151:それぞれの切り札
突き出された盾が乗用車サイズのラルヴァゴジラを跳ね飛ばし、そのまま壁と盾との間で押し潰して致命的な破壊音を上げさせる。
弛緩して崩れ落ちた機械トカゲにしゅるりと白銀のマントが纏わりついて立ち昇る黒い靄を吸い取って行った。
『……どれだけ多くの犠牲者が』
勇者氏が蠢くマントを眺めながらぽつりと零す。
読心の応用か何なのか良く分からんけど恐らくこの災害の原因は把握しているんだろうな。
極論を言えばみんな死ぬこともなく、何の不満も呪詛もないダンジョンは放っておいた所で単純に消失するだけだ。実際にダンジョンが世界に広まった初期、日本で接触禁止にされたダンジョンはそうなったわけだしな。
ダンジョン崩壊と呼ばれたモンスタースタンピードが発生する災害は多かれ少なかれ大量の被害者が出たダンジョンに限られる。
それを思えばこんなボス級モンスターが産廃として生み出されて来たここのダンジョンはまあ、そういう事なのだろう。
黒い靄を吸い取った後も少し蠢いていたマントが収まったのを確認して勇者氏は素早く十字を切ると枝分かれする通路を迷うことなく進んで行った。
『このモンスターは相補する核が2つ存在するみたいです。つまりはすごいバックアップですね』
ダンプカーサイズのラルヴァゴジラが崩れ落ちて塞いだ道を脇へどかして開通させながら勇者氏がそう話す。
勇者氏には何が見聞きできているのか分からんが、確かに展開した赤色魔力レーダーの辺縁にはこれまでのラルヴァゴジラやその他の雑魚陸軍モンスター、トラップ兵器何かを動かしていた魔力以上の濃密な魔力が知覚出来る。
恐らくフォートゴジラの中枢という奴だろう。
『これがゲームであれば手分けして同時に破壊すれば良かったのでしょう。
……けれども私は出来るなら全員を助けたい。
協力してくれますか、マントさん』
勇者氏の提案にコクリがぱさりとはためいた。
巨大なラルヴァゴジラが行く手を塞いでいた大通路の奥は、周囲を覆う空間からして以前とは異なっていた。
『これは……?』
紺鉄鋼だな。アダマンタイトとも言うが。
『えぇ。周り全てがアダマンタイトとは……途方もないですね』
流石に全てではないが。一部では碧白銀やアマルガムのように柔らかい何らかの金属が動脈のように張り巡らされているものの、暗い色を基調としたこの空間はほぼアダマンタイトで占められている。
そしてその中央で心臓のように脈動するのがフォートゴジラの核という奴だろう。
アダマンタイトと柔らかい金属が複雑に入り組んで黒銀に照り返すそれが、侵入者が大剣に灯した金赤色の害意を受けて高速で拍動する。
『ッ!』
勇者氏が咄嗟にステップを踏んでその場を離れると、床と天井から突き出した剣山がそれぞれ上顎と下顎を構成して手の込んだ釣り天井のように閉じる。
ガヂリと重い音が響いて大顎が閉じられる。間髪入れる事もなくその隙間から銀色のスパイクが伸びてきて勇者氏へと雷条を放った。
どうやらここはフォートゴジラの急所であると同時に胃袋でもあるらしい。
盾で雷条を抑え込み、前進しようとする勇者氏に壁面から生えてきた銃口の群れが一斉に火を噴き出す。
今更銃弾程度でどうにかなる勇者氏ではないが、動きが止まった一瞬をついて振り払われた太い柱のようなアダマンタイトの尻尾が勇者氏を弾き飛ばした。
ずるりと尻尾が金属床へと吸い込まれて消え、辺りに一瞬の静寂が訪れる。
『厄介ですが……押し通りますっ!』
勇者氏は盾を地面に押し付けると大量の氷柱を噴出させて空間一帯を氷の世界に変える。そうはさせじと今度は天井から金属の腕が何本も伸びてきて勇者氏を捉えようとするものの、その全てを躱し、いなし、追い込まれたら氷柱を盾にするように回り込んで脱出し、更に歩を進める。
そうして蠢く球体、フォートゴジラの心臓部に突き立てられた大剣を中心として波打つように衝撃が広がって、天井から垂れ下がる無数の腕が痙攣したようにのたうち回る。
そのような状況下でも勇者氏は攻め手を一切緩めずに何度も突き刺した大剣の切っ先に斥力焔を纏ってフォートゴジラの心臓部へと突き刺し、金赤色の炎を放出させた。
それでも。
突き刺され、焙られ、その呪詛の総量を減じさせつつも、空間内で擲弾を爆発させるという自爆染みた暴挙によって勇者氏を心臓部から引き剥がす。
そうして吹き飛ばされた勇者氏が地面に着地するよりも早く、穿たれ焙られた心臓部は強力な再生力でもって癒合し、また元通りとなった。
けれども勇者氏に焦りはない。
『お願いします! マントさん』
勇者氏の掛け声と共に爆発に紛れて勇者氏の背中を離れ、心臓部の根元部分に潜んでいたコクリが身体の四隅を捻じって形成したドリル状の爪を突き立てて、心臓部内部へと潜入した。
先ほどとは打って変わって余裕のなさの表れか、のたうち回るように闇雲に暴れ回る空間内に生えてくる巨躯を避けながら勇者氏は反撃に斥力焔で巨体を焙り、こびりついた呪力を焼却する。
けれども焼いた端から呪力が補充されているようで心臓部の脈動に合わせて頽れていた巨躯が再び息を吹き返した。
傍から見れば千日手の様にも見えるこの状況を掻き乱したのは、勇者氏でもモンスターでもなく、更にその外周だった。
音声だけ拾っていたライブ映像で何か声のトーンが大きく変わる。
映像の方も手元に転がしておいた星コアを経由して受信ゴーグルに移せば、少し日が傾き始めた空に浮かぶ小さなV字の編隊が映されていた。
「あー勇者氏。今からそこ動くなよ」
『えと……えぇっ!?』
そのV字の編隊から何本かの円筒が落とされて地面へと頭を向けると加速をつけて狙いを定め、フォートゴジラの背中の各部位を深く抉り穿って、大爆発を引き起こした。
「うん。ひでえ」
バンカーバスターのおかわり特盛と言った所か。
前回の投下映像では中心部の背ビレのような砲塔部を崩落させてはいたものの、いざ接敵してみた時には既に元通りになっていた。
今回はその結果を反映してなのか、数本、多分6発程度のバンカーバスターの集中投射をしたのだろう。
おおよそ6角形を描くように投射された貫通弾はフォートゴジラの背側構造物を粗方崩壊させていた。
崩壊させるのはまあ結構な事なんだが、その爆風で吹き飛ばされた構造物が周囲に大多数散乱している。
アメリカ特有の贅沢な土地利用の功名か、フォートゴジラの現在地が市街地と市街地の間の緑地公園のような場所だったからまだマシなものの、少しズレていたらこの爆風の余波自体が結構な周辺被害をもたらしていたんじゃないか?
流石は覇権国家……と言いたいところなのだが。
崩壊した背側構造物の下で黒色に光る滑らかな構造物が今、残る外殻を脱ぎ捨てて再び稼働を始めた。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




