162:エウカリオタの王
やっと倒せたので更新します。1/3
もはや頭上を彩るのは拍動する気球サイズの太陽一つだけだ。
幾重にもとぐろを巻いた残光平原の太陽は、そのとぐろを一巻き増やすたびに光度を落として行って、遂には黄昏の空の向こうに霞んで消えた。
―――人よ獣よ何故争う?
転じた視線の先には何処までも続く平原の中にあってようやっと目立つ程度の何の変哲もないなだらかな丘。
―――虫よ草木よ何故忍ぶ?
そのなだらかな丘の頂上にはお誂えとばかりに一本の木が立っているが、何故か黒い。
―――胎児よ胎児よ何故抗う? 祖の業をそれでも継がんと欲するのか?
その残光平原中から影を集めて造形したかのような真っ黒な木が、地響きを立てながら丘を断ち裂いて盛り上がる。
丘の下に埋まっていた本体が起き上がると共に比べてしまえば随分と矮小な木がその図体の向こうに消えて行って、真っ黒な粘性体、としか言いようのない物が地鳴りを響かせて咆哮を上げた。
コイツかよ。正直そう思った。
残光平原という地形からして順当に行けば冥精女王オルフェリア辺りが黄昏の丘の木の下に佇んでいるかと思ったが、まさか木そのものに化けたコイツだったとは。
エウカリオタの王ドグラマグラ。
残光平原が出てくる作品とは別のゲーム、心象世界に拉致された主人公たちに立ち塞がるラスボス的な存在であるコイツはその名を借りた奇作の通りに電信交換手どもの分際で王を騙る不届き者だ。
先手を取った黒い粘性体から爆発するように伸びてきた触手を躱して上空へと飛び上がる。
置き土産に残した金鱗が斥力焔の爆炎を噴き上げて触手の末端を焼却するも、生い茂る枝葉のように脇芽から伸びてきた触手が後から後から斥力焔に食らい付いて押し潰していく。遂には果実のように枝から産み落とされたクサビ状の黒い欠片の群れが、ピラニアのように金鱗に喰らい付き、強引に金鱗を食い破ってその内に宿る魔力を霧散させた。
逃げる軌跡を追って枝分かれしながら広がる墨染の触手と、その枝の先から次々と芽吹いては千切れ飛び、鋭利な黒片の雲霞となって宙を乱雑に飛び回る様は、遠目から見れば大樹を舞う桜吹雪、あるいは珊瑚礁とその中を周遊する魚群のようにも見えただろう。
コイツの一般的な攻略法は至極面倒にして単純明快、全部焼却しろ、だ。
元ネタ的にはボス敵のくせして1ターゲットごとのダメージにはヒットストップが掛かるとかいう面倒な演出を兼ねた仕様になっていたが、設定的には基本群体存在であるコイツはその巨体を構成する全細胞が本体だ。一つ一つはそれなりの攻撃を与えれば破壊できるものの、その巨体全てを構成する細胞を破壊するまでは止まらない。
先ほど淵源の産土と情報媒体たるラピスソフィアとを作用させて複製した金鱗爆弾は無効とまでは言わないが見た目相応の効果しかない。
加害半径1メートル程度の爆風で丘一つの下に埋まっていたような巨体を吹き飛ばすには金鱗が何百枚あったって足りない。
―――どうする?
