140:ダンジョン崩壊とは
ダンジョン崩壊とやらが公の事実となった。
ぶっちゃけ俺も先週勇者氏からそういうものがあるという事を聞いていただけで映像として見るのはこれが初めてだが。
アフリカの方は単純な色白ゾンビの群れの中で一部のゾンビが拳銃やライフルなどを所持しているといった感じの陣容だからまだ暴動鎮圧の範疇で済んでいる。
だが中東の方はヤバいな。色々な獣頭を据えた人型がライフルだけじゃなく爆発物も持ち込んでいたのかあちこちで爆発が起こっていて終いにはカメラが破壊されたのか映像が突然途絶えて終わっている。もはや戦争の延長だ。
ファンタジーから這い出してきた存在の癖して文明の利器を使いこなして暴れるこいつらに思う所がないわけではないがまあ実際に人に危害を与えるだけならば銃火器というのは最適なツールではある。
SNSや検索でトップを踊るショートムービーたちを流し見ていると再び同調する感覚が飛んできたので今度は勿体ぶらずに受け取る。
『すみません、アルファさん。私もちょっと混乱していました』
「構わんが。どうするんだ?」
まあ知らない仲でもなし、面倒臭過ぎなければ多少の助力はしない事もないがそれにしたって勇者氏はドイツで今回の騒動の舞台はアフリカと中東だ。行きますと言って現地入り出来る程単純な世相じゃないだろう。
そう伝えれば勇者氏も消沈といった声音で口を開く。
『はい、リンダにとっても怒られました……。
えと、アルファさんに頼みたいのはもしもの時の負傷者の回復です。
我々も今まで備蓄してきた回復薬のストックはありますが、それでは助けられない場合も出てくると思います。
なのでその時にはすみませんがアルファさんの力が欲しいです』
「状況次第だな。俺が応対できる状況か。それから応対する価値があるか。それによって可不可を判断する」
『その言葉だけでもとっても助かります。よろしくお願いします』
現場の状況に応じて判断するという実質何も取り決めていない口約束ではあるが、それでも勇者氏は心底安心したように息を吐いた。
俺も流石に睡眠時間削って縁もゆかりもない他人の命を救えと言われても嫌だし、数人程度なら気まぐれに治さない事もないが数百数千人規模の重傷者を救いたいからバレル単位の修復薬を作れと言われてもお断りだ。
その予防線を兼ねての提案だし、気に食わなければ普通に見捨てる所存だが最低限の事は伝えた。あとはまあ勇者氏が上手くやるだろ。なんかこう、適当に。
一先ず急場っぽいものは一段落付いたのだが、今から工房に戻るのも中途半端な時間だ。
仕方なしに惰性でネットの海を揺蕩っているとダンジョン関係のホットワードに見慣れない文字が入り込んでくる。
「地球を開放するための行動……?」
「かいほう」
「らしい。意味不明だな」
「なんなの?」
調べてみるとどうやら思想団体のようだ。
いわく、ダンジョンは悪魔の産物であり、人々は誘惑に惑わされず、断固としてダンジョンを拒絶し、根絶しなければならない……らしい。でっていう。何というか名にし負うアレっぷりだな。
で、その団体が今回のダンジョン崩壊を受けて声明を発表した。大雑把に言えばそれみたことかという鬼の首取ったような宣言だな。
悪魔が誘惑に負けた悪魔崇拝者を生贄に魔兵を生み出して無辜の人々を襲い、侵略し始めたのだと息まいて、それがダンジョン関係の話題としてトレンド入りしたようだ。
まあ今回のダンジョン崩壊では何故か中からモンスターが湧き出てきて暴れ回っているし一見そう見えなくもない。
「……で、実際そこんとこどうなん?」
『ダンジョン崩壊という言葉は君の話から推測するとレベルが見込めなくなったダンジョンを閉じた時に付随する副次効果がもたらした結果の事だろうね』
石柱が立ち並ぶ神殿の中、自然体で佇むクソ天使が俺の説明を反芻するように首を傾げる。
前回割と重要そうな事もほいほいと応えてくれたクソ天使だ。
