114:赤色魔力の仕組みと応用
『未収録魔法が多過ぎるわ!』
「嫌か?」
『望むところよ!』
じゃあいいじゃん。
いったい何をそんなに暴れさせる必要があるのか。烏かわいそう。どうでもいいが。
厨二女が寝入り端に呼び出してきたため、取り合えずこちらの都合を押し付けて早週末。俺は再び厨二女の自称禁書庫に来ていた。
いや実は語弊がある。
実際の所はこっちから出向くのは何か負けた気になるため呼び出したくなるように仕向けたというのが実情だが。
「で、これ」
『それよ! 何それ!』
「手土産」
『ありがとう!』
ライブ感極まってんな。
腹腔から柿渋で薄茶色く色を付けた不透ビンを取り出せば、何だかヤケクソ染みた挙動をしつつも机越しにビンをひったくる。
『赤色ワインって何よ! 美酒って何なの!』
「ダンジョンの品評」
説明ありがとう。
鑑定持ちは説明の手間が省けて助かる。
厨二女に呼び出させるために用意したのがこの赤色ワインだ。
適当に影響度は低いが注目せざるを得ないアイテムと考えて浮かび上がってきたのが酒だった。俺も憑かれているのかもしれんね。何かあったらすぐ酒に頼るの。
冗談はさておき厨二女が編集した痕跡が見られるスキル情報の魔力濃度近辺に合わせて純粋な嗜好飲料用赤ワインを作成して納品箱に納品すれば釣果は御覧の通りだ。尚、爆釣れし過ぎて手土産にはその一本しか用意できていない。外道自重しろ。
『はぁ……。で、何か用があるんでしょ』
……アホ言うて鋭いじゃん君。
「さっき渡しただろ」
『それもありがとう。面白い使い方よね、レーダーとか。……ネーミングセンス以外は評価してもいいわ』
グリモワールの写本とやらは常時繋がっている訳ではなく、厨二女が編集するためにはやはり標本棚のような場所で魔法をコアに封入する必要があった。うちの納品システムに相当する場所だな。
厨二女が封入を指定してきたスキルはやはり魔力濃度35以上のスキルばかりだ。それが今の厨二女のレベルという事なのだろう。多分。
『で、何か用があるんでしょ』
「…………スキル:鑑定を直感力の魔力変質で再現してみたんだが」
『あらやるじゃない。それで?』
「必ずしも文字情報のみとして幻像を結ぶわけではない」
『……いいわね。続けなさい」
……一々鼻につく奴だなこのマウント女。
「スキルに落とし込む際に定型の文字だけを結ぶように調整したな?」
直感力の魔力変質で照会した情報ソースでも文字情報を拾う事が出来るし、概ねいの一番に幻像を結ぶのは文字情報だが、深く注意すればその他の情報も拾う事が出来る。
例えばスキルの使用風景の幻影であったり、アイテムにまつわる謎の幻影であったり。ポエム烏との戦いで見た幻影も恐らくその類だろう。
『正確に言えば幸運にも調整出来ていたというのが正しいけれどね』
ぶっちゃけるね君。
『私は当初文字以外興味なかったわ。それでひとまず満足していてね。その他にも情報がある事に気付いたのはずっと後。勿論これも今では修正済みだけどね』
ぱらりと捲って示したページには追憶の灯影という……うん、スキルが収録されていた。
用途も当然根源……解読すると魔力変質保持者やスキル保持者の特定など想定され得る使い方がこれでもかと書かれ、スキルドロップ率はドロップさせる気の微塵もない確率になっていた。
「で、結局その情報ソースとやらってどうなってんだ?」
『…………』
まあ、そう簡単に種開かしはしない、か? 概要くらいはドヤ顔で教えてくれるかと期待していたが。
『いいわ。このクリムゾンウィザードの弟子ならば見せてもいいわね。私の知識の源泉、クリムゾンレコードを』
あ、見せてくれるのね。しかも現物を。大丈夫君? その内アゾットされたりしない?
