15:魔力制御
未だ報酬内容に納得がいかない重装ゴブリンのドロップ。俺の作った回復薬だが一つだけ評価できることがあった。
名称:小瓶
魔力:10
特徴:魔力を通さない
何のことかと言えばこの小洒落た小瓶は魔力的な保存ビンだという事だ。
マジックボックスに仕舞わないまま既に2日が経過した休日の午後だがドロップの回復薬の魔力の劣化は見られない。
再現が可能かどうかは不明だが、どうにかすれば魔力的な保存アイテムも作成出来るかもしれない。
俺は魔溶炉の中で溶けた銀が成形したマジッククレイの中に流れ込んで行くのを確認して温度を下げる。
ノートパソコンで調べた感じ、推定銀のインゴットは融点が銀に酷似していた。全ての金属特性を検証する気はないため、俺が扱う分にはこれは銀として確定しておこう。
魔溶炉のメモリが常温数値まで下がった。相変わらずゆるふわ物性で何の遮蔽もないのに熱を一切感じない炉内外の空間断絶性だ。取り出したマジッククレイの塊に熱は感じない。常温数値まで下がったという事は常温数値まで下がったという事なんだぜ。そう魔溶炉が親指を立ててウインクする様を幻視した。
銀は溶けてもマジッククレイは完全には焼き固まらなかったようだ。
少し硬質な感じがするマジッククレイを動かして内部の銀を取り出す。
形状は滑らかな曲線を描く円柱状。持ち手が細く、先が太く丸くなっている。
銀製乳棒だ。
あれから銀の魔力特徴を検証するとやはり通信石の劣化版ということが分かった。
つまり銀を介してなら魔力と意志を伝達して間接的に物質に対して魔力的な操作を行えた。
ただし、通信石とは違って通信石間の伝達は出来ず、必ず銀に肌と作用を及ぼしたい物質が接触している必要があったが。
なので5本手に入れた銀のインゴットの内、1本を潰して作ったのが銀の乳棒だ。
ブドウもそうだがこれから魔力的な操作を行いたいが素手で触るのは控えたいといった事が起こる可能性があるので、間接的に操作を行える手段をまず用意した。あとボグハンドを比較的触らずに安全に狩ることも出来るだろう。
さてひとまず手札を用意した事で考えを巡らせる。
これからの方針だ。
振り返ってみれば第3階層の攻略は半分流れでだった。回復薬を納品させたら転移象形が活性化した。一区切りついたし丁度いいから乗り込もう、と。その結果がこのファッキンダンジョンのドヤ顔ドロップではあるが。まあいいし? 宝箱の銀で手打ちにしない事もないし?
胸中が濁って来るので第3階層の事は封印して、優先事項やその場の流れに後回しにされてきた課題について思いを巡らせる。
・回復薬の改良、魔力回復薬の考案、回復薬の有効期限の検証
・喰投猿の埋蔵金の調査
・果物類の利用法の検討
・若枝の生育確認
・強奪鉄の利用法の検討
・木の杖の調査
・銀の利用法の検討
こんなところか。いつの間にかどんどん増えていくな検討項目。
回復薬の有効期限については調査したか。魔力が5まで落ちてくる3日目くらいになると創傷部に塗っても治りが遅くなって痕が残った。魔力数値が下がって来るにつれて、下がり幅も小さくなる漸近性を見せたが、実用を考えると消費期限は凡そ3日と考えていいだろう。ただし保存小瓶があれば別だが。
ついでにそろそろ魔力回復薬の考案をしておきたい。
何故かといえば木の杖を使用するにあたって意外と魔力消費が大きい事が分かったからだ。
魔法の武器も登場したため、仮にこの後のダンジョン攻略を考えると魔力消費の増大が懸念される。
転ばぬ先の杖、いや使ったのが第3階層の弓持ちゴブリンだったな……。
……まあいい、魔力回復薬についてはヒントがあるから取り掛かりやすいだろう。
