28:第4階層
白輝銅の量産化と新しい魔法開発。それぞれで煮詰まった俺たちは第4階層へと散歩に来ていた。
気軽に来れるようになったのはダンジョンの良修正だな。一度進んだ階層へ選んで転移できるようになれなければ流石に第3階層の長丁場で退屈な道のりを降りて散歩という気分にはならない。洞窟や遺跡といった景観も良くないしな。
その点第4階層はいい眺めだ。実にマジで。
一言で表すならグランドキャニオン。急峻な崖と深い浸食を受けた谷が織りなす赤茶けた眺めが遥か先まで広がっていた。
どこのゲームから引っ張ってきたのだろう。地形自体が有名過ぎて幾つかの候補が挙がる物の絞り込めない。第3階層もそうだったが割と有名どころ過ぎて絞り込めないようなケースも散見されるようになってきたな。明確にやったゲームから引っ張ってきたと思わしき敵はチスイザクラが最後か。
出来れば接敵するなら既知の敵と当たりたい。その方がリスクも対策も考慮しやすいから。
それはフィールドについても言える事で俺は幾つかのリスクを考慮して対策を立て、以前キングゴブリンを倒した後に見たこの崖の光景を踏まえて久々に引っ張り出した探索グッズ、空撮ドローンを空へ飛ばした。
急峻な崖が連なる中でもひと際高い崖の頭頂から始まった第4階層は、そこが高さの基準点にもなっているようで飛ばした空撮ドローンは10メートル程度高度を上げた所で第1第2階層の空と同様に接触した感触はないがそれ以上高度を上げる事は出来なかった。
それでは本番とばかりに空撮ドローンはその高度を下げ、崖の下、深い渓谷へと分け入って行こうとし。
「うん、まあムリだったな」
「はつがー」
「キュケッ!?」
視界の先で岩陰から飛び出してきた緑色の何かが空撮ドローンの横に突如として成長した半透明に白く光るヤドリギに驚いて体勢を崩し、さらに下の方へ落ちていった。
ちらりと見えたあれはもしかして某金字塔RPGに出て来た滑空できる設定のトカゲをパクって来たのだろうか。とはいえ飛びトカゲもそこそこの作品で頻出する手合いなので一概に断定はできないが、赤茶けた大地から浮いたその色合いがレトロな雰囲気を醸し出している気がした。
咄嗟の防御を一枚破られた空撮ドローンは手元に戻す事にした。
この渓谷地帯がゲームでもよくある奇襲と空襲を用いてくるフィールドであることが分かった。懸念していたから安全策を張って空撮ドローンを守れたからといってこれから何度もドローンを襲われたい訳ではない。
そうは言っても手元に戻す道中、こちら側の岸壁をゆっくりと見回して、幾つかの経路と横穴、それから飛びトカゲの潜む小さな窪みを見つけることが出来た。
ここでの空撮ドローンの運用としてはクリアリング出来た安全空域に飛ばして、離れた所からこれから進む下方域を偵察する方向になるだろう。俺は今立っている崖を取り巻いている岸壁ぐるりと見回して、それから周辺の渓谷地帯の傾向を凡そに把握すると、リュックを背負って進むことにした。
キャリーカートは置いてきた。流石にこの探索にはついてこれないだろう。
「じっとしてうごかないねー」
「待ち伏せメインなんだろうな。こう、見えているとただの草刈り場でしかないが」
崖の上からここまでは崖の一端から辛うじて歩いたまま降れる道があり、ここまでは来れた。
アウレーネはリュックを背負ったからか、肩からリュックの上の方に移動して両足を肩に乗せている。落ちるなと声を掛けたいがオルディーナの霊体が普通に空中に浮いていたし、例え俺がバランスを崩したとしてもやろうと思えば宙に浮けるんだろう。
肩紐を据え直して空撮で見た次の目標値を覗き込む。途切れた道の先は少し渡った下方でまた広めの足場を形成しているが、そこに至るまでは窪みや突き出しが並ぶものの、崖を這って進まなければいけないだろう。
そして幾つかの窪みの中には緑色の扁平な頭、飛びトカゲが収まっているのを空撮ドローンで飛ばした際に確認していた。飛びトカゲが収まれる窪み自体が幅広で下部に突き出しがある地形と特徴的なのでここから眺めただけでもそうと知っていれば割と判別は付きやすい。
俺はその内手前の窪みに狙いを付けて魔法を放つ。
