12:意地
・武装ゴブリン。
・武装ゴブリンペア。
・小熊。
それぞれ地下4階から6階までのラインナップだ。剣を振り回すゴブリンのペアは連携もしない雑思考とはいえ面倒な事には変わりないのでアウレーネに頼んで一匹をヤドリギの分枝で妨害し、安全に片方ずつ処理した。小熊は呪物しっぽフレイルの餌食になって萎びてった。
それぞれから魔石(1)と小指サイズの鉄片、魔石(3)とごわごわした毛皮を手に入れた。
そろそろいい時間だ。アウレーネとの酒造りの約束も考えるともう1、2階確認して転移象形が確認できなければ帰還しないと行けないだろう。
「さゆうにわかれみち。こぐまとこびと3人」
「マジかよレーネ。助かる」
「ふふーん」
ここに来て7階は小熊と武装ゴブリン小隊になったらしい。いきなり難易度が上がったな。
ついでにゴブリンの中に弓持ちが1匹紛れ込んでいる事を聞いて改めて俺たちは作戦を練った。
* * *
―――ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ。
鳴り響いた重い音にゴブリンたちは振り返ってその先にいるヒト型に気付いた。
小熊と剣持ちは叫びながら駆け出し、弓持ちも矢を番えようとして、ヒト型がしっぽを巻いて逃げ出してた事に気付くと矢をしまって駆け出す。
ヒト型が奥の曲がり角へ逃げ込んだのを見て、小熊が追いすがろうとし。
―――ぼふん。
鈍い音を立てて黒い塊が小熊の上に落ちてきて、小熊が弾みをつけて地面に転がった。
間髪入れずに剣持ちたちが曲がり角に飛び込んで。
突然噴き出した光るイガイガに体勢を崩されて転がった。
一体何が起きているのかと遠回りに回り込んだ弓持ちの視界には、黒い塊を剣持ちに振り下ろすヒト型の姿があった。
慌てて矢を番えるうちにまた一人倒されて行き。
放った矢はまた突然、今度はヒト型が持つ盾の上に噴き出した光るイガイガの端に刺さって止まった。
走り込んでくるヒト型にはもう矢を放てる距離ではない。
それを見て取って弓持ちは―――。
矢柄を握ってヒト型の腕に突き刺した。
* * *
ッ―――熱い。
もう一歩といった所で弓持ちゴブリンが突如矢を振り上げる様子は、まるでスローモーションかのように見て取れた。
見て取れたが、体が動かなかった。
とっさに左手で弓持ちを殴りがてら刺さった矢を奪い、一息に引き抜いて矢じりを払った。
丁度いい高さに頭があったゴブリンの目に矢じりの刃が当たって弓持ちは煩く喚きながら転がり回ってる。
俺はベルトポーチから回復薬入りペットボトルを取り出して口に含み、少しだけ右腕の創傷部に吹きかけてから飲み込む。
幸い痛みはすぐに引き、腕まくりをして雑に拭った右腕には既に傷口は消えていた。
ただ、懸念すべきは毒だ。色々な創作だとゴブリンは毒矢を扱う物もいる。傷は癒しても回った毒を治せるかは……。
「どくはないよ」
「レーネマジ助かる」
「お酒はずんでねー?」
俺の体に寄生しているアウレーネは毒の有無が分かるらしい。レーネまじ女神。
ほっと一息を吐いて、……煩いBGMが流れ続けていた事に気が付いた。
「たおさないの?」
「……ふむ、ちょっとな」
今まで大体呪殺したりバックラーの鉤爪で薙ぎ払って即殺して来たので気が付かなかったが、ゴブリンたちにはきちんとした体があるらしい。
意味が分からないと思うが、実際そもそも第1階層に出て来た敵のオタマは実はアレ、手ごたえからして構造的には水風船みたいなものであり、一様なブヨッとした皮の下をゲル状の物がすばやく変形してしっぽを撓ませたり、振り回したりしていたのだ。その為、棒で突いて外皮を破ってやると形を保てなくなるのか即殺出来る。魔法で出来た超巨大な単細胞生物、あるいは力場ポリゴン念動体といった感想がこれまでの敵だった。
しかし今呻いているゴブリンを矢じりで斬った時、こめかみの骨格と目のゼリー質、そのまま顔の骨格をなぞる感触と肉を断つ手ごたえが伝わって来た。つまりここのゴブリンは少なくとも動物として成立している。
「レーネ。調べられるか?」
「ねっことどかないんじゃ?」
「傷口から入り込めないか試してくれ」
「んー、いいよ」
ボグハンドなど一部の敵を除き、吸い取りのヤドリギの根は弾かれてしまう。そういうものだと思って納得していたが、そういえば外皮という可能性に思い至り、改めてアウレーネに傷口に魔力のヤドリギを植え付けるように頼んだ。
緑色の血を流すゴブリンの顔には無事光るヤドリギが芽吹き。
痙攣したゴブリンが皺皺に萎びて光の泡になって消えていった。
「こんなかんじ」
名称:ゴブリン
レベル:1
魔法力:3
攻撃力:8
耐久力:5
反応力:10
機動力:10
直感力:6
特性:なし
倒すついでにステータスを引っこ抜いてこれたらしい。
後に残った魔石(1)を見ると、モンスターがドロップする魔石はレベルを反映しているのだろうか?
