３３：枯れ川を越えて
―――ブボンッ。
くぐもった爆発音が響くが、設置面の惨状はあまり芳しくない。もう少し要調整だな。
―――主殿。今度は何か？
「あん？ 研究だよ。魔法のな」
―――見せて貰っても？
そういえばオルディーナは魔法に興味があるんだったな。ぶっちゃけ先日の俺が球になる斥力ピンボールゲームも魔法と言えば魔法なんだが、オルディーナのお気には召さなかったか。等身大サイズのマジッククレイが放物線を描いて飛んでくる所までは上手く傾斜斥力装甲を付けて弾かれることが出来たが、次に独断と偏見で成形した鉄製ドラゴンクローをマジッククレイカタパルトで射出しようとして、流石に怖いから止めろとアウレーネからドクターストップを受けてしまった。あれ結構面白かったのに。
しかし魔法見学ぐらい特に反対する理由もないので了解して再びマジッククレイを斜めに張り、その上に鉄のうろこ状成形板を埋めて、仮標的を設置し直した。
狙いはもちろんドラゴンの装甲を貫通する魔法の開発だ。
強度を確保した成形螺旋鉄筒の中で爆発を起こし、圧力で成形鉄弾を高速で射出する。
……うん、返礼品で貰ったライフルでいいだろって話だな。
だが文明の利器を使ったら負けな気がする。空撮ドローン多用してるけど。
それに銃弾は弾倉にある分で全部だったから実は継戦能力がそれ程ないという理由もあったりする。銃弾を自作しようとしても確かそこら辺爆薬の製作に必要な試薬は法規制でガッツリと掴まれていたハズだ。
法律と社会の目とを気にしてこそこそ不法行為をやって目立つくらいなら最初からダンジョンに引きこもって自給自足出来るようにした方が早い。
ただ、何でもかんでも全部ダンジョンオリジナルでという訳ではなく、ライフルの銃身は成形機を使って複製して、というか試射用にはそのまま使ってる。
実は返礼品のライフル銃は良く調べたら低魔力濃度ながらも魔力構造が存在した。特徴は何の変哲もないただの鉄や木と同じだけど。如何にもどこぞのダンジョンで取れた拾得物を転売したようなフリをして実はあのライフル銃もダンジョン産だったのだろうか。よく分からん。
ともあれ、銃身は完全に借りてきて銃弾はほぼコピってきたのだからこれで問題があるとすれば弾薬の方だろうか。爆発の調整は続けるとして……そういえば銃弾の尻の方の形状にはあまり意識していなかったな。一つ分解して調べてみるとしよう。
＊ ＊ ＊
「アメリカ、行きたいっすよね」
「は？」
「いや、何聞いてたんスか。アメリカじゃもうすぐダンジョンが一般開放されて探索者がダンジョンに入りたい放題って話ですよ」
「そうなんですか。……それならそろそろ日本も追従するのでは？」
「そうだといいんすよね」
相変わらず同僚の何某さんはダンジョンにご執心なようだ。
アメリカを始め強力な軍隊と軍事費を投入できる国家は次々とダンジョンを攻略して今度は一般参加者も募って大開拓をしようとしているらしい。そういえば金属も鉱石じゃなくて金属として算出するからな。純度がどれ程かは知らんがそれだけでも価値はあるだろう。魔石の魔力が科学技術で扱えるのかは知らないが、工房での魔石消費を考えると活用できれば強力なエネルギー資源として見込めそうだ。
その一方で日本の攻略は微妙らしい。理由は弾薬費。特に危険も見られないのだから弾を蕩尽して国庫に負担をかけるのは如何なものかと突き上げを食らったのと、また下手にスキルや魔法装備なんかも手に入ってしまったものだから現状は銃火器縛りをして剣と魔法の勇者攻略をしている状態らしい。俺と同じか。
それでも恐竜のような容姿のアースドラゴンと名付けられたボスを倒したと発表されたそうで進捗は俺よりも進んでそうだ。流石職業軍人。一般人の俺とは違うな。
とはいえそんなケチ臭いことするくらいならいっその事一般開放した方がとも思うが、何かあったらの責任問題と利権調整関係で上手くいってないんだろうな。知らんけど。
