１５９：思惑絡み合って
「という事でお前を倒してその先へ行く事になった」
『ハハッ。やっとその気になってくれたんだね。嬉しいよ』
嬉しそうだな。クソ天使。
両手両翼を広げて歓迎するクソ天使はさておき、薄紫色の薄膜、レベルの変質魔力を応用した人型結界でメタルゴーレムを覆って準備を整える。
オリジンコアの要求は単純だ。面倒臭いが。
要望の力は第９層の討伐報酬として用意する。だとか。
つまりは第８階層の階層ボスであるこのクソ天使を攻略して先に進まないといけない訳だ。つくづく面倒臭い。
あいつはカウンタータイプなのでこうしてお見合いしてても埒が明かない。
自然体へと戻ったクソ天使にまずは景気づけに一閃。曙光の華剣を逆袈裟に振れば軌道を読んだクソ天使が紙一重の間合いの外から距離を詰めようとして―――。
『うん、結界術を良く使いこなしているようだね』
残像のように膨らんだ人型結界の中で生じた金色の杭が、間合いに潜ろうとしたクソ天使の目前で即座に振り上げられた短剣に弾かれ、形を崩されて霧散する。
見る間に人型結界内の生成物を乗っ取られたので崩壊させたが、そこには確かにタイムラグがあった。鍛錬の甲斐はあったようだ。
このタイムラグは使える。
僅かに距離を開けたクソ天使に詰め寄って人型結界の中に取り込み、背後に黄金に輝くオリハルコンの刃を成形して振るう。
きぃん。と澄んだ音を響かせて翼角にあしらわれた金属飾りがクソ天使のうなじに迫ったオリハルコンの刃をいなした。
クソ天使の翼はあれ、ただの飾りじゃなかったのか。
あいつの感知力と相俟ってもう一つの腕として機能していやがるな。
流し目を向けられた先のオリハルコンの刃がぼろぼろと形を失って崩れて行くのを見届けて、クソ天使は短剣を逆手に持ち替え、右手のショートソードに沿わせて構えを取った。
『面白いね。なら今度はこちらから行こうか！』
下段からヘビのように突き込まれるショートソードを払おうとした曙光の華剣が短剣に絡めとられて拘束される。
そのまま突き込んで来たショートソードの切先が腹腔開口部の縁を抉る。
左手でショートソードの柄を掴み、両腕とも組み合った所で。
「ッ……。っとぉ！？」
クソ天使の両翼が羽ばたいて生じた突然の浮力にバランスを崩されて転倒しかける。
隙を作り出したクソ天使が引いたショートソードを再び突き入れて腹腔開口部の縁、装甲の継ぎ目にショートソードを刺し込む。
『おっと。これは驚いた』
開口部の裂け目から噴き出した斥力焔がショートソードを溶変させ、燻ぶる金属片へと貶めた。
そのまま腹腔内に淵源複製した金色の鱗へと混成魔力を注入して斥力焔の火力を高めたものの、素早く後退したクソ天使を炙る事は出来なかった。
腹腔から溢れ出た斥力焔が漏出して全身に纏わりつく。
『なるほど。これは中々厄介だね』
「そりゃ好都合だなッ！」
『―――ならばこうしようか』
そう言うと距離を詰める暇もなく上空へ飛び上がったクソ天使が翼をはためかせると同時に淡い燐光がクソ天使の周囲を舞い踊る。あれは、羽毛だろうか。
しかしこれ見よがしに展開された仕掛けにわざわざ食らってやる必要もない。
クソ天使が逃げた上空も既に余すところなく俺の人型結界内だ。
紺鉄鋼の礫を無数に成形して妖しい羽毛を打消し―――。
バヂヂッ。
礫の嵐が羽毛に触れた瞬間に、爆ぜた羽毛が周囲に放電を花を咲かせる。
同時に放電に触れた礫の構成骨子そのものが崩壊させられて礫の嵐の中に大きな空隙が空く。
その隙間を突いて燐光の雪崩が這いずるヘビのように迫り、食らいつかんとばかりに左右へ広がる大顎を開けた。
雷鳴。
連鎖する放電が折り束ねられて雷霆となり、金赤色の焔と合い喰らい合って霧散する。
