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30:オルディーナの成果

 一区切りついた昼食がてら、工房の外に出てオルディーナの様子を見に裏手へ回った。

 横手の果樹林もそこそこ生い茂り始めているが、オルディーナは裏手側の崩れた柏手みたいな葉をした苔島の分木やとこしえの綻枝、呪醸樹の苗木が植わっている裏手を主な本拠地としているようだ。そもそも俺自身が呪醸樹が育っても変にならないように監視と管理を依頼したしな。

 手前の苔島の分木は順調に育っているようだ。生えているヤドリギはアウレーネの分体だったハズだが、そういえばオルディーナへと引き継がれたのだろうか。人形の方が工房まで来れているし多分こっちも引き継がれたはずだな。

 うんうん、と頷いて角を曲がり―――。


「なんぞこれ」

―――誇れよ。

―――成果である。

「いや、マジで何?」


 既に若そうとはいえ一端の木に育ったとこしえの綻枝だった桜と。


「すみごこちは良さそう……だけどかわった?」


 何か呪醸樹とは打って変わって白い樹皮に包まれた清涼感溢れる若木に育った元呪醸樹の若木があった。当然若木にはふっさりと生い茂るヤドリギ、オルディーナの本体とその隣で、やはり何故か逆さ吊りにぶら下がって腕を組んだ半透明の幼女、オルディーナの霊体の姿があった。


―――名称:呪鎮樹の若木

―――レベル:3

―――魔力:11

―――特徴:呪力に耐え、鎮める

「……取り合えず呪鎮樹って何?」

―――我が命名した。

「アッハイ」


 命名しちゃったらしい。まあ今までも俺が雑に命名してたから構わないんだが。特徴も詳しく聞いてみたが呪醸樹とあまり変わらないようだ。

 レベルが上がったのは栄養剤を与え始めてからだそうだ。謎栄養剤もレベルが生えてたし大いに関係があるかもしれないが、いやしかし……。うん?

 この結果を踏まえて追加の謎栄養剤の作成を強請られるかと思ったが、今のところ在庫も余っていて十分らしい。むしろ多過ぎると生育を阻害するそうで、成長と栄養剤の吸収度合いを確かめながらゆっくりと足していくそうだ。少なくともアレをもう一度作れと言われてもすぐには再現出来ないから助かった。


 そしてもう一方のとこしえの綻枝が育った…仮称とこしえの若桜は初期レベルのせいか今回はレベルが上がらなかったようだ。ただ見ての通りより一層大きくは育った。当然ながらとこしえの花びらの収量も増えたらしい。これである程度は在庫を気にせずに使えるようになるだろうか。


 ひとまずどの樹木もヤドリギが十分定着できるくらい大きく育ったのでヤドリギの種を要求された。管理の手間が省けるなら断る理由もないので1つ渡す。果樹林の方に生やしてゴーレムを移動させる手間を省きたいらしい。歩幅がフィギュアサイズだからなアレ……。

 そしてついでに先ほど手に入った魔法の杖の材料になる木の苗も渡す。育ってくれるならヨシと一任したが、仮称呪鎮樹の傍に植える事にしたようだ。元呪醸樹の傍に植えるのは如何なものかとは思ったが、呪醸樹になる心配は全く要らないそうで、杞憂であると言われた。あと本体のヤドリギの手元に置いて色々研究したいらしい。今まで樹木管理で手一杯だったが余裕が出来れば魔法開発にも挑みたいそうだ。主従契約を結んだとはいえ樹木管理を全部押し付けて開発に勤しんでいる身としては何も言えない。無言で頷いてGOサインを出しておいた。




   *   *   *




「尾崎さん、聞きました? ダンジョン」

「え。あぁ、何か生えて来たらしいですね?」

「それもう一週間も前の話じゃないですか。こーいうのあんま興味ないんで?」

「いえまぁ、必要になってからで――」

「まぁいいや。自衛隊のリークって話では……」


 同僚の何某さんが仕入れて来た情報によると、ダンジョンという呼称で認識された虹色の球体内部の特異空間で、超常現象、まぁ魔法を行使することが出来る物体を入手したらしい。攻略速度早いな。まだ一週間だぞ。とはいえ自衛隊レベルなら例え第3階層のゴブリンの巣窟程度ならそれ程苦も無く制圧できるか。所詮素人一匹の手さぐり攻略とは格が違う。


「―――ってワケで、尾崎さんもここから入って行ったサイトで一般探索開放署名。やって欲しいんっすけどいいすよね?」

「あぁ、はぁ、まぁ。サイトを確認してから入れますね?」

「っす。お願いしまーす」


 何か頼まれた。まあいいが?

