149:ピタゴラカタストロフィ
助けてくださいっ!
そう切羽詰まった勇者氏のテレパスが飛んできたのは早朝も早朝、未明の事だった。
取り合えず「うるせえ今何時だと思ってんだっ!」という良くある定型文を突っ返してもうひと眠りし、それでもまだやっと日の出を越えた頃合いで目が覚めてしまったので渋々と勇者氏に応対する事にした。
取り合えずテレビをつけろとの事だったのでアウレーネが弄っていたノートパソコンから適当なニュースサイトを広げて見て初めてあいつが慌てていた理由が判明した。
これがただの特撮映像であったならどんなに良かったことか。
ムービーにはバグったスケール感で街を破壊しながらゆっくりと進む要塞の姿があった。
ニュースによれば米陸軍基地が管理していたダンジョンが崩壊し、中からあのデカブツに加えて多数のゾンビだったり宇宙人だったりメカだったり、色とりどりのサラダボウルモンスター陸軍が現れたらしい。
幸い陸軍基地がすぐ近くにあった事もあって取り巻きのモンスター陸軍には何とか対処出来ているそうだが、流石にフォートゴジラと名付けられたクソデカ移動要塞には街中で戦術核をぶっ放す訳にもいかずに苦戦しているらしい。
ちまちまと要塞の中央背ビレのような部位に小型ミサイルを投射しているが外装にあたる砲塔や銃の群れが多少剥がれ落ちただけで、それもすぐにまた生えそろって元通りになった。
報道ではバンカーバスターも投射されたものの、機能停止までは行かなかったらしい。
「で、そっち向かえばいいのか?」
『あと1時間で現地に着きます。今リンダが支援内容を詰めているのでそれからです』
それ俺が未明に起こされた必要なかったことねぇこれ? こん畜生がよぉ。
「所で気になったんだが」
『なんですか?』
「お前他のチームメンバーは?」
移動の最中だというのに周りにはスーツ女はおろか以前見かけたチームメンバーの姿もない。それどころか一応国の要人のハズなのに機内のクラスもビジネスクラス……いやエコノミー、というかもっと言えばイメージしてた航空機内とは違って新幹線の車内のようなこじんまりとした国内線の一般客って感じの質だ。
『……ニューヨークですよ』
「……なあ、正直に答えて欲しいんだが」
『はいそうです。でも前の飛行機でリンダから連絡が来て、何か出来る事は無いか調整してくれることになりました』
連絡を取って、調整する羽目になった間に何があったかは……まあ深くは聞くまい。どうせいつものだろうし。
どうやらまたこいつは命令も無しに先走って一人飛行機に飛び乗ったらしい。
ニュースを見ても米軍が威信を掛けて事態の解決に当たっているっぽいし、こういうのに異物が紛れ込んでも足引っ張る事にしかならん気がするんだがな。
俺の部下じゃないからどうでもいいが、スーツ女そのうちハゲそう。
勇者氏が現場に着くまで報道を漁っていると、どうやらこれ苦戦している理由はただ単にモンスターが強いからという訳でもなさそうだった。
というのも先日の武器流出問題で陸軍上層部に調査が入り、指揮系統の臨時対応やら引継ぎやら何やらで即応できるとは言い難い状況だったらしい。
これ、もしかしなくても流出問題の余波で陸軍のダンジョン探索スケジュールが崩れてダンジョンの手仕舞いラインを下回ったとかそんなオチがあったりしそうだな。
うーんなんというピタゴラカタストロフィ。
震源となる録画を撮っただけに諸問題の根源みを感じなくもないが、数日スケジュールが崩れただけで手仕舞いラインに至るなら遅かれ早かれダンジョンは崩壊していただろうし、どれだけの兵員がダンジョンに収獲されたのか知らないがこれだけのクソデカ産廃モンスターを生み出すくらいやらかしているなら今更気に病むことも無いか。
結局勇者氏に呼び出されたものの宙ぶらりんな感じで情報収集をしていると勇者氏が突然驚愕したように立ち上がる。
『見られて……います』
「そらそんな奇行すればな」
『いえ、これは……モンスター。それも、とてつもなく大きな』
大きなモンスター、ねぇ……。
気のせいか、手慰みに眺めているライブ映像の中の移動要塞がゆっくりと旋回しようとしている気がするなぁ。
そして見ている内にフォートゴジラの背ビレが開いて中から砲塔がせり上がり。
『これは……来ます!』
「…………っ!」
光の尾を曳いて発射されたミサイルが、高度を下げつつあった細身の旅客機へ向かって射出された。
ミサイルは回避しようと身を捻る旅客機を嘲笑うように追尾して迫り―――。
一拍の後、中空で巨大な花火が昼下がりの空に爆ぜた。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




