133:アウレーネの囁き
コクリが神霊であるとの事実を体感した戦いだったが、敵の力量にしては危なげなく処理する事が出来た。
吸魔の薄皮なるドロップを回収してさて本題。石碑に手を当てて魔力を流し込む。
流し込んだ魔力は石碑の中で外から圧力をかけられるようにして形を整えられ、橙色の薄片……ぶっちゃけて言えばカードの形となって成形されて出てきた。
アウレーネの気付きで前回試した時にも感じたが、改めて驚く謎の岩である。
まあそんなこと言えば叩けば何かしらの素材がドロップする謎鉱石柱も十分不思議ではあるのだが、それと同様にこの石碑も魔力を流し込むとカード状に加工して排出するシステムらしい。カ〇ドダスかよ。
前回の浮遊島では発火宝玉のカード版のような代物を排出する石碑だったが、こっちでは橙色空間魔力をカード状に圧し固めたかの様な物になった。
どうやら引っ付いていたグリフワームが使ってくる魔法と同じ性質の物へと加工するようだ。
中々にゲームチックである。
全ての浮遊島を回ってカードを集めると階段が出来てボスの居城へ進めるとか何とかありそうだ。
その他にも単純に素材としても興味深い。
排出された魔力のカードは当然魔力ではあるのだが、それと同時に触れる事が出来る藍色構造魔力のコア質と似たような物質的な性質を持っていた。
どのようにしたら再現できるのか。それにこれを素材として使えばどんなことができるか。
幾つか作って素材としてマジックボックスの肥やしにしておいてもいいだろう。
その後も幾つかの浮遊島を回り、新手の面倒な敵に少々苦戦したりしつつも3種類の魔力カードの回収をする事が出来た。
* * *
今日も一仕事終えて帰宅したタイミングで珍しい……くもないか。厨二女に預けた星コアが同調してくる。
無視しても良かったがタイミングがいいし、何より勇者氏と違ってひっきりなしという訳ではないので素直に応じる事にする。
「なんだ?」
『そろそろ貴方がまた開発したスキルを溜め込んでいないかと思って連絡したの。どう?』
「で、要件は何だ?」
厨二女は持って回った言い方をしがちだからな。フタを開けてみればクソどうでもいい案件のために喧々諤々の言い争いになっていたりするよりは最初から主目的を話して貰った方がやりやすい。
『……私の勇者を呼んでくれるかしら』
「……今はダンジョンに潜ってるっぽいな。
いつ出てくるか、あるいは向こうから同調をかけてくるかは不明だが、同調が通じて俺が起きていれば拉致予定を伝えておくが希望はあるか?」
暫し沈黙した厨二女が予定候補を伝えてきたのでそれを復唱してその場ではお開きにした。
「って訳だ」
『それは、えと分かりましたが……』
以前と同様睡眠していた勇者氏を拉致していつもの禁書庫に放り込む。
一応候補としていたスケジュールの一つではあったのだが生憎厨二女は今禁書庫には居ないようだった。
『あ、そうです。アルファさん。
まだ確定事項ではないのですがちょっとお知らせしたい事が。
……どうやら中米の一角でダンジョンが崩壊したようなんです』
「ダンジョンは日本でも消失したが、それがどうかしたのか?」
使われないダンジョンは消失する。
それが一要因でデモが暴動に発展したのはまだ辛うじて記憶に残っている。
『旭川を始めとする幾つかのダンジョン消失記録ですね。それは公開されているので分かります。
……でもただ消失するだけではなかったのが今回のダンジョン崩壊なんです』
詳しく聞いてみると、中米カルテルが秘匿していたダンジョンの一つが消失した際に、ダンジョンからモンスターが溢れ出て周辺一帯で被害が出たらしい。
幸いカルテルが痛手を被って軍が鎮圧したものの、ダンジョンから溢れ出たゾンビの群れという事実は有耶無耶にはならず、今事態を把握した一部の国の上層部で大論争になっているそうだ。
機密情報をぺらぺらと喋っていいのか首を傾げざるを得ないが。
『なのでアルファさんも気を付けて下さい。
……ダンジョンにはまだまだとっても多くの謎があります。思わぬところで痛い目を見るかもしれません』
まあつい先日も何度か痛い目には遭っている。
ダンジョン崩壊とやらについては対岸の火事でしかないが気を付けるに越したことはないのは事実だ。参考になるかは不明だが。
『揃っているわね』
そうこうする内に厨二女が重役出勤して来た。
『それじゃあ始めましょうか。原色の三位の魔法使いの夜を』
え、ヤダけど?
