24:緑の王威
宝箱の少し嬉しい銀のインゴットを回収して少し早い昼食を取る。
適度に疲労した体に魔養ドリンクが染み渡る。レベルのおかげかアシ束カラムフィルターの品質の問題か、魔力回復薬への魔力濃縮が魔力36程度と今一歩期待した程ではなかった分、魔養ドリンクが魔力5と倍以上に改善していた。効果の程は隣で幸せそうにアウレーネ分のボトルに入ったそれを根っこで撫でている彼女を見れば納得がいく。
「わたしはみてるだけだったねー」
「どちらかと言えばレーネは防御側に偏っているからな。敵の遠距離攻撃が少ないなら俺で事足りる」
「わたしも何かかんがえたほうがいいのかな?」
「……ん。そうだな。俺はこういうの考えるの楽しいからやっているってのはあるな。だがレーネが考えてくれると助かるのも確かだ」
「ん、そっかー」
「レーネが楽しいと思うの事をやるのが一番だと思うぞ」
「……んぅ」
俺が脳筋で戦っているのを見てなのか、アウレーネにも心境の変化があったらしい。いい事だ。今まではアウレーネに頼むにしても、身を守る事か周囲を調べる事が殆どだったが手札が増えれば戦略に幅が出る。
とはいえ俺は俺のやりたいようにやっているのだから、アウレーネは彼女のやりたいようにやって欲しいとも思う。ただし酒を除く。
俺は手のひらに柔らかく魔力を集めて肩に乗るアウレーネの頭を撫でる。通常こちら側から霊体には触れられないが、魔力を込めれば作用する事は出来る。んにゃんにゃ言ってたが大人しく撫でられるままにアウレーネは身を任せていた。
石造りの階段を降りた先は遺跡のような通路だった。
見た目壁や天井の石材の一部は剥離していて雰囲気は出ているものの、床に欠片が落ちていることはなく、綺麗で歩きやすい通路だった。助かるけど中途半端だな。
軽くマジッククレイハンド改を振り回して通路の幅と感触を覚えさせながら進むと、折れた通路の向こうに見えたのは今しがた倒した重装ゴブリン……よりちょっと装備が貧相になった兵士ゴブリンとでもいおうか、円盾を構えるそいつとそいつに守られて矢を番える2匹の弓持ちゴブリンだった。
とはいえ今更中ボス戦を通過してきた俺にさして負荷のある相手でもなく、構えた盾に魔粘土を貼り付けて引き倒してしまえば、立ち上がるまでに弓持ちを片付けて終わりだった。魔石の魔力がそれぞれ5と重装ゴブリンと変わらない。そう言えば意識していなかったが弓持ちも小人サイズではなく大人サイズだったな。弓持ちではなく弓兵ゴブリンとでも言おうか。
アウレーネに頼んで連鎖索敵弾で通路内を探ってもらうと敵の編成は盾兵1に弓兵か杖持ち2、多分大人サイズだろうから術士といった感じか、この3匹編成のようだった。術士ゴブリンに至っては位置によっては連鎖索敵弾に気付いて撃ち落として来たそうなので、これからの索敵は少し慎重になる必要がありそうだな。
ともあれ術士の持つ杖は期待したい。アウレーネの教えてくれた情報を元に持ってきた筆記具で簡易マップを作成して弓兵編成を避け、術士により多く遭遇できる経路を辿って6階の探索を開始した。
名称:水の杖
魔力:8
特徴:魔力の籠った意志を水に変える
6階で術士を片付けて階段を降り、7階で増え始めた術士ゴブリンにドロップ期待で強奪せずに倒していたところこんなものをドロップした。
敵の術士ゴブリンは普通の火の玉を放ってきていた。青魔力で生成した氷の盾で魔力を抜き取られた上で温度を下げられて可哀想な結果になっていたが。
それに一つ前にレアドロップしていた杖は普通の火の玉を出す杖だったので、術士ゴブリンのドロップする杖には生成物の異なる物があるのだろう。この水の杖にしても結晶である氷なら再現しやすいのだが、液体である水の構造体を作り出すのは難航しているので研究目的でも興味がある。
