128:瘴気洞窟に巣食うもの
飛び散った汚泥は周囲の草木を枯らしてぐずぐずの腐敗へと変えていく。
どう見ても触っちゃ危険が危ない厄いシロモノだが、俺たちを狙って放たれた訳ではなさそうなのが幸いか。
追撃の汚泥が飛んでくる訳でもなく、飛び散った汚泥も周囲を厄焦がした後空中を漂う黒い靄へと溶けて行き、辺りには爛れた爪痕だけが残された。
どうやら手前の異変は軽いウォームアップ程度だったらしい。
目線を流した先のオルディーナも知らないとジェスチャーを返してきたのでここからはより一層細心の注意を払って進むことにする。
異変の発生源へは迷うことなく辿り着けた。
近付くにつれて先ほど飛んできた汚泥が残したような草木が枯れ腐り、爛れた窪地がそこかしこに散らばっていた。
今新たに汚泥を吐き出して爛れた焦土に厄物を上塗りした竜頭が地響きを立てて焦土に横たわり藻掻き苦しむ。
藻掻く竜頭が痙攣しながら縮んで行き、残る4本の竜頭の群れに加わって再び呻き声を上げて蠢き始めた。
端的に言えばそれは瘴気洞窟から生えた汚泥ヒュドラだった。
平時でも薄黒い靄を吐き出していた瘴気洞窟だったが、今では黒いぬらぬらとした胴体が洞窟そのものを埋めている。とても入れる状況ではない。
「まあ、やらん訳にはいかんだろうなあ」
―――飛散したアストラルが再び吸収されている。
―――放置しても状況は変わらないだろう。
補足どーも。
てなわけなのでこいつの討伐が本日のメインになりそうだ。
赤色魔力レーダーに映る魔力濃度は混然としていて判別し辛いが階層ナリではある。
視認出来たので赤色魔力と白色魔力を反応させてモンスター鑑定をしてみれば【呪縛の多頭竜アルクプライア】なる名前は出てきた。
続く白影は映像を結ぶものの……あまりアテにならなそうだな。
映る白影の方は普通のヒュドラといったしっかりしたドラゴンしているが、こっちのモドキは生憎とクスリでもキメたかのような挙動不審具合だ。
不規則に汚泥を吐き出している分タチ悪い。
戦力評価をしている間に隣で一斉に羽ばたいた火の小飛竜が雪崩をうって汚泥ヒュドラの竜頭の一つへと特攻する。
何気にオルディーナの戦いを見るのは初めてか。
魔法に興味を示してはいたが、恐らく厨二女のガンドと同じものだと思われる生物の形をした魔法が反撃として吐き出された汚泥を回避して竜の首に突き刺さる。
太い首に傷口を穿たれて焼かれた汚泥ヒュドラの竜頭が苦しみに汚泥を撒き散らして悶える。
他の首から吐き出された汚泥は水の身体を持った重装ゴブリンたちが肉壁となって受け止める事で汚泥の飛沫を防いだ。
水で出来た盾に黒い濁りが侵蝕してくるのを見て取って列伍した重装ゴブリンたちが盾を放棄し、身体を引き千切ると千切られた身体が盾へと変化して再び前面へと構えられる。
ワンマンアーミーかな?
自動で動くガンドを駆使すればここまで多機能に戦闘を進められるのか。正直羨ましい。
汚泥の波状攻撃で脱落した水重装ゴブリンを補充する一方で、さっきよりも多数の火の小飛竜を生成したオルディーナは合図とともに小飛竜の群れを殺到させた。
噛み砕こうとする竜頭を躱し、追撃して来た竜頭にフェイントをかけて離脱することで他の小飛竜を先に進ませて、火の小飛竜たちは連携を組んで汚泥ヒュドラの防御を抜けて、奥へと引き込んだ負傷したヒュドラの首へと再び殺到する。
首全周に群がった小飛竜が一斉に爆ぜる事でもげた首は制御を失って地面に倒れ伏した。
しかし―――。
―――強い再生力を持っているようだ。
「元ネタ通りだな」
白影が映し出した謎幻影の方は知らないが大本のヒュドラ自体は再生力を語られることもあるモンスターだ。
その伝説通り、吹き飛ばしたハズの首の根元からぐずぐずと汚泥の肉芽が生えてきて再び竜の形を取る。
真正面から戦えば持久戦は免れないだろうな。
「どうする? 続けるか?」
―――他に方法が?
あるぞ。
汚泥ヒュドラは瘴気洞窟から生えてきている。
ならばこうして洞窟の外からだけでなく洞窟の中から攻撃するというのもアリだろう。
そのための手筈は先ほど到着した。
瘴気洞窟は今汚泥ヒュドラが生えてきている入口の他にもう一つ侵入経路がある。
以前ボスの竜人戦士を倒した時にそのまま順路を進んで出てきた滝の上の洞窟だな。
幸いにもまだここから入れるようにはなっていたので念動ドローンを飛ばして送り込んでおいた。
ボス戦フィールド手前の扉の前で赤色魔力索敵レーダーを展開して扉の先を確認すれば―――。
どうやら汚泥ヒュドラはボス戦フィールドから生えてきていたらしい。
部屋にはとぐろを巻いた蠢く太い魔力とその渦の中心で片膝を立てて座る人型。
補足タイプのレーダーも合わせて展開して周囲の様子を探れば、太い胴体はやはりそのまま出口……竜人戦士戦では入口だった場所へと伸びているようだ。
きっとそのまま瘴気洞窟の外まで頭を伸ばしているのだろう。
ここまで確認できれば相手の急所の推測もつく。
恐らく汚泥ヒュドラの一番尻尾の部分に当たるあの人型を処理すれば汚泥ヒュドラに大ダメージないし撃破まで持って行けるだろう。
確認した情景を説明すればオルディーナは思案したのちにこくりと頷いた。
扉の前に橙色の円盤が浮かび上がる。
向こうから流れ込んできているのだろう濃い濃度の瘴気が煙のように天井を這いつつもあちらとこちらが繋がった事を教えてくれる。
そのまま今まで手に握りしめていた金色の鱗を重ねた形に生成した苦無を橙色の円盤の先に放り込めば。
赤色魔力索敵レーダーに映る扉の向こうは高濃度の魔力一色に塗り潰された。
残念ながら扉部分は鉱石柱のような謎の不壊性能で通行不能になっていた。
しかし魔力は透過する事が出来たのでやる事は一つ、転移門開通からの先制爆破だ。
今回の投射火力は金色ドラゴンを参考にした。
斥力焔を溜め込んだ金色ドラゴンの鱗をオリハルコンで薄く被覆し、更に限界まで斥力焔を過剰充填する。
充填が完了した所で不壊扉の反対側へ送った橙色空間魔力を転移門へと成形してこちらと繋げてから斥力焔苦無を放り込み、タイミングを合わせて被覆したオリハルコンを魔力へと還元させれば。
改めて転移した先に広がる金赤色の焦熱地獄のような光景が出来上がるという寸法だ。
赤色魔力索敵レーダーに映る魔力も乱れているので判別が付き辛いが、先ほどまで核と思わしき人型が居た場所には何も映っていない。
近付いて見てみればその場にはコアと透明な粘土の高い液体の入ったビン。今回はシュードプラムの竜人像とかいう灰紫色の謎フィギュアじゃないのな。
取り合えず戦利品は腹腔を通して回収してと―――。
『主殿。まだ終わっていない』
突然念動ドローンから響いてきた澄んだ声に脳が一瞬バグる。
これは……いや、今はいい。
念動ドローンを介して映った光景はそんな悠長に考えていられる状態ではなさそうだ。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