「周囲と上の維持を。あと維持ついでに一つこれも。」
流石にガチりながら散乱光対策の太陽を維持するのはキツい。あとは少し試したい事もあるのでコクリにはサポートを主体として行動をお願いする。
胸中に肯定の意が返って来たのを確認して一先ず。腰部推進器を吹かして急上昇を掛ければ、下方から挟み撃ちする形で別の触手の幹が生えてくる。
非動物的な動きの割には案外知恵があるような動態を取る。
粘菌コンピューターとかいう奴だろうか。知らんけど。
挟撃に失敗した触手が大元の巨体に吸い込まれるように退縮したかと思うと、次の瞬間には黒々とした巨体から巨人の指が伸びるかのように何本かの幹が乱立し、みるみるうちに枝葉を茂らせ背後を細かい触手の網籠で覆って退路を塞いでくる。
追いついてきた無数の黒片が狭まって来る細かい触手の網籠の隙間を縫って殺到し―――。
爆散した。
吹き荒れた金赤色の焔が幾重にもうねりを伴って周囲を圧倒する。
全力で展開した斥力焔に焼かれて煙を上げながら黒片は蒸発していった。
太くなりかけていた枝触手の網籠を曙光の華剣で切り裂いて焼却し、強引に包囲網を突破する。
全力で出力を上げなければいけないので長い時間維持するのは苦しいが、斥力焔を身に纏えば魚群の様な黒片が殺到してきてもメタルゴーレムの身体本体に攻撃が通ることはなさそうだ。
とはいえ、こちらとしても攻め手に欠いている。
再び触手が伸びてくると共に、今度は魚群の様な黒片が先行して殺到してきたので雹嵐を纏って周囲に渦を作り出すものの、雹に切り裂かれた黒片は何事もなかったかのように再び癒合する。そうやって何度かバラバラになりつつも雹嵐の渦を潜り抜けてきたので後退しつつ曙光の華剣に斥力焔を纏わせて薙ぎ払った。
その後も幾つか手札を試してみたものの、結局のところ最も有効なのは斥力焔だった。
斬撃自体は通る。
むしろ曙光の華剣でも外部装甲の角でも切断可能な柔らかさではあるものの、群体生命体であるドグラマグラはすぐに癒合してしまったり、あるいは細断されたままそれぞれが別の個体として食らい付いて来たりとそもそも攻撃の意味をなさなかった。
今まで燃費が良くて何かと愛用してきた雹嵐も実態としては氷礫による打擲や切創がメインのため、相性が悪いようだ。
密かに当てにしていたアウレーネのイガグリ連鎖爆弾もドグラマグラの粘性体の巨体に突き刺さりはしたものの、吸収力が足りなかったようで肝心の連鎖は起こらずに不発した。あくまでも群体生命体であり、これまで殲滅してきた格下の取り巻きの雑魚とは違うという事だろうか。
残りの有効打は、斥力焔ならぬ斥力光か。
波頭のように迫り上がって包み込もうとして来る触手の合間を抜ける最中、逆にドグラマグラの巨体表面へと接近し、曙光の華剣に魔力を流して暁光を励起しながら表面に沿って撫でるように斬り進む。切り裂かれたドグラマグラの切創面が泡立つように歪んだかと思うと溶けるように退縮した。
つまるところ、現状では魔力を変質させた高エネルギーでこのデカブツをちまちまと削っていくしかないようだ。言ってしまえばリソースの削り合いだな。
効力としてはどっちもどっちだが魔力収支自体は曙光の華剣が上、リーチでは金鱗爆弾が上と言った所か。
殺到してきた黒片を推進器のフル稼働で引き離し、その間に仕掛けた金鱗爆弾で数を減らしていく。
と―――。
背後に映る索敵レーダーの像に嫌な予感を覚えて緊急脱出用として上空に飛ばしておいた念動ドローンを通じて瞬間転移を行う。
「クソが。もう第二段階かよ」
見た目としてはフォークボールを握る手、あるいは三本指の猛禽類の足と言った所か。
これまでのクサビ形をした黒片はその姿形を変え、すらりと伸びた三本爪の捕獲腕が転移元に残しておいた燃え盛る金鱗に食らいつく。
黒い三本爪の捕獲腕はまるでミツバチのように斥力焔で焼け爛れるのも構わずに後から後から金鱗に食らいつき、やがて一つの団子となって金鱗を覆い尽くした。
ぬらり。
大きな塊となって地面へと落ちて行くその黒い団子の下で、ぐばりと大顎を開けたドグラマグラの本体が一吞みに飲み込んで咀嚼した。
元ネタにおける第二形態、通称トカゲ形態だ。
元ネタとは違い、明確なトカゲの形を取らずに相変わらず不定形の粘性体のまま大口だけ開けたようだが、ドグラマグラの巨体周囲を取り巻く特徴的な黒い三本爪の捕獲ユニット群からして形態変化だろう。
第一形態では樹状触手による捕獲と魚群攻撃ユニットという役割を持っていたが、第二形態ではこの役割が入れ替わる。
つまり本体側が大顎でもって噛み砕く攻撃役になり、ミツバチのような蜂群捕獲ユニットがこちらの束縛、拘束を行ってくるようになる。
早めに感付けて良かった。
流石に格上かつ巨体の暴力にはこのメタルゴーレムも無事でいられるかは分からないからな。
鋭い黒片が掠るくらいなら何ともなかった外部装甲でもあの大顎の中に進んで入りたいとは思えない。
問題は雲霞の群れのように薄く広がって真綿の様な包囲網を築きつつある黒い三本爪の捕獲ユニット群が見逃してくれるはずなどないということだが。
1カ月近く間が開いてしまい申し訳ありません。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