重要素材である魔力伝達の木材は有用だとはいえ、最低限は揃っているし、労力的に休日しか来れないとは言え4階以降まで降りればいつでも強奪できる。今回は強奪せず普通に倒していってもいいだろう。
なお兵士ゴブリンのドロップは推定金銀銅鉄各種有名金属っぽい質感をした金属の貨幣っぽい小片か回復薬だった。金属はともかく回復薬は魔力10しかないし今更いらねぇ。何の恨みがあって俺にこんなものを投げつけてくるのかファッキンダンジョン。ドロップ率が良くないのだけは救いだったが。
そうやって術士ゴブリンが増えた分多少時間をかけて結果として火の杖が増えただけで終わったものの、大方殲滅し尽くしたので8階へと降る。
8階は久々に見たチワワハウンド……がスケール拡大したハウンドが2匹7階の編成に加わった5匹編成だった。
忙しさにある意味懐かしさを覚えながらもスキル:怪力を起動してマジッククレイハンド改を薙ぐ。立ち止まり、あるいは跳ねてやり過ごそうとしたハウンドたちに噴出した粘土塊が絡みついてそのまま壁に叩きつける。
1手掛かった分火の玉が余計に降ってきたが青氷の盾で問題なく防ぎ、兵士ゴブリンの突きはバックラーで受け流すことが出来た。弾かれて広がった兵ゴブの右腕に左手で抜いた逆手の木の柄を滑り込ませる。過ぎる直前に生えた氷の刃が血を吸って兵ゴブの利き手を落とした。喚いて蹲る兵ゴブの首をすれ違いざまに落として青氷の盾を……火の玉がカーブを描いて2方向から飛んできたので片方を氷で、もう片方を噴き出した魔粘土塊で受け止める。小手先とは言え知恵も回るようだ。
とはいえその1手を防げばもう長柄の間合い。1匹を叩き潰して残る方を前進して氷の刃で逆袈裟に斬れば戦闘は終わった。
今回のドロップは残念ながら目新しいものはなかったようだ。魔養ドリンクで少し口を湿らせて次に進む。
それでも8階層を探索し尽くして新しく1つ風の杖が手に入った。よきよき。
「おぉう……」
「ひろくなったねー」
9階層へ降りると片側二車線レベルの広い通路が伸びていた。
ご丁寧に床に赤い絨毯のようなものが敷かれているように見える。コツコツと堅い音を立てるお得意のガワだけパチモンだったが。
それまでの遺跡迷路とは毛色が違っていた。広間ではないし、遠くで右に折れているのが見えるのでボスではないと思うが。
奥の方に影は5つ。重装ゴブリンが2匹、赤絨毯に並んで立ち、背後にばらけて術士が2匹、弓兵が1匹。うろつくでもなく隊列を組んで静かに立っている。
嫌な編成だ。頭の中でシミュレートした結果、そう感じた。
弓兵だけなら魔粘土なり氷の盾なりを張って終わりだ。術士だけでも青氷の盾で完封できる。だが弓兵と術士のセットだと実体化盾ではないと物理攻撃である矢は威力によっては容易に貫通してしまうし、青氷の盾の方が火の玉を防ぐなら具合が良かった。速攻を掛けて消費を抑えようにも、彼らの前には重装ゴブリンが2匹壁として立っている。
遠距離攻撃を解禁すれば悩まずに解決することはする。
だがすぅと目を瞑ってステータスを意識するとレベルが1上がっていて攻撃力もそれまでの伸びにしてはいい感じに上がっている。
可能であれば近接攻撃で処理したい。
考えた結果魔法を解禁する事にした。ただし非殺傷の制圧向け魔法だ。
排除圏内に入ったのか重装小隊はそれまでの静観をやめ、それぞれ戦闘準備に入る。
だがそれはこちらとて同じことで。
「蔓」
「おーけー」
俺の合図でアウレーネが青と白の二重らせんを描いて交差する種弾を発射する。同時に俺も左手を掲げて粘土の塊を、ただし魔力を込めて出来るだけ柔らかく、泥のような粘塊にして射出した。
当然重装ゴブリンは盾で防ぐが、べったりと付いた泥の粘塊に青白交差の種弾が突き刺さる。
青の魔力と白の魔力が混じり合って実体化し、爆発的な速度で強靭な蔓を生やしたかと思うと、泥の魔力を吸い上げて重装ゴブリンを雁字搦めに縛り上げた。
アウレーネは種族柄植物操作に適性がある。
