120:呼び寄り集う
天井から溶岩が流れ落ち、荒れ果てた神殿の名残を橙色に染め上げる。
その溶岩の垂柱がごぽりと節目を吐き出して下層の溶岩湖へと異物を落とし込んだ。
流れ落ちる溶岩の源流にあたる源泉から逃げて来た巨躯の人蛇、溶岩ラミアだ。
案外遠浅なのか紅色に熱を孕んだ溶岩はラミアの巨躯を全て浸し切る事は出来ず、ヘビの胴回りの頂点が顔を出したままであったが、それでも彼女は逃げおおせて来た。
それでも油断できる状況ではなかったのだろう。
早速とばかりに大きく息を吸い込んで―――。
俺が射出したダガーコアに気付いて身を翻した。
とりわけ神殿遺構はね。推定レベルの変質魔力で出来た巨影騎士が門番をしていた場所だ。
溶岩ラミアが巨影騎士を生成しているのならば関わりがないはずがない。
なので神殿遺構の見晴らしのいいバルコニー的な場所に念動ドローンを設置しておいたが、まさか当の溶岩ラミアの方から溶岩を伝って逃げ込んでくるとは思わなかった。
だが念動ドローンを展開しておけばこちら側へとメタルゴーレムを転送することも出来る。この際だからコブラ型ゴーレムも回収して次弾装填した後、このバルコニーもどきに配置してしまおう。
……ただ、この準備はダガーコアで牽制していたはずの溶岩ラミアにとっても準備を整える隙となってしまったようで。
―――フィリリイイイイイーッ!
突然響き渡った引き裂くような警笛の音色に驚いて見遣れば、溶岩ラミアの巨体の影に隠れていつの間にやら笛告精がいつもより甲高い笛を吹き鳴らしていた。
それだけで十分だった。
神殿遺構のあちこちから一斉に重い重機を響かせるような轟音が響き渡り、ゴリラヴァゴーレムが雪崩をうって吐き出されてくる。
ゴリラヴァゴーレムはそのまま階段を降って溶岩湖へと駆け込み、溶岩に浸されて再び熱を得て赤熱した身体を滾らせながらこちらをゆっくりと振り返った。
仕方が無い。
なので変則的ではあるがここでお披露目しようか。
腹腔から曙光の華剣を取り出して緑色斥力魔力と白色魔力を混成させて注ぎ込めば明けの輝きをその身に宿した花弁の鍔を持つ細身の剣は、不思議な膂力を与えてくれる。
同時に橙色空間魔力を平面状に展開し、そこに手を突っ込み―――。
バルコニーもどきから勢いをつけて飛び出し、階段を飛び越えて畔まで一足飛びに跳ねたその勢いのまま、大上段に構えた幅広の剣で眼前の溶岩湖をゴリラヴァゴーレムごと叩き割った。
本当は巨影騎士を一刀で薙ぎ払うために用意していたんだがな。
刃渡り10メートルほど。正直自分でもアホだと思うそれは曙光の華剣を腰に提げなければメタルゴーレムでもまともに運用する事が出来ない阿呆な脳筋武器だ。スマンね華剣。お前はお飾りだ。
当然のことながら剣身全体を普通モードで転送なんてできるモノではないので、今のように転移門を成形しての出し入れが基本になる。
その出し入れにしても敵との間合いが場違いなほど無いとまともに引き抜けない代物だ。
重く嵩張り、扱い辛いコイツがそれでも振り回しても自重で歪んだ様子が見えないのは流石は紺鉄鋼と言った所か。
その紺鉄鋼の柱剣は扱い辛い分の物理法則を遺憾なく発揮し、剣線上に居たゴリラヴァゴーレムをまとめて左右にかち割った。芯を捉えて撃破まで行けたのが2体、手足を断った小破から半壊が5体ほど。戦果もまあまあか。
続く一太刀で軸足を地面に突き刺して補強し、一息に胴を薙ぐ。
端にいた5体ほどは押し切って撃破出来たがその5体がクッションになったおかげか吹き飛びはしたもののかなりの数が生き残っている。一太刀に切り捨てるとは行かなかったか。要改良だな。
そして―――。
「ーッ、らァッ!」
背後のレーダー網に引っかかった巨大な魔力の動きに合わせて柱剣を振るえば、かち当たった半透明な巨剣の刃先のコア質が砕け散り、溶岩からの灯りをちらちらと照り返す。
言わずもがな、巨影騎士だ。
砕いた巨剣の勢いのまま柱剣を振り抜くものの、機敏に反応した巨影騎士は盾を犠牲に僅かな時間を稼ぎつつ、その巨躯に見合わない鋭い身のこなしで後退して距離を取った。
そういう状況判断が迅速で的確な所嫌いだよ。
だがあしらえるならば十分に通用する。
俺は身を翻して吹き飛ばしから復帰して態勢を立て直しつつあったゴリラヴァゴーレムを再びまとめて薙ぎ払うと、その場に柱剣を放り、木の葉にカタツムリの目玉を取り付けたような小型のボードを転送して飛び乗った。
カタツムリの目玉からアシを不織成形した不織布に不燃油と溶岩繭の欠片を塗り込んで耐熱補強した帆布……というよりミニ気球が一つずつ、発風宝玉の風に煽られて飛び出し、風を抱えて推力を生む。ロイコクロリディウムとか言った奴は画像検索する刑に処す。
溶岩ラミアを攻略するにあたってどの道接近する必要があり、そのためには溶岩の上を移動できる手段の確保が必要不可欠だった。
泥炭を豆炭ではなく、藍色構造魔力を練り込みながら燃やし尽くして作成した構造灰と不燃油を混淆して耐久性を向上させた耐熱ワックスを作成し、微細な孔が無数に開くように成形した紺鉄鋼の船底から少しずつ漏出するように設計する。
