165:本題と課題
「――――――…………」
「なんぞ辛気臭いのう。シケた面下げて玉なんぞ眺めておる陰キャが居るせいかのう」
「チェンジで」
「イヤじゃ」
今日はクソガキの日かよツイてねえな。日に日に太えやろうになりやがって全く。
まあいいや。
姿を現すなりソファの端に腰かけたア~シャの膝を枕にシスティから剥いたブドウを餌付けされている姿は、その翼と幼い両足をパタパタと機嫌良さそうに振るわせている様子も相俟って自称王というよりは幼児だが本人がそれでいいと思い込んでいるので敢えて指摘はしない。
だが行き詰まっているのはその通りなので反論も出来ないのが煩わしい所だ。
ドグラマグラ戦から明けて仕事帰りの午後。
休日を丸ごと使ったかなりの強行軍ではあったが、第9階層のボスは相性が良かったことと思い付きが上手く行ったこともあって無事に撃破する事が出来た。
とはいえ、所詮これはただの通過点でしかない。
大元の目的と言えばダンジョンフィードロットのシステムを機能不全にする事だ。
オリジンコアとのやり取りの末、俺たちの目的に合う素材が第9階層のボスの撃破報酬として設定されたために第8階層から長々と探索に精を出すことになったが、倒して回収してハイ終わりにはならない。
名称:アプライコア
レベル:1~100
魔力濃度:1~100
魔力特徴:オリジンコアを介して全てのダンジョンと接続する
性能はさておき、特徴は要望通りだ。
ダンジョンフィードロットを根本的に止めるにはダンジョンの仕組みそのものに手を加えるしかない。
幾ら大国が音頭を取って禁止した所で裏で、あるいは非合法で行う奴らは出てくるだろう。
その方がアドバンテージを取れるのだから。
アプライコアと名付けられた素材を用いて全てのダンジョンに干渉してシステムに手を加える。これがオリジンコアから引き出せた譲歩だったが、実際に手にしてみて今一歩これだけでは目的の実現に及ばない、ピースが足りない事が分かった。
―――俺がやる。俺に寄越せ。
「却下」
ずいと机の上に突き出されたコクリの鼻先を押し返して拒絶する。
こいつには任せられない。
確実にやり遂げようとするからな。……自身を犠牲にしてでも。
当然の話だが世界中に法則を付加するというのはやりたい放題に出来る訳ではなかった。
俺たちは何だかんだ結界術で好き勝手自由にやってはいるが、それにしたって相応の魔力や霊力が使われている。
……全てのダンジョン空間に法則を付与する。その財源ならぬ魔力源はどこから調達するか。
俺はある意味世知辛い段階で躓いていた。
先ほど試しに簡単で目立たないような干渉を仕掛けてみたが、たった数分の事でさええらい消耗した。
ダンジョンそのものが維持できている以上オリジンコアが持つリソースとっては僅かな差ではあるのだろうが、だとしても俺の提案を拒絶する訳である。
俺自身には法則を永続で付加させ続けるような干渉は出来なかったし、恐らくコクリにも難しいだろう。
足りないのは法則の付加に十分な魔力を生み出し、供給する仕組みだ。
魔力の湧出で有力な候補は魔力回復薬だろうか。
とはいえ、これは消耗品だ。
作り続ける手間を俺が負担する気はないし、数分で疲労域にまで蕩尽する程の魔力量を回復するために飲み続けるのも不可能だ。
「少しずつ借りて来るとか?」
「借りてくるって?」
「魔力。皆から」
アウレーネが言いたかったのはダンジョン内に魔力を少しずつ徴収する法則を付加させてそれを元にダンジョンフィードロットを機能不全にさせる法則を付加させるという目論みのようだ。
俺には不可能だがアウレーネが行えばそういった仕組みを作る事も可能らしい。
有力な案ではあるがダンジョン内に探索者が安定して存在する事が前提なので進入禁止や探索者人口の低下などダンジョン情勢の変化によっては破綻する恐れがある。一つの候補として頭の隅に置きつつ他の案を検討した方がいいだろう。
「ンガグ?」
―――神柱を新しく作れば良かろう。
「魔力を生み出すためだけの神霊とかそんなもの作ったら呪い殺されそう」
オルディーナとしては俺がコクリを生み出したように魔力を湧出する専用の神霊を新たに作り出す策を持ってきたが、コクリだって暴れ回る呪力を何とか制御しようとして生まれてきた、言い方は悪いが言わば副産物だ。同じような条件は早々……。
「…………あ」
あったわ。
マジックボックスからそれを引き出して見れば、あの時と変わらない深緋色の液体が透明なビンの中で揺れた。
名称:神霊酒
レベル:100
魔力濃度:100
魔力特徴:応報の意志を宿らせる
以前チスイザクラを討伐した後の体調不良を何とかしようとしてやらかした際の産物だ。今にして思えば当時の感覚からしても混交していた呪力が加工されたものだと分かる。
コクリは不条理や理不尽へ嘆き憤る呪力から生まれた神霊だ。
この厄物も一応似たような存在になる可能性はあるだろう。
ただなぁ……。
「あるにはあるが……、どう見てもヤバそう」
―――興味深い。
「触んな。シャレになんねえから」
テンションで言えばコクリが生まれてきた当時以上に異常な精神状態で生み出された産物なので、仮に神霊が生まれてきたとしてどういう挙動をするか予測が付かない。
そんな神柱に魔力ATMやってくれとか頼んだら全力で恨まれそうだ。
「心の無い神霊を作ればいいんじゃないの?」
厄物を眺めていたらアウレーネから心無い提案が飛んできた。
エグいアイディア以前にそんなことが可能なのか?
