表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/165

13:今更の検証

 いそいそとフラッシュボックスからブランデーの小瓶を取り出すアウレーネ人形を尻目に考える。

 第3階層はこれまでの敵傾向と推定ボス部屋の装飾から判断してゴブリンの上位種、重装ゴブリンのような類いである可能性が高い。

 加えて第3階層7階の武装小隊を考えるとボスも徒党を組んでいると考えて対策を組んだ方がいいだろう。

 アウレーネの連鎖索敵弾でボス部屋の中を探ればあれこれ考えずに確定して対策を練られただろうが、それをしてボス部屋の中からわらわらと団体客が来ても困るし、キャリーカートを抱えて階段を逃げ昇るのかと考えて断念した。

 ともあれ、確定情報がない以上対策は最悪のパターンを念頭に置いて練った方がいい。

 差し当たっては7階で顔見せした遠距離攻撃がボス戦で並べられるパターンだが、根本敵には相手に妨害を撒くか、こちらに防衛手段を作るかだな。前者であれば催涙弾を撒いて敵の目を封印するなど、後者であれば土嚢やトーチカなどを設置して攻撃を防ぐ盾にする事だな。後者はヤドリギの盾やマジッククレイを持ち込んでも……ってそう。


「レーネ。帰る途中にボグハンドを試しに狩ってもいいか?」

「えー……」

「検証が推測通りなら粘土の在庫を気にせずにワインが作れるぞ」

「ほんと!?」


 ほんとほんと。労力はさておき粘土の在庫問題は解決するはずだから。

 ブランデーの小瓶を大事そうに抱えてキャリーカートによじ登り、ロックされた登山用リュックサックのポケットに収まったアウレーネ人形を確認して、俺たちは工房を後にした。




 俺は今までも何の気なしに敵を利用してきた。

 それは最初の探索の時のボス戦、呪醸樹の呪液に始まり、考えてみれば喰投猿と戦った時でも落ちた実を投げ返した。

 敵には概ね実体があり、魔力的な性質以外は物理的な性質によってこちらから制御を掛けることも出来る。

 加えて今回の第3階層探索で相手の矢を奪って自分の物にしたことで、一つ推測が立った。


「レーネ!まだ抑えててッ」

「んーぅ、はやくして」


 眼前の壷がゴロンゴロンと大暴れする。

 魔力で固定しているだけなので中身のボグハンドの断片が暴れれば容易に変形するため、壷というよりは粘土色のスライムが狂乱して暴れているように見えた。

 ボグハンドの本体はアウレーネが抑えている。解析のヤドリギと吸い取りのヤドリギの中間くらい、迂闊に動けないくらいの強度で行動を邪魔していた。

 俺はから伸びるマジッククレイハンドの長柄を操って暴れをいなしながら、中のボグハンドの断片に対して魔力を送り続けた。

 やがて壷中の狂乱の勢いは弱まっていき、静かになった所で開封すると1塊の粘土が壷の中から出て来た。

 やはり、どうにかして自分の魔力の支配下に置く事で敵の構成物を奪取出来るようだ。


「まだー?」

「あと一つ、そのまま抑えててくれ」


 あと一つ。俺は目を瞑って心を落ち着けると右手に集められるだけ魔力を集める。

 何故か白く光を放ち始めた右手を軽く引き、痙攣を続けるボグハンドの本体へ向けて掌底を突き付けた。


―――ッパァン。


 景気のいい音が響いて突き付けた先、先ほどぶつ切りにして壷の中に封印した指の切り口は先ほどまで激しかった痙攣をぴたりと止めて大人しくなる。その一瞬の隙にそのまま切り口を掴んで魔力を流し込んでいく。

 かなり激しい抵抗があったが、指の先一欠片をマジッククレイハンド越しに支配した時と同程度の労力で、一番最後にボグハンドの根本からごく小さな光る泡を吐き上げて静まり返る。