船底とデッキは真空二重構造に成形して申し訳程度の断熱性を確保して完成したカルゴボードは低減した摩擦の上に確かな推力を得て軽快に滑り出した。
溶岩を掻き分けて進むゴリラヴァゴーレムは当然追いつけていない。
赤色魔力レーダーの索敵範囲には時々赤熱カエルかと思われる反応を捉えるが、距離を取って進めば攻撃される事はない。
残る障害は―――。
赤色魔力レーダーの感に従って進路を右へ急転させる。
頭上を抜けて左方の溶岩を薙ぎ払ったのは半透明の巨剣。
煮え滾る溶岩の半歩上を浮遊している巨影騎士だ。
まあやけに身軽だし、元ネタの不思議な便利謎半実体とは違ってインパクトの瞬間だけ実体化しているっぽいしこういうパターンも予想はしていた。
巨影騎士の身体が基本的に魔力で構成されているなら重力は全く枷にならない。
溶岩湖の湖上であろうと何の不便もなく迫って来るだろう。
袈裟に切り裂いた返す太刀で湖面を薙ごうとして来たので満を持して仕掛けて置いた転移門を滑らせる。
コア質化した刃を砕いて巨剣の薙ぎを止めたのは、溶岩湖に突き立った黒光りする柱、紺鉄鋼の柱剣だ。
確かに何の対策もせず手に持てば重過ぎるしどうあがいても持て余すが、転移門を潜らせて移動させればある程度自由度が増す。
畔に放った柱剣を上空に飛ばした転移門と繋げてやれば、勢いよく溶岩湖に突き刺さった柱剣は巨剣の薙ぎを堰き止めて、ついでに巨影騎士の意識の間隙を作り出してもくれる。
―――ッー……!?
転移門から吐き出されたのは柱剣だけではない。
ついでに伏せ札として置いておいたダガーコアも転移門を通じて射出して、虚を突かれて停止した巨影騎士を挟み込み、黄色同調魔力の重圧を掛けてやればボスの取り巻きであろうと十分な鎮圧効力は得られる。
そのまま再度柱剣を射出して赤色魔力レーダーで見えた巨影騎士の魔力中枢を刺し貫けば、巨影騎士は光りの泡を吐き出して消えて行った。
効力も十分。……だが。
乱れた溶岩の湖面を跳ねたカルゴボードの下で橙色空間魔力を白色魔力と反応させて固化した空気をクッションとして、旋回しつつ荒波をやり過ごす。
溶岩湖へと無遠慮に突き込まれたのは半透明の巨剣。
先ほど倒したはずの巨影騎士だ。
まあさっき汽笛音鳴り響いていたし、こいつ元ネタ的にも倒しても増えるからね。仕方がない。
跳ね飛ばしてきた溶岩飛沫をコア質のシールドで防ぎ、距離を詰めてきた所に柱剣を射出して牽制する。
……あと少し。
先ほどまで溶岩が流れ落ちる垂柱の真下という微妙に攻撃しにくいポジションに収まっていた溶岩ラミアはこちらを注視しながらも緩やかに移動し始めていたがもう随分と近くまで来ていた。
……その上いつの間にか巨影騎士の他にもゴリラヴァゴーレムを侍らせて肉壁を増やしているようだ。いい気なもんである。
ダガーコアの一つを巨影騎士へと寄せれば集ってきた蚊を追い払うように剣と盾を使って応戦している。見せ札として十分に機能しているようだ。
柱剣を再び転移門を使って上空へ飛ばし、狙いをすました先は溶岩ラミア……ではなく溶岩ラミアを取り巻くゴリラヴァゴーレムの内の一体へと突き刺さる。
光りの泡を吐き出して消えて行く溶岩の塊を尻目に俺は―――。
曙光の華剣を逆手に持って、溶岩ラミアの首を搔っ捌いた。
ついでに溶岩湖に落ちる前に転移ポイントとして利用した、溶岩ラミアの側頭部に突き刺さっていた星白金杭を回収してその場を離脱。
銀腕を伸ばして突き立った柱剣を中継し、カルゴボードへと帰ってくる。
首を失った溶岩ラミアが痙攣しながらその場へと崩れ落ちた。
転移は便利ではあるがその後が問題なんだよな。
どうあがいても転移直後は姿勢やその場の状況判断で一瞬隙が出来る。
攻め手として襲撃する分には相手も虚を突かれているからいいが、そこから離脱する時には状況をよくよく判断していなければならない。
取り分けこの地形状況がな。
メタルゴーレムが溶岩湖に適していない以上、襲撃後は安全地帯へと退避する必要があるがそれには確実性が求められる。
再び転移を使って元居た場所やダガーコアが中継した地点に退避するのは隙も大きく不確実なのでこれは予備の手段として本命を立てておく必要がある。
その今回の本命がカルゴボードだ。
今一歩距離を詰める事が出来なかったが、本来巨影騎士や溶岩ラミアを叩き切ったり串刺しにする事を想定して設計した柱剣が思いの外中継する柱として機能したので早くに仕掛ける事が出来た。
これで第7階層もおわ…………待て。
何で光りの泡が立ち昇っていない?
溶岩ラミアは首を掻っ捌いて倒れたハズ。
ゴリラヴァゴーレムの肉壁の向こう側で首無しラミアは―――。
―――フォウオオオオオオオウゥ…………。
ぐぱりと開いた肚から汽笛音を響かせて、のたうつようにして身を翻した。
お前そこから声出てたのかよ……。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




