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14:第3階層の門番

「……むぅ」

「ほら機嫌直せって」

「でもさー」

「でもじゃない。レーネの分は散々造ったし、今日呑む分もちゃんと造ってあるだろ」


 この期に及んでグズるアウレーネを叱咤する。

 本当にこの期だよ。なんせ第3階層8階の推定ボス前石扉の前だし。

 まあ気持ちは分からんでもない。折角頑張った収獲が武装として戦闘に使われるのは気持ちの整理が付かないのだろう。

 撤退から4日が経過していた。

 収獲の際に新たに得た検証結果も含めて少々作戦方針が紆余曲折し、また手札の作成にトライアンドエラーと微妙な調整も必要になったため、帰宅後工房に籠り切りで取り掛かっても完成と量産までに3日が必要になった。

 その代わり中々ヤバい危険物に仕上がったと思う。俺の本作戦の戦装束が何よりそれを物語っている。

 頭に巻いていたアシ布手拭いはドロップした魔防の手拭いと重ねて鼻から口にかけてを覆うようにきっちり巻いた。

 手にはホームセンターで買った使い捨てのニトリル手袋をはめ、その上に軍手を重ねて破れを抑えている。

 そして目は水泳用ゴーグルを嵌めて完全防備だ。

 ……控えめに言って変質者か押し込み強盗だな。

 けれどそうでもしないとこっちが危ないのは一昨日の試運転で嫌というほど味わった。

 量産とこの装備の調達に1日費やして今に至る。


「ほら、そろそろ仕掛けるから準備してくれ」

(もー、ブランデーついかだよー?)


 ちゃっかり報酬上乗せして行ったが返答はしていないのでセーフ。

 俺はベルトポーチとバックラー、呪物しっぽフレイルの具合を確かめ、登山用リュックサックが石扉の足元、すぐに取り出せる位置に封を広げてあるかを確認してから扉を潜ってゴブリン像のある広間に踏み入った。




 モニュメントとは象徴である。

 象徴とは憧憬を集める存在である。

 卑下なる者の憧憬とはすなわち―――、力である。


―――ガンッ―――ガンッ―――ガンッ。


 ゴブリン像の後ろから重い金属を打ち鳴らす音が響き渡り、像とよく似た姿の鎧を身にまとった成人男性サイズの大型ゴブリンがロングソードとカイトシールドをシンバルのように打ち合わせながらゆっくりと前に進み出る。

 その音に呼応するように同じ像の後ろから、石扉からは見えなかった広場両側の柱の陰から、剣を持った者、弓を持った者、杖を持った者が現れて各々が得物を構える。


 ギロリと睨む重装ゴブリンが剣礼を取り、剣を天へと突き上げて―――。


「ゴォオオ――ォアッ!?」


 その剣の切っ先の向こうに膨れ上がる不格好な粘土色の棘玉を瞳に映した。


―――ブッボシュンッ。


 イガグリの棘の隙間を覆うように広げたマジッククレイ。その一か所から伸びるアシ紐が起爆の思念を込めた魔力をイガの中のクリに送る。

 投げ上げられた被覆イガグリは空中で爆ぜて辺り一面に棘をばら撒き。

 その棘の開けた穴を伝って、甘くてツンとする(・・・・・・・・・)刺激臭の霧が勢いよく噴き出て辺りを覆い尽くした。


 刺激臭の種はブランデーだ。ただし醸造工程から発酵するブドウ、その糖に向けてひたすら酔いやすいようにと思念を込めた特製品だ。蒸留したのに甘い匂いが残っているのは謎だ。よく分からん。


名称:酩酊ブランデー

魔力:7

特徴:魔力を込めると酔いやすくなる


 上手く魔力を濃縮出来なかったのが心残りだが、魔力特徴からして酔いやすいという異常な代物が出来上がった。どれくらい異常かというと検証に付き合ったアウレーネが最終的に酩酊状態に陥った程だ。水割りもしないブランデーをそのままで毎日平らげるアウレーネを酔わせるのは、多分魔力的な方面から酔うという事象を補強していると思われる。酩酊ブランデーのテストの一環で物理的な実体は持たないはずの霊体からでもお酒を吸ってる感覚がするとアウレーネから報告があった。

