132:コクリの実力
牙を剥きだしにして迫る燃え盛る火炎の狐に氷の礫が突き刺さって内部で爆発を引き起こす。
狐火を文字通り爆散させたコクリはそのまま銃口を藪の方へと向け、爆発音とともに氷弾を撃ち込んだ。
空中に浮かぶのは紺鉄鋼の素っ気ない直線を描く細身の銃身だ。
魔法弾として生成した氷の礫を込めて、紺鉄鋼と同じく淵源複製した発火宝玉の爆発力で撃ちだしている。
当たっていないが。
氷の礫は着弾して砕け散ると同時にその破片が周囲を旋回して加害半径を拡大する榴弾仕様であったが、生憎と着弾した藪は敵が隠れている標的の藪の隣だ。
こういう所はアウレーネの方が場数を踏んでいる分信頼度が大きいな。
俺たちは奇特な経緯で新たに生まれてきたコクリを連れて第8階層へと来ていた。
空中にぽつぽつと浮遊島が浮かぶ階層ではあるが、コクリにとって空中は特段の障害にはなり得なかったようで、身軽な身体を宙に踊らせて橙色空間魔力を展開しては空中でステップを踏み、更に上へと駆けて行った。
反撃で再び襲ってきた狐火を噴式推進器で緊急回避し、最近便利な事に気付いた緑色斥力魔力を混成させた細氷の霧を展開してマタドールの翻す布のように払う事でいなしているとコクリの方から距離を取るような意志が感応してくる。
―――今ッ。という警告に合わせて緊急回避を行えば、上空からキラキラと輝く流星群が幾筋もの直線を描いて降り注ぎ。
直後に浮遊島の一区画で極大な雹嵐の渦が荒れ狂った。
「やり過ぎじゃね。お前」
―――実戦テスト。
いやまあそうだけどな。
降り立った一区画は巨大なシュレッダーを通過した紙屑入れのようだった。
細かく裁断された木々が雹嵐の中で中心へと引き寄せられて木っ端の山となって降り積もっている。
エイミングという課題に対してフィールドごと吹き飛ばせばいいという解法を返したコクリにはそれを実行してフィールドを吹き飛ばせる実力に満足すればいいのか魔力の無駄遣いに呆れればいいのか悩む。
ステータス上では俺とほぼ同じことが出来るはずのコクリだったが彼はどちらかと言えば中距離での銃撃戦を好んだ。
ぶっちゃけ中距離帯を維持しての戦闘ならば例え弾速が肉眼で追えるレベルになったとしても追尾が可能な魔法の方が効率がいいと思うのだが、そこら辺は使い分けか。
戦闘評価をしている間に前足を使って犬のように木っ端屑を掘り返していたコクリが自身と同じ色合いの毛皮を咥えて顔を上げる。
そのまま白銀色の毛皮はコクリが自前で生成した橙色空間魔力の転移門の中に放り込まれた。
肉体の方の聴覚に響いてきたぱさりという音は恐らく毛皮だろう。
仕事を終えたコクリがこちらを振り返り、やけに表情豊かな胡散臭い物を見るような目でふんと一息鼻を鳴らす。
……いや、別にお前が倒した物を横取りしようとまでは思ってなかった、ぞ? 仕舞うついでにさわさわ出来たらとは思っていたが。
少々落胆しつつも差し伸ばそうとした手を降ろして踵を返す。
浮遊島の中心部は石畳の残存具合から見れば多分あちらの方だ。
浮遊島は多少地形や建築物の違い、それから風化の具合などに変化は見られるものの特徴的なモニュメントの場所というのは概ね一致しているようだ。
曲がった先に続く石畳を一段、二段と昇れば―――。
おもむろに迫ってきた転移門に気付いて左右へと分かれて回避した。
石畳の先には入り口の浮遊島や前回訪れた浮遊島同様に石碑だったと見られる風化した大岩が祀られている。
その大岩の平面にずんぐりとした赤茶色の虫がへばり付いていた。
石碑にへばりつくそれは紙魚ならぬ碑魚、グリフワームと名付けられていた。
触覚を盛んに動かしてこちらを窺っているものの一切動く気配を見せないのは前回訪れた浮遊島に居た手合いと同じ。
観察している内に前に出たコクリが再び銃を淵源複製して雹弾を撃ち出す。
視認困難な速度で射出されたそれは石碑に着弾して爆ぜ、辺り一帯を雹嵐で切り裂いた。
十分な威力ではあったが……。
―――むっ。
荒れ狂う雹の嵐が収まった後には相変わらず石碑にへばりつくグリフワームの姿があった。
それもそのはずグリフワームを赤色魔力で鑑定して得られた結果、レベルは俺たちと同等51。他のステータスは一点を除き特に光る物はないものの、その一点だけ、機動力のステータスだけは俺たちの倍以上、632とかいう桁外れの数値を叩き出していた。……並外れた機動力の癖してこいつは出会ってから一歩も動かずに石碑にへばりついたままだが。
それはともかくステータスから見るに先ほどの雹嵐を受けて無傷だった手品も橙色空間魔力を作用させてやり過ごしていたのだろう。
前回訪れた浮遊島では特に見所の無い火を噴く虫でしかなかったのだが、どうやら浮遊島ごとで性能が異なるらしい。こいつは厄介なのを引き当てたな。
ゾッとするほど濃密な橙色空間魔力を展開したグリフワームが周囲に点在する風化した瓦礫を浮かばせる。
嫌な予感がして咄嗟に噴式推進器で緊急回避を行えば、すぐ隣を風化した瓦礫が風を巻き込む通過列車のような速度で飛んで行った。
橙色空間魔力の可能性を見せつけられた感じだな。
橙色空間魔力によるスリップ転移はあくまでも転移だ。
転移直前の運動速度は保持されているし、前進するように転移し続けて見かけの速度を水増しさせたからと言って衝突の威力が増したりするわけではない。
それは勿論加速度についても同じことが言える。
先ほどの瓦礫砲は重力に抗うようにスリップ転移させる事で重力加速度を蓄えて、転移門で速度のベクトルを変えて射出したコイルガンのようなものだろう。
既に第二波も用意しているようだ。あまり悠長に構えていられないな。
「手早く処理する。レーネ、いいか?」
「……いいけど。でもコクリがやるって」
振り返ると白銀色の……ナニカが射出された瓦礫の隙間を縫って魚雷のように飛んできた。
見た目は…………鉛筆だろうか。ただしグリップ部分が紡錘体状に膨らんでその後部から4本のしっぽが生えている感じの。
鋭く尖った金色の芯を先頭にして白銀色の毛並みが尖芯を包み込むようにうねうねと蠢く。
グリフワームの橙色空間魔力の支配下に入ったそのもふもふ鉛筆は金色の尖芯……恐らく緑色斥力魔力で構造骨格が形作られた銅、オリハルコンだろう。そのオリハルコンがグリフワームの橙色空間魔力を斥力で切り裂き押し退けて行き―――。
そのままグリフワームの心臓部に突き立って勢いそのままにグリフワームを石碑から引き剥がした。
光の泡に還っていくグリフワームを抜き棄てて、まず金色の尖芯が役目を終えたように引っ込み、くわりと開いて優美なマズルの口になる。
続いてもふもふグリップ部分から耳と手足が生えてぐにぐにと蠢いた後に。
その場にはコクリが何食わぬ顔で立っていた。
どうやら今まで狐だと思っていたものは狐ですらないナニカだったらしい。そりゃそうか神霊か。
……まあひとまずコクリの能力を垣間見る事が出来た事をヨシとしておこう。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




