148:混乱を眺め持ち札を研ぐ
鈍色に光る球体から射出された黒い靄を纏った杭を金赤色に揺らぐ非実体の巨大な掌で受け止めて握り潰し、焼却する。
中堅どころのアクションRPGに出てくる敵が元ネタになっているのだろう、ポリュートプローバスと名付けられたそれは最近第8階層の中空を周遊するようになったモンスターだ。
幾重にも重なった色球が総じてどす黒い色合いを作り出し、一応は光って見えるというのにダンジョンコア以上に暗く穢い輝きで蠢いている。
まあ見ただけで厄物と分かる。
恐らくこれも手仕舞いで発生した産廃の内の再利用可能な部分という奴なのだろう。
結界術を応用して作り出した斥力焔で満たされた手のひらを伸ばしてポリュートプローバスを鷲掴みにしようとするも、案外と素早い動きで躱されてしまう。
咄嗟に自身を中心にして展開する防御的な使い方は問題ないが、攻撃用の使い方はもっと練習しないと使い物にならないな。
米議会に呼ばれて事情聴取を受けようとしていた勇者氏は寸での所で吊し上げに対するカウンターを手に入れてうまく乗り切ったようだ。
カウンター……俺が念動ドローンから盗撮した光景は件のマッチポンプ軍事政権の偵察部隊の音声会話も含まれており、この会話内容がまあまあ裏で進行していた勇者氏の暗殺作戦内容について明示していたそうだ。俺にはさっぱりだったけど。
厨二女は安保理が、正確に言えばアメリカが動き出したタイミングを見計らってこの暴露映像をイギリスの通信社に流すと同時に政財界にちょっと提案して一芝居を打って貰ったらしい。
結果としてマッチポンプ軍事政権だけでなく、録画映像から明らかにされたミサイルの製造元、アメリカにまで飛び火して惰性化していたダンジョン崩壊記事を押しのけて炎上した。
世界的に有名なニュースサイトの力を改めて思い知らされたな。
探索者の危険性について調査する公聴会だったハズのそれは輸出していないハズの国に携行ミサイルが流出していた事が明らかになった問題を受けて混乱に陥り、政界のみならず軍部まで巻き込んで責任の押し付け合いやらその前に憂慮すべき事態に対処すべきとの声やらで喧々諤々と中々に荒れているらしい。
厨二女がエグイ感じにニヤついていた。
まあそんなことはどうでもいい。
呪い杭をちまちま撃ちだしているだけでは埒が明かないとでも思ったのか急接近をかけて槍、ウニ、サイコロ、槍と自在に形を変えてインファイトを仕掛けてくるポリュートプローバスを曙光の華剣で受け流しつつ、斥力焔の掌腕結界で追い払う。
巨大な掌が握りしめられる前にすり抜けたポリュートプローバスが呪い杭を再び眼前に生み出し始めて……白く輝くもふもふの裂け目に並んだ鋭い牙に囚われて、そのまま口の奥へと飲み込まれた。
「さんきゅーコクリ」
―――ウィンウィン。
そう言う割には呪物をぺろりと平らげたコクリが少しの間風船のように膨れ上がって内部がデコボコと局所的な膨張と収縮を繰り返すグロテスクな挙動をしていたものの、ややあって満足げな顔のいつものキツネ姿に戻った。
とてもそうは見えなかったが一応コクリの食事風景、らしい。
大量の呪力を誘導させて生まれて来たコクリはさっきの見るからに健康に悪そうな厄物、呪いの塊を捕食して自らの力に出来るそうだ。
コクリの種族、神霊の特性なのかそれともコクリ自身の特徴なのかは分からんが、いずれにせよ有効活用が出来るのであればしない手はない。
でもやっぱり厄物の見た目も捕食後の一連の挙動も含めて健康に悪そうなので帰ったら精神回復薬を飲ませておこう。
中空で屯していたら一般通過モンスターに襲われたが今回の目的は別に狩りに来たという訳ではない。
「大丈夫そうなら頼む」
「んやぅ」
俺の頼みに頷くとコクリは眼前に意識を集中させて……。半透明の球形、結界を創り出した。
クソ天使との問答とその後の実践(笑)を受けて何となく察していたが、クソ天使に聞く前からコクリは結界術を扱う事が出来た。というかそもそもクソ天使のいる神殿に行くためにはそもそも結界術の応用が必要だった。…………一応魔力カードを使うという正規手段もあったにはあったが。
ともあれコクリが結界術を扱う事が出来るならそれは丁度いい練習相手、目下同様に結界術を扱う事が出来る事が判明しているクソ天使との練習相手としては不足はないだろう。
そんな訳でまずおさらいとばかりにコクリが作り出した結界を俺の人体型結界の掌で包み込んで破壊しようとする。
包み込んだ球形結界は……案外あっさりと侵蝕を受けて崩壊した。
これでも別にコクリが手心を加えたという訳ではないらしい。
どうやら俺の作り出す人体型結界はその可変性の悪さに反して他の存在への影響力というか侵蝕力的なものが高いらしい。
そして見てる内に俺の作り出した掌型結界の中に半透明の球形をした異物、コクリの結界が出現し、今度はその場に残り続ける。
高い影響力の反動か、俺の作り出す結界は俺が定義した結界性質を暴かれる、つまりはハッキングを受けるとその結界の定義というか性質に逸脱しない中で今コクリがやって見せたように結界の中に結界を作られてしまうらしい。
つまりは俺が結界術を戦闘に転用するのであれば、悪用されないような定義作りに気を付けつつ高い侵蝕力を押し付けて行く知的ゴリラな戦い方が有効だという事だろう。
一通りコクリと結界術鍛錬をやった後で最後に本命だ。
掌型結界の指先に意識を集中させて感覚を探る。
正直何の手応えも感じないのだが、兎に角まずは言われたとおりにやってみる。
指先の違和感……指先の手応え……指先の手掛かり……。
来た。
ふと目を開けると半透明の球形が指先に添えられていて、その先には確かに掴んだ手応え、空間の切れ目が指先に引っかかっている。どうやら今回はコクリがサポートをしてくれたようだ。
そのまま掌型結界を押し込んで行けばそれ程抵抗する様子も見せずに半透明の掌はするすると空間の切れ目を広げていき……。
ぺろりと空間を捲った先の遥か高空には一際背の高い浮島が、並び立つ石柱の神殿を王冠のように被りながら宙に浮いていた。
重なって存在する世界の裏側部分、クソ天使のいる神殿を外側から眺めた光景だ。
最終的にはこれを自分の力だけでスムーズに出来るようになればクソ天使から逃げ出すための手段の一つになるだろう。
もっと使いこなせればあるいは……クソ天使を打倒する事が出来るかもしれない。
その時俺は……どうするんだろう、な?
拙作をお読みいただきありがとうございます。




