146:有効だからこその悪手
「って訳で今日はこんな形だ」
『いっそのこと清々しいね、きみ』
今回コクリが第8階層の高空で目を瞑って何やらやって送り込んだのはメタルゴーレムではなく最低限会話が成り立つ程度の同調ドローンだ。
「じゃ早速、ダンジョン崩壊で銃で武装したモンスターばかりが吐き出されてくるのは何でだ?」
『崩壊したダンジョンが銃で武装したモンスターばかりが存在するダンジョンだからじゃないかな』
トンチかな?
いやそうか。少なくとも俺は未だに銃で武装したモンスターとダンジョンであった事がない。そこら辺何か理由があるのだろうか?
「質問を変えよう。何で銃で武装したモンスターばかりが存在するダンジョンが生まれるんだ?」
『銃や彼らが爆弾と呼称する数々の仕組みは少ない魔力で効率的に君が呼称する霊力を回収する事が出来る優れた仕組みだからだね。自然な霊力断片の剥離が少ないダンジョンではこの仕組みを利用するダンジョンが多いように見受けられるね』
霊力を回収するってつまりはぶち殺すって事かよ。
「俺らは家畜か何かか?」
『家畜……? なるほど、合目的な種族を育てて利用する、その種族の事だね? 確かに合っている……。ではこれからは君たちを家畜と呼称する事にしよう』
「やめろマジで」
今録画中だぞアホ天使がよお。
「ったく……まあいい。だが俺が今まで潜って来たダンジョンじゃその効率的な銃火器はとんと見かけなかったぞ? 何か理由があるのか?」
『自然な霊力断片の剝離が多い個体は霊力を全採集しなくても十分な霊力回収が得られるから不要ということだね』
「ああつまり積極的に魔法を使う奴は大事に搾っておくと」
『搾る……? なるほど……魔法を使う個体を家畜の乳牛に見立てた考え方だね』
「採用はせんでいい」
こいつ冗句も皮肉も真に受けるから面倒だな。まあいい。
つまりだ。
結局騒動の原因は銃火器がダンジョン攻略に有効過ぎるってのが問題なワケだ。
少ない、ヘタすると全く魔力を消耗せずにモンスターを殺害する事が出来る。高効率の殺傷手段だ。
だからこそ帳尻を合わせるために、ダンジョンは銃火器が多用される地域では対抗して銃火器で武装したモンスターを配置して探索者を殺害する事で霊力を得るという手法が取られたのだろう。
やって来たことがそのまま跳ね返ってきた感じだな。
そして誰だって資源が、金が欲しいだけであって別に死にたい訳ではない。
銃火器を多用した地域にとっちゃただでさえ危険なダンジョンだ。潜っても死傷率が高いだけで得るものが少ないダンジョンはシビアに切り捨てられ、切り捨てられたダンジョンはこれまでに降り積もった産廃を残して手仕舞いする、と。
ま、大方そんな所だろう。どうでもいいな。
「崩壊しそうなダンジョンはあるか?」
『そればかりは君たちの出入りとダンジョンを創り出した存在の判断次第だから何とも言えないな。けれどもダンジョンを創り出した存在があまり価値を置いていないダンジョンは幾つもあるね』
「それは日本にあるのか?」
『日本……? 分からないな。すまないがその日本という領域とどのダンジョンがどう繋がっているかは私には把握できないようだ』
あ、こいつにも答えられない事ってあるのね。まあ当然か。
ぶっちゃけ長考し過ぎてうずッとしてきたクソ天使を牽制するための質問だったし分からないなら分からないでどうでもいい。何となく日本は無事な気もするしな。雁字搦めの法規制のおかげで。
さてさてそんな事より次のお題はっと……。
* * *
背もたれに深く体を預ければこれでもかと詰め込まれた頭がじんわりと解けて行くような感じがする。
結果だけで言えば得られた収穫は文句のつけようもなく大漁だ。
ふんすふんすと鼻息荒くしていた厨二女の厨二染みたアホな質問はスルーしたものの、真面目な方の質問については十分な回答が得られたし、個人的に気になっていた点についても新たな知見が得られた。
……ただそこから「じゃ、実践してみよっか」とか気軽に言ってくれてからがもう、いつも通りだった。
事の発端は魔法のカードだ。
第8階層の各浮遊島で得られる魔法のカードは実はこれを全て集めていつもクソ天使の所へ訪れる際にコクリがスタンバイしていた高空で適切に配置することでクソ天使の神殿への入口を開くことができる……つまりは大方の予想通りダンジョン攻略のためのカギだったらしい。マスターキーの前には何の意味もなかったようだがな。
カギの要不要はどうでもいいがその仕組み自体には非常に興味があった。なにせ紺鉄鋼製のダガーですら貫けない、不壊と言ってもいい特徴を持ったカードだからな。
星幽や月影といった未知の能力を持っているだろうカードの中身にも興味はあるが、中身を調べる前にこの不壊的な特徴を持ったカードの外側を攻略しないと碌に中身を操作出来なかった以上、まずはここからだった。
カードを製作するための技術、名前がなかったが概要を聞いて結界術と名付けたそれはカードという物体を作る技術ではなく、ダンジョン世界の領域を形作る技術を応用してカード状に成型していたというオチだった。
要するにこのカードはダンジョンの進行不能領域の境界や叩いても壊れない不壊の謎鉱石柱と同じ材質だったという事だ。そら壊れんわ。
そしてカードや謎鉱石柱も含めて色々と応用の効く結界術の性質をフムフムと聞いていた時に突如始まるクソ天使による実践編。
いつの間にか橙色空間魔力で占められたサイコロ状の空間の中に同調ドローンが隔離されていた。
いわく、転移不可能に設計した結界らしい。試したが嘘ではなかった。
要するに同調ドローンを回収したければ張られた結界を結界術なりなんなりで破壊しろという事だった。
ぶっちゃけ一番手っ取り早い手段は同調ドローンを切り捨てる事だ。同調を切ればその場でクソ天使との話し合いは終わるからな。
ただ、これが未知だった技術の実践編と銘打たれていた事と何だかんだでクソ天使はにこにことクソ憎たらしい顔で眺めているだけで特に前々回のような身に染みる痛みも何もなかったことから一応マジメに取り組むことにした。
魔養ドリンク一服を3回とトイレ休憩1回を挟み、そろそろマジメに取り組み始めた事を後悔してきた頃合いで結界術は何とか触りだけは出来た。
レベルの魔力変質から派生して出来る結界術は、レベルの魔力変質の性質を受け継いだ延長線上にある。
俺にとってのレベルの魔力変質はサブ人格のような自己の複製の性質を持った魔力変質であり、その派生は自己の拡張。
つまりは同調ドローンを自己の一部と定義して馴染ませたレベルの変質魔力を巨大化させる。
巨大な握り拳の幻影の中に浮かぶ同調ドローンは俺の拳の中、俺の作る結界の中にいると同じだ。
俺の内部を流れる俺の魔力は俺の意のままに操れるのは当然の事であり。
小憎たらしい爽やかな笑みを浮かべたクソ天使が振る手を最後に同調ドローンはようやっと工房へと返って来たのだった。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