 電話番号を要求されて萎えかけたが、連携可能なアプリに昔の番号で取った半放置アカウントを持っていたのでそれで通りはした。最低限の義理は果たしただろう。無効署名になってもそりゃ知らん。

 いつの間にか現実にダンジョンの色合いが差していることに驚いたが、それはそうとして今日もこの仕事を片付けたらダンジョンだ。




   *   *   *




「ふぅ……」

 仕上がったクラフトベンチの前で俺は一度大きく息を吐いた。

 目の前には桜の花びらが一山。綻枝のままであったら一週間分、若桜に育ってやっと半日分といったところの蕩尽といっていい贅沢な消費だ。手が震えまではしないものの、心の準備は欲しい。

 一山の花びらは白い半透明のゼリー状の膜、俺の魔力で覆われている。先ほど花びらへと思念を送り込んで魔力構造を作り変えた所だ。

 俺はその仕上がった花びらの山を白い魔力の膜の強度を上げる事で持ち上げ、超機能恒温機の一角へとゆっくり降ろす。

 虹色の油膜を張った設定境界面を超えた瞬間、桜の花びらの山はチリチリと音を立てて縮れ始めた。僅かな水分が散って縮れたそれを更に次の境界へ移すと花びらの山に火がついて燃え始め、間もなく白い灰となって燃え尽きる。

 それこそが俺が求めていた状態だ。

 白い灰を魔力で揺すってやると、徐々に薄っすらと青みがかった魔力が灰の中から遊離してきた。そのまま薄青の魔力を上層で、白い灰を下層で揺蕩わせ、魔力の抽出を続ける。程なく抽出は終わり、超機能恒温機から魔力を浮かび上がらせる。白いゼリー状の魔力の膜の内部にはソフトボールサイズの薄青色の魔力が丸く揺蕩っていた。

 俺は魔力の膜を崩壊させないよう慎重に追加で魔力をつぎ足しつつ、構造を随時構築しつつ、魔溶炉へと移す。一切熱を感じさせない炉の内側では、既に赤々と溶けた金属、液体銅が下部の窪みの中で赤熱していた。

 魔力の膜を少し、炉の内側へと入れて魔力だけの存在が形体を保っていられることを確認してから、全体を炉の中の液体銅へと包み込むように這わせて、内部の薄青色の魔力を流し込む。反発を伴って液体表面が波立ったが、それも白魔力のゼリー状膜でしっかりと覆い抑え込んで、少しずつ、だがしかし圧を込めて薄青色の魔力を押し込んだ。

 溶けた液体銅の魔力構造は抵抗こそあれど固体の時のような堅牢さはなかった。おそらく液体になって流動的になる事でしっかりとした魔力構造が構築できずに脆くなってしまったのだろう。こちらも青魔力ニードル操作のような浸透力の強さがない分苦労はしたが、薄青色の魔力、構造殻と吸引素子、構造素子からなる魔力反応体は液体銅の中へ押し込まれて行った。強い光が漏れている分分かり辛いが銅に青色が挿し込んで薄紫色に変じたような……気がする。

 全ての薄青色の魔力反応体を液体銅の中に押し込んで暫く待ち、魔溶炉内の温度を下げて銅を取り出す。

 魔溶炉のゆるふわ物理法則によって常温まで冷えた銅は、銅だった物質は淡い紫色をしていた。ソフトボールサイズだった薄青の魔力反応体の2割程の大きさ、メモ帳サイズとは言え、2日かけて米粒サイズと比較すると一歩前進したと言えるだろう。差し当たってはとこしえの花びら以外の素材、イガグリなどで置き換えて収量をさらに増やせるかどうか。いや、それはその前にまずはしっかりとこの後の段階、緑魔力構造付与の反応まできっちりと試検してからの話だな。

 まだ時間はある。とこしえの花びらの在庫の大部分を使い切ってしまうが構うまい。どうせ遅くとも明後日にはまた同量使える程度の花びらは集まっている、ハズだ。

 俺はマジックボックスからまた同量の花びらを取り出してクラフトベンチに広げ、白いゼリー状魔力で覆って思念を練り込んだ。


―――……。


 結果的に言えば第二段階、緑魔力構造付与反応では青魔力構造置換ほどの花弁は必要なかった。おおよそ7割に満たない程度だろうか。3分の2程度薄緑色の魔力反応体を流し終えた所で、それ以降幾ら流しても変化はなく、魔力炉の温度を下げて取り出して見ればメモ帳サイズの白く輝く金属、仮称白輝銅が周囲の光を照り返していた。


名称:仮称白輝銅

魔力:19

特徴:魔力を通さない


 確かに青魔力構造置換は吸引と構造形成という二段階が必要なのに対して、緑魔力構造付与は、構造形成した青魔力に勝手に吸引されるから、大事なのは緑魔力が勝手に自己組織化してダマにならないようにそれぞれの緑魔力構造素子を最低限の白魔力反応殻で包むだけだ。

 むしろ今は青魔力構造置換と同規模の反応殻を念じて作成したが、これから反応殻の最低限度を突き詰めていけば作成に必要なとこしえの花びらの消費量はもっと抑えられるだろう。

 とはいえ量産化はまだ進展こそ見込めるものの、実用段階には達したと言える。


 準備をしたらそろそろまたダンジョンの攻略を再開しよう。

 高魔力の、なるべく自分のレベルより高い魔力を持った魔石が欲しい。

 実を言うと白輝銅の作成で余った薄緑色の魔力反応体は捨てた。

 その高魔力を収められるだけの魔石などの収容体がなかったからだ。

 正確に言えばあるといえばある。チスイザクラの魔石だ。ただ、現状一つしかない最高魔力の魔石をただ勿体ないからといって使ってしまっていいのか考えあぐね、今回は捨てる事にしたのだ。

 しかしこの調子になって来ると俺より強い奴に死合いに行くとかいう戦闘狂スタイルになりかねんな。

 死合いに行って本当に死んでも目が当てられないので可能な準備は怠らないが、これからは対強敵を特に意識して戦略を組んでいく必要があるだろう。

 俺はそこまで考えて、オルディーナの時報を受けてひとまず撤収する事にした。

拙作をお読みいただきありがとうございます。

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