 霊体には防御のしようがないので今回の作戦ではアウレーネは終始俺の胸中に居て貰い、合図を送った時だけ決まった魔法を使って貰う事にしている。


 俺はもう一度、酩酊霧噴式イガグリ爆弾を取り出し、導魔線とでも言おうか、アシ紐の先端を右腕のジャージに出来た穴、先日手に持った矢でぶっ刺された時に出来た穴に差し込んで肌と接触させ、魔力を送り込んで起爆を促し、今度は右手側の柱付近で混乱している剣持ちゴブリン小隊に向かって放り投げた。

 起爆の瞬間にバックラーを構えて胸中に合図を送る。額と膝下から光る半透明のヤドリギ、ヤドリギの盾が生えてきて、覆いきれない部分に飛び散ったイガグリの棘を防いでくれる。


 酩酊ブランデーをどうやって相手にばら撒こうかと考えた上で候補に挙がったのはやはりイガグリだった。

 爆発でどうやって液体を広く散布するか施行した結果、イガグリの棘の外側を粘土被覆して棘と殻の間を液体で満たし、イガグリを爆発させる事で棘を射出、同時に棘で栓をされていた無数の穴から圧が逃げ始めるが、中間に満たされていた液体が爆発の気体と混交しながら微細にばら撒かれる。

 既にアルコールの霧が辺りを覆い始めたモニュメント付近を尻目に……二度見し。


(レーネッ!)

(ん!)


 モニュメントの奥から一直線に矢と、それから遅れて火の玉が飛んできた。

 矢はどれも当たらずに見当違いの方向に飛んで行ったが、火の玉は避けようと走る俺を追尾して、光るヤドリギに当たって爆ぜる。爆風の勢いは少し煽られる程度だったが、至近で受けて散り散りに砕けた魔力で出来たヤドリギがどういうわけか火を発して延焼し始めた。


(レーネッ、スマン。盾を消してくれ!)

(!? おーけー。どうしたの?)


 俺は手短に魔力の延焼を説明しながら、左手側の柱の方、既にこちらへと走り込んできているのでその先頭へ向かって酩酊霧噴式イガグリ爆弾を放る。背中を守るようにアウレーネに合図した後、右手側の柱、先ほどの爆弾でまだ混乱している剣持ちゴブリン小隊に向けて吶喊した。


(剣持ちは……不要!)


 目に刺さったのか剣を取り落として顔を搔き毟っている先頭は後回し。その奥にいた咳き込んでる剣持ちを呪物しっぽフレイルで呪殺して横合いから来た剣線はバックラーで払う。都合よく剣を取り落としたので放置して、大上段に構えた剣持ちの横合いに回り込んで呪殺する。大上段ゴブの陰に隠れることで攻撃をためらわせた剣持ちを萎びた大上段ゴブ越しに呪物しっぽを叩き込んで……、魔法のヤドリギ盾、アンド即解除。

 火の玉の第2射をやり過ごしたら残るは剣を拾って向き直った奴と未だ顔をグジグジやっている奴だけだ。

 俺はそいつらを―――、放置して取り出したイガグリ爆弾を点火。魔力だけど。膨らみ始めるイガグリをその場にコロリと転がして奥の柱の陰へと逃げ込む。


 炸裂する棘をやり過ごして柱の陰から出るとそこには盾を構える重装ゴブリンとその背後で敵意をむき出しにする怪我を負った剣持ちたち。……3匹か、少し減ってるな。広間左柱側に転がした爆心地で倒れている奴が2匹見えた。


「グォオオオ――――――ッ!」


 怒りを帯びた咆哮を上げる重装ゴブリン。まあそらここまでコケにされれば誰だってそうなる。だが止めない。だってそうしないと死ぬのは俺たちだし。

 重い音を立てて駆け出した重装ゴブリンへ向けて、先ほど柱の陰で点火…点魔したイガグリ爆弾を兜を被った頭へ向けて放る。咄嗟に避けた重装ゴブリンの真上をイガグリが飛んで行き―――。