案の定今回の質問に対しても特に秘匿しようという気配も無しにあっさりと教えてくれた。
「副次効果とは?」
『君たちがレベルと呼称する要素にはダンジョンを創り出した存在が必要とする要素と不要とする要素があるんだ。
でも不要とする要素も君たちの前に立ち塞がる存在を作成する際に利用可能だからダンジョンを閉じる際に他のダンジョンへと移す事が可能な不要とする要素は他のダンジョンへと移している。
副次効果というのは他のダンジョンへと移す事が出来なかった不要な要素がダンジョンの消却に従ってダンジョン外へと放出された際に不要な要素が魔力と肉体を得て疑似的な立ち塞がる存在として生成された事だね』
「不要とする要素とは?」
つまるところショートムービーで見た色白ゾンビやら獣頭悪魔やらはダンジョンの排泄物という事か。マジでクソだな(比喩でなしに)。
で、その不要とする要素とやらは他のダンジョンへ移すとかいう思い当たる節があるキーワードやら色々と胸中を掻き乱してくれた様々など、ここまで状況が揃えば流石に察せる。
「要は俺が呪詛とか瘴気とかって言ってた奴だろ? 不要とする要素って」
『うーん……。そう、みたいだね?
ではこれから不要とする要素を呪詛とか瘴気とかと呼称するようにしよう。
レベルの方はレベルでいいかい?』
「いや、その前に不要とする要素はそうだな……呪力でいいだろう」
『分かった。呪力、だね』
対してレベルの方は霊力だろうか。
つまりダンジョンはその内部で発散する霊力、恐らく厨二女がアストラルと呼称している魔法の核となっているモノを回収するための機構であり、それに対してヒュドラボールやらあるいはもしかすると狂奔の森の敵として彷徨っている精霊たちやらは不要とされて何処からか移されて来た呪力を元に生まれてきた存在なのだろう。
そうすると何故ダンジョンを閉じる程霊力収入が見込めなくなったかってのが次の要点か―――。
『さて、もういいかな? そろそろ始めようか』
あっあっ、待って待ってまだ質問……。あこれ聞いてねえわ。
コイツ常に質問し続けてないとアクティブ化するの何とかならねえかな。
『それは僕の存在意義だからね。それに楽しみなんだ。仕方がない』
趣味だからとか言われたらぐうの音も言い返せないじゃねえか。
『さあ、始めよう』
そう言ってクソ天使が前回同様に帯電する鞭を何処からともなく取り出す様子を眺めながら―――。
「悪いな。今日も構う気はねえんだ」
『それは……?』
腹腔から橙色の粒々が内部に詰まっているピンポン玉サイズの銀色の網籠を取り出す。
その留め具を外して魔力を流した瞬間、勢いよく膨らんで内部に詰まった橙色空間魔力を混成させた虚ろの種籾が急速に伸長する銀色の碧白銀アマルガムを支柱としてメタルゴーレムの周囲を覆い尽くし―――。
次の瞬間。
工房に設置していた人間大の卵型をした空間コアが全く同じ大きさの先ほど急速展開した種籾が詰まった銀の網籠と入れ替わる。
緊急脱出結界と名付けたそれは予め準備をしておけばほぼ同調済みの空間コアと全く同じ大きさにまで広がる銀の網籠とを転移で入れ替える事でクソ天使が何か行動しようとする前にあの場からの離脱を可能にした逸品だ。予め準備しておくのが大変だけどな。人型大の卵型空間コアとか。
さて、クソ天使のおかげで今回の問題に対するダンジョン側の背景も掴めはしたが、まだこの問題に対してイマイチ十分に把握しきれたとは言えないな。また後で疑問点を整理しておこう。
今すぐ再びクソ天使の所へ突撃しても初手アクティブしている可能性もあるし、ヘタすると緊急脱出結界が何らかの対策をされている可能性もある。
また後日、何かあしらうための手段を考えてからだな。インタビューもといアタックを仕掛けるのは。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




