158:条件交渉
―――……肯定。
結界を通じて投げ掛けた言葉に応答が返って来た。
「お前はダンジョンを創り出した存在か?」
―――肯定。
なんというかそもそも思考が人間的でないというか、機械的な感触がする。
第一この胸中に浮かぶ光景そのものが非生物的だがな。
暗くも、明るくもない。
色という概念が薄弱な薄靄の空間の中でソレは宙に浮いている。
見てくれは巨大なコアと言った所か。
オリジンコアとでも名付けられそうなそれは中核に虹色に揺蕩ううねりを内包した巨大なコアだった。
見ている内に中核の虹色うねりから光点が飛び出し、巨大なコアの内部で薄霧の尾を曳いて球体外へと飛び立っていく。
かと思えば先ほど同様に薄霧の尾を曳いて何処からともなく光点が虹色うねりの中へと飛び込んで一つに溶け合った。
球体内部は放射線の軌跡を観察できる霧の箱的な何かなのだろうか。
と、思考が逸れた。
それはともかくとして、交渉再開だ。
「まず、ダンジョン崩壊しないようにして欲しいんだが可能か?」
―――却下。
可不可の応答以前に拒絶する思念が返ってくる。
判断が早くて助かるが何でなんだろうな。
……と思っていたら不思議な感覚に包まれた。
―――エネルギーが、欲しい。
なので美味しいエネルギーを少しだけ放出して揺蕩わせ、それに釣られて領域の中に入って来た個体からより大きなエネルギーを得る。
初めの内はこの流れで上手くいっていた。
しかしある時から領域内に入ってくる個体が減り、美味しいエネルギーをムダに放出するだけになってしまった。
ならばこの領域にエネルギーを放出する利益はない。
……どうやらこのあたかも自分が考えたかのような不思議な共感覚はオリジンコアの思考、あるいは意思伝達手段らしい。
いずれにしても収支バランスが崩れたダンジョンは損にしかならないからムリだと。
まあクソ天使の説明通りだな。然もありなん。
だからここからが交渉開始だな。
……。
…………。
…………―――。
結局。
あの厨二女め。何一つ碌なアイディア出してねえじゃねえか。
まあオリジンコア側の事情は分かった。
結局のところクソ天使の説明通りだ。ただ実際にはもっと現実的だったが。
ダンジョン崩壊によってモンスターが大量に湧き出るような現象を無くそうとすると、呪詛をそのまま開放した方が手が付けれられない状態、具体的に言えば狂奔の森を人間にまで悪影響が出るレベルで瘴気を濃くした状態になるらしい。それを望むなら実行すると思念が返って来たが、悩んだ末に撤回しておいた。それよりは今まで通り実体に込めて実体ごと破壊し、死を自覚してゆっくりと霧散させていく既存の処理方法の方がまだ手の付けようがあるだろう。
一応仮に崩壊させるダンジョンの呪詛量が膨大でもフォートゴジラのような垂涎の鉱山……もとい強力なボスではなく、雑魚を数放出して貰った方がいいという事は伝え、オリジンコアも通り一遍な拒絶ではなく検討するような思考を見せた。
……まあダンジョン崩壊の内容物が変わった所で二匹目のドジョウ狙いの畜生組織が知る由も、また知らせたとしても信じる由もないがな。
―――解決にはならん。
それな。
理不尽ある所コクリありってか。いつの間にかベッドの上から移動して掌の上の通信石に前足を置いている。
まあこいつがダンジョン崩壊、ひいてはダンジョンフィードロットの根絶を望むから俺がわざわざ動いているんだし、積極的なのは悪くない。
もふれるからな。
―――…………。
ふむ。丁寧に整えられた良い毛並みである。
最近呪鎮樹から削り出して作られた白木のブラシで丁寧に梳いていたウヅキの仕事がキラリと光る逸品だな。ヨシ。
それから敵を倒した時の消滅だが、これはダンジョン内だからこその機能であり、ダンジョン外では余剰魔力の回収も遊離霊力の癒合、レベルの上昇も行えないらしい。
フォートゴジラを倒してもレベルが上昇していなかったのはこの所為か。
地味にレベルアップはダンジョンの恩恵であったのだと再認識した。
そんなこんなで厨二女の提案は全て実現性がなかったので俺の方で案を捻り出す必要がある訳だが。
最終目的はダンジョンフィードロットという手法をご破算に、不可能にする事だ。
―――そうだ。
合いの手ありがとう。
コクリが前のめりで急いている以上実現するつもりではあるが、ダンジョンフィードロットを止めるためには二種類の要素、周知性と妥当性が必要だ。
先ほど交渉したため、実の所フォートゴジラのような希少金属鉱山……もといボスクラスがダンジョン崩壊から排出されることはもうない、ハズだ。
だがそれは交渉した俺たち以外の部外者では知る由もないし、信じる根拠もないので放っておいても、あるいは仮に広く知らせたとしても、どこぞの情弱か疑り深い強欲がムダに犠牲を積み上げてくたびれ儲けを繰り返すだろう。
コクリはそれを認めない。……ハイ分かったから落ち着け。どうどう。
ダンジョンの性質としてオリジンコアに交渉する内容は一目見て何かが変わってしまったと分かる周知性が必要だ。
そしてその周知性に付随して関わってくるのが妥当性だ。
一目見て変わってしまったダンジョンを見て、これではダンジョンフィードロットという手法は使えない。
そう判断出来てしまうような条件を設定できれば、例え地球の裏側の全く条約も倫理も人権も通用しないようなド畜生であろうともわざわざ手間暇かけて生贄をダンジョンに注ぎ込もうとは判断しないだろう。
殺されるために用意されたはずの命の価値を変転させる。
つまりは命の収獲を必要としない、収獲できない条件を設定できればいい。
それは。
―――却下。
「なんでや」
―――どちらも、同じだ。
エネルギーを収獲するタイミングが異なるだけで、どちらも同じだ。
それなのに何故片方を贔屓するために余分な力を消費しなければならないのか。
実行する利益が、全く、無い。
……うんまあこいつ人間じゃねえなって。
そら人権だとか倫理だとかケツ拭く紙にもなりはしねえわな。
立ち位置が違うだけで本質的にはダンジョンフィードロットなんていうファッキンな資源回収方法を考えた奴らと思考回路はそう変わりない。
しかしそうやってコストにも気を配るとなると他に手が……。
―――俺がやる。
そのテレパスに視線を転じると強い光を宿した双眸がこちらを見上げていた。
コクリはダンジョンフィードロットを妨害するためならば労力を蕩尽する事も厭わないようだ。
それこそがコクリにとっての理不尽じゃないかとも思うが、本人の希望を混ぜっ返すのも品が無いか。
俺が出来るのは精々コクリのサポートか。
ダンジョンの仕組みを変える交渉にて動力源が立候補したので、あとは仕組みを実現するための手段の確保だ。
幸いその手段についてはクソ面倒臭い条件を付けられたものの却下されることなく通り、俺たちはオリジンコアとの通信を打ち切った。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




