109:それいけ飲兵衛探索隊
「で、お前たち遊びに出歩いてるだろ」
一通り事情を説明してからそう話しかければ二人の舞火精はあっさりと口を割った。
彼女たちが言うには少し前から俺以外にも呼びかけてくるような知覚があって、求めに応じた住人が大層大暴れして帰って来たらしい。
それを見た他の住人達もそれなら我もという事で今黄昏世界ではダンジョン出張がブームなんだとか。
まあ俺が呼びつけるのは精々第7階層だし見栄えも敵の顔ぶれの変わらなければ飽きるのも早いだろう。俺も一か所に根詰めろと言われたら多分飽きる。
「ねーねー二人とも。他のダンジョンで果物とかあったー? お酒になりそうなの」
アウレーネはブレないね。
市販の酒も制限を付けて解禁したので以前と比べればバリエーションも増えて充実しているはずだがまだ足りないのか。
でも言われてみればダンジョンから得られる採集物で木の実関係はまだ自宅の第2階層しか見ていないな。第5階層はあったとしても薄く広がる瘴気的なモノがついた果実とか願い下げだしそれ以外には望むべくもない。
お隣ダンジョンの第2階層や日独合同探索で行った土砂降り階層何かにはあるかもしれないがあそこは殆ど通過しただけで碌に探索していなかった。
「知ってるよ。生ってるよ」
スラーが首を傾げた一方でエコーが小さな翼をふりふりと振り上げた。
詳しく聞けばエコーが以前呼ばれ、同じ服を着たおじさんたちと一緒に林を焼いた時にその一角で工房の庭に生っている奴とは別の形をした果実が生っているのを見かけたらしい。こいつはいったい何をやっているのか。
「よーし、じゃあ出発ー!」
「進行! 急行!」「すらーも行くー!」
いや俺は直感力の魔力変質の研究やら厨二女が寄越した写本とやらの検証をしたいんだが。
……という及び腰はユキヒメ以外の工房諸氏の背中押しによって俺はエコーに念動ドローンを持たせて転移象形を使わせることで見知らぬ果実の生る階層へと飛ばされることになった。まあ急ぐものでもないから別にいいんだがね。
念動ドローンの通信が回復すると、そこは尖塔のような山々が立ち並ぶ深山幽谷といったフィールドだった。
所謂桂林という奴だろうか。
フィールド全体に自宅ダンジョンの第6階層のような薄い靄が掛かっていて視界こそそこまで悪くはないが遠くの方の山々が靄の向こうにシルエットとなって沈んでいる。
報酬として渡した魔力回復薬を美味しそうに空けて一息つくエコーとスラーを尻目に俺は白色魔力を球状に成形して、そこに空けた中空を限りなく広く、つまり泡状に変形させる。
限りなく薄く、表面積が極大化した白色魔力は、辛うじて見えるが赤色に呈色した。
やはり厨二女が言っていたような紙というよりはむしろ本質は面なのだろう。
幾重にも上重ねした赤色面状魔力は鮮やかな赤い泡となってふよふよと漂い、付近の低木に触れると……何の抵抗もなく低木の中に入って行った。
これはこれで特徴的だな。
ダンジョン内の事物は多かれ少なかれ魔力を持っていて大抵は他者の魔力を弾いてしまう。
けれどもこの赤色面状魔力はそういった抵抗を受ける事なく物の中に浸透する事が出来るようだ。
入り込んだ赤色面状魔力は……あ、これは気持ち悪い。
浸透した物質の構造が手に取るように分かるのは強力だが、積層した球面状の情報が複雑で脳がバグる。
物の内部を精査するのであれば厨二女のような立方積層平面の方が把握しやすいな。CTスキャンのようなものか。
とはいえ積層球面形態が使えないという訳ではない。
自分、あるいは定点を中心とした極座標として考えれば広く展開する事でレーダーのような警戒網として運用する事が出来るだろう。
精査での運用にしても核などの基準点との位置関係に注意して精査したいなど特殊な場合においては立方積層平面よりも適している事もあるだろうな。
要は使い分けだ。
『何やってるのげんた? 置いてくよー』
取り急ぎ気になったのはこんな所か。とりあえず今思いついたレーダーを展開しながらゆっくりと調べるとしよう。
転送したメタルゴーレムからいつの間にか繁茂していたコア質のヤドリギが点々と続く道しるべを頼りにレーダーで全周確認をしながら歩を進める事にした。
「なあエコー。お前らが呼ばれた時、周囲にいたおっさんは何か喋っていたか?」
正確に言えば、こいつらが何か余計な事を喋らなかったかどうかが気になるのが本音だがまずはここからだな。
『喋ってたよー』
『でも難解。分かんない』
どうやらここのダンジョンは日本語圏ではないらしい。
スラーの方も何か喋っているのは分かったが良く分からなかったので取り合えず暴れる事を優先したそうだ。蛮族かな?
