134:素材続々
『魔力の行き渡らせ方は分かった?』
『はい、ありがとうございます! アウレーネさん!』
『じゃ、使い方は自分で考えてー』
何ぞ勇者氏がアウレーネに啓蒙されよった。
唐突に始まったアウレーネの謎レクチャーで何かを掴んだらしい勇者氏が溌溂とした表情で立ち上がる。
目を閉じてレベルの魔力変質が増えてますと叫んでいたので多分本当にレベルの魔力変質を会得したのだろう。
まあ勇者氏がそれでいいなら構わんのだが。
「……何だよその顔は」
『……何でもないわ』
そう言われてもそのむくれっ面で何でもないと言われても謎なんだが。急に俯いたから烏が転がり落ちてるぞ。
勇者氏が復調するのと天秤して厨二女の機嫌が急転直下で下落していった。面倒くさい奴らだな。
『ルナリアの言う仕込みはしてあげたわー。
……じゃーあとは二人で頑張ってねー』
『……ちょ、待ちなさい!』
そう言うが早いかアウレーネがによによとしたあまり見かけない顔をしながら魔力体を解いて胸中に返ってきた。
―――げんたも撤収。早く。
いや、撤収と言われても、な?
まだ何も話し合ってないし第一写本渡したままなんだが。
―――いいから。
結局アウレーネの圧に負けてその場から離脱したが、正直アウレーネが渡せずにそのまま持って帰って来た贈答用のワインを独り占めしたかっただけな気がしてならない。
なお、この後日一番問題になったのは、自宅で寝ていたはずの勇者氏がいつの間にかダンジョンに転移していた精霊の悪戯問題だった。
そういやそうね。忘れてたわ。
勇者氏の証言によってダンジョン精霊は悪戯する事もあるという事で話が付いたが正直やらかした気がしないでもない。
* * *
「―――いるね」
「マジか」
横を振り向けばコクリが把握したように頷いた。
「……もっと向こう。……半歩向こう。……右、それ」
「見つけた」
言われた先の赤色魔力捕捉レーダーと視界を重ね合わせれば、確かに葉陰の陰影でカモフラージュするようにして茶栗の毛玉が木の幹にしがみ付いているのが分かった。
「行けるか。レーネ」
「おーけー」
一呼吸。
準備に時間を重ねた意識の向こうで―――。
羽根帚のような尻尾を持つ茶栗のリスは、加速した時間の中で金色の華剣に貫かれて光の泡に還って行った。
このクソ栗鼠の名前はクイックエイクというらしい。
前回の探索で訪れた浮遊島の一つに生息していたこいつらは、その可愛らしい外見に反してえげつないウザさを持っていた。
強さではない。ウザさだ。
こいつらは修験の白霊と名付けられていた妖狐のように俺たちを見ても戦おうとはしてこない。
基本的に木陰に潜んでじっとこちらの様子を窺っている。
そうして窺いながら隙を見つけた途端に俊足で走り寄ってきて体表を這いまわって去って行くのがこいつらの所業の全てだ。
ただし、這いまわる際に帯電しているが。
それも何故かメタルゴーレムの体表を這いまわられただけなのにそれを操る俺や全く関係ないハズのアウレーネにまで響く静電気のような痛みを体中にぶちまけて去って行く。
そんな嫌がらせに特化していたのがこのクソ栗鼠たちだ。
前回散々煮え湯ならぬ触雷を浴びせられ続けた俺たちだったが最終的に行き着いたのがこの感付かれる前に加速世界で真っ直ぐ行ってぶった切る。というものだ。
現在地は浮遊島辺縁部だからか周囲にこの一匹だけしかいなかったようだ。
だがどうせここから石碑に近づくにつれてクソ栗鼠密度は上がっていくだろう。
前回の動きを思い出すようにウォームアップして是非とも今回は完封したいものだな。単純に痛いし。
……戦果はそこそこと言った所か。
石碑までの道中7匹が近傍に固まっていた時には位置的な関係で加速世界活動限界までに一匹を処理し損ねたがフォローに入ったコクリが周辺一帯を雹嵐で包んで巻き上げた所をアウレーネが肩部に設置した狙撃銃で狙撃する事できっちりと仕留める事が出来た。
石碑についていたグリフワームの催眠攻撃には何故か全く通用しなかったアウレーネとコクリが俺が一瞬意識を失っている間に仕留めたらしい。
そして得られた報酬は推定精神系の魔力カードだ。星幽のカードとな。
危険な香りはするものの興味深い。
腐れ栗鼠どもが発雷宝玉とかいう4つ下の階層ですら運が良ければ掘れるものしか落とさない分期待値は高いな。
