにやってくれているおかげでこちらも随分助かっている。勿論快く貸し出した。




 先日ぶりの第5階層だが相変わらずどこか陰鬱な色合いの中から狂ったようなさざめきが漏れてきている。

 アウレーネもあまり長居したくないようでダンジョンの中では珍しく実体化を止めて霊体を俺の胸中に戻していた。

 アウレーネも緑色魔力変質を纏えれば多分気兼ねしなくてもいいんだろうけどな。

 一応、俺が緑色変質魔力を纏えばアウレーネも自己と識別することが出来るので覆うことはできる。

 けれどもやはり感触としては落ち着かないらしくあまり姿を現したくないらしい。

 一応背負ったアシ布成形不透リュックサックのポケットにアウレーネ人形を入れておいたらしい。後方確認は任せろとの事だ。意外にソツがなくて頼りになるな。




 森の中は小径と言える程度の道がくねりながら続いている。

 とはいえそこしか進めないわけではなく、根がうねり巨大なキノコが生えた脇を潜り抜けたり、藪を掻き分けて道から逸れることも出来た。

 これらの藪やキノコ、一応木なども最低限の魔力濃度ではあるが魔力が籠っていて素材には出来るようだ。今のところ目新しい魔力特徴を持った物は見つからないが、素材の宝庫だ。少しだけ採取して、面白い魔力特徴がないか探しながら行こうか。

 なお、鑑定ぽんこつ先生はダメだった。全部特徴ナシッ!で押し通してきた。っぱ俺にはアウレーネしかいないんだよな。

 例え灌木の枝が魔力を受けると育つ、だったりキノコが魔力濃度1の魔力と意志を受けて変化するだったりするような見所自体少ない素材だったり他に有用な素材を既に大量確保していたりしても、素材は素材だからな。何に活用できるか分からんし、知れるものは知っておきたい。


 採取しながら小径へ戻り、採取しながら小径へ戻りを繰り返す。

 さすがに俺も迷いたいわけではない。とうとう自作したアシ成形繊維紙の上にごく少量のマジッククレイを這わせてプロットし、地図を片手に作りながら進んでいる。ランドマークとして使えそうな目印が、今のところ戻り口の広場と小径しかないのが作成に困るがな。


 そろそろ適当な木でも見繕って目印にでもしておくかと思ったときに、それはやって来た。


―――きゃははははッ。


 嗤い声とともに灌木の向こうでほの明るい光が灯った気がする。嗤い声は跳ね踊るようにブレながら段々とこちらへと近づいてきているようで、灌木の向こうの灯りが徐々に強くなっている。


 俺は姿勢を低くして灌木を回り込み、その先の木を回り込んでキノコの陰から顔を出した。


 そこには踊るように両腕の翼を跳ね上げて舞う、燃え上がる火の塊。火精の姿があった。

 ……似ているようだけど知らん。結局積んだままやってない最新作に出て来たのか?

 俺が知っているのは舞火精スパークビーク。小さい小鳥のような可愛らしい精霊で種火に宿って共に旅をしてくれる。

 確かにススキのようなふわふわとした揺らぐ翼やチロリと振れて火の粉が舞う焔の尾羽などはよく似ているものの、体は小鳥ではなく人面……端的に言って創作でよく見るようなハーピィになっていた。

 ヒト型の火精もいるがそれと似ているわけでもない。予想通りなのか外れなのか曖昧な結果に困惑して佇む。


 しかし、舞火精はそれを許してはくれないようだ。

 こちらにはまだ気付いていないようだが、その必要もない。

 舞火精は樹冠まで届くような高い嗤い声を上げた後、燃える翼を振り上げて舞うように振り回した。

 その小さな体のどこにこんな量のと目を剝くような火球が列をなして生み出されて木や灌木、小径の手前へと着弾し、炎上する。

 彼女が辿って来た道を見るとあちこちが燻ぶったりまだ火の手が上がっていたりと彼女の狂奔振りが窺えた。

 このまま放置しても探索に支障が出るだろう。

 俺は細氷を生み出して辺りを覆い、舞火精を抑えると同時に周囲の火の手を鎮火させる。

 きゃぁ!? と悲鳴を上げて舞火精がこちらに気付き……、憎悪の視線を向けてきた。


―――やぁあああ!

「ふおっ!?」


 先ほどの放火はそれでも遊んでいるレベルだったらしい。火球連弾が可愛らしく思えるくらい密度の濃い火泥塊とでも言えるような重量のないマグマとでも言えそうな両翼から放り出されたそれを弾けたのは幸運だった。

 バックラーの前面を増設補強した白輝銅もしっかりと弾けているようだ。

 ただし弾いた際に飛び散った飛沫と弾いた先は無事では済まなかった。

 散った飛沫が顔に飛んでジッと焼ける。跳ねた油よりも痛むそれは少しマズい火傷になっているだろう。

 それに弾いた先の木の幹が瞬く間に炭になって大量の煙を抱いて横倒しになった。まだ熱を持っているのか倒れた木の枝に茂っていた葉がチリチリと焦げて火の手に加わっている。

 正直言って事態が拡大している。


 俺は更に細氷の密度を増やして焼けた倒木を覆って鎮火させ、余る銀白籠手を伸ばして舞火精を叩き落とす。

 物理攻撃が効くと思っていなかったのか避ける素振りも見せなかった舞火精は白輝銅の平手を受けて昏倒した。

 貴重な時間を得られたが、そう上手くはいかないようだ。

 叩き落とした一瞬、銀白籠手の制御が乱れた。物質なのに霧散するような感触がして慌てて魔力を密にして形状を保った。

 恐らく、銀白籠手が銅アマルガム(銅水銀合金)だからだろう。水銀は強熱で蒸発する。飛竜の火球に耐えていたのは混ざった白輝銅が自己組織と識別して補強していたからだろうか。