青魔力で構築された核にすぐに取り込まれないようしっかりと構築した白魔力で覆われたカエルの卵のようなそれは魔力のままで窪みにたどり着き。
「……ッ!?」
鳴き声一つさせないまま窪みの口を氷で覆い、そのまま余力の白魔力を使って内部まで凍らせ尽くした。
ふむ。魔法の撃ち合いなら最初から実体化させて物理強度も確保しておいた方がいいが、不意打ちするならわざと実体化を遅らせてもいいな。過剰の白魔力で効果時間を延ばせるのは分かっていたが少しやり過ぎたか。窪み内が全凍結したがまだ効果が続いている。次の窪みでは少し薄くするとしよう。
俺の魔力支配化にある魔法はある程度の範囲で念動できる。出来上がった氷塊を少しずつ捻って取り出すと、トカゲの形にくり抜かれた氷とその中に落ちているガラス球のような魔石。
多少魔力を消耗したものの、特に危険があるわけでもなく壁面のクリアリングは完了した。
「一応頑丈さが増していたのは嬉しい誤算なんだがな」
「がんばれー」
「はいはい」
腋の下、腰をガッシリと密着して支えるマジッククレイの強度が存外しっかりとしていることに安堵しつつ、俺は掃討した後の飛びトカゲの巣穴、もとい壁面をマジッククレイを命綱兼動力ロープとして使って、最初は慎重に、次第に手軽に、最後は軽く跳ねるようにして次の岩棚へと渡った。
最初、この命綱の役割を期待していたのは水銀だった。元ネタだったクラフトゲームでも、水銀で自由自在に伸びる頑丈なワイヤーロープを作成して足場から足場への移動が出来たものだ。ゲームの中盤で、そろそろマジッククレイも卒業に近くなっていた頃合いであり、ワイヤーロープの作成には強度が足りず、上位の素材が必要になる初めてのケース……だったはずだが、普通に行けた。
もしかしたらマジッククレイの魔力を上げたことで強度もそれ相応に増したのかもしれない。成形速度や魔力の通りだけで判断していたが魔力を上げる恩恵は強度や、下手をするとこのマジッククレイハンド改で叩き潰す際の破壊力にも影響を及ぼしているのかもしれないな。
そう心の中で留意して長柄の先端と魔力で実体化したロープとを切り離してフリーにすると、ひとまず立てかけて、リュックに仕舞った空撮ドローンを引っ張り出した。
―――。
――――――……。
空偵と探索と岸壁渡下を繰り返して行くと谷底に渓流が流れている様子が見えた。
途中、飛びトカゲの巣穴の中に謎の動かせない鉱物柱のような物があり、まさかと思ってマジッククレイで叩いてみると、コロリと金属が転がり落ちた。鉱石ですらない。おそらくクラフトゲームかファンタジー農業経営シミュレーションゲームの採集地か何かをパクって来たのだろう。鉱山利用するには上下移動しなきゃならんこの環境が最悪だが、一応下層ゴブリン達からドロップした金属貨幣よりは魔力が高かった。
それに。
「そうくるかぁ」
「まほうが使えるねー」
名称:赤みを帯びた謎原石
魔力:12
特徴:魔力の込められた意志を火に変える
何かすっごい聞覚えある特徴をした石ころを片手に、俺はトカゲの巣穴の一つ、黒光りする謎鉱物柱の前で途方に暮れた。
いつか解析してやろうと思っていたが、結晶でもない不定形な現象、火や風、水の魔力構造がどうなっているのかを解析するのは困難過ぎた。
取っ掛かりが見えなかったのと優先順位が緑色魔力に傾いていたのもあって後回しにして、そして煮詰まって第4階層に来たが、まさかこちらの方、魔導具作成の方面から可能性が飛び込んでくるとは思わなかった。
同じような鉱物柱を幾つか叩いての初めてのドロップなので確率はそれ程よくないのだろう。
それでもある程度まとまった量が見込めるのならば、出し惜しみして死蔵するのではなく、ゴブリンの方からドロップした発火球もまとめて景気よく実験に使い、もっと使い勝手のいい魔導具をクラフトしてもいいかもしれない。
俺はとりあえず謎原石を特徴から発火原石と呼ぶことにして、渓流の見える渓谷下層域を探索し、幾つかの発火原石を回収して撤退した。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




