110:異なる知覚が映すもの
で、だ。
スキル:赤色魔力レーダー
魔力濃度:36
魔力特徴:全周の魔力の動きを探知する。
スキル:真実の瞳
魔力濃度:32
魔力特徴:事物の真実を暴き、その本質を明らかにする。その瞳は……(以下略
何かと言えば帰って一段落付いて開いてみたグリモワールの写本とやらの文面だ。
他にも色々と細かく書いてあったがまとめればこんなもんだろう。
赤色魔力レーダーは先日の桃狩りで考案した直感力の魔力変質の応用方法だ。
隣のページに記載されていた……まああれなスキルは詳細から判断するに赤色立方積層平面魔力の事だろう。
まず、俺が何となくその場で思い浮かんだ赤色魔力レーダーというネーミングが採用されているのがびっくりだな。ダンジョンは思考も読むのだろうか?
それに登録されているスキルの魔力濃度が俺のレベルよりも大分低い点も気になるな。これはどういった仕組みなのだろうか。
それからこの……アレなネーミングセンスは恐らく厨二女の仕業だろう。
厨二女は直感力の魔力変質の本質を紙だと言っていたから球面にしてレーダーとして運用するという方法は思いついていなかったのかもしれない。あるいは別の方法で索敵手段を用意しているか、だ。
いずれにしてもこれらの直感力の魔力変質の応用方法がスキルとして記録されているという事実には驚きを隠せんね。
あの厨二女の言もそれなりに間違っちゃいないらしい。
ダンジョンが思った以上に手癖が早く、悪い事に驚きだわ。ライブ感極めてんな。
で、ここからが重要だが、それぞれのスキルの項目にはどのモンスターからどれ程ドロップするかも記載されていた。
ぶっちゃけ知らないモンスターの名前ばかりが並んでいるので分かり辛かったが、削岩ケラなどの記載されているスキルと似たような魔力濃度を持つモンスターからドロップするようだ。
それから、ドロップ率に関しちゃ……まあ……あの厨二女が完全に正しかったのだろう。
それぞれ狙って集めたいとは微塵も思わないドロップ率ではあったものの、スキル:真実の瞳とやらは赤色魔力レーダーと桁6つ分の大差をつけてレア度がガン盛りされていた。
どうやら用途とその価値を詳述することは思っていた以上に効果があるらしい。
まあとはいえ。
自己防衛のためとはいえ何か思い付く度に色々な用法を検討して書き連ねるとか想像しただけで頭がおかしくなるな。テンションが鬱血しそう。
こういうのは餅は餅屋だ。
手の内曝け出すのは癪だから核心技術は秘匿しつつ、重要度の低い考案は厨二女に開示して対処させよう。
今までも勝手にやって来たんだから開示しとけば勝手に何かやるだろ。
丸投げするとはいえ肝心の丸投げする考案の取捨選択という雑務は待っている。
……うん、メンドイ。
今日明日という話でもなし、思い出す度に少しずつ書き溜めておけばそれでいいか。
グリモワールの写本とやらは存外便利なようで、ふと思い出した時に表紙を撫でて魔力を流しておけば考案の記載内容が白紙ページに浮かんできて、消そうとしない限りはその状態で保持されるようだ。
ひじ掛けカバーとして使っておけば効率よくピックアップできるな。厚みがあるので少々……いやかなり座り心地が悪いが。
さて、雑務ばかりにかまけていたらテンションが窒息死してしまう。
厨二女から教わった直感力の魔力変質は先日の桃狩りである程度実用レベルまで引き上げられた。
なのでいよいよ自宅ダンジョン第7階層の溶岩河上流の探索をしてもいいかもしれないが、その前に一点ふと気になった所が出来た。
いい加減寄り道遠回りが過ぎる気がしないでもないがまずはそっちへ行ってみたいと思う。
メタルゴーレムの視界が回復すれば、そこは辺り一面の闇が広がっていた。
相変わらず探索させる気ねえな、お隣ダンジョンの第4階層。
