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129:呪毒の怪物

「現状は?」

―――多頭竜は自壊しながら森の奥へと進んでいる。

―――統制は取れていない。


 瘴気洞窟の手前、念動ドローンを介して転移したその場は僅かに生き残っていた木々も薙ぎ倒され、完全な更地となっていた。

 アフロトレントが指を指した先では厄爛れた痕を残し、遠目には暴れ絡まり触手ボールとでも言うような形になったヒュドラの竜頭が狂乱しながら進んでいる。

 よく見れば確かに所々ヒュドラの形が崩れて周囲の薄黒い靄へと拡散しつつある。


―――放っておいてもその内霧散するだろう。

「だが倒せるものは倒したい」

―――呼び掛けた甲斐があったな。


 あ、やっぱりさっきのはオルディーナの声だったのか。

 うんまあ霊体のナリを見れば理解は出来るんだが今までの行動とアフロトレントの印象が邪魔して納得出来ない。心が。


 ……ってそれはいいとして折角のチャンスだ。

 それに敵の急所を叩いて瓦解させたけど瓦解した末端が大暴れして周囲が壊滅しましたって結果は何となく負けた気になる。


 橙色空間魔力を纏ってスリップ転移を使えば追いつくことは然程苦でもない。

 間近で見るヒュドラボールは、改めて統制を失ったという表現がしっくりとくる狂乱振りだった。

 一つの首が手近の樹陰の中へ首を突っ込んだと思えば奥にいた別の首が伸ばした首を縮めようとして絡まり合った本体を引き寄せて、引き摺られた首が木々を薙ぎ倒しながら藻掻いている。


 暴れるというよりは藻掻き苦しんでいる感じだな。

 竜頭にとっても周囲にとってもさっさと処理してやった方がいいだろう。


 呪詛を焼却するならやはり斥力焔か。

 先ほど同様に金色ドラゴンの鱗を淵源複製して混成魔力を流せば金赤色の火焔が立ち昇る。


―――ギュィアアアィイアアアッ!?


 と、投げつけようと展開した矢先にヒュドラボールの竜頭たちが金切声を上げて一様に俺から距離を取り始めた。

 もしかして先ほどの斥力爆弾のアレを覚えているのだろうか。


 傍目には知能すら残っているようには見えないが、首同士で連携されると案外素早くて鬱陶しいな。


 進行方向が絡まり合った首同士で疎通出来ていなかったため足を引っ張り合っていたが、俺から離れる方向で連携を取り始めたヒュドラボールはその巨体もあって案外速度が速い。

 スリップ転移を使ってやっと追いつける程度だぞこれ。


 まったく最近は逃げたり回避したりするボスばっかりで嫌になるな。

 どうせなら逃げるんじゃなくて向かってくる方が有難いんだが。 


 と考えてふと先ほど手に入ると予想していた灰紫色の竜人像が思い浮かんだ。


 金色ドラゴン戦で使用したシュードプラムという物質は薄黒い靄を溜め込む性質がある。

 自壊するヒュドラボールが今し方空気中へ薄黒い靄として少しずつ溶けているならば、シュードプラムを淵源複製してやればヒュドラボールその物を捕集する事が出来るのではないか。


 試しに生成した灰紫色の鈍い色合いを放つ金属、シュードプラムを一塊作成する。


 ヒュドラボールの方は特に忌避も誘引もする事もないが、斥力焔を引っ込めたためか少しずつ移動速度が落ちてきた。


 ふむ。取り合えず試してみるか。


 念動と投擲を合力して放ったシュードプラムは特に狙わずともヒュドラボールの巨体へと吸い込まれて。


 自壊していたヒュドラボールはシュードプラムを特異点として収縮を始めた。

 相変わらず暴れてはいるものの徐々に中心へと引き摺られて行き、最後には灰紫色の鈍い金属がこてりと腐敗焦土の只中に落ちる。


 サイクロン掃除機もビックリの吸収率である。

 目算それぞれの首が大型トラック程度のサイズはあったのだが……。


 まあそれはさておき取り合えず処理できたのだからこれでいいだろう。

 あとはこの吸収したシュードプラムの処理方法だが……。




 ……後から考えれば流石にこの時は迂闊に過ぎたとしか言いようがなかった。


 手に取ったシュードプラムがメタルゴーレムの手のひらの碧白銀アマルガムへと触れて。


―――あAあァアA阿AアァAAAあ亜ぁあああァァAAアアアア亜あA ぁアあAA唖啞ぁぁアア亜A ア あぁ唖唖アAAAあぁあぁ亜阿 A 阿A  アア唖ぁぁAAAアア唖亜アああ呀あAアぁああAアぁああA阿唖アアアァあ あぁ唖呀AAアぁああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 胸中に流れてきた絶叫に俺は卒倒した。