「げんたの剣と同じでしょ?」
なんと、アウレーネが言うには実は曙光の華剣はその有り様としては神霊に近いらしい。初めて知ったわ。
とはいえこいつは金色ドラゴンの撃破報酬みたいな物なのでどうやったら似たようなモノを狙って作れるのか全然イメージが湧かない。
最終的には先の魔力徴収の仕組みと合わせて精神に干渉できるアウレーネに丸投げする事になりそうだ。
そうなると物であって物でない、自己形成能力を持ちつつ自我が確立されていない素材を利用したい。
候補の一つは俺の人型結界か。
否が応でも人型かその一部になってしまう面倒な特徴を持ちながら、俺のサブ人格同様独立した自我はない。
ただ人型結界はその内部での事象掌握能力が非常に有用なため、どちらかと言えば素材というより内部で製作する工作機械として利用したい気もする。
次の候補は藍色構造魔力だろうか。
球体のコアやシールドとしてよく使っている藍色構造魔力も手間を掛ければ自由な造形は可能であり、傷を負えば内部の魔力を構造修復に充てる特徴も持つ。造形の際に上手く調整してやれば構造修復の特徴を応用して自己形成する過程でアウレーネに魔力支配を委任できる隙が取れるかもしれない。
だが今一歩、これでは足りない気がする。
素材の質、造形、と原因を思い巡らせる内にソファで寝そべるクソガキが一瞬視界の隅に映り込み、そのまま意識から追い出そうとして……、ふと思い出した。
―――ふむ、それか。
マジックボックスから取り出したのは一抱え程ある乳白色の楕円形。
かつて第4階層で飛竜を討伐した時に拾ってきた飛竜の卵だ。
オルディーナも同様に討伐した際に得ていたがそれは今彼女が入っている球体の中で元気に小さな空を飛んでいる。
まだ孵化する可能性を保持しつつマジックボックス内に入る程度には自我が存在しないこの素材はこれから作り出そうとする存在の要求に合致するだろう。
飛竜の卵に注連縄を巻いて魔力の流れを内部で安定させる。
人型結界を作り出して内部に抱きかかえるように収めれば製作のための下準備は整った。
飛竜の卵を基軸とするならばこんな感じだろうか。
薄青色の液体、魔力回復薬を人型結界内に流し込み重力の枷を外せば、青い球体として結界の内側に浮かび上がる。
その液面を薄く藍色構造魔力で包み込んでやれば鮮やかな群青色の宝珠が出来上がる。
ふむ。そのコア質の球面に沿うような形で球体状の……そうだな、眼球状の結界を展開して内部空間を歪曲させつつ、余裕が出来た分だけ更に魔力回復薬を充填すればピンポン玉サイズの球体の中に膨大な魔力を秘めた宝珠、群青に微かに紫色を帯びて引き込まれる色合いとなった龍玉の完成だ。
「んーそれならねー」
完成した龍玉を眺めていたアウレーネがマジックボックスに根っこを突っ込んでごそごそと漁る。アウレーネいわく魔力を他者から徴収するためにはアウレーネの魔力と馴染みやすい、具体的に言えば星幽の変質魔力と相性がいい素材がいいらしい。ふとクソ天使のアホみたいに憎たらしい笑みが浮かんできたので奴の羽根でも毟ってきた方がいいだろうかと悩んだが、折よくアウレーネが思い出したように何かを掴んで取り出してきた。
「これかなー?」
「……あぁ。あの烏か」
根っこに包まれていたのは赤と黄色の透き通った2つの宝石。お隣ダンジョンの第4階層極夜宮殿の塔の上で階層ボスをやっていた2羽の烏の討伐報酬だ。この素材もアウレーネが要求する性質を程よく満たしているらしい。
これをアウレーネに言われるがままに深緋色の粘土塊で包み込んで人型結界内に投入する。
それから小ビンから注ぎ込んだ応報の神霊酒と最後に見た目は僅かに虹色の油膜が張って見えるコアと言った所のアプライコアを投入して材料は揃った。