『おーアマローネですか。まったりしてるので夜軽く呑むのには丁度いいですよね』
『えぇ、気兼ねなく呑めるから丁度いいの』
『いい香り。こーいうのも面白いねー』
一応俺も贈答用ワインを作っては来たが様子見している内に厨二女がボトルを開けていたのでそのまま仕舞っておく事にする。
気取った名前を付けながらその実ただの飲み会な場を眺めていると厨二女と目が合った。
無言でグリモワールの写本を渡せば厨二女も無言で受け取り、ぱらりと中身を捲った。
『私も何か新しいスキルを創り出していないか調べた方がいいのでしょうか』
やり取りを眺めていた勇者氏が口を挟んでくる。
ぶっちゃけ不要だと思う。勇者氏が活動する場所は概ね衆目のある所だからな。
こういうのはこっそり動きたい面々に必要なケアだ。
『貴方が使える魔力変質だけであれば不要よ』
『そうですか……』
ばっさりと切られた勇者氏が見るからに悄然とする。面倒ごとがないと項垂れるとかワーカーホリックか何かかな?
『……でもそうね。やれることが増えるのであればその限りではないわ。
例えば直感力の魔力変質、それからレベルの魔力変質とか』
『直感力の魔力変質は試しては見たのですが、やはり私にはとっても難しいみたいなのです……』
勇者氏が首を傾げながら魔力を展開……この形状は恐らく索敵レーダーだな。
発言から推測するならばこれはスキルのものだろうか。
『そうね。ならレベルの魔力変質から試してはどう?
スキルとしてでも魔力を捉えられるようになったのならアストラルを感じ取ることも出来るでしょう。
……そこの子が丁度いいわね。
魔力を見つめ、アストラルを感じなさい』
厨二女が当然のように机の上で相伴に預かるアウレーネを指差す。
確かにアウレーネの魔力体は物質を持たない魔力と、恐らく意識だけで構築された存在だ。
当時オルディーナを赤色魔力で知覚した時も興味深い現象が観察できたし視標に適していると言える。
厨二女からアドバイスを受けた勇者氏がじっとアウレーネを見つめる。
真剣な雰囲気だから敢えて茶化しはしないが正直犯罪臭い。絵面が。
―――んーそれよりも。
ワイングラスの縁を撫でながらちらりと勇者氏を見遣ってアウレーネが胸中で呟く。
―――クライグは、こっちの方がいいと思う。
『へっ!? これは?』
―――囁いてるだけ。
胸中の呟きに勇者氏が反応した。俺には違いが分からんがテレパシーみたいなものだろうか?
勇者氏にもこの呟きが届いているというのが興味深い。
―――クライグ。私の声を聞き続けて。
『や、はい……』
―――声音に混じる感情を捉えて。
『…………』
―――もっと聞きたいと思って。広く聞きたいと願って。
『ぅ……ぁ……』
アウレーネが唐突に始めた妖しいスピリチュアルカウンセリングはしかし、勇者氏にとっては有効だったらしい。声をよく聞こうとでもしたのかいつの間にか目を瞑っていた勇者氏がアイスブルーの目を見開いて呆然とする。絵面が。ヤバい。
『聞こえ、聴こえます。……これは、皆の声ですか?』
うん、病院行こ?
拙作をお読みいただきありがとうございます。