多分諸外国の出方とその結果を見るまでは動かないだろう。もう暫くは何某さんのダンジョン日報が続きそうだな。
＊ ＊ ＊
「流石に、重いな」
「でもへらせないよね」
「こればっかりはなぁ」
ボス戦に挑むからな。出来るだけの対策を詰め込んだ結果、とうとう登山用リュック殿が殉職なされた。
詰め方も悪かったのだろうが、底が抜けたのと肩の縫製が解れた。今のところ緑色魔力強化アシ不織布で当てて補強しているが、帰ったらこちらも本格的に何とかしないとな。
それに登山用リュックサックが破ける程の重量物を俺が持ち上げられる事も驚きだ。
緑色魔力を肩から足にかけて薄く纏ってパワーアーマーとして利用しているとはいえ強くなったものだ。
一応ボス戦に挑める準備は整えた。
だが実際に挑むかどうかは道路状況次第だ。……一週間経ったからな。流石に道中の飛びトカゲや矢魚なんかもリポップしているだろう。安全を確保しながら進んで、戦える余力が残っているかは分からない。
それに明日も休日なので今日一日道中をクリアリングして行けば明日は気兼ねなしに戦える。
今日背負うのは半ば予行演習や行軍訓練みたいなものだろう。
そう考えると気が楽になって来たな。取り合えず突っ込んでみるか。
工房の端、相も変わらず様々な言語で進めと塔を積み上げる転移象形に触れて念じると、全感覚を光が覆い尽くしてやがて見慣れたスライド画面が姿を現す。
選ぶのはもちろん赤茶けた大渓谷。
前傾に突っ込んでその画面を潜り……いつの間にか３度目の崖の頭頂に突っ立っていた。
掃討開始だな。
―――。
――――――……。
「あー、ここもあったか」
「んぅ？ ……そういえば上か下かって言ってたね」
何かと言えば渓流洞窟だ。
渓流に沿ってそのまま洞窟内に進んでいく前回探索した道と、見上げる段差を幾つか越えて洞窟上面に見える平坦な枯れ川の底みたいな場所を歩いていく道。
どちらを通ってもいいだろう。下が空洞になっているのだから歩いていて底が抜けないかとも思ったが、壁や天井は例によって殴ろうが突こうがそれより先の破壊行為に進めない謎の進入禁止処理がされていたので、枯れ川の底が崩落することはないと思われる。
前回の探索と同じ道を通って来たものの、先ほどの飛びトカゲの岩棚で昼食をはさんでいい時間が経過してしまった。やはり掃討処理をしながらだとほぼ安全とはいえ時間が掛かる。
今日中にボスへ挑戦するのはやめておいた方がいいだろう。それならば様子見も兼ねて前回と違う道、枯れ川の底を進もうか。
腰に巻いた銀アマルガムジャックワイヤーに魔力を流して先端を飛ばして登る段差に引っ掛け、続いて前腕を覆って余りあるまで肥やせた銀白籠手を伸ばして一段先の段差を掴む。足を壁に添えて伸ばした合金縄を元に復元させようとすれば苦も無く段差の上を進める。
登った先の枯れ川はそそり立つ断崖に囲まれてくねる一本道だった。所々に穴が開いて中からシュロシュロと軽快な水音がする以外は歩きやすい平面が続いている。それだけなら良かったのだが。
「げぇ……」
「大きいのいるね」
ついでに見上げた断崖の中ほどに、ゴツゴツとしてはいるものの全体としては球状の岩塊がへばり付いている。最早これは如何にも自分怪しいですと主張しているようなものだな。
試しに氷杭を作り出して射出。深々と氷が突き刺さった岩塊はしがみ付いていた断崖から手を離して、腹の底に響く重い音を立てて着地した。
パッと見は……一頭身のロックゴーレムといった所か。モンスターをテイムするゲームと某金字塔ゲームに出てくる敵あと何かディフォルメされた４足キャラクターを足して２で割ったような違うような奴だな。最近は一目見てコレと一致出来る敵がいないので難しい。
観察している間にも一頭身ロックゴーレムがごく短い前面の両手が地面をついて力を溜める。
「あ……」
力を溜め切った一頭身ロックゴーレムが橙色の光を発露して飛び上がる。
