150:英雄纏装
「大丈夫か?」
『……えぇ。とってもありがとうございます。本当に……』
今だに辺りに立ち込める爆煙の向こうでバランスを崩した細身の旅客機が舞う木の葉のように揺らぎながらもその場から離れて行く。
無事に離れて行く旅客機を見送って。
俺はメタルゴーレムにしがみ付く勇者氏に取り合えず銀腕を巻きつけて即席の命綱にする。
ミサイルを放った段階で取り合えず窓の外に橙色空間魔力を送り、取り合えずメタルゴーレムを転移させ、ミサイルへと突撃させる。
紺鉄鋼装甲の素材の暴力でミサイルを漢受けした後にヘイトを買っていたっぽい勇者氏を旅客機から引き抜けば目論み通りフォートゴジラはこちらに真正面を向けて停止する。
『うっ。揺れますね』
うるせえこっちも急だったから準備に忙しいんだよ。
メタルゴーレムの転送だって割とギリギリだ。受信ゴーグルをメタルゴーレムの視界へと繋ぎ直して一先ず息を吐く。
そして急場だというのは勇者氏も同じことだ。
緑色斥力魔力を纏って防衛こそしてはいるが、その見てくれはパーカーとジャケットのあいのこのような……なんだ、分からん。まあ私服って奴だ。
勇者氏の代名詞ともいえる鎧と剣盾の装備は恐らく今し方離脱していった旅客機の中だろう。流石に今から取りに行けるほど紳士な相手ではない。
荷物を背負って戦うのは流石に勘弁だ。
勇者氏の『また来ます!』という警告と共にもう一度飛んできたミサイルは金色の細身の剣……曙光の華剣を模したオリハルコンの淵源模造品を間に差し入れて相殺する。
ふむ。
勇者氏も生身ではあるが、得物さえあれば戦えない事はない。
案が一つない事もないが勇者氏次第だな。
『行きます。止める方法があるならやらせてください』
まあ本人が切に望むならやってやらんこともない。
『ヴぁす!?』
俺は橙色の掌腕結界で勇者氏を掴んで包むと、そのまま勇者しごとフォートゴジラへと掌腕結界を突き込んだ。
「使い方を教えるぞ―――」
―――あ、成程。こういう事ですか。分かりました。
…………。
上空から射程圏内に近づいたことで橙色の掌腕結界へ向けて要塞中の銃口が一斉に火を噴くが、突如として吹き降ろされた雹の礫が広範囲の銃弾と相殺し、それでもすり抜けた結界へと届いた銃弾は白銀色の輝きに弾かれる。
弾幕の影から突き出された大剣の切っ先から金赤色の炎が噴き出してハリネズミのような銃口を灼き払う。
人型大の握り拳状の結界はその形を変えて橙色の人型結界となり、その中には動画でよく見るあいつの姿、白輝銅の鎧に紺鉄鋼の火炎剣、白輝銅と碧白銀で彩られた盾を装備した勇者氏の姿があった。
俺が作り出す結界は形状の応用性が効かない代わりに結界内の支配力、侵蝕力に特徴がある。
それは結界内に限定しての現実への反映力と言っても過言ではなく、つまりは淵源複製と同様になるように定義しさえすれば、結界内の使用者が想起した武器や防具、装備を現実へと反映させる、つまりは具現結界として応用することが出来た。
……まあ、御覧の通り説明する前に勇者氏に結界特性を把握されたばかりか、いつの間にか勇者氏が扱い易いように握り拳状から勇者氏の人型大へと形状が変更されて、結界維持以外の制御が半ば奪われているので実用性については微妙だが。勇者氏でも説明前に奪取出来たんだ。クソ天使に使ったら速攻で制御奪われそう。
だがまあ今だけは使えることに変わりはない。
「……あぁ、うん。ついでだからマントも付けとけ」
―――マント? ……これは!?