必要なのは結び付け。
今はまだ人型結界内に浮かぶそれらは別々の存在でしかない。
人型結界の中で卵を中心に空間を歪曲させてそれぞれの素材を卵の中へと陥入させる。
更に支配を強めて青い龍玉と卵の黄身をその存在を重ねるようにして結び付け、胚と粘土塊とを結び付けてその発生を変質させる。
龍玉の魔力を使って変質した発生……自己形成を安定化させた後に神霊酒を胚に注ぎ込んで存在の方向性を決定づける。ゆっくりと膨れ上がっていく胚が成長するにしたがってそっと添えたアプライコアを取り込んで行くのを確認して俺は卵への干渉から手を引き人型結界の安定化に専念した。
「あとは私だねー」
俺の干渉を傍らで眺めていたアウレーネが一段落着いたのを察して制御を引継ぎ、人型結界ごと卵を支配する。
集中していて気付かなかったが目の前では不思議な変化が始まっていた。
卵を取り巻いていた注連縄がとぐろを巻くように回転しつつ卵の中へと取り込まれて行く。
内に抱きかかえるように蹲っていた人型結界が卵とその境界を合わせるように収縮し、卵形に押し潰れるようにしてその形を変えていく。
一瞬アウレーネの仕業かと思ったが人型結界へ干渉してくる感触はアウレーネではなく目の前の卵のようだ。
自己形成能力の副作用だろうか。俺が作った結界の制御が半ば奪われるような事態に一抹の不安を覚えるものの、目論みとしては期待以上ではあるので後はアウレーネが目的に合う存在が出来上がるように仕上げてくれることを祈るばかりだ。
展開された人型結界の応用なのか空中に浮いたままの竜の卵は次第に拍動を放ち出し、やがて目を瞑っていたアウレーネが「おわりー」と両手を伸ばして上体を反らすと同時にひび割れて、中から光を放つと同時に殻が退縮してその姿を露わにした。
名称:龍鈴
レベル:87
魔力濃度:87
魔力特徴:応報
その容姿は胚を変質させた影響か飛竜のそれというよりは蛇のような細長い体躯を持つ東洋龍に近い。
金鱗に覆われた細長い胴体は螺旋を描くように捩れていて、どことなく途中で取り込まれて行った注連縄を思わせる。というか十中八九それだ。
青に僅かな紫を呈したピンポン玉サイズの龍玉は健在で小さな5本の爪が大事そうに握っている。
「鈴?」
だがよく目にする描かれた東洋龍との違いはその頭だろう。
造形としては獅子舞の獅子に近いか。
赤と黄色の瞳の後背から突き出た角は龍っぽいものの、全体としてずんぐりとした形の金色の頭は、剥き出しの歯の奥に透明な玉……もしかしなくてもアプライコアか。を頬張っている。
―――りりりりりり。
アウレーネの呟きに応えるようにして獅子舞龍は口の中でアプライコアを転がす。
吐き出す息吹で鳴り響く様子は鈴というよりはホイッスルの方が近い気がするが、それ以前に貴重な素材をコロコロと楽器にするのは正直何かもにょる。
「うーん、こいつは使えるのか?」
「そのはずー」
龍玉を除けば魔力濃度的には同格であるのは感じ取れる。
だが、ただ同格というだけでは俺たちの魔力不足問題を打開するには力不足なのでアウレーネを信じて製作した訳だが果たしてこいつにはそれだけの力があるのだろうか。
正直な所、応報の神霊酒を使ったのだからレベル100くらいの魔力濃度を持った存在くらいは作れるかと期待していたのだが、こちらの方は見込みが外れている。
俺の言葉に首肯を返した獅子舞龍は身をくねらせて俺の真正面に浮かぶと正対し。
―――りりりりりり。
鮮やかな黄色に明滅する焔を吐き出すと同時に。
俺の意識は引き込まれるようにして暗転した。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