偶然から回復薬を作る事になった魔力ワイン。これにはもともと命に加えて魔力を癒す特徴も付いていた。しかし、これを魔力ろ過蒸留してブランデーを取り出した際に深血色の残渣液には命を癒す特徴しか残っていなかった。ここから考えられるのは、蒸留によって気体となった成分の魔力的特徴に魔力を癒す特徴が付随していたのだろう。……エタノールがそれだって話にならないといいなぁ……。
蒸留によって気体となったという事は水より沸点が低いという事である。
例外は沢山あるが、沸点が低い物質は融点も低い。エタノールも例に漏れない1つだ。
この凝固点の差異を利用して酒の中の水や不純物をろ過し、ついでに少し思いついたアイディアも使って水より沸点が低い魔力を癒す特徴の取り出しを行いたい。
まず最初の魔力ワイン醸造から始める。
まずはブドウを潰す……前にブドウを手に持って念じる。
ブドウの房に成った全ての粒がぷちゅりと音を立てて外皮を脱いだ。
酩酊ワインを醸造しまくっている時に思いついた小技だ。いつだったかブドウの粒を爆発させた時に思い付いた。魔力と意志に応じて変化するならば皮だけを剥離するように操作することも出来た。
緑色の果肉だけになったブドウの房を壷の上に垂らし、房の枝、その末端の実との継ぎ目を意識して再び魔力を送ると、緑色の果肉がぽとぽとと壷の中に落ちていく。それを繰り返して壷の中は8分目くらいに満たされた。
手とついでに銀の乳棒も使って全体で壷の中を潰し撹拌していく。魔力と共に込める意志はまず発酵。それから魔力を癒す力。そして最後に悪酔いにくさ。
酒を造って酔わない事はムリだろう。ムリなものを思念してもブドウを爆発させた時のようにその効力は大きくない。ならば酔わないことよりも酔った後の悪影響を抑える方向に力を向けた方がより効果が得られる気がする。
そうして満遍なく掻き混ぜ潰した後、スケールクランプで縮小化させてフラッシュボックスに放り込み、3年間分熟成させた。
名称:魔力ワイン(白)
魔力:8
特徴:魔力が癒され爽やかになる
……爽やかって何だよ。悪酔いしないようにと念を込めたのだがアウレーネに問い詰めても疑問符を浮かべたままだった。爽やかは爽やからしい。訳が分からない。
何故か醸造段階での魔力が増えているが細かい事は後だ。まずはこれを超機能恒温装置に載せて凍らせる。
凍らせる際にはマジッククレイを頭に付けた銀の乳棒も一緒だ。
銀の乳棒を介してマジッククレイに微細振動するように念を送りながら環境温度を下げていくと氷点下を少し下回った所で氷の粒が見えてきた。
固化すべきものは固化し、固化しないものは固化しないよう念を送りながら細氷と液体が混じったシェイク状の白ワインをひたすら掻き混ぜる。ブドウとは異なって念を送ったからとどうにかなるわけでもないが魔力は魔力だろう。
遊離していた水が氷の粒になるイメージで混ぜていると液の中に何やら白く光る粒が混じっているのを感じる。まるで慣れない感覚だが、この白く光る粒が自分の一端で自分の魔力だというのは分かる。
ここで手を止めてもいい事がないので浮かんだ疑問はさておいてひたすら掻き混ぜ続けると、白ワインだったものは冷たい液体の上澄みと白く光る粒混じりの沢山の氷の粒、それから底の方に固体化したワインのその他の成分が溜まっている。さてここからが本番だ。
壷を構成しているマジッククレイを変形させて注ぎ口を作り、中の白ワインだったものをアシ束を一掴み束ねてマジッククレイで固めて作った特大カラムフィルター付きのろうとに流し込む。
流入量を壷を構成しているマジッククレイの底上げをして調整しながら、フィルターされた白く光る粒混じりの残渣物に銀の乳棒で魔力を追い出してカラムフィルターの向こう側へ行くように念じながらざくざくと潰し続ける。
何故か白く光る粒が他の残渣物をフィルター側へグイグイと押しやるように複雑な移動を繰り返しているのを眺めながら、壷の上げ底が注ぎ口の上まで登って来るまで潰し続けた。
名称:薄青色の精製液
魔力:20