心配を余所に厨二女が標本棚の一角を操作すると、下部の引き出しが開いて中からこれは……鍵? 小さな赤い宝石のついた銀色の鍵が収まったケースが出て来た。
『ここに全ての情報が詰まっているの。クリムゾンレコードその物よ』
「鍵が」
そう言えば何とまあ良く似合うほど小憎たらしいドヤ顔を返してくれる。
『ふふん。まだまだね、私の弟子。精進なさい。上辺ばかり見ていては本質を見失うわよ』
ご託はいいから説明をしろと。
そう思ったもののする気はなさそうなので仕方なしに魔力変質でもって鑑定を掛けてみる。
鍵は何の変哲もないただの銀製だ。
しかし幾ら厨二女とは言え子供騙しに興じる程暇ではないだろう。
眺め回した後、最終的に鍵についた小さな赤い宝石で気になる点を見つけた。
名称:ラピスソフィア
魔力濃度:11
魔力特徴:宿霊
何かと思ったらこれ第7階層の神殿遺構で宝箱に入ってた鉱石じゃん。
凄い魔力濃度低いけどこんなのもあるんだな。
「ラピスソフィア」
『ふふ、正解よ。私の弟子。その宝石こそがクリムゾンレコードの根源なの』
へーそうなん。ラピスソフィアに何かしら情報を流し込めば魔力的なサーバーとして記録できると。
あの素材の意外な活用方法を聞いたが……うん、俺には不要だな。
必要な時が来るまで死蔵しておくか。
「さっきみたいに自分で封入したり、あるいはダンジョン側の、推定情報ソースから拾えるだけ拾ってきてこのラピスソフィアに収めていると」
『良く出来ました』
「ラピスソフィア自体に何か加工はしているのか? 情報入力以外で」
『? していないけれど、なぜ?』
特に加工する必要もないナチュラルストーンストレージらしい。素材の味って奴だね。
ラピスソフィアとやらは軽く見た所赤色魔力の構造骨格をした金属だった。
ならばこの情報閲覧システムで重要になるのは―――。
藍色構造魔力と赤色面状魔力を混成させたコア……はガラス的なコア質のハズが極微細な縦縞構造に配列して何か球状の偏光板みたいになったな。赤色面状魔力の影響だろうか。
見てくれはどうでもいいとして、この偏光板みたいなコア、偏光コアに赤色ワインを注ぐ様子をイメージして魔力を流し込めば。
魔力変質の鑑定結果には……うん、恐らくさっきの。辛うじてビンと推測できるふにゃふにゃの何かから赤い……粘性体を注ぎ込む幻影が瞼の裏で踊り出した。
ポエム烏戦の時の幻影は良く出来ていたんだなぁ。収録にはもう少し工夫する必要がありそうだ。
とはいえ別に情報ソースを編集したい訳ではない。肝心なのは赤色面状魔力に暴露されている情報が赤色魔力と白色魔力との反応時に照会されるということだろう。
これは……一種のウェブネットワークだな。
ラピスソフィアや偏光コアといった安定保持されている赤色魔力が一種のサーバーとして機能してそこにストレージされている情報をクライアントの赤色魔力が白色魔力を反応させる事によって情報を照会し閲覧する事が出来ると。
推測だが恐らく仕組みとしてはこんな所だろう。
で、照会の優先順位としては赤色魔力ストレージの方がダンジョン大本の情報ソースより上位に位置するのでスキルを制限してやれば開示したい情報を操作する事が出来ると。
ふーん。……ふむ?
「なぁ」
『何か?』
「これこのラピスソフィアの中に俺たちの欺瞞データ封入して人物鑑定したらどうなるんだろうな」
『…………やってみましょう』
やってみる事になった。
場所は移すらしい。いきなりダンジョン内でやるのはリスクが高いとか。
鑑定だと厨二女が編集してなさそうな情報も閲覧できるから、情報封入して人物鑑定を試みた時点でダンジョン大本の情報ソースにアクセスしているだろうし無駄骨じゃないかとは思ったが特に否定する説得材料もないので素直に従っておく。
やはり厨二女は地球の裏側に近い所に住んでいるらしい。
こっちがいい感じに夜も深まった辺りであちらさんは昼もいい感じに下がり切った微睡の午後の湖畔とかいい所に住んでるな。
さっき作った偏光コアを寄越せと言われたが代わりに人柱になってくれるそうなので喜んで渡した。生身をこっちに出すつもりは毛頭に無いしそういうとこ率先してくれるの助かる。
厨二女の準備が出来たそうなので、改めて赤色立方積層平面魔力を展開して厨二女を覆い、目に集めた白色魔力と反応させれば。
名前:ルナリア・コーストフォード
種族:人間
レベル:1
魔法力:10
攻撃力:6
耐久力:7
反応力:5
機動力:4
直感力:21
『結果はどうかしら?』
「ルナリアって誰?」
『私よ』
ルナリアって言うらしい。そんな名前だったっけ? まあそんな些細な事は今はいい。
鑑定結果を告げれば厨二女は満足そうに頷いた。
『ちゃんと初期値になっているようね。なら欲を掻いた探索者が努力でもして魔力変質に気付いてしまう前に手早く開発してしまいましょうか。……貴方は貴方自身もこっちに来れるのでしょう? 開発に必要だから禁書庫に来なさい』
「え、嫌だが?」
何故にわざわざ生身を晒さなきゃならんのか。
いやしかし、理由は確かにもっともだ。
だが嫌なモノは嫌なので代案を提示しよう。
「生身が居りゃいいんだろ? 丁度いいのが今現実に居るから禁書庫に放り込んどくわ」
『は? いや、何それ?』
まああいつならちょっとくらい拉致しても問題ないだろ。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