背後の戻るの転移象形だけが辛うじて淡い蛍光を放っているのも相俟って震災後の非常口にしか見えない。帰れと全力で主張しているようにしか見えねえ。
ともあれまずは検証だ。
先の探索で十分に有用性を誇示した赤色魔力レーダーを展開すれば―――。
……いた。マジで。
場所は第4階層入口の小部屋の外、廊下を行った先の梁の上。
高濃度の動的魔力を持った、……おそらく鳥。
この第4階層へは何回か来たが、そのたびに不思議には思っていた。
灯りを付けると何故か羽音がする。
その割にこの第4階層で出くわすモンスターに鳥系の存在は影も形もなかったので何かあるとは思っていた。
恐らくこいつは灯りを付けると逃げ去るタイプのモンスターなのだろう。襲ってこないタイプのモンスターなんて……いたな、笛告精。
まあ、稀に良くいるタイプのモンスターなのだろう。
ブラックアウトした視界のまま、赤色魔力レーダーが示す魔力濃度のコントラストを頼りに扉を開けて……。
開けた瞬間に鳥が羽ばたいて飛び立った。
やっちまったかと一瞬焦ったものの、鳥はすぐ先の突き当たりの梁の上に再び止まり直してじっとこちらの動きを観察しているようだ。
何となく趣旨が見えて来た気がする。
要は真っ暗闇の中このクソチキンと追いかけっこでもしろってのがこの階層の趣旨なのだろう。
回廊の突き当たりで立ち塞がった宮殿守衛先生をその振り下ろした剣ごと紺鉄鋼の爪で砕いてスルーする。スマン先生、今は相手してる暇がねえんだ。
クソチキン側もどのような手段でかこちらの行動を把握しているようで、紺鉄鋼爪やダガーコアで狙いを定めるたびにひらりと身を躱して軌道を読ませない。
……大まかな位置関係を把握する分には赤色魔力レーダーでも十分だが、こう対象を捕捉して追跡する時にはこの全周を覆う疎らな球面魔力だと精度が弱いな。
今は大まかに10センチメートル間隔で展開している赤色魔力レーダーだが、分解能10センチメートルではクソチキンの姿勢が面と面を繋ぎ合わせた推測でしか把握できない。
その上相手もこちらの攻撃行動を読んだように回避行動を取るのだから命中を期待するのは無謀だな。
ともかく赤色魔力レーダーは少し改良が必要そうだ。
魔力で見る視界は可視光で見る視界とはまた違っているようで―――。
ガチャガチャと音を立ててくる宮殿守衛先生をあしらいながらクソチキンを追跡する事暫く、クソチキンは不意に氷壁の中ほどに空いた低魔力濃度の中空へと入り込んだ。
こんなアスレチック染みた枝道、この第4階層にあっただろうかと首を傾げながら後を追って。
重い水音と共にメタルゴーレムの挙動が一気に重くなった。
どのような原理かは不明だが、壁の一部が氷ではなく水になっているようだ。
極夜宮殿の内装に思いを馳せて然もありなんと腑に落ちる。
宮殿の壁はその先の通路まで明瞭に分かる程透き通った氷で出来ていた。
その中の氷壁の一部が液体になっていて間を通れたとして視覚情報だけではどうあがいても見つけられなかっただろう。
この第4階層はどこまでも視覚を頼りにする探索者に対してガンメタを張ってくる腹積もりらしい。
ふらふらと寄ってきた凍え幽霊は同調細氷の渦で足止めしてスルーし、クソチキンの後を追う。
氷壁の中の隠し水道は抜け道のように別の通路へと繋ぎつつ、そこから更に別の隠し水道へとクソチキンが飛び込んで面倒な悪路へと先導する。
やがて足元に空中回廊を望む屋根の上へと繋がって、クソチキンは一路その向こうへと飛び去って赤色魔力レーダーの射程外から姿を消した。
どうやら前半戦はこれで終わりらしい。
次はこの空中回廊の屋根を渡った先、恐らく極夜宮殿の本宮的な場所で再び追いかけっこでもするのだろう。
拙作をお読みいただきありがとうございます。