122:損切りと蝶々
* * *
AKの内部を手早く拭いて、組み立て直せば今日も終わり。
スタッフルームに皮肉と当番を投げつけていつものパブへ呑みに行こう。
仕事で不興を買ってここへ飛ばされたのはまだ脳天に風穴が開いてないだけマシだが、如何せんここはリンボの方がまだマシだってくらい陰気で息を吸っているだけで心がサビついていく。
少し前までは活気に満ちていたのだろうマートも、碌に管理されなくなれば案外すぐに荒廃するものなのだな。
男はそう皮肉気に顔を歪めて笑った。
このマートにはダンジョンが発生したため、ウチの組織が安全確保のため買い取った。そういう事になったらしい。
詳細には興味がないが、ダンジョン何てガキのオモチャみたいなものが出来てからというもの、ウチの組織はそれに掛かりきりだ。
同じような物件を幾つも抑え、偶に対抗組織のクソどもとやり合うものの、殆どが消化不良のまま双方引き上げられて、リソースは殆どダンジョンへ注ぎ込まれている。
かくいうここも相当盛り上がっていたはずだが、もうそれは過去の話だ。
物件の一つでドル箱が見つかったって話が流れてからというもの全てのリソースはその物件へと更に集中してここは飛ばされた奴らの棄て先になった。
男の仕事も、ダンジョンの維持という名の当番がダンジョンに潜って適当にゴブリンどもに鉛弾を餌付けして帰ってくるだけの仕事だ。噂によれば使われないダンジョンは消失するらしい。
だがまあ、この仕事もリソースの境遇よりはマシではある。
あいつらは今頃首にリードを繋いで楽しい楽しいお散歩の時間だろう。飼い主の督戦隊を引き連れてな。
噂じゃドル箱階層はゾンビどもの巣窟だそうで、そこを拳銃片手にお散歩するのが奴らの日課らしい。
以前暇に飽かせてここのダンジョンの奥の階層に潜った時にも出て来たゾンビだが、AKでも何発か撃ち込まなきゃならんゾンビに拳銃では小便を引っ掛けているようなもんだろう。
体のいい肉壁どもに精々安らかな眠りでも投げつけておきながら部屋を出ようとして―――、その声に気付いた。
「ァ ぅ ……アァ」
振り返れば、いつもはドラッグでもキメたのかクレイジーな色合いに光っているハズのダンジョンが、……今では怖気を催す真っ黒の闇の渦になってその場に浮いていた。
その闇の渦から糜爛のように腐った手が這い出てくる。
ついで出て来た黄変してぐずついた瞳が男を捉えて歪められた。
「ご ろす だず……げえ」
咄嗟に鉛弾をぶち込んで身を翻せただけでも男にとっては勲章ものだった。
例え後でどんな咎めを受けたとしても今を生き延びる事が出来た事には変わりないのだから。
* * *
「ハズレの召喚石……ねぇ」
陸軍から回されて来たダンジョンドロップ品。
試しに手に持ってお祈りをしてみても確かに小さな妖精たちは出てこない。
外れならば破壊実験などに供試するのはどうかという事で今回こちらに回ってきたわけだ。
とはいえ、当たりの召喚石だって毎度お祈りに応じて出てくる訳ではないという話も聞いている。
確実にハズレだという保障はないのだが、まあ実用するにせよ実験するにせよ結果が不安定というのは検証には向かない。
それならそうと男は一通り調査をするために検出機器にセットして。
「やほー、アートン。順調かい?」
「テミー。ノックをしたからって入っていいとは限らないんだぞ?」
誰何どころか応答する暇すらなくノックと共に入ってきた闖入者にそう告げて男は椅子を投げ寄越した。
「で順調?」
「やっぱり魔力濃度っての? それ毎で物性が変わっていくから調べ辛いね。同じ物質の同じ魔力濃度間の物性は一致しているから今はその変化法則を割り出そうとしているところ」
二人とも何とはなしに検出機器の方へ視線が動いた。
「それ召喚石ってやつ? 最深部じゃん」
「それも今一等魔力濃度が高かった奴ね」
「わお贅沢」
