3:変化
「じゃあ行くぞ」
「ん!」
三度目のダンジョンアタックは初挑戦から4日後にまでずれ込んだ。
検証と準備、それからちょっとした工作諸々をこなすとそれなりにいい時間を食ってしまったからだ。
ジャラリと音を立てた呪物しっぽフレイルは不安しかないアシ紐から頑丈なチェーンに替えて、パチモノ棒もアウレーネに協力して貰いチェーン穴と持ちてのグリップを付けた。
今回の計画のメインウェポンの動作確認も済ませた。
後は潜るだけだ。
昏い虹色に輝く球体に触れると、前回同様に光が全てを覆い尽くしていった。
フィィ――――――。
軽い駆動音を立ててドローンが飛び立った。
今回は次の階層へ行くつもりはない。
それよりもまずはこの1階層をひとまず調べる事が先決だと判断した。そもそもアシ野原は見通しが悪いだけで踏み入れないわけではない。用意された木道だけしかないのか、このアシ原に隠された場所はないのか、そもそもこの空間はどのように広がっているのか。これらの疑問点は調べておいた方がこれからの探索でも役に立つだろう。
そのために先日家電量販店でドローンを調達した来た。録画用のドローンらしくコントローラーの間にモニタが配置してあり、携帯ゲーム機のような感覚で操作が出来た。
軽快な音を響かせてドローンは高度を上げ……られなかった。
何かに接触したといった感触はないが、いくら出力を上げても高度10メートル以上は上がらなかった。
現時点での結果は結果として、次は周辺エリアの散策……にとりかかろうとして早速変なものがコントローラー間のモニタに映り込んだ。
視線を上げて振り返るとそこ、開始点の木道端には見覚えのある闇鍋象形。戻るの転移象形が浮かんでいた。
「いつの間にこんなものが……?」
少なくとも始めてここに来たときには無かった。それは確実に言える。2回目は……ウッ、頭が。
ともかく、一つ言えるのはダンジョンは固定ではなくこれからも変化し得るという事だ。
今回は恐らく便利な方向に変化したが、仮に致命的な方向への変化を見過ごしてしまったら目も当てられない。
これからはより一層周囲の変化に敏感になっておく必要がありそうだった。
* * *
ドローン空撮を終えて俺たちはボスエリア跡地にいた。
ススキ野原の上空からの景色は非常に殺風景で、見渡す限りのアシ野原がただ単調に広がっていた。
領域の端も上空と同様に接触した感触はないがそれ以上その方向に進めないといった不思議法則になっていて、全貌としては木道迷路を2周り程広げたエリアが1階層の全貌となっているようだった。また空撮で見える範囲においては隠し通路の類いは見つけられなかった。
「まだ序盤も序盤の第1階層だからむしろこれでいいと言えばいいんだけどな」
「んぅ―――?」
よく分からないと首をかしげるアウレーネに曖昧に返して俺は湿原モドキに足を踏み入れる。
目的はアシモドキだ。
ちょっと筋張った延長コードみたいな手触りのアシモドキはヤドリギ解析で見てみると魔力を筋に沿った方向に流しやすい性質を持っているらしい。
それならこのアシモドキを加工して布の服を作ったらどうなるか。もしかしたら宿樹精たちが放ってきた魔力の光弾を繊維方向に沿って散らせるかもしれない。
つまり魔法に対する防御方法の模索が今回の目的だ。
相変わらず根すらないアシモドキを適当に引っこ抜き、穂先を取ってから筋方向に適当に裂く。裂いたアシをアウレーネが魔力で支配して更に細かい繊維に変えてそれらを撚って編み合わせる。
まだボスのリポップしない広場では淡々とした葦苅音が響いていた。
――。
――――……。
「みゃぁぁ―――……」
「あー、うん正直スマンかった」
結果的に今回の案は成功で失敗だった。
光弾を見事に散らしてのけた端布を畳んで俺はアウレーネを労った。
問題はアウレーネの負担が尋常じゃない事だ。
アシの収獲以降の作業を全て魔力で行っていたアウレーネは手拭いサイズの端布を作り上げた段階で根を上げてしまった。魔力もそうだが何より単調な作業がずっと続くのが嫌らしい。
こちらはほぼ引っこ抜くだけだった為にそれ以上強要できる訳もなく、布作りはお開きになった。
まるで当てがないが織機の導入でもしない限りこれ以上は無理だろう。
「ただ、これどうすっかな」
「………」
目の前にはアウレーネなら潜り込めそうな量のアシ束が転がっていた。
「……まぁ、こんなもんでいいだろう」
無駄に収獲したアシ束の上に家から持ってきたゴミを適当に並べる。
ダンジョンに持ち込んだ現実世界の物品はどうなるのか、吸収されてしまうのかそのままなのかを検証するためだ。
今回期せずしてダンジョン産の素材であるアシ束も余ってしまったので追加して家ゴミ、穴あき靴下とアシ束を縛って作った混合雑オブジェ、アシ束の中に俺の髪の毛を入れてみた雑ヒトガタを作って置いておく。
もしも次回のダンジョンアタックでこれらのどれかないし全部が消失しているならダンジョンによる吸収作用も考慮に入れて攻略を練らなければならない。
ちなみに流石にアウレーネ由来の素材の試検は自重した。折角人目を気にしなくていいダンジョンなのに俺の胸中に引きこもってへちょってる彼女にヤドリギの枝ちょっとだけ自切して?と追い打ち掛けられる程人間辞めてない。