それはクラフト分野で大いに力を発揮して貰っていたが、昼休憩で攻略にも乗り気になった彼女には一つアイディアを渡していた。
それがヤドリギ以外の植物の再現し、実体化させる事だ。
結果この道中の短期間でブドウの再現に成功したアウレーネは実戦レベルまでに昇華させていた。スゴイ熱意ダネ。
しかし使える手札には変わりはない。俺はもう一方の重装ゴブリンに近付きながら同じ方法で重装ゴブリンを拘束する。放たれた矢が暴れる重装ゴブリンの体に弾かれ、緩いカーブを描いて飛んできた火の玉は青氷の盾で防ぐ。
重装ゴブリンの横をすり抜けて走ればもう長柄の間合いだ。ひとまず顔の高さで大振りに薙いで連中一体に泥にまで緩くした粘土を撒き散らして視界を封じた後、氷の刃を作ってサクサク斬首していく。
何とか重装ゴブリンが復帰するまでに片付けられたようだ。
左腕の盾以外は脱出できた重装ゴブとまだ足の絡みを解そうと頑張っている重装ゴブがいるので出遅れゴブリンが足を上げた瞬間に小さな氷塊で足元に氷を張り、転倒させて時間を稼ぐ。
袈裟に振られた直剣をバックラーの鉤爪に引っかける。スキル:怪力の助けも借りて膂力の勝負に打ち勝って弾き、開いた首筋に氷の刃を突きこむ。ついでに左回転を掛けるようにして力を失った重装ゴブの右をすり抜け、出遅れゴブを見ると屈みこんで丁度いい位置に頭があったので斬首。
魔法の助けも借りた結果、そこそこ安全かつ脳筋的な戦いが出来たと思う。
大仰な通路は一つの分かれ道もなく、折れて数段上がり、重装小隊が守りを固め、折れて数段上がり、重装小隊が守りを固めを繰り返していた。
そうやって5回ほどの戦闘を終えたあと、俺たちは長い昇り階段の前に立っていた。
それぞれ魔力回復薬を1杯引っ掛けて体調を整える。アウレーネは漲り過ぎだと思う。
ここまで雰囲気を作られると流石にボスにも察しが付く。ただ大方いるだろうボスの傾向はゴブリンという種族が多くのゲームで使われているのも相まって幾らか種類があり、絞りにくいのが難点だが。
とはいえ俺たちもここまでやって来た。縛っている手札も解禁すればやれる事は大きく多彩に増える。
一つ問題があるとすれば、これからこの長い階段をキャリーカートを抱えて昇らなきゃならん事か……。
* * *
此の威を畏れよ、脆弱なる者よ。
此の智に額づけ、浅愚なる者よ。
此の志に伏し仰げ、矮小なる者よ。
其の前に或るは王なるぞ―――。
「ゴォオオオ―――ゥ」
「バフタイプか」
閉まっていた大扉は意外に軽く開いたが、同時に入口正面の奥、予想通り玉座とでも言えそうな豪華な椅子に腰かけて左手に杖を持った大柄のゴブリンが一鳴きする。途端に正面絨毯の両脇に控えていた重装ゴブリンの縦列が緑色の光を纏った。
「……作戦変更! 魔法解禁で」
「わたしのまほうが火をふくねー」
お前の魔法は火じゃねえだろ草。胸中でツッコみつつ玉座の間に身を滑り込ませると、姿勢を下げて壁伝いに右側へと回り込む。ちらりと周囲を軽く確認すると、両脇伝いに術士ゴブリンが3匹、玉座ゴブリンの両脇から一歩下がって弓兵ゴブリン2匹が控えているようだ。誘導可能な魔法を広く分散配置し、貫通力は高いが細かい狙いが付けにくい弓兵を奥に集中配置する嫌らしい采配だ。
俺は寄ってきた術士を護衛するように配置されていた壁際重装ゴブを氷の床で転げさせてマジッククレイハンド改の先端で噴き出した魔粘土塊で叩く。
緑魔力バフの影響なのか驚いたことにまだ生きていたので魔粘土塊を操って兜の中に入り込ませて呼吸を封じた上で、粘土塊を切り離す。
盾の排除を済ませると手前の術士ゴブリンに向かいつつ、奥の術士ゴブへ向けて氷の散弾を放つ。火の玉と打ち消し合って幾らか消えたものの、通り抜けた2発が術士の胸に突き刺さる。……しかし浅い。