しかし敵の脅威度の割に報酬がしょぼいと思ってふと見ると、手元に矢が。
慌てて振り返るも剣持ちゴブリンや小熊がいた跡には前々通りの毛皮や魔石、鉄片が落ちているだけだ。
武器の痕跡は手にずっと持っていたこの矢しかない。
まさか、武器を奪って倒すのが満額報酬ルート……なのか?
余りに面倒くさそうな予想に俺は少しめまいがした。
* * *
武装ゴブリン小隊相手に苦戦した曲がり角で俺は小休憩を取っていた。
撤退するか、先に進むか。どちらを取るか考えあぐねていたからだ。
壊滅したゴブリンの最後っ屁とはいえ負傷は負傷だし、もういい時間なので撤退するという選択肢は勿論ありだ。まだ行けるはもう危ない。
その一方で、チワワハウンドや小熊はまだしも武装ゴブリンはその強さの割にドロップがしょっぱい。特に群れると。
一応武器を奪って倒せば、その武器を奪えるかもしれないという可能性は見出されたが、会うゴブ会うゴブ強盗殺ゴブするのは流石に手間だ。鉄材が必要になれば強殺マラソンしてもいいが、探索中の今は重いうえに嵩張って邪魔になるだけだろう。
つまり結局攻略中の今、ゴブリンは美味しくない敵だ。
出来るだけ最小限の戦闘でスルーして行きたい。
迷った挙句俺は日和った案を採用した。
「レーネ。索敵を頼む。敵を避けられなさそうなら撤退だ」
「おーけー」
先ほどは威力偵察も兼ねて一当てしたが、この階層は一か所で徒党を組んでるせいなのか全体的な密度は薄かった。
この先の枝分かれも丁寧に調べていけば回避ルートも見つかるかもしれない。
俺は小隊がいた分かれ道へ足早に向かった。
―――。
――――――……。
「これはアレだな」
「とびら?」
これまでのお約束的にボス部屋だろう。喰投猿はアレだ。門番ではないけど隠しボス的な。
先ほどの武装ゴブリン小隊を倒したのが良かったようで、あの分かれ道から辿れるルートの1本に敵を迂回して次の階段まで通れるルートがあった。
雑脳内マップを修正しながら慎重に歩を進め、勢い込んで階段を降りた結果、降り口には小さなホールと、どこかのゲーム内でみたような石造りの重厚な扉が人一人分薄く開いて鎮座していた。
遠目に中を窺う限りではモンスターの姿は見えない。30メートルほど、小プールの端から端を眺めたような距離の位置に2階建て分の高さはありそうなオブジェが建っているだけだ。
―――鎧を着て、剣と盾を構えたゴツいゴブリンのオブジェだが。
推測付きやすくて助かる。
俺は不意に目が合った肩の上のアウレーネに一つ頷いて。
今しがた降りて来た階段を昇って帰還する事にした。
7階分ソリを押し上げて昇るのはくっそ面倒くさかった。
拙作をお読みいただきありがとうございます。