2:リザルトと検証
「アアアアアアアァ――――――……」
薄暗がりの中を朽ち腐り果てたような呻き声が流れて、消えていった。
肺の中の空気を全部絞り出すようにため息を吐いて俺は暫くベッドの上に突っ伏していた。
それもこれも全部アレの所為だ。
深夜灯りを消してなおも薄くしかならない暗がりの中、ゲーミングPC跡地には煌々とサイケデリックな光を放つ球体。ダンジョンが浮いていた。
先ほどまで俺は閃光に包まれたと思ったらゲームの中のような空間に居て、ダンジョンハックゲーのように敵を倒し倒し、やっとこさ自室に帰ってきた。2周目?記憶に御座らんからノーカンで。ボス不在雑魚3匹のスカスカマップをマラソンしてきただけなんで実質的にもノーカンでいいだろう。お願い忘れさせて。
そして以前そこに設置していたお気に入りのPCはどこにも見当たらない。おそらくダンジョンに食われたのだろう。PCとは一箱買ってハイ終わりではない。ハード的にも換装、増設して満足いく性能に育てていくし、ソフト的にもプレイデータやギャラリー、検証データなどを蓄積させていくもう一人の自分だ。
半身を失った事を受け止めて、俺はもう一度深くため息を吐いた。
(―――……?)
潰れ腐っていると胸中で疑問の思念がうねり、右手の甲からひょろりと黄緑色の枝葉が生える。生えた枝葉から枝葉と同じ色のさらりとした長髪が毛先で緩く巻いた半透明の幼い少女がするりと抜け出て来た。
一見すると幽霊かホログラムか何かのように見える彼女は推定宿樹精ルーネアドのアウレーネ。精霊育成RPGの中の存在と酷似しているが当然RPGはただのゲームであり、現実には存在しない。
何故そのような存在が俺の手に腰かけているのか。ダンジョンマジックとでも呼べばいいのだろうか、何種類かのゲームをごった煮の闇鍋したようなダンジョンの中のボスモンスターの取り巻きとして出てきた彼女は紆余曲折あって俺の契約精霊になった。これは数少ないほぼ確定情報と判断していいだろう。
首をかしげるアウレーネに肩を竦めて俺は目を瞑る。脳裏に簡素な書式の字面が浮かび上がってきた。
名前:尾崎幻拓
種族:精霊憑き
レベル:4(↑2)
魔法力:15(↑5)
攻撃力:20(↑6)
耐久力:18(↑5)
不明1:12(↑4)
機動力:14(↑6)
不明2:33(↑8)
特性:精霊契約
名前:アウレーネ
種族:精霊
レベル:2
魔法力:20
攻撃力:1
耐久力:6
不明1:10
機動力:2
不明2:18
特性:精霊魔法
解読した闇鍋文字によれば俺は人間を辞めていることが分かった。精霊憑きとは人間じゃないらしい。そしてご丁寧に精霊を意味する各種言語が溶け合わさった闇鍋文字を見ればこのステータス画面を俺に付与したダンジョン的には彼女は精霊という事なんだろう。ダンジョンが創造した彼女を精霊と断定しているのであればダンジョンと関わる限りでは彼女は精霊と判断していても不都合はあるまい。
「あぁ、そうだ」
ふと思い立ってアウレーネに思念を投げかける。
(……反射、反応、取得。……閃き、理解、直感。)
投げかけに返って来た思念の意味傾向としてはこんなところか。
何かと言えばステータス画面に鎮座している不明ステその1その2の事だ。これらだけはどうにも言語以上に様々な語彙が混ざり合っていたようで解読不能だったのだが、アウレーネは文字は読めなくてもダンジョンが伝えたいことは分かるらしい。ステータス画面をそのまま伝えると期待通り意味が返って来た。
不明1は反応力、不明2は直感力とでもルビを振っておけばいいか。
脳裏で字面をタップして修正。
手書きルビを振り終えて目を開けるとアウレーネがこちらをじっと見つめていた。
流れてくる思念を読むと、魔法に関心があるらしい。というかこの修正作業が魔力操作の一種だそうだ。
脳裏で字面をタップする感覚を念頭に置いて壁の一点を見つめる。特にこれと言って何か変化があるわけでもないが、アウレーネ曰く、彼女には視点の先に俺の魔力が集まって来ているのが分かるらしい。試しに指定してみろと念じてみたら視線の先、壁の一点に半透明の小さなヤドリギが生えた。
スイっと視線をずらして別の一点に集中すると小さなヤドリギは砕けて光の粒になり、視線の先で再び集まって小さなヤドリギを芽生えさせる。
スイっと視線をずらして別の一点に集中する、と見せかけて再び視線をずらす。砕けた光の粒は以前の点とずらした先とで一瞬戸惑い、ややあって視線の先に集まった。
そのまま暫く俺たちは魔力の追いかけっこを続けた。
―――。
――――――……。
「コホン。さ、さて、そういうわけで!」
(………?)