 重装の背後に続いて吶喊していた取り巻きの剣持ちたちは避けられずに至近で棘の筵になった。

 重装ゴブリンと重装ゴブリンの真正面に立っていた分奴の真後ろで起爆した棘は奴自身が防いでくれた俺のみがその場に立っている全てだ。

 背後の顛末を把握しているのかいないのか。察する事は出来ないが、後ろの起爆をやり過ごした重装ゴブリンは咆哮と共にロングソードを大上段に振り上げて踏み込んできた。

 大きく躱すと重い音を立てて剣身が石畳の地面を抉る。……ふむ? いや後だ後。

 のそりと身を起こして振り向いた重装ゴブリンが、今度は大振りの袈裟に構えて振り下ろす。奴の盾側に回り込んだ俺は振り下ろされた剣が重い音を立てたタイミングで――、バックラーを構えて全身で奴の肩に体当たりした。

 普段であれば運動不足のおっさんがぶつかってきた所で鎧の重量もあってビクともしないだろう。

 だがこの酩酊霧の中で何の対策もないままにこれだけ長い間留まっていれば。


「グォッ!?」


 重装ゴブリンは大振りの袈裟切りでズレた重心をそのまま外へ弾き出されて転倒した。

 酩酊霧のトラップは気付かないうちに重装ゴブリンを蝕んでいたのだろう。平常時であればあれ程隙があって避けやすい大上段もバランスを崩しやすい大振りの袈裟も繰り出さなかったに違いない。知らんけど。

 俺は都合よく仰向けに転んだ重装ゴブリンにベルトポーチに3本仕込んだ酩酊ブランデーの小瓶を1本奢る。おっとすまねぇ咽ちまったか。

 目も鼻も口もグジュグジュにした重装マッチョゴブリンが苦しそうに咳き込んで呻くもののそれ以上何も出来ない事を確認して俺は―――、重装ゴブリンを放置した。


 さて、お目当てはここではない。

 モニュメントの傍、両サイドに2匹ずつゴブリンが倒れている。

 俺は手前に居た弓持ちを呪殺してから奥で倒れていたゴブリン、その傍らに落ちている木の杖を拾い上げる。右腕ジャージの矢穴に差し込んで魔力を流す。ややあって解析をお願いしたアウレーネから胸中で返答があった。


名称:木の杖

魔力:3

特徴:魔力の籠る意志を火に変える


 解析結果からすると先ほどの火の玉はこの杖の仕業のようだ。俺は杖に魔力を流して先ほどの火の玉を思念し、倒れるゴブリンを狙う。杖の先端でこぶし大に育った火の玉は投げるような速度で目の前のゴブリンに直撃し、大きめの爆発を起こしてゴブリンを燃やした。

 焦げ臭さに顔をしかめながら観察していると、ややあってゴブリンが死んだのか立ち上がっていた火の手ごと光の泡になって消え、後には魔石が転がっていた。

 解析の結果魔石の魔力は1だった。

 狙い通り、奪って魔力を支配出来た木の杖1本は手に入ったので、反対側にいたもう1体の杖持ちは木の杖を奪ってからサバイバルナイフで傷をつけ、解析に掛ける。

 ビクビクと痙攣していたゴブリンが光の泡に返る頃、ようやく解析結果が出たようだ。ついでにこちらの木の杖も魔力支配出来ていたようで手元に残った。素材提供助かる。


名称:ゴブリン

レベル:1

魔法力:8

攻撃力:3

耐久力:5

反応力:10

機動力:10

直感力:6


特性:なし


 一応上の階で解析した弓持ちとの違いはある。攻撃力と魔法力が逆転して魔法力の方が高い。

 もしかしたら他の雑魚ゴブリンとは違うドロップを落とすかもしれないが、それを調べるのは杖持ちがわんさか出るような環境になってからでいいだろう。

 俺はモニュメント側に倒れていた最後の1匹の弓持ちを手早く呪殺して、今回の影のMVP(・・・・・)、コブラ型ゴーレム酩酊オプションを回収した。

 今回のボス攻略で見慣れない武器、回収したい武器が出てくることも考慮した結果、安易に呪殺するのは控える事にした。

 しかし、それはそうとして敵の遠距離攻撃を妨害、可能であれば沈黙化させるのは大前提だ。

 そこでコブラゴーレムの中に入っていた呪液しっぽを取り外して、先ほど重装ゴブリンに1杯盛った酩酊ブランデーを滴るくらい含ませた酩酊酒しっぽに換装した。

 コブラゴーレムは初手の爆発の後、石扉の傍らに置いたリュックから起動して、他のゴブリンたちに気付かれないように大回りでモニュメント付近へ接近、注意が俺の方へ向いている間に遠距離持ちたちの剥き出しの足元を狙って少しずつ酒牙の餌食にしていった。やはり噴霧で摂取させるより体内に直接注入した方が効果は高いようだ。