マントだよマント。ちょっと勝手に動くしつまみ食いもするけど。
そう言って勇者氏へと白銀色のもふもふを転送すると、白銀色のもふもふはひとりでに勇者氏の背中へと貼りついて風を孕んで大きく広がる一枚のマントへと変身する。
ついでに自由落下していた勇者氏が中空で緩やかに静止した。
―――……あの、アルファさん。
いいからはよ行け。
マント氏たっての希望もあって今回参戦させることにしたが、ぶっちゃけ暫くは勇者氏にも厨二女にもこいつの詳細を明かすつもりはない。
その意志はしっかりと伝わったのか、勇者氏は改めて、マントを翻しながらフォートゴジラへと突っ込んで行った。
全身からハリネズミのように銃だの砲だのランチャーだのが生えてはいるものの、フォートと名に背負っている通りにフォートゴジラには内部へと入り込む通路が存在した。
吹き荒れる雹嵐で隔壁前に群がった銃弾の歓迎を相殺し、続く斥力焔の一薙ぎで銃口ごと焼き払い、僅かに取り付く間隙を創り出す。
背中のマントはその意志に応えて高速で吶喊し、紺鉄鋼の切先は隔壁をペラ紙の様に破り裂いて勇者氏はフォートゴジラ内部へと侵入した。
横幅5メートルほど。
斥力焔の灯りで照らされた存外に広いフォートゴジラ内部の通路は脈動する金属パイプと金属質なモザイク壁、金網の遮蔽が周囲を覆う生物と機械を無理やり融合させたような歪な空間だった。
勇者氏が何かに反応して盾を掲げるのと爆音とともに対物ライフルが盾に突き刺さるのは同時だった。
延伸した斥力焔の先でゴツイ銃身を伸ばし、床に爪を立てる機械トカゲ……ラルヴァゴジラなるモンスターが勇者氏の行く手を阻んでいた。
勇者氏の斥力焔に対して口から火炎放射を吐き出す事で抵抗しながら後退するラルヴァゴジラが背後の金網に飛び移って上部に開いた空間へと引いていく。
勇者氏はその後を……追わずに反転して後ろを振り返り、いつの間にか生えてきていた小銃に斥力焔をぶつけて根切りにした。
―――ここは、もはや敵の中という訳ですね。……当然ですけど。
まあそらそうだろうな。小銃みたいなトラップまで生えてくるのは予想外だったが。
あと言い忘れていたがわざわざテレパスじゃなくても普通に音声通話も映像も通じる。その具現結界の中でならな。
『えと、……便利なんですね。これ』
使い辛いけどな。
まあそんなことは良くて、大事なのはさっさとこのデカブツをどうにかする事だな。
まさかの先制攻撃で狙われてなし崩し的にやり合うことになってしまったが、本来こいつは米軍の獲物だ。手に負えるかどうかは別として。
現状は突然の乱入とフォートゴジラの行動パターンの変化であちらさんも動きを止めているが、すぐに対応してくるだろう。
せめて俺たちを囮に使う、出来れば共闘連携出来ればいいが、作戦の邪魔だからと排除に移られても面倒だ。
相手の出方が読めない以上コトは素早く済ませておきたい。
事情を理解した勇者氏が迷いなく金属通路を突き進む。
分かれ道の先に飛び出した勇者氏が一方向へ盾を構える一方でもう一方向へと斥力焔を突き込んだ。
金赤色の炎に焙られてラルヴァゴジラが痙攣し崩れた鉄屑に変わる反対側で、対物ライフルを受け止めた盾の脇から、白銀色のマントがするりと伸びてきてラルヴァゴジラの首周りに巻き付く。
途端に黒い靄を噴出して苦しむように暴れ出したラルヴァゴジラだが、黒い靄の噴出が収まると同時に力を失い、マントの裾が元に戻るのと合わせて反対側同様に動かない鉄屑へと変わった。
ふむ。
同様に吸収可能と。
ただ難消化物、だそうだが。
ダンジョン崩壊の余波は自宅ダンジョンに発生する異変という形で散々受けてきたが、ダンジョン崩壊の産物、いや産廃と直に接触したのはこれが初めてだ。
ダンジョン崩壊の余波と同様にコクリがそのまま吸収することも出来るようだが、たった小物の吸収だけでもまだ完全消化に至っていないくらいにはコクリ自身との同一化が難しいらしい。
一応効果のあった精神回復薬を追加で何本か送っておこう。転送すればマントが手品のように精神回復薬を絡めとってその裡に隠した。
一先ず俺がやりたかった検証は終了した。
あとは勇者氏の気のすむまで眺めるだけだな。
内部構造物やモンスターが勇者氏へと殺意を向ける一方で、外側のフォートゴジラくんは再起動した米軍の擲弾爆弾なんのその、それらをガン無視してその殺意の殆どを上空の俺へと向けている。先ほどから何本も小型ミサイルが飛んで来たり、果てはどこかに発雷宝玉でもあるのか細い雷条を放って歓迎してくれる。ただまあぶっちゃけ言って紺鉄鋼の装甲で覆われた白輝銅ボディーには力不足だ。恐らく人を殺せる程度の火力に特化してしまったのが原因だろうな。
一応ただの鉄板程度なら余裕で貫通してくる程度の火力強度は持っているようだが、流石に鉄板をペラ紙のように破り裂けるような材質をふんだんに使った装甲とは分が悪い。
ぶっちゃけ衝撃で変形した紺鉄鋼の組成を戻す修復力よりも爆発の衝撃で滞空するのに使っている念動魔力の方が浮く分定期的にミサイルを撃って貰いたいくらいだ。
そんな訳で多少のじゃれ合いはあるものの、俺は完全に傍観気分で事の行く末を眺めていた。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




