156:ダンジョンフィードロット
ダンジョン崩壊という災害は冷たいソロバンを弾けば狸の皮よりもなお垂涎の数字を返してくるようだ。
重犯罪者などの一部の人間の命をダンジョンに食わせる事でダンジョンを育て、最後に崩壊させてワンチャン幻想金属などの希少資源を大量入手するという非人道的な試みは、先進国であっても議論の俎上に上がるほどの魅力らしい。
―――知っているのだろう。話せ。
『……あのマントさん。落ち着いてください』
施政者にとっては魅力的であっても理不尽絶許もふもふマシーンたるコクリには到底容認できる話ではない。
鼻筋に皺を入れて厨二女に詰め寄るコクリはその体躯もあってかちょっと正視出来ない威圧感を醸し出している。
その威圧感が何ぞ悪さでもしているのか、厨二女の三角帽子の上の烏が泡を吹いてひっくり返っている。厨二女自体の声量はクソザコナメクジだしアレじゃまともに会話も出来ないだろう。
「お前なら良く知ってるだろ。圧せば引かれるって」
―――むっ。
俺がいつも引かれないギリギリのラインを狙ってもふっているからな。
もどかしい圧力というのはコクリにとっては覚えのある感覚だろう。
その事に言及すればコクリは不満そうながらも机の上から退いて俺の隣に陣取った。
コクリが距離を取った事で漸く厨二女も人心地ついたらしい。
ずり落ちた烏を拾い、気付けをするように魔力を流し込んで再起動させると厨二女は深く溜息を吐いた。
『……貴方は、モンスターを飼い慣らす趣味でも持っているの?』
「そういうのいいから」
はよ本題に入れ。
大体厨二女も烏を帽子の上に乗っけたり、たまに狼を侍らせておいたりして人の事を言えた義理かよ。
それにアウレーネはまだしもコクリはモンスターと言えるかどうかは妖しい存在だからな。良く分からんモノが混ざり合って何か生まれてきた、モンスターではなくそういう存在だ。
『……私の方でも多くを知っている訳ではないわ。分かっているのは以前から進めていたダンジョンブリーチングの調整がこのところ滞り気味になっていること。それから私のガンドを貼り付けておいた議員の一人がアメリカから情報提供を受けてダンジョンフィードロットというプロジェクトを密かに企画していた事くらいだわ』
フィードロット、ただし肥育飼料は人間。
その議員だかそいつの情報源だか知らないがそのプロジェクトの発案者は中々ド畜生なネーミングセンスをしているようだな。
「ならそれを暴露すればいいだけの話なんじゃないか? お前の烏にカメラでも持たせれば大した手間でもないだろ」
『仮にスクープしてUKの計画を潰した所で他の国がこっそりやって美味しい思いをするだけじゃない。嫌よそんなの。潰すなら全世界的に潰したいわ』
うーんここに畜生が一匹いますね。
何その諸共足を引っ張る僻み根性。今回方向性が一緒なだけで確実に悪役タイプな思考回路じゃねえか。
だがまあその方向性が重要なので置いておこう。
コクリから流れてくる意識は完全にこのダンジョンフィードロットとかいうプロジェクトを破滅させる方向に向いている。
今現在はイギリスで動いている畜生計画をどう妨害するか意識を持って行かれているが他国で見かければまた他国の計画の妨害を考えることだろう。
厨二女は全世界仲良く肩を並べてせーのでご破算になるなら賛成の立場なのでこいつの力も借りるとするならば全世界的に潰す方針を考えた方がいいだろうな。
国連に働きかける……のは無理そうだな。
そもそもアメリカでの顛末から話が流れて来たのだし、何のかんののらりくらり躱されてまともに議論が進まないばかりか、逆に人の命が安い隠蔽大国辺りが利用して骨抜き条約を作って周辺諸国に順守させた上で自国はこっそり抜け駆けしてアドバンテージを取るとか普通にありそう。
「理想としちゃ全世界的に潰す事が出来りゃいいのはそうなんだが、現実問題無理じゃないか? テロリストとかマフィアとか法や倫理なんて関係ない奴らは出来る事はするだろ」
あ、コクリの毛並みが逆立った。どこぞにでも逆鱗があったのだろうか。
『良く分からないですけど、利益があるから悪い事をするんですよね? 利益が出ないようにする事は出来るんでしょうか』
ダンジョンシステムその物に喧嘩を売る気かよ。
『そうね…………。
ダンジョンが崩壊すると内部の残留呪霊がモンスターとなって現実に出現し、これは倒すとダンジョン内のように消滅せずに全量がその場に残る。
……なのでダンジョンが崩壊しないようにするか、残留呪霊が出ないようにする、あるいはモンスターにならないようにするか、ダンジョン外でも倒したら消滅するようにする。
案としてはこんな感じかしら。結構あるわね。
……じゃ、お願いねアルファ』
「あん?」
いや何でこっちに振ってくるんだよ。
そんな態度で見返せば厨二女の呆れた視線と目が合った。
『貴方の所の忘遠の賢人と話を付けてきてって言ってるのよ』
あーね。そんな奴いたわ確かに。
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