軽い口調とは裏腹にその表情は怪訝そうに捻られている。勿体ぶるのはこのくらいで満足して男は肩を竦めて種明かしをして見せた。
「ハズレの召喚石なんだってさ」
「ハズレの召喚石」
「そ。お祈りしても呼びかけても、うんともすんとも言わない召喚石。……使えないし戦闘評価試験にも使えないなら破壊実験にどうかって回ってきたのサ」
「なるほどねー」
魔力濃度が高いという事は倒したモンスターも強かったという事だろう。それなのにハズレを引いた陸軍は全くくたびれ儲けだ。
「でもやっぱり贅沢じゃない? 今ダンジョンってトラップとゲリラばっかりで最適解が囮と索敵からの擲弾爆破だよ? ダメで元々でも使えるものは使った方がいいんじゃないかな?」
「その陸軍がいらないって言ってきたから使ってはみたんじゃないかなぁ」
男としてはどうであろうと頼まれた仕事をしてデータをまとめるだけだ。
テミーの方もそれ以上は追求する気もないのか肩を竦めてコーヒーを啜った。男のマグカップの、だが。
今の所テミーの部署はどちらかと言えば暇をしている。
いや、閑職ではなくむしろ大いに期待されている方だ。
だが、肝心の材料の加工が出来なければその先の設計段階を進めるにも限度がある。
驚異的な数値を叩き出して関係各位を湧かせた幻想金属たちは、当然と言えば当然、その加工難易度で研究開発チームを大いに悩ませていた。
「あーぁ。その召喚石がアルファとかいう妖精の召喚石だったらなぁ。縛り上げて加工法を聞き出してやるのに」
「アルファって。……あの勇者が言ってた奴?」
「そ」
ドイツで勇者と呼ばれている探索者が日本の会見で思わせぶりな発言をしたという話は聞き及んでいるが、それと幻想金属の加工法との間に男は関連を見いだせなかった。
その怪訝が顔に出ていたのか、テミーはにんまりと笑って回転椅子の上でくるりと回った。
「ここだけの話。勇者クンは日本でアルファっていうのと接触したらしいんだよね。……で、そのアルファって呼称されているのが推定幻想金属の動く鎧で、もっと言えばこのアルファというのは妖精の親玉じゃないかって噂もある」
「噂でしょ。根拠は何処よ?」
「勇者クンの武装って奴」
「あー……」
勇者と呼ばれる探索者の代名詞的な存在が彼が纏う幻想金属でできた武器防具だ。
実の所、勇者の持っているような剣としてであれば幻想金属を用いて似たような形を作り出す事は出来る。
ただし、剣の形に加工した所でその実用性は皆無であり、チャンバラごっこをするよりは擲弾でも556でもぶち込んでやった方が早い。
しかし勇者が纏う防具クラスの工作精度となると流石に実用レベルでは追いつかず、精々遮蔽シールドとして幻想金属板を利用するくらいの活用が限界になってしまう。
ましてや銃や銃弾などの精密部品は夢のまた夢だ。
そのレベルの工作精度を惜しげもなく使われている勇者の武装の装飾はダンジョンドロップでしか真似のできないものであり、勇者がなぜアルファを探したのかという理由を考えればテミーが広げたような妄想にも繋がらなくはない。
「じゃあ呼んでみる?」
検出機器に収まってはいるけれども幸いまだ破壊実験の前だ。
回ってきたものを更にたらい回しにすることになるが、一応融通が利かない事もない。
「ううん、止めとく」
だがここに来てテミーは首を横に振った。
「アルファを探し出してふん縛るよりも勇者をふん縛った方がよっぽど早いでしょ。……紹介状、書いて貰った時の繋がり、まだ活きてない?」
どうやらテミーはサイコロを振るよりも上から殴りに行く方がお好みらしい。
ボランティアで手伝った間柄とはいえ、アプライに添える紹介状を書いてくれた恩人に再び頼りに行くのはどうなんだろうなぁ……、男は辛うじてその言葉を呑み込んで「期待はしないで」とだけ言うに留めた。
―――第三部ワールドワイドダンジョン完。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