魔力操作の検証を続けていて分かった事がある。
「レーネ、やってくれ」
(ん……!)
俺の合図で手をかざしたレーネは光の粒を操って目の前の小さなガラス球もといドロップ品に小さな魔力のヤドリギを芽吹かせた。
名称:ガラス球?
魔力:1
特徴:魔力 の 入れ物
流れ込んでくる思念の体裁を整えるとこんな感じか。
何かと言えばこのガラス球の解析結果だ。
普通の物品では精々教えた名称と魔力:0くらいしか読み取れないが、ダンジョンからのドロップ品ならアウレーネの語彙力の範囲内で魔法的な特徴を読み取ることが出来た。ゲーム脳的に推測、もとい期待はしていたものの魔力容器の役目を果たす球というのならば、本格的に名称を魔石としてもいいのかもしれない。
この解析能力を元に今回のダンジョンアタックでの戦利品を仕分けるとこんな感じだ。
・オタマ魔石(1)×6、・樹精魔石(2)×2、・呪樹魔石(5)×1、・呪醸樹の太枝×1、・ヤドリギの種×2
ちなみに今回のメイン武器、吸水しっぽフレイルは解析できなかった。棒やアシ紐部分は問題なかったのだが、黒ずんだ吸水しっぽに解析のヤドリギが弾かれてしまった。アウレーネ自身もあまり近寄りたがらなかったのでこれ以上の解析は断念した。
MVPとはいえ特級厄物を生み出してしまったが、幸い呪醸樹の太枝が呪いに耐性を持っているらしいので樹皮を剥がして簡単な梱包容器とした。樹精の特徴かアウレーネが魔力を加えると堅かった樹皮が粘土細工のような柔らかさになったので容器の外側にパチモノ棒部分のホルダーも作り、フレイルの継手部分にブックスタンドのような支え羽を作ってしっぽを下にして自立するような収納容器にした。
「ま、これで大丈夫ぐッ!?」
収納した吸水しっぽフレイルを担いだ瞬間に左肩に激痛が走る。
何が起こったと困惑して、そう言えばあの戦いで被弾していたなと思い至る。思い出させてくれてありがたいけどそこまで怯えられるとこっちが困惑するし何より胸中がうるさい。
痛みとしては水脹れする程度の火傷のような感触だったし、そもそもジャージすら多少傷んだだけで破けてはいないので放置していたが、アウレーネ曰く体ではなく魔力の体とも言うべき部分の傷が大きいらしい。この魔力体の傷はそれ自体では行動に大きな支障はないものの、傷部分への魔力を纏った物理的な攻撃は通常以上に被害が大きくなるそうだ。
……宿樹精たちの魔力体攻撃+呪醸樹の物理攻撃コンボ。結果的にクリアしたとはいえこのボス無茶苦茶殺意高いな?
* * *
「あぁー。上手く行かないもんだなぁ」
(むぅぅ――……)
(いや、レーネが悪い訳じゃない。こういうのは仕方がない)
仕事を終えた帰り道。遠出して地方のホームセンターに寄ったはいいものの、期待していた成果は得られなかった。
前回の戦利品の一つ、ヤドリギの種はその名の通りダンジョン産の謎ヤドリギに成長する種だった。ただし、芽生えたからと言って宿樹精が生まれるわけではなく、長い年月を掛けて育てた先に自我が宿って精霊化する可能性がある程度らしい。ただし裏技的な使い方があって、アウレーネの解析のヤドリギで彼女の支配下に置かれた結果、アウレーネは種の中に意識を移す事が出来たらしい。今は種なので出来る事もたかが知れているが、仮にこれらのヤドリギを育てる事が出来れば複数地点に意識を移す事が出来るようになるかもしれない。
そう考えて謎ヤドリギの宿主になる果樹を探しにわざわざ遠出をしたのだが、どうやら通常の果樹はどれも生育に適さないらしい。流石に成長に魔力が必要と言われるとどうしようもない。
アウレーネ分霊計画は別の方法を考える必要がありそうだ。
(むぅ………)
(ファミレス寄ったら何かジュース頼んでやるからそう落ち込むなって)
アウレーネは飲食こそ必要ないが伸ばした根の先から飲み物は味わうことが出来た。成長的には全く必要ないが、冷蔵庫に入っていた濃縮還元柑橘ジュース何かは面白いらしい。
宥めようと提案した途端にテンションを上げて期待に湧きたったアウレーネの思念が胸中をくゆらせるのを受けて、その単純さに思わず苦笑せずにはいられなかった。
拙作をお読みいただきありがとうございます。