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123:思わぬ伏兵

 溶岩ラミアを討伐して多少のすったもんだがあったものの次の階層へ進んで順風満帆だった俺は。


 端的に言えば追い詰められていた。


「ウヅキ。問題ないか」

「それは、まあ。そうですが……」


 手腕についちゃ信頼はしているがその目は止めろその目は。俺に効く。俺だって頭おかしいと思っているんだから。


「ユキヒメ。頼むぞ」

「……うん。……頑張って」


 二人から返答が返ってきたので一思いに同調を切れば―――、転移門に突っ込んでいた腕から先の感覚が喪失する。


 痛くは、ない。


 ウヅキが痛みを感じないように俺の精神に干渉して制御を掛けてくれている。

 痛みは感じないものの、意識の中の自分の腕がその腕の感覚の喪失とのギャップで制御を失いかけている。これが幻肢というものか。


 まさか自分で腕を切断する事態になろうとは思わなかった。


 事の発端は職場の業務通知だ。


 年次定期健診。


 ファッキンホワイトな機関であるウチの職場では労働安全衛生法に則って年次定期健康診断を各員受ける事になっている。


 身長体重はどうでもいい。

 血液検査はまだ暫くパス出来る。……アウレーネが毎日干している酒って俺の体内でどう処理されているんだろうな。将来の不安材料はありつつも今は問題ではない。


 問題だったのは胸部エックス線撮影だ。


 意識の中でもアウレーネへの聞き出しでも、アウレーネの本体、植物としての身体は俺の胸部に存在している。


 ばっちり撮影対象だ。


「あなたのエックス線(胸部エックス線写真)ですが。……これ、ちょっと何かヤドリギ生えてるみたいなんですよね……。えぇ、なのでちょっと精密(精密検査)の方、行って貰っていいですか」


 なんて言われた暁には社会的に憤死出来る。


 勿論まずエックス線撮影でアウレーネの身体が写るかどうかは試していないから分からない。

 だが何も写らなかったならそれでいいが、仮に何か写ってしまった場合のリスクが高過ぎるので急遽対策が必要になった。


 一番簡単なのはエックス線撮影の対象にならないように胸部から離れて貰う事なんだが、これはアウレーネが嫌がった。

 俺には何も感じられなかったがアウレーネには胸部から離れようと本体の位置を移動させると拒絶感がするらしい。


 なので次善の策として俺を複製することになった。


 さしずめクローンゴーレムと言った所か。

 俺のクローンを作成してそっちにアウレーネを移す、あるいは俺のクローンを替え玉として定期健診に向かわせる。

 どちらにしてもクローンゴーレムの制御であればサブ人格を憑依させたり星コアを介して直接操作するなり色々やりようはあるのでさしたる問題になるハズではなかった。


 だが殊実際のクローンの作成段階に至ってまさかの躓きがあった。

 クローンくらい爪の垢でも修復薬に漬け込んでおけば何とかなるやろとかいう甘い考えは早々に打ち砕かれて、筋採取、指詰めを経て、片腕がクラフトベンチの俎上に上がった所で今に至る。


 失血対策でユキヒメに縛り上げて貰った傷口に修復薬を垂らしつつ、ユキヒメからも修復薬を飲ませて貰いながらベンチの上の物を見る。


 俺の腕だ。

 既に修復薬によって幻肢が受肉して行くかのように治りつつあるので、最早何の感慨もないただのクローンゴーレム作成のための一素材に過ぎないが。


 ただこれでもクローン作成に失敗したら流石に内蔵半分切除とかに踏み切る勇気はまだちょっと足りないので勘弁してほしい所だ。

 いや、土砂降り階層での実地試検で臓器の修復能力も十分ある事は分かっているが、俺にだってチキン精神くらいはある。

 自分を腑分けして人体標本作成してみようなんてぶっ飛んだ考えは理性では出来ても感情的には流石に追いつかない。


 祈る思いで垂らした修復薬は、瞬く間に血が溢れ出る腕の切断面を覆って……そこで止まった。


 …………マヂかよ。


 いや、よく見れば二の腕で切断したハズの腕が肩口まで構成されているので全くの処置ナシという訳ではない。

 少なくとも取っ掛かりというのはあるはずだ。


 顎に手を遣ろうとして顎が空気をクッションにしてかくりと落ちる。

 そう言えばまだ修復途中だったな。


 ふむ。

 こちらの欠損部位修復に関しても興味深い所ではある。

 弛緩状態やあるいは切断当時の状況で修復するのではなく、幻肢が曲がっている方向へと伸びようとする肉芽はまるで意識とのギャップを埋めようとするかのようだ。


 俺の身体の欠損修復には俺の意識があるから修復が効く。

 と、仮定すれば俺の腕には意識がない、あるいは限定的だから修復効力が限定的なのではないか。

 であるならば腕を起点とする意識を与えてやった場合果たして修復効力に変化は見られるのかどうか。


 俺は紫色の変質魔力を作成してサブ人格を作り、腕へと重ねようとして―――。


 重ねた瞬間崩壊を始めたサブ人格を慌てて腕から引き剝がして胸中に収めた。


 ふむ、謎だな。


 物体へのサブ人格の憑依は入らなかったり、あるいは入っても勝手に人型を模って自己変形してしまうというのは俺のレベルの魔力変質の特徴ではあるのだが、ここに来て憑依させた瞬間に崩壊を始めるというのは新しい。


 だが考察するならば腕しか残っていない人間が果たして自我を保っていられるのかと考えれば分からなくもない。

 そして胸中に収めたサブ人格が未だ辛うじて形状を保っている事を勘案すると、身体損失から自我崩壊までには若干のタイムラグがあるようだ。


 ならば解決策はこれになる。


 崩壊しかけのサブ人格は魔力を吸収して意識下に戻し、改めてサブ人格を生成してぺたりと横たわる腕とサブ人格の魔力体の腕とを重ね合わせる。

 重ね合わせの瞬間に添えた黄色同調魔力の周波数を極限まで落し、魔力の反応速度を緩めてやれば。


 魔力で出来ているサブ人格の崩壊速度もはらりはらりと桜の花びらが散っていくのようなゆっくりとしたものになる。

 その上で修復薬を少しずつ垂らして行けば―――。


 肩口で肉腫になっていた腕から、サブ人格の魔力体を包み込もうとするようにゆっくりとだが、着実に肉芽が芽生えてきた。




 あの後、何度かサブ人格を作り直す事にはなったものの無事に俺のクローンゴーレムは完成し、結局勇者氏に密凸した時に使ったコガネムシ型の潜入ドローンを飛ばして中継点とする事で遠隔操作して替え玉受診して貰った。


 後日、身長体重、それから懸念していた胸部エックス線も異常なしに終わったのは結構な事だったのだが……。


「なあアウレーネ」

「なにー?」

「尿検査の所、所見アリになってるんだが」

「それがどうかしたの?」

「いやね。飲み過ぎるとそういう事になるって話もあってだな?」

「ん? それのどこが問題なの?」

「いや、うん。……うんまあ、ね?」


 特に意識もしていなかった尿検査で初めて所見アリの結果が返って来ていた。

 十中八九下手人は明らかなんだが、悪びれる様子もそもそも問題意識すらも持たずに首を傾げられると、こう、反応に困る。

 しかし労働の報酬として酒を渡しているのも事実なので、これからもアウレーネには世話になる以上こちらからは何とも言い辛い。


 結局俺の方でより健康管理に気を付けるという方向で自己解決することにした。

拙作をお読みいただきありがとうございます。

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