―――痛い、痛い。なんで? イタイ! ……痛苦。

―――なんで? なんで!? どうして! 何故だ!? ……激憤。

―――ヤメテ! なんで? お願い! たすけて! ……悲嘆。


 ありとあらゆる絶叫を取り巻く激情が俺の胸中の中で暴れ回る。


 マズったな。身体制御が奪われかけている。

 受信ゴーグルを被っているため視界には映らないが今俺の身体は重い痙攣発作を起こしているだろう。

 まさか捕集した呪詛がシュードプラムを介して流れ込んで毒以上のメンタル的な猛毒として作用するとは。

 ドロップ品のシュードプラムを使用した時はこうはならなかった。

 量的な問題か、あるいは淵源複製が悪さをしたのか、いずれにしても予想外の被害だ。

 ここからの対処の目星は立っているとはいえ辛い事は辛い。実際痙攣して全身痛いし。




 こうやって冷静に思考していられるのもサブ人格のおかげだ。

 作業効率向上もあって常日頃から待機分も含めて胸中にストックしておいたサブ人格が、流れ込んでくる激情の津波の先陣に立って受け止めている。


 俯瞰している内にもサブ人格の受け止める激情が感応を通じて俺を揺さぶってくるが、サブ人格を間に挟んで俯瞰している分その状況は幾らか余裕を持って受け止められる。


 眺めた様子では、胸中になだれ込んできた激情はなだれ込んできた癖して今度は胸中から溢れ出そうとして心の棚を突き破ろうと暴れているようだ。はた迷惑な。

 そして激情の一片が心の棚を抉るたびに手足が強縮を起こして痙攣しているようだ。


 ならば必要な対処はこの激情の刺棘のブロッキング、丸め込みだな。


 絶叫する激情の口をサブ人格で覆ってその感情の摩天楼を人格体全体で受け止める。


 破壊はしない。


 さっきヒュドラボールに斥力焔を見せた時の一様な連携ぶりはヤバかったからな。

 今も胸中の方々を突き刺そうと暴れる激情の刺棘は、その実流れ込んできた感情のほんの一部でしかない。

 この激情の津波は俯瞰してみればその刺棘一つ一つが敵精霊の存在核のような感情の断片だった。

 ヘタな動きをして内包されている存在核全てが一斉に暴れて激情のスタンピードでも起こされたら流石に俺が保たない。


 幾らか激情の刺棘を丸め込んだ所で痙攣しながらも身体の制御が戻ってくる。


―――せ、し……か…くやく…………。


 胸中に響き渡る絶叫に掻き消されて耳も聞こえないので、上手く喋れたかは自信が無いが何とか伝わってくれることを祈ろう。


 発作のように激発する感情断片だが、一つ一つに意識を傾けると断片的ながらも感情が記憶する光景? の様なものを宿している事が分かる。

 幾つか垣間見た感情断片の光景はその殆どが廃墟を歩く様子だった。

 何故か後ろに怯えながら廃墟を彷徨い、動く腐乱死体……ゾンビを相手に銃を撃ち、あるいは並外れた膂力で引き裂かれ、焼け付くような痛みに悶える。そして溢れ出る血と共に命が流れ出て行く隣人を眺める絶望。どうにもならない状況、理不尽への悲哀。


 感情の一片一片は極短いイメージだったが、どれも似たような光景だったのでザッピングから繋ぎ合わせるようにして見えてきたイメージが凡そこのようなモノだった。


 これらが何を意味しているのかは分からない。


 ただまあ、なんかこういう奴らを経験値ひゃっほいと叩き潰すのも寝覚めが悪い気がする。


 さてどうしたものかと思案した所で、口元につぅと柔らかな甘みをした液体が流し込まれた。これはありがたい。




 効果は期待した通り、劇的なモノだった。


 甘露が胸中に染み渡っていくごとに激発するような絶叫が止み、暴れる激情の刺棘が丸まって心の棚の中で微睡むように蠢く。


 呪詛そのものに振りかけても効果はないように見えたが、こうしてみると精神回復薬も十分な効能を持っていると言えるだろう。


「あなた……大丈夫…?」

「あぁ……。ありがとうユキ」


 回復した聴覚に気遣う落ち着いた声が響いてくる。

 差し出された残りの精神回復薬を呷ってユキヒメに礼を言い、身体を起こして受信ゴーグルを外す。


 いつの間にかクラフトベンチの椅子から転げ落ちていたようだ。

 もふりとした手の下にはいつの間にか先日の第8階層探索で妖狐からドロップした天霊の抜け殻が敷いてある。

 クラフトベンチに広げていたはずだが俺が椅子から転げ落ちたのを見て誰かが取りも直さず下に敷いてくれたのかもしれない。俺にも落ち度があるし悪い判断ではない。感謝をしておこう。


―――う゛うぅ~……こういうの勘弁ー。

「……正直スマンかった」


 白銀色のもふもふ毛皮を手櫛で梳いてからベンチに置き直していると、胸中でひどく倦怠感に包まれた重い思念が流れてくる。


 まあ俺に宿っている時点で被害は免れないわな。

 疲労しているようだが、重大な影響はなさそうでほっとした。

 アウレーネが宿っている心の棚の壁が破壊されていたらこんなものでは済まなかっただろう。


 後遺症が残っているのが俺だけで良かった。

拙作をお読みいただきありがとうございます。




(ここ一カ月ストックなしのヒリヒリ投稿が続いていますが投稿落ちしてたらその時はごめんなさい。

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