 ボグハンドのほぼ全量、土嚢一つ分のマジッククレイが俺の物になった。 


「あぶないよ?」

「だが多分これが一番早いと思う」


 ちまちま一欠片ずつマジッククレイハンド越しに魔力を練り込んでいたらいつまで経っても終わらないだろ。

 ボグハンドと握手でもして手が前衛芸術のようになる危険性はあるが、やはり同材質だからと間接的に魔力支配を試みるよりは直接触れた方が効果は高いようだ。

 魔力伝達と考えると今コブラゴーレムの中に入っている通信石を思い出すが、あれは貴重過ぎる。

 今のところは細心の注意を払って素手で一気に魔力を叩き込むのが一番いいだろう。


「それで……、これどうするの?」

「………」


 自室へと戻る道半ば。

 土嚢一つ分のマジッククレイを前にして俺は、一度工房へと引き返した。




   *   *   *




「……どうすっかな」

「へ? どうしたんです?」

「……すみません、独り言ですよ。今日の買い出しの内容を考えてて」

「あぁ、自炊されてるんでしたっけ?」

「えぇ、と言ってもごく簡単なものですが」


 咄嗟に漏れてしまった独り言に返って来た同僚の疑問を受け流して誤魔化す。

 擬態が剥がれた上に独り言を漏らしてしまうとか俺もまだまだだな。


 作戦は大別して二系統で敵の妨害とこちらの増強。

 敵の妨害はスーパーないし業務用スーパーで唐辛子粉末を買ってくればいいだろう。足りないのは催涙粉末の拡散手段だ。

 当然といえば当然だが広く拡散できるほどの爆発を起こす物品を現実的に調達できるイメージが湧かない。なのでダンジョン内で調達すると考えると喰投猿の持ち弾の一つイガグリか。

 喰投猿討伐から工房発見からのワイン醸造からの回復薬フィーバーで目まぐるしく最優先事項が移って行ったから研究し損ねていたな。少し腰を落ち着けて調べてみた方がいいかもしれない。

 もう一系統のこちらの増強だが、マジッククレイが安定して大量に手に入るようになったので最悪、手間暇労力を惜しまず注ぎ込んでマジッククレイトーチカを作り上げて隠れながら戦うという手もある。

 ただ、敵の遠距離ばかりを警戒しているが、肝心のオブジェに模られていたボスと目される重装マッチョゴブリンへの対策を怠っていたら痛い目を見るだろう。

 段々と思考が泥沼にはまり込んで行くのを脳裏で感じつつも俺は考え込まずにはいられなかった。




「ブドウー!」

「次に取るから先こっちを入れてくれ」


 水没果樹林はまだ独占状態だった。

 俺たちは第3階層の攻略で鍵になりそうなイガグリとアウレーネの強い希望を汲んだブドウの収穫に来ていた。


名称:イガグリ

魔力:3

特徴:魔力を込めた意志で変化する


 ブドウより魔力が1低い。それに特徴がブドウと変わらない。

 どういうことだろうか。少なくとも喰投猿の投げるイガグリとブドウとで作用は違った。それなのにヤドリギの魔力解析上では魔力的特徴は同じだという。

 俺は試しにブドウの房から1粒とって魔力を込める。


―――ぷちゅッ。


 ブドウの粒は腐りも発酵もせずに小さく弾けて滴った。

 俺は先ほどの試検で爆発しろと念じて魔力を込めた。

 どうやら意志で変化するというのは想像以上に柔軟性の高いものだったらしい。

 次にイガグリを取り出して同様に魔力を込める。

 イガグリは張り詰めたように震えだして――。


「あ、やべ」


―――パァンッ!


「もー、何してるの?」

「正直割とすまないと思っている」


 咄嗟にしゃがんでバックラーの陰に隠れてしまったため、下半身殿が頓死した。貼り付いて気持ち悪い。濡れるかバックラーの表側みたいに棘の筵になるかどちらか選べと言われたら断然前者だが。

 それはともかく、おおよその傾向は見えた。

 魔力に込めた意志での変化というのは非常に柔軟性の高いものだった。ブドウに破裂させるなど込めて変化出来る意志は物理的な性質に囚われない。

 しかし何でも出来るかと言われればそうではなく、先ほどのブドウに破裂させたところで薄い外皮がすぐに弾けて果汁が滴り落ちる程度であり、これを爆発と呼ぶことは出来ないだろう。その一方でブドウに美味しく発酵しろと念じて潰せば物理的な性質以上の変化で発酵し、想定外の効力を持ったワインが出来上がる。

 物理的な性質以上に意志に応じて操作出来るが、物理的な性質を補強するような意志を念じた方が効力の高い結果が得られる。

 今回の検証結果はこれからの手札作りで大いに役立つだろう。

拙作をお読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