漏れた思考に感付いたのかびくりとざわついた胸中を宥めすかして俺は広場の先の転移の闇鍋象形……ではなく入口の木道端へと足を向けた。こちらも本当に戻れるのか一度試しておかなければ。
ダンジョンから帰還後、アウレーネの過労に対する詫びの品はスーパーに売ってた吟醸酒になった。いつの間にか買い物カゴの中に霊体を出して品定めしていて、札に書いてある数字が大きい方が価値が高い事に気付いてしまったらしい。
ヤドリギに酒を呑ませたらどうなるのかという興味もあって4合瓶ならOKしたが、結果は伸ばした根の先からラッパ呑みに干した感想が何かぽかぽかする?という豪気なものだった。気に入らない事を切に願う。これから何かあるたびに1升瓶を強請られでもしたら流石に支出許容量を圧迫する。
アウレーネの予想外なスペックに戦慄しながらも機嫌を取る事に成功して明くる日の午後、俺たちは4回目のダンジョンアタックに挑戦した。
今回は昨日のダンジョン内に残した物品の確認と可能であれば次の階層の確認をしたい。
前回までは次の階層に降りたらゴールするまで、下手するとエリアボスを倒すまで帰還できない可能性が高かったが、ダンジョンが入口からの帰還も可能にした今は次の階層を偵察だけして戻ることも出来るかもしれない。
それでも一応万が一の為に戦える準備だけはした。
右手にはメインウェポンの呪物しっぽフレイル。
左腕には先割れスプーンの先を外向きの鉤爪状に変形させた呪醸樹の太枝のバックラー兼鉤爪武器。
ホームセンターで買ったベルトポーチには空撮ドローンのコントローラーとサバイバルナイフに加え、チェーンロックに昨日ドロップした予備の吸水しっぽがぶら下がっている。
防御がバックラーと昨日アウレーネに織って貰ったススキ手拭いを頭に巻くくらいしかないのが心許ないが現時点でもフレイルとバックラーで5キロは越えてそうな重さなのでこれ以上重装備にしても逆に取り回しが悪くなるだろう。今回の探索では見送った。
1階層に降りて空撮すると宝箱と呪醸樹が復活している様子が見えた。とはいえ宝箱は以前の場所とは違う場所に置かれているし、呪醸樹の樹上の宿樹精は2か所しか茂っていない。全体的にパチモノ臭い事といいこのダンジョンは経営難なのかもしれない。
アホな思考はさておいてサラっとオタマを2匹呪物の餌食にした後、宝箱から何かの意図を感じざるを得ない手拭いサイズの布(アウレーネの解析によると魔力に対する抵抗があるらしい)を手に入れたので、とりあえず5日前に負傷したらしいもう痛みは感じない左肩に一応巻いてボスエリアの広場に差し掛かる木道で足を止めた。
空撮ドローンを木道の端に避けてボスエリアに踏み入ると、ざわめきと共に呪醸樹が咆えて樹上のヤドリギに半透明に明滅する幼い少女が宿る。
「んー、一応聞くけどレーネ。今からあっちの同族倒すけど大丈夫?」
「んぅ」
「そっか。後ついでに彼女らの中で仲間になれそうな自我を持ってる奴はいる?」
「にゃぁ」
「まあそうだな。俺もそう思う。あの時のお前の挙動不審振りと比べると……拗ねるな拗ねるなって」
肩の上でぷくりと膨れた頬を指で摘まんでしぼませる。通常アウレーネの霊体に素手で触る事が出来ないがステータス画面をタップした時と同じ感覚を指に集める事で触れる事が出来るようになった。
萎んだ代わりに尖らせた口に苦笑して頭をそっと撫でてやると胸の前に構えたバックラーで小さな爆発が2回起こった。
「こっちは十分有効そうだな」
前回の時、アウレーネは別として他の宿樹精は愚直に胸しか狙わなかったので手持ちの素材も含めて考えた結果がこのバックラーだ。
正面切っての走り込みを防ぐように振るわれた枝の鞭を鉤爪に引っかけるようにして逸らす。
立ち止まった所にもう一度頭上から飛んできた光弾をそれぞれ頭とバックラーで受け流す。
返すように振るわれた枝を潜ればもう目の前には交差した枝、その先には呪いの吐息を上げる樹洞。
枝のガードを鉤爪で強引に払い除けて呪物しっぽを樹洞に突き込む。
まだ吸水力に余裕はあるようで、黒ずんでいた呪物しっぽは更にどす黒さを増して樹洞の中の呪液を吸い取った。
ただの樹木に戻った樹洞に囚われた小さな頭蓋骨をフレイルの柄頭で叩いて壊す。
落ちてくるヤドリギの一株を空中で仕留めれば後は盾受けで十分な単発しか放てない固定砲台一株のみだ。
2回目のボス攻略はあっけなく終わった。
「終わったぞーレーネ」
「……ん」
「まあ、その内慣れて欲しいとは思う」
光弾を放つ遠距離職のくせして目を瞑ってるから仕方ないね。一瞬で終わったとはいえ本人が好戦的じゃないのも相俟ってさっきまでは肩にへばりついた人形みたいなものだった。悲鳴を上げなくなっただけ成長した……のかもしれない。慣れさせるにしても少しずつの方がいいだろう。
まあそれはいいとして、辺りを見回してもいつも通りのドロップアイテムしかない。あったはずのゴミがないのだ。空撮でも察しは付いていたがダンジョン内残留物は全て消失するようだ。ゴミ箱として使えるな?ダンジョン内拠点の設営が立ち消えたのは痛いが。
検証結果が出た所で特に目立ったものはないドロップアイテムを回収して目指すは次の階層、進むの象形紋だ。
「次の階層はどんなんだろう………は?」
俺の困惑を感じ取ったアウレーネが肩の上で首をかしげる。
視線の先、進むの闇鍋象形の上、日本語の手書きルビの上に、ドイツ語のルビが振られていた。
拙作をお読みいただきありがとうございます。