 ともかく、今の俺の装備は水銀が多く使われている関係上、融点以上に熱を上げられる火の精霊である舞火精と相性が悪かった。


 装備を使わずに制圧する。

 火精である以上火の勢いは強力だ。制圧するには氷などの物理的アプローチだけでなく魔力的な側面からもアプローチが必要だろう。

 青魔力氷を作り出して覆って見るが、魔力をうまく奪取出来ない。力量差にあまり差がないということか。

 昏倒していた舞火精がふるふると動き始めている。

 時間はあまり無い。捻出するには……いや、ふむ。そう。


 俺は氷晶の中に黄色変質魔力(・・・・・・)を作り出して強く深く拍動させる。

 氷晶が溶けないギリギリまで舞火精に近付けたそれを更に細氷で覆って保護し、合わせてその中に細氷の青魔力を発生させる。

 細氷の青魔力は黄色変質魔力の拍動した端から揺らいで、白く半透明に変わった陽炎を吸収して細氷へと変わり、更に周囲を冷やした。

 俺はそれを見て取って更に黄色変質魔力を格納した氷晶を作り出し、起き上がろうとする舞火精の周囲に浮遊させ共振して拍動の波動を送り込む。


 舞火精の姿がふらりと揺れた。

 倒れた訳ではない。存在が火が揺らぐように歪に捻じれたのだ。


―――やぁあああッ、やッ、やぁ!


 周囲の細氷を散らそうと火柱を巻き上げるが、それは悪手だ。

 全周囲を撫でるように拡散した火柱は同調圧を持つ共振波動に曝されて揺らぎ、解けた端から細氷の青魔力に吸われて冷気へと変わる。


 やがてまともな火炎を上げる事も難しくなったのか火の粉を撒き散らして暴れるだけになった舞火精が共振する黄色変質魔力氷晶に挟まれるようにして捕獲出来た。


「もう手はないぞ。精霊契約をするか」

―――やぁあああッ! やぁ!


 正直言って少し困惑している。

 今まで散々倒してきた宿樹精には表情がなかった。まるでゲームのキャラのように敵だから淡々と攻撃し、そして何の感情も浮かばせる事なく淡々と死んでいった。

 しかし、この舞火精モドキは違う。

 明確な憎悪敵愾心を浮かべて生殺与奪をほぼ奪われた状態でも暴れる事を止めようとしない。

 敵愾心自体ならこれまで思考能力のあったゴブリン系や飛竜も持っていたが、それとはまた異なる感情の色に面食らっていた。


「いやなカンジが宿ってるの」

「レーネ。出てきて大丈夫なのか?」

「少しだけね」


 困惑しているとアウレーネが嫌そうながらも出てきて教えてくれる。

 聞くと、似たような感覚はチスイザクラの血の池でもあったらしい。その時に感じた嫌な感覚がこの舞火精モドキの核に宿っているそうだ。

 それは元ネタっぽい育成RPGでいう狂奔の森に巣食う魔王やら邪神やらをパクった影響なのだろうか。

 元ネタのゲームだったら倒せば何か勝手に解放できていたが、ここでそれが通用するのかは分からない。むしろ多分そのままドロップ落として消滅しそうな気がする。

 かといってその嫌な感じだけを取り除けるかどうかは分からないらしい。


 手探りながらもやってみるしかないか。

 俺は更に黄色変質魔力の双氷晶による同調圧を持った共振波動を強めて舞火精が動く事さえままならないように固定する。

 その上で意志を込めると舞火精の胸を構成する火が蠢いて亀裂を開ける。実体化しているとはいえ魔力が本体である以上魔力支配すればその魔力は俺の意志で操ることが出来る。


 中から覗いたのは濁りを帯びた赤い魔石、一見すると発火球のようだった。アウレーネの指示通りの場所にあったこれが舞火精の存在核とやらだろう。

 魔力支配の中で、この赤い魔石が、いや違う細微に感じればこの赤い魔石の中にある濁りだけが未だに支配下に置かれずに暴れている感触がする。


 この濁りが憎悪や敵愾心の源なのだろうか。

 これを消滅させればこの体すら満足に動かせなくなってもまだ瞳の色に憎悪を浮かべている舞火精を大人しくさせることが出来るのだろうか。

 舞火精の存在核に魔力と意志を送り込むと暴れていた濁りが噛みついて魔法の発動を妨害奪取しようとする感触がする。

 完全に魔力支配下に置いた中でなお制御が不安定になった事に驚きを覚えるが、幸い制御力はこちらの方が上だった。

 むしろ妨害奪取しようとしていた魔法の発動を囮に使って、その濁りの感触を掌握し―――。


 俺は握り潰した。


―――きゃぁあああああッ!!?? あ、あぁぁ……ぁ。


 支配されて体自体は微動だにしないものの、根源的な何かが断末魔の悲鳴を上げて消滅していく事が分かる。

 消滅して濁りを失って綺麗な赤に色付いた存在核は―――。


 光の泡を吐き出して消えていった。


 どうやら俺は失敗したようだ。

拙作をお読みいただきありがとうございます。

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