139:テレパス速報
『―――……びって。
……聴こえますか、アルファさん。
今、貴方の心に直接呼びかけています』
「うわびっくりした」
正直心臓が止まるかと思った。
ユキヒメとお隣ダンジョンへ深海散策に出掛けた翌日。
不意打ちで俺の胸中に幻聴が響いてきた。これが精神病の類であったらまだマシだったのにな。
机に頬をぺたりとつけて水槽の中を覗き込んでいたユキヒメが不思議そうに振り向いたので何でもないと謝って返す。
懐古する狂骨と名付けられたモンスターは見た目のインパクトで騙されたが、勢揃いする人型大のそれだけではなく手のひらサイズの小振りな固着体も根元の方に隠れていた。
魔力支配するだけならば大きさの大小問わず大した苦労ではないが、いきなり人型大を工房の泉に移すよりはまず手のひらサイズで飼育試験した方がいいだろう。
そう説得して取り合えず現場の水、岩、名澱雪と名付けられていた周辺の沈殿などの周辺環境込みで持ってきた水槽の中で小振りな白骨のホヤは今の所元気……も何も単調に吸水と排水を繰り返すだけだが、少なくとも未だに生存はしている。
水圧やら何やらで早々に死ぬかと思ったが案外と丈夫らしい。
その水槽の前に陣取って何をするでもなくぼんやりと眺めているのがユキヒメだ。
ただただ単調な運動を繰り返しているだけなのに良く飽きないな。クラゲリウムみたいなものか?
まあ俺には理解できなかろうとそこに需要があるならそれでいいか。
飼育観察も異変があればユキヒメが知らせてくるだろうし、また何か要望が上がってくるまでは俺の手が離れた案件として心の片隅に分別しておこう。
『―――のっはまびって。
……聴こえますか、アルファさん。
今、貴方の心に直接呼びかけています』
「どうするの、げんた?」
残念ながら幻聴じゃなかったらしい。
ダンジョン内部でも通じるテレパシーとかヤバいなあいつ。
聞けばアウレーネも似たような事は出来ると教えてくれた。
十中八九前回勇者氏に教え込んだレベルの変質魔力だと思わしき力が関係しているのだろう。余計な事を。
「余計だった?」
「……悪い。つまらない愚痴だった」
何となく気が向かないから邪魔。というのはまあ完全に我が侭だろう。
なので仕方なしに応対する事にする。
「……今のは勇者氏か。どうした?」
『あぁ! やっと通じました。アルファさん。
……それよりもです!
ニュース! ニュースは見ましたか!?』
勇者氏に渡した同調コアを通じて話しかければ、食いついたように返事が返ってくる。
とはいえその問いに対する答えは否だ。
普段からアンテナ張って情報収集するようなタマではないし、スマホに流れてくる程度のニュースは平々凡々、渡る浮世もなべて世は事もなし、強いて言うなら例によって職場の若いのが今日も当日朝連絡の有休休暇をぶん投げてきたくらいか。いつも通りだな。
……そういうのは普段アウレーネに一任しているからな。
今テレパシーを寄越してきた、寄越す必要があった情報という事であれば、今日の夜中に収集して明日の朝辺りに聞くくらいがいつものタイミングだろうか。
沈黙を否定と捉えた勇者氏。大正解だ。
思考が逸れている間に沈黙を読み取った勇者氏が重ねて言葉を畳み掛ける。
『ダンジョンの崩壊がとっても大変な事になったのです!
今SNSもニュースもそれで持ちきりで。
ですからすみませんが力を貸して欲しくて……あぁっ!』
そこまで捲し立てたっきり勇者氏のテレパスが途絶えた。
同調コアを介しては通じているので聞けば猛スピードで誰かとドイツ語で喋っているようだ。日本語でOK。
とはいえ第一報だけでも確かに気になるトピックスであることは間違いない。
今日は再び頭を茹でようか現実逃避しようか悩んでいた所だったので偶には早帰りして情報収集してみるのもいいだろう。
ボールプールに飛び込んだサンドラを尻目に、工房へ来はしたものの何もせず、そのまま流れるように戻るの転移象形に手をかけて魔力を流し込んだ。
今度の被害はアフリカ。それから中東のようだ。
二つの異なる地域で同時に消失したダンジョンは、通常サイケデリックに輝いている光の球体をそのまま色調反転させたかのようなどす黒い色の渦へと形を変えた様子がニュースサイトのトップやSNSの検索やリンクに引っかかってくるショートムービーの中で捉えられている。
その黒い渦の中から這い出してきたのは青白い顔をした生気の無い人型、ゾンビと呼称されている存在や、中東の方では捻じれた角を持つ山羊面の悪魔などが這い出して来る。
ゾンビや山羊面悪魔は住民側の初撃で何匹か吹っ飛びはしたものの、後続のモンスターは弾幕の合間を生き延びて障害物の影に入り込み、ゴツい銃を構えて応戦し始めた。
……とりあえずツッコんでおくか。
なんでおまえらが銃で武装してるんだよ。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