飛び上がった一頭身ロックゴーレムはその鈍重そうな見た目からはあり得ないほど見上げる放物線を描いて―――。
「ってマズイッ！」
「ぴぃッ！？」
俺の頭上へと降下してきた。
間一髪後ろへ下がり、また前面に緑色魔力傾斜装甲を立てたおかげでピンボールのように弾かれてその場を抜け出す。
流石に呆けて眺め過ぎていたか。下がった歩数をバネにしてロックゴーレムへと跳ね、銀白籠手で貫手を作って着地の衝撃かまだそこに留まっている岩塊に刺し込む。籠手を変形させてワイヤーのような鋼線を伸ばしつつ距離をとり、様子を見る。
今はただの岩塊にしか見えないが、先ほどは確かに全身から橙色の光、多分だが何らかの魔力変質を発揮した。それにここまでの敵の傾向と今しがた見上げる高さまで飛び上がった一頭身ロックゴーレムを見るにおそらく機動力の魔力変質かもしれない。
体勢を立て直して力を溜めた一頭身ロックゴーレムが橙色の光を発露して……膝下の高さまでこちらへ体勢を捻ろうとして失敗し、横倒しに転ぶ。
……ふむ。今回の超飛び上がりは失敗に終わったか。しかもロックゴーレムの意図しない形で。前回と今回の違いは距離と位置と条件だが……まあ順当に考えて条件、少なくとも体に物が刺さっていると超飛び上がりは失敗するか。……いや、奴のケツには氷の杭が刺さっていたハズだ。なら条件は鋼線など物が刺さって何かと連結されている、拘束されていることが条件か。
岩塊らしく転がりだしそうな気配を見せたので下部を刺し支えるように氷杭を追加で３本作成して抑える。
横倒しのまま動くことも出来なくなった一頭身ロックゴーレムが悪あがきに手足を振り回し始めた所で突き刺した氷杭を緑色魔力纏いした足で蹴り込んで穿孔。その拍子に致命的な亀裂が入ったようで光の泡を吐き出して消えた。生きてなさそうな仲間として候補に挙がるボグハンドは物理に滅法強かったが、岩塊になるとそうもいかないみたいだな。……しまった、アウレーネに頼んで吸収解析のヤドリギを使って貰った方が良かったか。
まあいい、なんせ次はまだそれなりにあるからな。
見上げた先にはまた一つ、その先にまた一つとそこここに思わせぶりな岩塊が断崖の半ばにぶら下がっていた。
やはり一頭身ロックゴーレムは吸収解析の結果、魔力変質(機動力)を持っていて耐久と機動力に大きく振った性能をしていた。
その性能から来る重量と機動力から回避失敗したリスクは非常に大きいが、攻撃が大ぶりなため大した危険も感じずに処理していけた。やはりボグハンドと似たような系譜なのか吸収のヤドリギがそれなりに効果を発揮したのも大きい。敵のレベルは18とこの階層の雑魚では最高レベルだったが、対処のし易さはガン待ちしたまま凍え死んでいく上層の飛びトカゲどもといい勝負だろう。
なお、調子に乗って２匹同時に相手取るとタイミング管理が非常に面倒になって難易度が跳ね上がった事を付記しておく。
結果的にこの道を選んだことは大正解だった。
くねる枯れ川の底を歩き、たまに見える支流の先の鉱石柱を叩いて回収しを繰り返していくと一度、ぐるりと大きく回り込むようにして勾配を強め、登り切った所で道は急に開けた。
広く、そして断崖に囲まれた巨大な窪地だ。中央左手よりには光さざめく泉が見える。
間違いなく前回の探索で洞窟から見たボス広場だろう。
その証拠に左手断崖には張り出した大きな岩棚があり、その陰に、くすんだ緑色の巨大な物体が半ばまで埋もれるように蹲っているのが見える。
ひと際目立つ折り畳まれた翼は背中ではなく肩の位置。
ドラゴンではなくワイバーン系の飛竜だろう。
どちらでも対処できるように準備してきたが、確定したならば更にそれに合わせて微調整が出来る。
俺はそれだけを確認して今日の探索を終えた。
明日は飛竜狩りだ。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