 噛めば一発で昏倒してくれたので、酩酊霧で動きが緩慢になっていたのと合わせて第2射前後で4体処理出来て捗った。


 俺は主目的を達成すると、改めて苦悶の表情を浮かべて昏倒している重装ゴブリンの元に向かう。

 武装は鉄製のカイトシールドと剣持ちより長く厚い重厚なロングソードだ。

 見る限りでは特筆すべき点は見当たらない。

 なので俺はこのまま重装ゴブリンを呪殺する事にした。

 ドロップを確実に手に入れる方法、強殺スタイルは欠点もある。

 それは確実にモンスターの体、ないし武装が手に入る一方でドロップそのものの品質が著しく落ちる、ないし全くなくなるのだ。何故かは不明だが、ボグハンドを何体か狩っている内にその事実に気が付いた。

 今までのボス呪醸樹、喰投猿はそれぞれ特殊なアイテムをドロップした。

 この重装ゴブリンもそれなりの力量……だったはずだからそのまま倒せば何かしら特殊なアイテムがドロップする可能性が高い。

 俺は黒染めの呪物を振り上げて、振り下ろした。


 重装ゴブリンを光に返っていく最中でもそこかしこで散らばっている取り巻きは倒れたままだった。

 呪醸樹戦でもその気配はあったが、ボスを倒したら皆倒れてくれるわけではないらしい。

 少し面倒に思いながらも俺は泡を吐き出し終わったその跡に目を遣って。


「……は?」


 非常に見覚えのある薄緑色の液体(・・・・・・)の入った小瓶が落ちているのを見つけた。


名称:薄緑色の液体

魔力:10

特徴:命の傷を癒す


 ハイ確定でございます。

 効果も製法もよく知っている。なんせ俺が作ったんだしその回復薬。

 出掛けにもアイテムボックスは確認してきたが数が減っている様子はなかった。

 ならば今回のこれは俺が第2階層の転移象形を活性化させる時に納品した小瓶に分注した回復薬だろう。

 なぜか小瓶が調味料ビンからゲームみたいにオシャレな感じに変わってるし、プラスチックのフタはコルクっぽい封に変わってるけど魔力量まで同じだし間違いない。

 8階も面倒な階段下りをして面倒な団体客の相手をして、つい先日自分が作って納品したアイテムを報酬とされた事実に俺は膝から崩れ落ちた。




 やる気はゼロでも仕事はしなきゃいけないワケで……。

 俺は改めて散らばっていた取り巻きを処理し、ついでに剣を何本か回収してキャリーカートに積み込むと、モニュメントの裏側に回った。

 30メートルと少しの大広間。そのボス戦フィールドには2つの出入り口があった。

 手前の石扉と比べて飾り気のない、悪く言えば質素な1人通れるくらいの通用口がモニュメントの裏側に開いているのは木の杖を回収しに行く時に確認した。

 静かに開いた扉に入って目についたのは一段高く、ともすれば祭壇のようにも見える壇上に安置された宝箱。前の階層の貧相な木造りともパチモン臭い特装さとも違い、無骨な鉄に縁どられた黒地の壁面に鉄より色味の明るい…これは銀だろうか、推定銀塗りの竜が描かれている。

 俺は軽く罠がない事を確認してからマジッククレイハンドを操作して遠距離からフタを開ける。

 中には鉄のインゴット……より色味が明るいので銀だろうか。それが5本積まれていた。


名称:推定銀のインゴット

魔力:12

特徴:魔力と意志を伝える


 鉄が粘り強くなる一方で推定銀は通信石の代わりになるのだろうか。

 よく分からない魔力特徴に首を傾げつつも、俺は壇上の傍らに浮かぶ転移象形……先日ドイツ語に加えて英語にも対応してた。……を見遣る。

 魔力と意志を伝えるというのなら伝えたいことがある。


「ッざけんなコラッ! 生産者にドヤ顔でドロップかますんじゃねぇぞクソがッ!」

(ぴッ!?)


 俺は手袋を取って魔力をかき集め、光る拳を戻るの転移象形に向けて全力で叩き込んだ。

拙作をお読みいただきありがとうございます。

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