特徴:魔力の損失を癒し爽やかになる
名称:薄黄色の残渣液
魔力:2
特徴:魔力が癒され爽やかになる
ひたすら時間のかかる作業を終えて出て来た精製液は薄青色で、中々の魔力を含んでいた。通信石以来だな。特徴も少し変わって魔力の損失に対して特異的に効力を発揮するようだ。残渣液の方は魔力が大分抜けている。かなり濃縮出来たようだ。銀の乳棒の押し込みが効いたのだろうか。
ただし精製液の収量は少ない。作成した白ワイン全量に対して2割未満だ。大半が薄黄色の残渣液になった。赤ワイン全量の半分以上は収量が得られた回復薬とはえらい違いだろう。
消費した魔力も大きい。
醸造工程ではそう変わりないが、やはりひたすら銀の乳棒とマジッククレイを使った細氷化と残渣物の押し込み工程は今までとはまるで違った。疲労度合い自体は均一素体ゴーレムの動作検証時程ではないがあの時とは力量が大きく変わっているし、今ならはっきりと感じられる魔力の流出量は均一素体ゴーレムと条件は同じなマジッククレイハンドの操作と比べても大きくかけ離れている。
名前:尾崎幻拓
種族:精霊憑き
レベル:8(↑1)
魔法力:46(↑12)
攻撃力:25(↑1)
耐久力:30(↑4)
反応力:26(↑4)
機動力:22(↑3)
直感力:47(↑6)
特性:精霊契約:アウレーネ、魔力制御
名前:アウレーネ
種族:精霊
レベル:8(↑2)
魔法力:60(↑15)
攻撃力:1
耐久力:16(↑5)
反応力:25(↑3)
機動力:8
直感力:39(↑8)
特性:精霊魔法
……思い至って久しぶりに目を瞑って確認したステータスに見慣れない文字が追記されているのを見て固まる。
久々の闇鍋文字解読だ。魔力の……制御だろうか。魔力制御が俺のステータスの特性に新たに加わっていた。
最後にステータスを確認したのはいつだったか。
うん、重装ゴブリンを倒して帰って来た後で手持無沙汰になった時にちらりと確認してレベル1しか上がってないなーと思ったのは覚えてる。
その時に特性が追記されていたかは……覚えていないが多分ないんじゃないだろうか。
心当たりはさっきの謎現象、氷を模した光の粒だ。
俺はさっきの感覚をなぞるように銀の乳棒を掲げて先端に魔力を集め、水分子が集まって結晶を成し、氷の粒が成長していく様をイメージする。ぼんやりとした光が集まって細かい粒になり、霰になり、雹になった。
「アイスバレット?」
銀の乳棒を振るとへろりと放られた鋭い氷塊がごとりと地面に落ち。
俺は割れるような頭の痛みに昏倒した。
「うめぇ……」
「ずるい!」
「レーネも頑張れー」
「むーっ!」
魔力回復薬を飲みたいならば魔力を使わなければならない。
そう焚きつけてアウレーネに高性能アシ布フィルターの作成を依頼して俺は薄青色の精製液、魔力回復薬を試飲していた。
飲んだ瞬間に頭の痛みは消え去った。推定エタノールを濃縮したにも関わらず酒精の焼け付くような当たりの悪さは全くなく飲みやすい。アルコール感がない訳ではないが。
それでも調味料ビンの2割分10ミリリットル程度だろうか、に分注した魔力回復薬を飲んだ程度では、まだ火照るような感覚にすらなっていない。
多用するのは危険だろうが、いざという時には頼りになるだろう。酒が全く飲めない体質の人には辛いだろうが。
ちなみに残渣液の方も飲んでみたが、こちらは酒精が殆ど抜けてジュースみたいなものになっていた。
既に魔力回復薬の方を使ってしまったため効果の程は分からないが、工房に籠って作成作業中に魔力枯渇してくるようであれば、もしかしたらこちらを飲み水代わりに利用した方が有用かもしれない。
魔力回復薬に対して魔養ドリンクとでも名付けておこうか。
俺は眉根を寄せてアシ繊維を微細に解すアウレーネを尻目にもう一度魔養ジュースで喉を潤した。
拙作をお読みいただきありがとうございます。