今日の探索が早めに切り上げられれば少しじっくりと調べてみるのもいいだろう。
そんな皮算用をしていた所為だろうか。
アウレーネの発してきた警告に嫌なフラグが立った幻聴が聴こえた気がした。
「何かとても多いのが来る」
「多い、ね」
見回す全球では特に変化は見られない。
いつもと変わらない島と島との間を隔てる空の領域だ。
ただし、多いという言及と空という環境から見れば凡その候補は見えてくる。
サブ人格も動員して見回す視界の中、サブ人格から発見したとの感応が返ってくる。
サブ人格の意識にフォーカスして集中して見比べれば、確かに浮遊島が遥か遠くまで離れてぽっかりと空いた中空の中、周囲の色合いに比べて僅かに黄色味がかった色合いをもった靄が浮いているのが見えた。
あれが敵だろう。
アウレーネの言ではこちらに近付いているらしい。
対処するならば環境を整えた方がいいか。
「島に逃げるのは止めた方がいいかも」
「ん? 何でだ?」
「あいつらが望んでるから」
島に引き寄せて対処しようかと思ったらアウレーネから待ったが掛かった。
根拠がふわっとしているから信頼性に欠けるが他に判断材料がある訳でもない。アウレーネを信頼するとしよう。
簡単な準備を整えている内に近付いてきたのは巨大な薄黄色の雲……ではなく、イナゴの群れだった。名前は、豊蝕の雲霞というらしい。
―――やる。
イナゴの群れがこちらを包み込むように広がったその瞬間、コクリが時間をかけて淵源複製した魔導銃が一斉に火を噴いた。
俺たちを囲い込もうと広がるイナゴの群れを更に包み込む勢いで吹き荒れた雹嵐の中で……イナゴ一匹一匹が緑色の呈色光を纏って吹き飛ばされるがままに雹嵐に乗って舞い飛んでいた。
どうやら相当にタフらしい。
なので次点の策と行こう。
「コクリ。そのまま保っててくれ」
そう呼びかければ応と頼もしい返事が感応して返ってくる。
荒れ狂う雹嵐に流し込むのは金赤色の火焔。淵源複製した金色ドラゴンの残滓。
雹嵐に混ざり込んだ金赤色の火焔は蝗の纏う緑色斥力魔力を焼却して引き剥がす。
焙られたイナゴは続く雹嵐に引き裂かれ、今度こそ光の泡に返っていく。
……その一方で雹塊にしがみ付く事で耐えるという小器用なイナゴもいるようだ。
なので、第3の策。
荒れ狂う雹嵐と合間を舐める金赤色の火焔。
その狭間で見えなくとも荒れ狂う……水の粒子。
その粒子に先ほど掃いて捨てる程回収してきた発雷の宝玉を経由した魔力を流し込めば―――。
轟音を立てる雷霆の渦が今度こそ食い荒らす雲霞を跡形もなく噛み砕いた。
威力は申し分ないが何分自身にも反動ダメージが来るのが要改善かな。視聴覚っていう反動が。
閃光と轟音から回復してみれば周囲には淡い色をした粒々が至る所に浮いていた。
鑑定してみれば虚ろの種籾という素材らしい。
空中に浮く素材というのもまた興味深い。
周囲一帯そこかしこに散らばって浮いているので回収が非常に面倒臭いが、蜘蛛糸を網目状に編んだ巻き網で囲い込むことで恐らく取りこぼし無しで回収できたと思う。
俺は頑張った。
―――いる。
念動と巡航推進器を駆使した小難しい空中回収作業が一段落付いてホッとしていると、コクリがそう残して上空へと駆けて行った。
ちょっと漸く一区切り付きそうな所で怖い事言うのは止めて欲しい。
止めろと言って聞くようなタマではないので仕方なしに追いかけた先は周囲に浮遊島の見えない中空、遥か下に浮遊島を望む高高度の空の中だった。
下を眺めると乱雑に浮いているように見えた浮遊島はその実三重の同心円を描くような配置になっているように見える。
浮遊島の高低に意識を奪われて直近の位置関係でしか島々を把握していなかったが、次の探索からは平面位置関係に置き換えて探ってみるのもいいかもしれないな。
「それはそうとして、コクリ。一体何なんだ」
コクリはこの高高度まで上がった所で立ち止まり、目を瞑って立ち尽くしていた。
―――もうすぐ繋がる。
「あー何か分かって来たかもー」
俺にはまだ皆目分からんのだが、説明して貰っていいか?
そう言おうとして。
『―――やあ、待ってたよ』
不意に聞き慣れない声が、投げ掛けられた。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




