154:りざると?
「ぅやんっ。ゃぁああぅうう…………こやんっ!」
工房の隅に設置したボールプールから下半身が生えていた。
その下半身は白銀に輝くたわわな4本の尻尾を実らせたもふもふであった。
つまりはコクリだ。
がらがらと下半身の周りのプール面が波をうねらせて一頻り揺れ動いたのちに、掛け声とともに刺さった下半身はそのままにプールの縁にちょこんと手を掛けて飛び出してきた上気顔と―――、目が合った。
鯖折りにされたって不可能な明らかにおかしい身体骨格構造はキツネの生皮を被ったナニカであるコクリならではの遊びだろう。
「ふむ。続けたまえ」
「…………」
許可を出したというのに何故かコクリはすごすごとプールから上がって来て天霊の抜け殻を敷き詰めた彼の寝床の上で丸くなる。
「ぅー……ぅぅー……」
狸寝入りならぬキツネ寝入りとでも言うものか、とぐろを巻いて目を瞑るコクリはそれにしてはうんうんと唸っているのが謎だがかわいいから正義である。
コクリのカワイイはそれでいいとして、俺は周囲を覆っていた紫色の薄膜を薄れさせて周囲と馴染ませ、最後に薄膜の周囲を更に覆っていた橙色空間魔力と共に吸収して床の上に降り立つ。
転移と結界の習熟は上々と言った所だ。
すぐそこにスタンバイしているメタルゴーレムの核を中継に自宅から工房へと直接、滑らかに転移する事が出来るようになった。スムーズな橙色空間魔力の展開を補助するのはレベルの変質魔力を応用した人型結界だ。そもそもがデフォルトで人型の形を形成しようとするし、結界内部の性質をかなりの自由度で定義する事が可能なので、結界内空間を歪めてフィギュアサイズの人型結界の中に俺クラスの体積を収容する、空間歪曲収容なんてのも可能だ。今回の迅速な転移はこれを利用してフィギュア程度の大きさを転移させる展開速度で人体を転移させた形になる。
何度か繰り返してやり慣れた後はこれを応用し、一つの手札へと仕上げていく予定だ。
クソ天使を越えるには正攻法じゃ実力が違い過ぎて軽く無謀の域に入ってるからな。いずれかの手段を使って嵌めて行く必要がある。
その時にはアウレーネだけでなくコクリの手も借りることになるだろうが……これはまた後での話だな。
ふと見上げればとぐろを巻いたコクリが薄目を開けてこちらを見ていたので取り合えず頭をもふっておいた。
* * *
『アルファさん。先日は本当にとってもありがとうございました』
勇者氏が頭を下げるのは、まあ結構なんだが。
絵面がヤバい。
フォートゴジラ討伐から早1週間。その後もアメリカやその他の国々でポツポツとダンジョン崩壊は発生していたものの、フォートゴジラクラスのデカブツが出現する事もなく、どれも雑魚の群れが銃を乱射して暴れ回る程度のテロレベルで収まっていた。
そのレベルであれば勇者氏が特段アメリカで必要とされることもなく、何とか調整と交渉を終わらせて少し前に勇者氏御一行は帰国したらしい。
『渡したいものがある』といつものテレパスが掛かってきたので、厨二女の禁書庫に転送すれば、先ほどのように勇者氏が深々と頭を下げてきた。
……アタッシュケースに敷き詰められた万札を添えながら。
どこのヤクザモノあるいは政治ワールドの話かとツッコミたくなるが、一応これでもよく考えた結果の選択だそうだ。
まあムダに聡くなった勇者氏の事だ。これまでのテレパス会話で俺が今回の件に対して割に合わない、骨折り感を感じていたのは恐らく気付いていたのだろう。
しかし報酬を渡そうにも身バレを嫌って碌に情報を明かしていない以上無難な報酬は現金意外に無かろうな。
ただ一つ問題があるとするならばぶっちゃけ現金をぽんと貰っても結局使い道に困るって所だろうか。
今回は報酬として8千万円用意したらしい。
これを思考停止で受け取ったらどうなるか。
仮に銀行口座に預けでもしたらまずそんな大金どこから湧いてきたかと銀行に怪しまれるし、大口の買い物をしても税務署が嗅ぎ付けてくるだろう。
10万未満の小口を積み上げようにもそもそもそこまで欲しいものはない。アウレーネはちょっと黙ってて。
結局のところタンスにブタ積みするのが精々だ。
そんな死に金を積み上げて喜ぶ趣味はないので正直な所8千万円貰っても、困る。
さてどうしたもんか……。
「……時に勇者氏。ドイツのダンジョン産業は何処に力が入ってたっけか」
『え? ええっと。まずはアルファさんから頂いた魔石炭の火力発電ですね。それから肉類加工、後は我々のダンジョンではミスリルが安定して取れるので金属の加工が進んでいるでしょうか?』
肉類加工は知らんけど他はまあ予想通り。
実の所日本のダンジョン金属加工は当初期待した程は進んでいなかった。
まあここら辺はそもそもドイツから勇者氏を招聘するくらいダンジョン攻略が捗っていなかったという事情もあるし然もありなん。
あの合同探索時にようやっと発見したらしい幻想金属の鉱脈以外、国内でまだミスリルやらオリハルコンやらの幻想金属鉱脈の話は聞かないからな。
そんな事情もあって、一応アンテナ張っていた中では強度が数パーセント向上したダンジョン金属含有鋼材を使った新車などの話などは聞きこそしたものの、ハッキリ言ってインパクトに欠ける。
それでも株価はダンジョンの実態が明らかになる前の3倍くらい伸びたので多少利確しておいたのだが、勇者氏の話しぶりを聞くに直近での日本の冶金業は少なからず後塵を拝しているだろう。
それにドイツとしても折角築き上げたアドバンテージを脅かす存在に対して積極的に肩入れしてくれるとは思えない。
やはりここはもう一案で行くか。
「んじゃえっとだな…………。現金の前にこれ、についてだが」
『えっと……? アルケニーウェア、ですか?』
そう、最近出てきたダンジョン繊維を加工したアンダーウェアブランド。
その内のダンジョン深層、業界ではクラス4と呼ばれているらしいダンジョンの深層から取れた高強靭度蜘蛛糸を使った難燃繊維で織られたハイエンドモデルの戦闘下着、らしい。
「8千万も要らんから、代わりにここら辺の一式をお前の所のチームや隊、出来れば可能な限り大規模なレベルでこれを採用させてくれ」
『えっと……何故です?』
「回り回って俺のためになるから」
正確に言えばこの商品ではなくその主原料。ダンジョン蜘蛛糸使用の難燃繊維の開発会社のプレスリリース見てから金融資産の5パーセント程をこっちに組み替えたからな。
今でも平均3割増しで上がってきているが、ドイツ軍で採用されれば勇者氏を広告塔にして更なる高騰が見込めるだろう。
ドイツの経済戦略方針と競合しなければ無用な軋轢も生みにくいだろうしこの提案も飲みやすくなるだろう。
説明しても頭に疑問符を浮かべていた勇者氏だが、まあそういうもんだと押し切ってとりあえず今日はアタッシュケースから3束だけ抜いて持ち帰って検討させた。
後日、ダンジョン調査隊で試験的に採用されたアルケニーウェアはその試用期間を終え、ダンジョン対策師団へと正式配備するとの発表を受けた事で大きなインパクトをもたらし、俺の金融資産が1.5倍程に跳ね上がった。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
最近更新が不安定で申し訳ありません。