だがこれならばまだ安心だな。今の内に黄昏世界の住人達には余計な事を喋らないように言い含めておこう。
未だに住人たちの取りまとめ役のポジションに付いているア~シャとシスティに袖の下でも渡しておけば上手くやってくれるだろう。
「お前たちも俺以外に呼ばれた時は基本的に相手と話し合うのはナシな。約束できるか?」
『約束!結束!』『やるやるー』
快諾して貰えて何よりだよ。ちらつかせていた魔養ドリンクをそれぞれに渡して一丁上がりだ。
未知のダンジョンとは言ってもこちらも程々に格下階層のようだ。自宅ダンジョン換算で見れば第5階層と第6階層の中間程だろうか。
尖塔山から時折岩が降り注ぐ事があるものの、メタルゴーレムの素材の暴力やら魔力の身体やらで特に不都合があるわけでもなく、風景の一部と化している。
そんな中で舞火精二人の戦闘意欲を擽るのは藪の中に紛れる植物型のモンスターだ。
「あ、いるぞ。そこの木の向こう、左手の灌木の影から先一帯」
『発見! 発火!』『わたしもやるー!』
直感力の魔力変質の操作にもそれなりに慣れて来た。
元々念動ドローン操作なんかで幾つかの情報を同時に処理する事が多かったからな。疎らな積層球面状に展開した赤色面状魔力の一端に動的な魔力が籠った物体が引っかかったので二人に知らせる。
スラーとエコーが生成した火球に脅威を悟ったのか、肉眼ではただの藪にしか見えなかった植物に一斉に無数の白い小さな花が咲いてそれぞれが白い霧を吐き出す。
甘いけど毒。そう評してから霊体を引き戻して帰ってきたアウレーネが言うように毒ではあるようだが、まあこのメンバーの中に毒が致命的な影響を及ぼすメンバーはいない。
霧吐き花は毒霧の効果がない事を悟ると白い霧を操って撚り合わせ、鞭のように成形して振るう。
エコーは火球を剣のように成形して斬り結び、スラーはひらりと身を躱しざまに回転に火の粉を重ねて周囲一帯へとばら撒いた。
『すぱーくはうるー!』『私も! 渡り火!』
楽しそうな奴らである。
まあ実際に程々の強度で相性はいい。エイミングが甘いこいつらに対して敵は動かず、敵の攻撃も致命的ではないが程々の密度があるので伸び伸びと暴れているようだ。
散々暴れ回った二人の舞火精に無数の小花の殆どを焼き尽くされた藪一帯が光の泡に還って行ってその場の戦闘は終了した。
『ねー。果実はどこにあるの?』
暇を持て余したアウレーネが再び現地へと飛んで辺りを見回している。暇を持て余すというよりは辛抱が効かなくなってと言った方が正解か。
『山頂? 登頂?』『そうなのー?』
いや、お前らが疑問符垂れてどうするんだよ。
だがまあ方針は曖昧ながらも立つことは立った。
「問題はどこの山頂かだな」
『まーそれはそうねー』
無数の靄に煙る尖塔山の内のどれにエコーが見かけたという果実があるのか。
まー本人が言うにその時は山に登りはしなかったというので、つまるところ麓から見て生っている事が分かるハズだろう。
視認をメインとして手当たり次第に探すしかないな。
ドロップした小花の連なった一枝……これ毒無いだろうな……一応回収して進む。
赤色立方積層平面魔力を展開して精査してみれば、これは内部構造の一部が藍色変質魔力で構成されているらしい。
同様に花弁の先から放出する霧も藍色変質魔力を含める事が出来るようで先ほどの鞭は原理的には構造霧とでもいうような代物のようだ。
まだ複雑に構成されたそれぞれの構造がどのような作用機序を持っているのか少しも解明できた気はしないが、それでも軽く見るだけでも見えてくるものはあるな。
やはりこの直感力の魔力変質は中々便利だ。
林立する尖塔山の頭頂部にそれらしいものが無いかを確認しながら進む事暫く。
山と山の間の麓を縫うように流れる河が行く手を遮った。
『行かないの? 飛ばないの?』
「まあ待て」
『うん。いるねー』