予想以上の全体緑魔力バフの厄介さ加減に唇を噛みしめるが、突如その傷口から青いヤドリギが生えて実体化すると共に術士ゴブの生命を吸い取った。アウレーネの吸い取りのヤドリギだ。最高のフォローに感謝しながら目の前へと迫った手前の術士ゴブに撃ってきた火の玉ごと魔粘土ラバーカップ、トイレ詰まりを流すアレを形成して突きこむ。
顔ごと壁面に刺さった魔粘土ラバーカップの中で爆発が起こった。ビクリと震えた術士ゴブが力を失って光の泡を発し始める。
それを尻目に柱の陰に駆け込むと爆発音が3つに矢音が4つ。青魔力氷の塊をこちら側奥にいた術士ゴブの火の玉に投げつけて相殺し、俺は柱の陰から出る。
こちらへと走って来ていた絨毯脇の重装ゴブリンたちは、突如として粘土塊の下敷きになっていた重装ゴブから生えてきたブドウの蔓に足を取られて動けない。アウレーネの種は時間差で発芽できるからこういう時に意表を突くトラップになってありがたいな。
それを尻目に俺はこちら側の柱の陰伝いに奥へ向かい、こちら側最後の術士ゴブを氷の刃で斬首して仕留め、返す刀で弓兵ゴブ2匹も始末する。
蔓を解いて向かってきている重装の群れに細氷の嵐を大盤振る舞いして足止めし、目指すは王の首。このバフは想定以上に厄介だ。
俺は玉座へと歩み寄り……。
「ゴァアアアアア―――――ッ!!!」
玉座ゴブの咆哮と共に全方位に放たれた薄い緑色の魔力によって壁際まで吹っ飛んだ。
「大丈夫、げんたッ!?」
「……あぁ、吹っ飛ばされはしたが案外痛みは少ない」
驚きで数舜動けなかっただけだ。考えたいが考察はあと。重装ゴブたちの足止め具合を見ると……、しめたことに緑色の魔力バフが消えている。奴らは細氷の嵐の中で細かい傷を負っていた。
「レーネ。あの群れに連鎖吸収!」
「あいあいさー」
こちらも大盤振る舞いで放たれたアウレーネの青魔力の曳光種弾が重装ゴブの群れのそこかしこに着弾し、その内の幾つかが細かい傷に取り付いて、重装ゴブの魔力を糧に大きな実体化したヤドリギを芽吹かせる。そのヤドリギから再び種弾が放たれ、生命吸収の連鎖が始まった。
地獄のヤドリギ地帯の繁茂を尻目に、俺は玉座に近付く。
それを見て取って咆哮を上げようとした玉座ゴブから反転して玉座裏をすり抜けると反対側に居た弓兵たちに矢を番える暇も与えずに氷の刃で切り裂く。
同時に玉座側から見て手前に居た術士ゴブリンに氷の散弾を放って今度は殺しきると、続いてこちら側で術士を守っていた重装ゴブリンが寄ってきたので、泥弾を放って足止めをする。
ついでに玉座ゴブへと氷の散弾を投げつけたら緑魔力の重圧咆哮を放ってきたので、むしろそれに便乗する形で入り口側へ吹っ飛び、氷の刃の先には術士ゴブ。
勢いに乗って術士ゴブの首を刎ねると再び氷の散弾。入り口側の術士が放ってきた火の玉と相殺しながらもすり抜けた3発が胸を抉って全ての遠距離攻撃が沈黙した。
泥弾を受けて藻掻いている重装ゴブの鎧の隙間に細氷を刺して傷をつけ、アウレーネが青色の種を投げ込むと動ける敵はあと1匹。
「ようやっとお前だけになったな」
玉座ゴブリンがゆらりとその玉座から立ち上がった。
始まりは魔法の応酬からだった。銀金をあしらった錫杖から雷が散ると青いヤドリギの盾がそれを受け止めて砕け散る。良く対処できたなアウレーネ。
「ッこいつ魔法も強いな!?」
「あおいろがこわれちゃったよ!?」
幸いなのはこれが群れの中で使える魔法じゃないってことか。辛うじて生き残っていた吸い取られ続けて倒れていた重装ゴブが先ほど散った雷撃でビクリと震えて光の泡を吐き出し始めた。配下を巻き込むならおいそれと使えないわな。
続けて放ってくる予感がしたので泥弾を飛ばす。空中でぶつかった泥と雷は爆発を引き起こして周囲に泥を撒き散らした。
何とか近付こうとするが雷撃の頻度と効果範囲が高く、一々爆発を起こすため迂闊に近付けない。
膠着する状況の中で、やはり決め手になったのは。
「グガッ!?」
「やっぱ王には暗殺者だよな」
僅かに開いた装飾の隙間、足首に嚙みついたコブラゴーレムだった。