咄嗟に後退すると同時にその場に残した金鱗に充填していた混成魔力を暴走させ、斥力焔の火球として炸雷する羽毛に食らいつかせたが紺鉄鋼の礫よりこちらの方が有効なようだ。
『そら。どんどん行くよ』
いつの間にか近付いてきたクソ天使が腕を振るうと、その軌跡に連なった羽毛の群れが鞭のように撓って迫りくる。
腰部推進器を作動させてこちらも空中に逃れ、躱しながらも斥力焔を噛ませて相殺させるが、羽毛が連なった鞭は羽ばたきごとに放出され、周囲を舞い踊る羽毛から随時補充されているので埒が明かなそうだ。
背を向けて逃げつつも。
クソ天使の余裕ぶっこいた顔が気に食わないので、奴の背後に金鱗を成形して斥力焔を爆ぜさせる。
残念なことに早々に感知したクソ天使はひらりと身を躱してしまったが、周囲に滞空していた羽毛の一部は巻き添えを食らって霧散した。
凡そだが羽毛対策が掴めてきたな。
迫る羽毛の鞭から逃げつつ、クソ天使の前に後ろに、あるいは鞭の軌道そのものに金鱗を成形して起爆させる。
まだ少し距離があるがこんな物だろう。
俺が上空へ顔を向けると、釣られてクソ天使も空を見上げる。
いつしか薄曇りの靄に覆われた高空には何本もの柱剣が浮いていた。
念動を切ればそれらは重力に従い位置エネルギーを加速度に変える。
轟音が空気を揺るがした。
『何を？ ……これは？』
「お前と違って俺はそこまで空中機動が効かないからな」
頭上から降り注いだ紺鉄鋼の柱剣が林立する光景に怪訝な様子を浮かべたクソ天使にそう返す。
手近な柱剣を伸ばした銀腕で掴み、収縮を利用して速度を付ける。
衝突寸前で反転して両足で柱剣の稜線を踏みしめ、曙光の華剣の効果で増強した脚力をバネに風を切ってクソ天使に肉薄する。
『おっと！？ これは、おもしろい、ね！』
面白いで済んでるお前が気に食わない。
炸雷する羽毛を置き去りにして曙光の華剣を突き入れるが、寸前で白羽取りしやがったクソ天使は自らも後ろに飛ぶことで勢いを削ぎ、身体を捻ると同時に飛んできた右翼のフックが生み出した炸雷で彼我の距離を作り出した。
予想はついていたことだがこの炸雷、いつぞやの雷鞭と同じでやはりメタルゴーレムを貫通して使用者本人に痛みを及ぼす奴だな。
じんと痺れる左肩の幻痛を無視して過ぎようとする柱剣の一本に銀腕を引っかけ、生じた速度を遠心力に変えて再びクソ天使に向き直る。
「面白いで済んでねえじゃねえか」
『だから面白いんだよ』
見れば両手を赤黒く爛れさせたクソ天使が繁々と傷痕を眺めている。
流し込んだ混成魔力で元気に発光する曙光の華剣だが、こいつの機能かはたまた混成させた緑色斥力魔力の恩恵か、直撃させなくとも素手で受け止めるだけでも火傷のような被害を与えるようだ。
案外使えるか。やり過ぎもダメだが。
「そんなにウケるんなら。泣くほど擦ってやる、よッ！」
『ふふ。元気じゃないか』
再び林立する柱剣を足場にクソ天使の背後を取るように動くと、両翼の羽ばたきに伴って舞い上がった燐光する羽毛が渦巻くようにしてクソ天使を守る。
だがそれは先ほども突破した。
タイミングを合わせて腰部推進器も稼働させて更に加速をかけ、曙光の華剣に加えて緑色斥力魔力も纏って強引に身体を捻り込めば接触炸雷する羽毛の壁も効果を発揮する前に中心で構えるクソ天使へと刃が届く。
今度はクソ天使も受ける事は避けて躱そうとしたものの、単純な物理速度でゴリ押しする俺について行く事が出来ないようだ。
体軸を回転させる用に短剣を曙光の華剣の切先へと当てる事で衝突の勢いを回転へといなし、その場にとどまる。
ならばともう一度加速をし直して柱剣を蹴り、クソ天使に肉迫したところで。
振り向こうとしたクソ天使の微笑む横顔が、やけに目についた。
『うん。こんな感じでいいんだよね？』
拙作をお読みいただきありがとうございます。
苦戦してすみません。