首を傾げるエコーたちを止めて周囲を確認する。まあ十分だな。
舞火精二人にも上空に上がるよう合図した所で赤色球面積層魔力……長いな赤色魔力レーダーでいいか。赤色魔力レーダーに引っかかっていた大きな動的魔力が急襲を仕掛けてくるのを感知した。
余裕を持って躱せば行く手を遮る河の中から水流を割って現れた巨大な顎が少し前までいた場所の空気を噛み砕く。
これは……シャチ? 黒と白のツートンカラーだが長い吻がどちらかと言えばイルカっぽい。その割に長い首をもたげて睥睨する様は海竜のようだ。
仮称海獣キメラが大顎を開けて口先に水球を渦巻かせたので同調細氷の霧を纏わりつかせて妨害する。
『炎天! 抜刀!』『すらーストリームー!』
上空に上がっていた舞火精たちが仲良く攻撃し、海獣キメラの顔にそれぞれ焼き入れをする。
赤色魔力レーダーで河の中に逃げ込もうとするような挙動が見て取れたので先んじて氷杭を打ち込んで河岸に引っ掛けて即席の逆茂木フックを作成すれば、血反吐を吐いた海獣キメラが退くことも出来ずにその場に縫い付けられる。
スラーが両の視界を焼いてエコーが反対側の首筋にも溶断跡をつければ海獣キメラも光の泡を吐き出して消えて行った。
赤色魔力レーダーは水中でも十分な効力を発揮するようだ。
海獣キメラを倒した後は今の所付近に何もいないが、動的魔力の反応はきちんと観測する事が出来る。
試してはいないが恐らく第7階層の地中に居る削岩ケラ相手でも多分いけるだろう。
索敵はもうアウレーネの力を借りなくても良さそうだな。
『あ、こっちの方向からちょっと違う甘い匂いがするねー』
……とはいえ、超広域探査になるとやはりまだアウレーネの方に軍配が上がるようだが。
卓越した適正か、それとも飲兵衛の執念か。
分からんし別に分かりたいとも思わないがアウレーネの先導の元、河岸に近付いたり離れたりを繰り返した先で、淡い華やかな色合いを頭頂に抱いた尖塔山の麓についた。
あれは……桃だろうか。
薄紅色から濃い紅色までのグラデーションがそこかしこに散りばめられて濃緑色に茂る木々に彩りを付けている。
ひとまずあれを採集すればアウレーネたちも満足するだろう。
とはいえ―――。
俺は咄嗟に顔を伏せて高速で投げ込まれた礫……いや、投剣を頭部装甲で弾く。
尖塔山の中腹に開いた穴から象頭の恵体半裸が次の投剣をその鼻に掴んでこちらを鋭く睨んでいた。
『ちゃっちゃと倒しちゃおー』
「言い出しっぺの法則」
呑気に号令をかけたアウレーネにそう返せばふくれっ面をしながらも生成したコア質のイガグリを爆ぜさせて洞窟一帯に着弾させる。
頭を引っ込めた象頭が再び顔を出した瞬間に周囲に咲いたイガグリから一斉にコア質の棘が撃ち込まれて恵体がみるみるうちに萎びて干乾びて逝った。
飲兵衛の執念が洒落にならない件。
俺は不幸にも酒の原料候補の前に立ちはだかってしまった半裸の冥福を祈りながら銀腕を伸ばして中腹に空いた洞窟に滑り込む。
赤色魔力レーダーは空中と地中の別も着く。
慣れれば光の差さない洞窟内部の様子もポリゴンの骨組みから構造を解析するような感覚で周囲の様子を把握をする事が出来た。
とはいえ本気を出したアウレーネには及ばないようで。
どんどんと先へ繁茂していくコア質のヤドリギの後を追えば尖塔山上層部の崖に開いた穴に辿り着き、そこから銀腕を伸ばす事で頭頂部の桃園へと到着した…………。
「んー、美味しいけどなんか違うー」
尻引っ叩いてまで駆り立てた癖にその感想はひどいと思う。
折角採集した白桃それ自身を使って醸造してもそこまでいい酒にはならなかった。
ただ、搾った果肉と果汁の混合液と魔力回復薬とをブレンドしたカクテルは工房メンバー淑女全員から絶賛され、淑女票の満場一致で桃の木は工房の庭の一角に数本移植される事となった。
当然実働部隊は野郎唯一人である。
まあいいんだけどね。
拙作をお読みいただきありがとうございます。