大扉の脇に念のために待機させていて、全力戦闘を決めた時に俺たちの後を辿るような経路で移動させたコブラゴーレムは、牙の隙間から呪醸樹の呪液を流し込むと、外装砲塔から細氷の霧を吹き散らして霧隠れする。
不意をついて雷撃が止んだ合間に俺は氷の散弾を放射状に放って玉座ゴブへ向けて収束、囲むように狙う。
「グ、ゴァアアアアアア―――ッ!!!」
「だよなッ!」
来ると分かっているなら利用も対策も出来る。
姿勢を低くして生成したマジッククレイで床と体を繋ぎ止めて咆哮の圧力をやり過ごし、踏み出せば既にそこは長柄の間合いの内。
振り下ろした魔粘土のハンマーを止めようと緑色の魔力を纏った玉座ゴブリンが右手の宝剣を掲げるが。
魔粘土ハンマーは決め手ではない。どろりと溶けたハンマーが右手と肩を固定して。
開いた首筋に氷の刃を突き入れる。
喉を狙って突き入れたそれはしかし、緑の魔力に逸らされて首を四半分斬り込むだけに終わったが。
「まかせて!」
開いた血の花に青色の種が挿し込まれて。
「ガァアアアアアアッアッ…アッ……ッ………」
芽吹いたヤドリギが玉座ゴブリンの命を吸い取って膨れ上がるように覆い尽くし、玉座を簒奪した。
* * *
「あー、ここかー。まあそう言われればそうなんだけどなー」
「なにが?」
玉座ゴブリン。まあ順当にキングゴブリンとかでいいかもしれんが。とにかくボスを倒した後、ドロップまで一通り回収して俺たちは、暫く迷っていた。
ボスを倒したのに転移象形も、そこへ続く道も見つからなかったからだ。
何周か広場を回ってすわ入口の階下にあるのかと戦慄した時に、ふと玉座の裏に窪みがあるのを発見した。
まさかと思って手を入れて、ゆっくりと引くと玉座が後ろへスライドし、下には降りの階段が現れたのだ。
まあベタではある。ダンジョンでボスを倒した後の帰り道としてやる事かとは小一時間問い詰めたいが。
何はともあれ最奥だ。今回は実入りも気付きも疲労も大きいのでさっさと第4階層を拝んで……まずは寝たい。
隠し階段を降りた先は、ごく小さな祭壇だった。
一間程度の小部屋の奥に三段の雛壇があり、上段に角の生えた頭蓋骨、中段両側に転移象形、下段に小さな宝箱が置いてある。
罠を確認してからマジッククレイハンド改で距離を取って開けるものの特に罠はなかった。
中には壷に入った非常に重い銀色の液体。
名称:推定水銀
魔力:20
特徴:染まった魔力に籠った意志を形作る
元ネタになったクラフトゲームではマジッククレイの一部上位互換と言われていた素材だ。完全上位互換ではないが。
扱いは大変で困難だが、使いこなせれば手札の幅が更に広がるだろう。
こぼさないように封をし直してキャリーカートに積み込み、俺は雛壇中段に浮かぶ転移象形、その内の進むの方に触れて、魔力と意志を流す。
輝きが全感覚を覆い尽くして、第4階層へと連れていき―――。
目の前に移った光景を見て俺は回れ右して逃げ帰った。
* * *
「ねぇ」
「寝させて」
色々あり過ぎて今は寝ていたい。もう夜だし明日は週明けだ。
「ダンジョンうつってるよ」
「んー…」
「どうがにダンジョンがうつってるの。はいしんしゃっていうひとが」
「……ん?」
萎みまくった気力に活を入れ直して、薄暗闇の中、半透明にぼんやりと光るアウレーネとその目線の先に煌々と光るノートパソコンを見遣る。のそのそと這ってその画面を覗き込むとやたらハイテンションで理解できない言葉を早口でまくし立てる若い陽キャ野郎と……。
非常に見たことあるというか毎日見ているサイケデリックな七色に光る球体がそこには映っていた。
……うん、寝よ。
―――第一部クローズドベータダンジョン完。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
注:世相とはまるで寄り添う気ナシに社会不適合者の物語は続きます。




