127:忍び寄る異変
―――主殿。報告がある。
先日第8階層の探索を開始して、今日もまた続きをしようと思った矢先にアフロトレントがムダに素早い身のこなしでインターセプトを掛けてきた。
話を聞いてみればどうやらオルディーナが現在根城にしている第5階層で何やら異変が起こっているらしい。
ぶっちゃけ狂奔の森というフィールドそれ自体が既に異変な気もしないでもないが、折角の報告だ。軽く覗いてみるくらいはするか。
「で、来てみた訳だが……スマン。それ何?」
―――抗侵蝕性アストラル結界だが?
「……ツッコミ所に迷うが、その、装飾……? 本当に必要なのか?」
―――修行の一環だ。
ああそうシュミね。
相変わらず若干黒い靄が掛かって陰鬱な暗がりを作り出す深い森に足を踏み入れたメタルゴーレムの隣には、いつものようにセンスを疑うアフロを生やしたトレント型の霊木と。
パッと見大きなガラス球のテラリウムの中で座禅を組んだオルディーナの姿があった。
ガラス球の正体は恐らく藍色構造魔力で作られたコアだろう。
だが、それだけではなくビーチボールサイズのコアの中には肥沃そうな黒土にミニチュアの木々が林立し、その中を豆粒大の動物たちが歩き回っている。更にはご丁寧に小さな白い光が球体上部から燦々と降り注いでコア球の中の世界を照らし出していた。
こいつは一体何処へ向かっているというのか。
いやこいつの去就はどうでもいいとして、まずは異変だ。
詳しい事情は見た方が早いという事で取り合えずついてきたが、入口付近では今の所異変は……。
―――来たぞ。
そう思っていたらオルディーナから合図があり、入口広場を覆う藪の向こう側に灯りが灯る。
これは舞火精かね。
赤色魔力捕捉レーダーを飛ばして灯りの方へと飛ばせば、少し探った後に濃い魔力濃度が捕捉範囲に映り込む。
全体を眺めて結論すれば、一応舞火精の類いだろうか。
だが、いつもの舞火精であれば低空を羽ばたくように移動していたのに対してこの舞火精は何故か短い脚を動かして地面を歩いている。
動向にしても通常の舞火精であればいつもは放火に勤しんでいるハズだが、この舞火精はきょろきょろと挙動不審に周囲を見回してばかりで、極稀に一か所に向かって集中的に火球を放っては移動という傾向を繰り返しているようだ。
「確かに変わってはいるが……そんなに変か?」
―――アストラルの質が変わっている。
アストラル、ね。
ぶっちゃけ厨二女の助言にしても明確にその存在を観測する前にレベルの変質魔力を習得してしまったから精々魔力濃度のムラ、蠢く魔力の目玉焼きの目玉くらいの印象しかない。
それに変な行動を取るってだけなら目の前でアフロトレントを操っているどこぞの宿樹精含め周りには変な奴ばかりなのでイマイチぴんとこない。
まあいつも通り処理してやればいいだろう。
少しずつ移動しながら藪の向こうを横切ろうとしている偏執舞火精はどうやら藪の揺れや葉擦れの音に反応して火球の掃射を行っているようだ。
なので仕掛けは更にその遠間から仕掛けてやればいい。
挙動不審に周囲を警戒しながらも少しずつ移動していた舞火精の周囲は薄暗い靄から淡い霧へと移り変わって―――。
ひたりとその足が止まった所で一気に細氷の霧の濃度を上げて、霧に混成させた黄色同調魔力で魔力支配を圧し進める。
霧という不安定な条件だから氷晶同士の焦点に挟むより同調圧は弱いものの流石に魔力濃度差は3階層分離れている。
特段何かある訳もなく、順当に鎮圧は完了した。
―――怖い。
奥底から湧き上がってくる感情は混乱と恐怖だった。
―――暗い、悲しい。怖い、怖い。
確かにいつもの舞火精だったらもっとこう、憧れを持ったポジティブな感情だったような気がする。
―――……たすけて。
―――おう、助けるぞ。
「という事で、任せた」
「はい、任されました」
まあネガティブ偏執舞火精でもやる事はそう変わらない。
胸中から魔力で偏執舞火精の存在核を抜き出して、いつの間にか隣に控えていたウヅキに預ける。
受信ゴーグルを被っているため、直接は見えないが花吹雪の舞いに合わせて工房内を風がそよぎ、偏執舞火精が俺の魔力下から離れる感触がする。
無事受け渡しが完了したようだ。
「ほーん、やっぱり呪詛とアストラルとやらとはその、相? が異なるだけで本来同質のものなのか?」
―――そう、我は認識している。
オルディーナの見立てでは魔法を制御する魔力塊中枢に存在するアストラルとこの階層の辛気臭さの原因ともなっている薄黒い靄、俺が呪詛と呼んでいるものとは本質的には同質の物と見ているらしい。
赤色魔力索敵レーダーに映る薄黒い靄は魔力こそ可視光と濃い場所薄い場所が一致していて相関関係は見られるものの、そこまで高い魔力濃度ではない。
相変わらず魔力では本質的な知覚は出来ないが、代わりに可視光では認識できるとかある意味面白いな。
偏執舞火精を黄昏送りにした後も、俺とオルディーナは暫く第5階層を見回っていた。
偏執舞火精自体は問題なく対処できたとはいえ、異常ではあったからな。
これの後にもぽつぽつと異常な精霊たちは出てきた。
その異常な精霊たちを相手する、それ自体はまあいいんだが。
「なあ。お前それで本当にいいんか?」
―――意味不明。何か問題が?
「いや、うん。いやな? ……うん」
最早小さなドラゴンというよりは森の中空で蠢く怪異、くねくねか何かというような狂乱さでその場で捻じれ溶け荒ぶる竜鳴精……だったものが燻ぶりを上げてくたりと吊るし干しになっている。
ヘタったぬいぐるみよりも弾力の無いクッションカバーレベルのヘタり具合で吊るされた竜鳴精を縛り上げているのは何本もの透明な鞭……のような触手だ。それも帯電している。
別に鞭やら触手やらが敵を縛り上げることくらいは珍しい事ではないのだが、……それがアフロトレントの胸部や背部から生えてたらまあ、その、な。
色合いで誤魔化せてはいるものの、ぶっちゃけアフロのように見えるヤドリギと相まって長過ぎるムダ毛かと錯覚する。
本人自体はクソまじめなだけに余計タチ悪い。
怪訝に首を傾げるオルディーナに説明を諦めて何でもないと首を振り先へと促す。
ここまで一通り精霊鎮圧も進めて来てもう終盤だ。東屋を過ぎればボスのいる瘴気洞窟までもうすぐだ。第5階層の端から端まで一通り見回りはしたことになる。
これだけ見回ればひとまずは大丈夫だろう。
……そんな考えがフラグになったのかは分からないが―――。
「うぷ……。何かすごく嫌な予感がする」
最初に気付いたのは特に探索に参加していたという訳ではないハズのアウレーネだった。
なんだ? と言いかけようとして。
目前に飛来した穢れ黒い塊が地面で弾けて黒い汚泥を撒き散らした。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




