117:レベルの変質魔力
謎の経緯で突発的に開かれた飲み会は酒が切れた事でお開きになった。
おかしいな? 二人ともそれぞれ3杯くらいしか注いでいなかったはずだが1ビンあったワインは一体どこへ消えたのか。おかしいなー?
まあぐだぐだ引き延ばされても明日に響くからさっさと終わる分には別にいいんだが。
それはどうでもいいとして、厨二女のヒントだ。
内容が電波過ぎて思い浮かぶ端から脳裏の上辺をつつっと滑って行くが重要なレベルの魔力変質の手掛かりだ。しっかりと会得しておきたい。
赤の瞳とやらは恐らく赤色魔力変質による鑑定の事だろう。
これでまずは自分を見ろと。
何はともあれやる事をやってみてからだな。
赤色立方積層平面魔力を展開して自分の身体を覆ってみる。
他の魔力の干渉を受けずに整列した赤色魔力は内部の魔力濃度を知覚し、反応が返ってくる。
…………。
動的な魔力がうねるように蠢きつつも俺の身体を満たしている事が分かる。
こいつと他の魔力との差異を見出せばいいわけだな。
俺を取り巻く空気。
戦闘時はノイズとして意識外へ除去するそれにも微量ながら魔力が含まれている。
俺の中を蠢く魔力とは対照的に、その流れは肌で感じる空気の流れと一致して非常に分かり易い。
俺が背を預ける椅子。
こちらはそれなりな密度の硬質な魔力だ。
硬質な魔力が緻密に、複雑に配列して構造をなしている。
やはり、体内で魔力が能動的に蠢くというのがモノと生物を分ける境目のようだ。
魔力の蠢きの法則性というのはすぐには見いだせないが、それでも蠢く速度、リズムというのは何となく伝わってくる。
これは、体内に流れる速度と似ているな?
呼吸の上下ではなく、心臓の拍動でもなく。あぁ…アクションゲーで脳を酷使した後で目を瞑った際に瞼の裏を濁流のように流れ、そしてゆっくりと鎮まっていく蠕動と近いものがあるかもしれない。
意識の蠕動と言った所か。
安静状態ではなかなか気付きにくいがそれでも意識の流れというのは蠕動を続けている。
その流れとほど近い、どこか心地のいいリズムを持って体内の魔力は能動的に蠢き続けている。
……で、霊力って何なん?
赤色魔力変質で観察をすれば魔力を知覚する事が出来る。
だが霊力とやらそのものは観察してもこれと分かるものは知覚できていない。
ならば魔力知覚によって間接的に挙動を追跡できるという事だろう。
有力候補はこの魔力の蠕動現象から霊力とやらの挙動を推測出来る、つまり魔力と霊力が連動しているという事だろうな。
さて、この魔力の蠕動現象を観察してどうしろというのだろうか。
「そっちはどうだ? ディーナ」
赤色立方積層平面魔力の展開範囲を拡張して隣の椅子へと伸ばせば、そこにはまた別のリズムを持った魔力の蠕動現象を続ける複数の高魔力反応。アフロトレントに乗ったオルディーナだ。
電波過ぎる厨二女のヒントを攻略するために協力者として、また異なる視点から習得を試みる競争者として彼女の協力を仰いだ。……いや煽った。
まあ厨二女が嘯くに全ての魔法の源流だからね。
これまでの事の顛末を話せば二言も無しに快諾してくれたよ。こういうとこ助かる。
ささっと赤色魔力変質を習得した彼女は既にレベルの魔力変質の習得に挑んでいる。
俺が伝えた厨二女のヒント通りにやっているだろうオルディーナはっと。
あぁうん、実態を持たない霊体……いやこの場合は魔力体って言った方がいいのか?
彼女のヤドリギ部分ではない人型を模した身体は魔力のみで出来ている。
その彼女の魔力体は赤色魔力で観察すると物理的な体を持つ俺とは違ってその境界面では微妙に魔力のコントラストがぼやけている。推測だが外部との緩い魔力の出入りがあるのかもしれないな。皮膚呼吸的な。
―――霊力は把握した。
―――アストラルを観測している。
アフロトレントの魔力がぐにゃりと蠢いて手の先を這い伝い、粘土を張った盆の中で文字を描く。
先ほどまで静寂を保っていた粘土盆の魔力が蠕動現象を伴った動的魔力を受け入れて蠢いている。
これは面白いな。
粘土を使って自身の魔力を動かす事で霊力やらアストラルとやらをより明瞭に観測する事が出来るかもしれない。俺もやってみるか。
マジックボックスからマジッククレイの在庫を取り出して俺も捏ねながら、同時に魔力を観測してみる。
胸中から蠢き出て腕を伝ってマジッククレイへと流し込まれた粘性体のような魔力はマジッククレイの魔力構造体の隙間を満たして蠕動を続けている。
生命ではないが魔力知覚上においては生命とよく似た挙動を取るマジッククレイ。
そのマジッククレイの中の魔力濃度は均一ではなく動かそうと意識した点を中心とした目玉焼きのような強い濃度勾配を持っている。
俺の意識と連動してマジッククレイを変形させ続けるそれは、さながら霊力断片とでも言った所だろうか。
ふむ。こちらに焦点を置いて観測してみようか。
と、意識を傾けた所でオルディーナから一風変わった魔力が立ち昇る。
紫色に呈色したそれは、うねるように蠕動をした後、硬質な光を放つ光球となって空中に浮かんだ。
―――出来たぞ。これか。
「あぁうん、呈色光も同じだな。……おめでとう」
―――感謝する。主殿は順調か?
「……もう少しと言った所だな」
―――霊力よりアストラルを遊離させ。
―――アストラルの足りない箇所を補うように。
―――魔力を充ててアストラルを完全へと導く。
―――我はそのようにして魔力変質を得た。
―――主殿の参考になれば。
「成程な。助かる」
正直ちょっとだけ悔しいが、元々このためにオルディーナを呼んだというのもある。
アストラルの足りない個所を補って完全へと導く、ね。
まだ若干スピリチュアルってる感じは否めないが、それでも大分参考にしやすいヒントではある。
魔力でもって捏ね続けるマジッククレイの中で意識に呼応して蠕動を続ける魔力塊中枢。
この魔力塊中枢を支配する仮称霊力断片が推定アストラルだとするならば、これの足りない部分を補うというのがレベルの魔力変質の生成工程に必要なのだろう。
魔力塊中枢の蠕動に合わせて周辺魔力を集め、取り合えずムラを消すように操作してみる。
……概ね綺麗な球に成形こそ出来たが、特に魔力が変質したような感触はない。
完全とは球の事ではないのだろうか。
そもそもアストラルの完全とは何だろうな?
アストラルが霊力断片の事ならばアストラルの完全とは霊力という事になる。
…………つまり、俺?
―――その時、突然支配中の魔力が制御を失って勝手に構造を組み立て始めた。
突然の事態に上手く反応できずにいると目の前のマジッククレイが紫色の呈色光を漏らしながら像を模り始めて―――。
目の前にはジャージをダボつかせたうだつの上がらない顔した半眼の人型……。
つまりは俺のフィギュアが呆然とする俺を見上げていた。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




